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第二十九話 抜き打ちチェックをしたのは間違いだった

「抜き打ちチェックの時間だああああああああああ!!!!」


 と叫びつつ、俺は円卓騎士団次席騎士のリクサが住む集合住宅(マンション)の部屋のドアを蹴破った。


 ――つもりで、普通に開けた。


 狭い玄関には、相変わらず、彼女の靴が散乱している。

 すでにこの時点で嫌な予感がした。


 短い廊下を進み、居間(リビング)に続く曇りガラスつきのドアを、問答無用で押し開ける。


 そこには、青の作業着風衣服(ジャージ)姿で、床に散乱したゴミをあたふたと片付けようとしている、リクサの姿があった。


 その頬のあたりを指差して、告げる。


「漫画雑誌、枕にして寝てたでしょ。痕ついてるよ」


「こ、ここ、これは!」


 彼女は頬のあたりに手をやるが、赤い痕は、消えもしないし、隠せもしない。


 たぶん、彼女は先ほどの俺の叫び声で起きたのだろう。

 それで反射的に、この部屋の惨状を隠そうと、行動した、と。


 部屋の中心にあるローテーブルには、昨夜、晩酌していた証拠である、食べかけのつまみと、倒れた酒瓶、それと分厚い少年向けの漫画雑誌。

 部屋の中には、やはりアルコールの匂いが充満している。


 寝ぼけた頭がようやく()めてきたのか、彼女は顔を真っ赤にして抗議してきた。


「じょ、じょじょじょ、女性の部屋にいきなり入ってくるなんて、心配り(デリカシー)が足りないです!」


心配り(デリカシー)? ほう。そういうリクサは自分の部屋に対する心配り(デリカシー)が足りないのではないかね。この間、俺が掃除を手伝ってあげたのはアスカラくんを倒した前日だから、まだ十日くらいしか経っていないんだけど、どうしてこんなに部屋が汚れているのかな?」


 まぁこんなことになってるんじゃないかとは薄々思っていたのだ。

 今日はリクサが非番の日なので、前日に一人で晩酌して、そのままローテーブルに突っ伏して寝てるだろうと踏んでいたのだが、ドンピシャだった。


「それに俺も鬼じゃないからね。ドアノッカーはちゃんと叩いたし、普通に声も掛けたからね。その上で、部屋のドアが少し開いていたから、心配して中に入っただけのこと。……この間来たときとまったく同じなんだけど、なんでリクサ、部屋の鍵かけないの?」


 ここまで言われて、リクサは自分の方に非があると思ったのか、深くうな垂れた。


「も、申し訳ありません。実家にいた頃は、鍵をかけるのもすべて周りの女中(メイド)がやってくれたもので……習慣化していないんです」


「気をつけようね。いくら勇者でも、寝てるところを襲われたら大変だろう?」


 顔を下に向けたままの彼女の肩に、優しく手を置く。


「リクサのことが心配なんだ」


「ミ、ミレウス様……」


 少し優しくするとこれである。


 とにかく俺は混沌とした部屋の中を見渡し、どうしたものかと考えた。

 十日でよくこれだけ散らかすものだと感心すら覚えるが、しかしそれでも数年分のゴミが溜まっていた前回よりかは、だいぶマシではある。


「掃除しようね。今回は俺、手伝わないから」


「ええ!?」


 完全に俺の助力を期待していたような顔だが、ここは心を鬼にする。


「自分ひとりで、できるようにならないとね。俺はここで監督してあげるから、頑張ってね」


 リクサが寝ていたであろう、ローテーブルの横に座り、少年向けの漫画雑誌を読み始める。


「天気がいいし、洗濯もしようね。どうせ溜まってるんでしょ? あと布団も干そう。俺がこの間来たときから干してないだろうし」


 彼女は何か反論しようとしたようだが、すぐに口をつぐんで悔しそうな顔をした。

 図星なのだろう。


 隣の寝室を覗かないのは、俺なりの心配り(デリカシー)である。

 どうせ服やら下着やらが脱ぎ散らかしてあるに決まっている。


「そういえば、この間の祝勝会のビンゴ大会でもらった、清掃精霊(クリクリ)入りの高級家庭用機械、どうしたの。全自動で床をお掃除してくれる、アレ」


 ぎくっ! とゴミを袋にまとめていたリクサの肩が震える。


 まさかと思い、耳をよく澄ますと、近場のゴミの山から、微かな振動音が聞こえてきた。


 無言のまま、(あさ)る。


 するとそこには、身動きを取れずに振動している、高級家庭用機械バルーンくんの姿があった。


「意味ないじゃん! 掃除器具をゴミに埋もれさせてどうすんだよ!」


「も、ももも、申し訳ございません!」


 リクサはもう平謝りしてくる。


「ビンゴでいただいた翌日には開封して床に置いておいたのですが、いつの間にか姿を見かけなくなって……どこへ行ったのかなと不思議には思っていたのですが、まさかそんなところにいるとは……」


 たぶん酔っ払っている間に、埋もれさせてしまったんだろうが。

 本当に、どうしようもない人である……私生活だけだけど。


 掃除と洗濯は、おおむね一刻ほどで片付き、部屋はそれなりに綺麗になった。

 自由の身となったバルーンくんも、床を元気に駆け回っては埃や小さなゴミを収集している。


 俺もちょうど少年向けの漫画雑誌を読み終えたところだった。

 それをローテーブルに置き、慣れない家事で疲労困憊といった様子のリクサに冷酷に告げる。


「これからも定期的に見にくるから」


「……はい」


「また同じような有様になってたら、もう俺が全部やるから。下着の洗濯まで全部やるから」


「そ、それだけは!」


 許してください、と懇願するような目でリクサは俺にすがりついてくる。


 しかしここで甘やかしてはダメなのだ。

 彼女の手を振り払い、毅然(きぜん)と宣告する。


「嫌なら、家事頑張ろうね。前にも約束したよね。これからは心を入れかえて、家事も頑張るって言ってたよね」


「はい……」


 しゅんとするリクサの肩に、また手を置く。

 こういうのは、やはり飴と鞭が必要だろう。


「作業見てて思ったんだけどさ。この部屋、足りないものがあると思うんだよね。少し買い物に出かけようか」


「え。これから二人で、ですか」


「そう。デート、デート。せっかくの休日だしさ」


 デートという単語を聞き、彼女の頬に朱が差す。


「え! いや、その、で、では、お風呂に入って、着替えてきますので、しばしお待ちを」


「俺はその作業着風衣服(ジャージ)姿でもいいと思うけどね。可愛いと思うよ」


 凛々しい普段の姿との、ギャップというのだろうか。


 彼女はさらに顔を赤くすると、失礼します! と頭を下げてバスルームの方に足早に去っていった。






    ☆






 リクサの住む集合住宅(マンション)は、王都の南西、実る秋通り(オータムストリート)の市場の裏手にある。


 一人暮らしの者が住むにはなかなかいい場所で、少し歩くと、ちょっとした商店街にも出られる。


 そこを、ふんわりとしたチュニックと、フリルのついたスカートを着たリクサと並んで歩く。


 デートと聞いて少し気合を入れたのだろうか。

 彼女は、兎を模した、可愛いハンドバッグなんかも持っている。


「ミ、ミレウス様は、どんな格好の女性がお好きなんですか? あ、これはただの世間話で、他意はないのですが」


「うーん……難しいねぇ」


 時刻は昼前くらい。

 徐々に人の増え始める通りを見渡し、考える。


「やっぱ主役は女の子なわけだからさ。その子の魅力を引き出すような服装なら、それが一番だと思うんだよ。でもそれは、この子にはコレ! って決まってるわけじゃなくて、色んなバリエーションがあると思うんだよね。一つの形にこだわらず、色々な姿が見てみたいってこと」


「な、なるほど」


 世間話の割にはずいぶん熱心に聞いている。


 俺たちは通りの中ほどにある、三階建ての大型雑貨店に入った。

 その一階の奥のコーナーへ彼女を連れていく。


「俺がリクサの部屋に足りないと思ったのはさ。これなんだよね」


 そこは多種多様なゴミ箱が並ぶコーナーだった。

 実用性重視のものもあるし、ファンシーな装いのものもある。


「あれだけゴミを散らかしてしまうのは、捨てる場所が決まってないからだと思うんだよ。燃えるゴミと、燃えないゴミと、缶、瓶、資源ごみと、それぞれゴミ箱を分けておけば分別にもなる。俺が買ってあげるから、好きなのを選びなよ」


「あ、ありがとうございます」


 ここで、恐れ多いです、とか言って断らなくなったあたり、だいぶ仲良くなってきたと思う。


 ただのゴミ箱選びではあったが、リクサは戦場にいるときのような真剣な表情で、じっとラインナップを確認していた。


 彼女がお気に召したのは、どうやら動物が口を開けたデザインのシリーズらしい。


 それを、どの子をどのゴミの担当にしようかと、眉間に皺を寄せて悩んでいる。


「燃えないゴミは……サメの子にするとして、やはり一番使う燃えるゴミは兎の子? いや、でも燃える……だし、竜の子も捨てがたい。うーん……」


 これはしばらくかかりそうだ。

 俺は自分の世界に入ってしまった彼女を放置して、上の階へ足を向ける。


 そして、しばらくしてから戻ってくると、だいたい選び終えたようで、いくつかのゴミ箱を棚から取り出して、床に置いていた。


「も、申し訳ありません、ミレウス様。退屈させてしまったようで」


「いや、そんなことないよ。リクサが喜びそうなものがあるんじゃないかって探しに行ってただけ」


 と、選んだゴミ箱は店員に預けて、俺は彼女を二階の一角へと連れて行く。

 

 そこはぬいぐるみや抱き枕のコーナーで、デフォルメされた、大小さまざまな動物たちが棚に並んでいた。


 それを見て、彼女は目を輝かせる。


「好きなの一個買ってあげるから、選びなよ」


「え! い、いいんですか?」


 どれを選ぶか、だいたい予想はついていたが。


 彼女が最終的に手に取ったのは、目つきの悪い、刃物を持った兎の抱き枕だ。

 たぶん殺人兎(キラーラビット)をモチーフにしたキャラクターだろう。

 一発で熟練冒険者の首をはねたりする、ヤバい奴だ。


「あの……でも、この歳になって、動物の抱き枕って……恥ずかしくないでしょうか?」


 それを言うなら動物のゴミ箱を選んでたり、兎のハンドバッグをつけてる時点で、割りと恥ずかしい気がしなくもないが。


「俺としてはそういうのも全然アリだよ。女の子が、可愛いものを好きで、何が悪い」


 断言してやると、彼女は恥ずかしがるように、その抱き枕を、豊かな胸に(うず)めた。

 凶悪そうな兎の顔が歪む。


「この間の祝勝会で王様ゲームやったとき、ナガレに命令して、ヤルーの顔に兎のイラスト描かせてただろ? それと、今日も兎のハンドバッグつけているし、さっきは一番使うゴミ箱に兎の子を選ぼうとしていたし……だから、ここでも兎を選ぶと思ってたよ」


「そ、そうですか。いえ、そうなんです。昔から、どういうわけか、好きでして……」


 てれてれと胸の抱き枕を見ながら、リクサが子供の頃の思い出話などを話す。

 

 しばらくそれを聞いてやっていると、突如彼女は思いついたように顔を上げた。


「あ、あの、一つだけお許しをいただきたいのですが! ……この抱き枕の子に、我が王(マイ・ロード)の名を(さず)けていただいても、よろしいでしょうか」


「うん!?」


 名前をつけろ、ではなく、俺の名を授けろ、ということは。

 ミレウス、と名づけさせろということだろうか。


 それは俺としてもだいぶ恥ずかしいが、彼女が喜ぶというのなら、それもいいだろう。


「いいよ。定期的に洗ってあげるならね」


「は、はい! ありがとうございます!」


 俺と同じ名の抱き枕を胸に抱いて眠る彼女の姿というのは、想像してみるとなかなか面白いものではある。


 ゴミ箱と抱き枕を購入し、俺たちは通りへと出る。

 陽はまだ昇りきってもおらず、時間はたっぷりある。


 一度家に戻り、荷物を置くと、俺たちはまた街へと繰り出した。


 彼女と二人、カフェでお茶したり、朗読劇を見にいったりして、楽しい休日を過ごした。


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【第二席 リクサ】

忠誠度:★★★★★

親密度:★★★[up!]

恋愛度:★★★★

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