第二十七話 礼拝に出たのは間違いだった
その日の朝、俺は王都の花咲く春通りにある森の女神アールディアの大教会を訪れていた。
あの精霊詐欺師ヤルーから、ある重大情報をもらったからである。
聖堂に並ぶ会衆席には、宗教的象徴である小剣とナタを模した小さなアクセサリーを服につけた大勢の信者が座り、祝日礼拝が始まるのを今か今かと待っている。
アールディア教はウィズランド島で五本の指に入るくらいには人気の宗教だし、祝日の効果もあるのだとは思うが、それにしても、ここまで人が集まるとは意外だった。
もしかすると例の重大情報の効果なのかもしれない。
ただ全体的に年齢層が高めなのは気になった。
席にいるのは、ほとんどが老人である。
中ごろ辺りの会衆席に座り、前の席の背中にあるポケットから賛美歌集を取り出し、読んでいると、そのうち侍祭の女性と聖歌隊、そして楽隊が壇上に現れた。
礼拝の出席者たちが一斉に起立したので、俺も慌ててそれに続く。
女神アールディアの賛美歌は、狩猟の成功を祈願する唄や、捕れた獲物に感謝を捧げる唄が元になっているらしく、荒々しく、明るいものだった。
それが終わると出席者たちは着席し、壇上には侍祭だけが残る。
そして今日の説教のタイトルと、それを話す司祭の名が告げられ、その人物が脇から現れた。
獣耳を頭に生やした小柄な少女――円卓騎士団第十三席のシエナ・マッコイ嬢のご登場である。
出席者たちは、割れんばかりの大きな拍手で出迎えた。
たしかシエナが円卓の騎士をやっていることは、一般信者には知られていないはずだが、大層な人気だ。
彼女はトコトコ歩いてくると、説教台の前に立ち、ぺこりと一礼をする。
教会の仕事中なのだから当然だが、今日は森の風景に溶け込みそうな、迷彩柄の司祭服を着用していた。
つるつるとした少し薄めの生地が、なんだか背徳感をそそる。
お尻の辺りに穴を開けて、尻尾を出しているところもいい。
彼女の姿を見て、俺の隣に座る老婆が、にこにこと嬉しそうに話しかけてくる。
「おにいさん、初めてでしょう? あの方が、シエナ高位司祭さまよ。あの若さで高位司祭の地位を授かるのって本当に凄いことなの。統一王の忠実なる僕だった、人狼のアルマ様の生まれ変わりだなんて風にも言われているわ」
はぁ、と生返事をすることしかできない。
まず人狼アルマは別に、統一王の忠実な僕ではない。水浴び見られて殺そうとしてたし。
次に、シエナはシエナで、高位司祭になれたのは高額の寄進をしたから、という疑いがある。証拠らしい証拠はないが、割りとそこは黒いと俺は思っている。
「アナタ運がいいわよ。シエナ様は、ホントにときどきしかお説教なさらないの。今日、人が多いのは、あの方が壇上に立つって噂が流れてたからなんだけど、ホントでよかったわ。とっても可愛らしい方でしょう? みんなあの方目当てで来てるのよ」
なんだか娘か孫でも見るような目だが。
周りの年齢層高めな出席者たちも同じような目で彼女を見ている。
もっとも教団内で彼女が人気があるというのなら、それに越したことはない。
お説教が始まったが、引っ込み思案で恥ずかしがり屋な普段の彼女からは想像もつかないような、堂々とした話しぶりだった。
そういえば入信を勧めてくるときなんかは、人が変わったように積極的になっていたし、教団内ではあんな風に振舞うことができるのかもしれない。
都会に住んでいても森の恵みを受けていることを忘れないこと。
誰かが獲った肉を食べるということは自分もその狩猟に寄与しているようなものであるということ。
左の頬を殴られたら、全力で右の頬を殴り返すこと。
そんな感じのことを、彼女は獣耳をぴんと立てて、出席者たちに熱く語った。
あたりを見渡してみると真面目に聞いている者はほとんどおらず、彼女の可愛らしさにでれでれしている者がほとんどである。
まるで偶像のようだ。
彼女はそれに気付いているのか、いないのか。
語りにはますます熱が入り、身振り手振りも激しくなっていき。
そしてそれが最高潮に達したところで、会衆席に座る俺と目が合った。
シエナは、びくっ! と、蛇を見つけた猫のように大きく飛び退る。
俺はもちろん今日も、姿を欺く腕輪、匿名希望をつけているが、同じ円卓の騎士には効果がない。
小さく手を振ってみるも、彼女は完全にパニック状態で、首を振り、あたりにきょろきょろ視線をやったり、自分の目をこすったりするだけ。
突然の高位司祭の変貌に、出席者たちの間で、どよめきが広がる。
横から慌てた様子でやってきた侍祭と、二、三会話を交わして、シエナは、ようやく落ち着いたようだった。
説教台のところに戻り、冷や汗をかきながら、震える声で話を続ける。
「え、え、えーと。今のはですね。世の中、突然何が起こるか分からない。だからこそいつでも対応できるようにしておこう、という意味の行動でしてですね。これは森の中でも、都会でも同じです。女神アールディア様も言っておられます。『常に自分が狩る側であることを意識せよ。受身であっては狩られる側に回る』と。皆さんも、常にどんな状況の変化にも対応できるようにしましょう」
不自然すぎるまとめ方だったが、出席者の皆様にはどうでもよかったことのようで、最後にシエナが祝祷を行うと、盛大な拍手が巻き起こった。
彼女はそれに一礼で答えると、そそくさと壇上を去ろうとして……あ、こけた。
侍祭に助け起こしてもらって、そのまま去る。
ちょっと悪いことをしてしまったかな、と罪悪感を覚えたが、せっかくここまできたので、もうワンアクションしておこうと思う。
☆
礼拝のスケジュールの最後、出席者による献金タイムも滞りなく終わると、そこでひとまず解散となった。
しかしそのまま帰るものはほとんどおらず、獲れたばかりの獣の肉が振舞われる中庭の有料食事会へ出るものと、懺悔室の前に長蛇の列を作るものとに分かれる。
俺は後者を選び、老人たちの列に並んだ。
懺悔室に入っている時間はまちまちだが、それほど長くはない。
そのうち俺の番がきて、侍祭の女性から説明を受ける。
「当教会の懺悔室をご利用になるのは初めてでいらっしゃいますね? 本日、皆さんの懺悔を伺うのは、説教も担当されたシエナ・マッコイ高位司祭です。なおご入室いただく前に、神木の枝から作った、霊験あらたかなお守りをご購入していただく決まりでして」
と、侍祭が見せてきたのは、小さな円盤のような形の木彫りのお守り。神木と言ってはいたが、それほどいい木材を使っているとは思えないし、造りが丁寧ということもない。
彼女はさらに、小さな砂時計も見せてくる。
「このお守りを一つご購入いただくと、こちらの砂時計が落ちきるまで話を聞いていただける、というシステムになっております。お守りは一つ、一金貨。複数購入すれば、それだけシエナ高位司祭とお話できる時間が増えます」
教会のくせにずいぶん阿漕な商売をしているものである。
いや、教会だからこそかもしれないが。
「最大いくつまで買えるの」
「十個までとなっております。その場合、お話の後、シエナ高位司祭と握手もできます」
「十個もらおう」
「ありがとうございます!」
国庫から直接貨幣を取り出す魔法の品、財政出動から勇者金貨を十枚取り出す。
侍祭から、十枚のお守りを受け取ると、俺は懺悔室の中へと足を踏み入れた。
薄暗く狭い木製の部屋の中に仕切りがあり、そこに小さな穴がいくつも開いている。
彼女の声はそこから聞こえてきた。
「か弱き猟犬よ。お座りなさい」
言われるまま、置かれていた木の椅子に座る。
シエナは――普段と違うお堅い喋り方で、尋ねてきた。
「今日はどんな罪を告白しにきたのですか」
「実は俺、冒険者のようなことしているんですが、仲間に人狼の女の子がいまして。最近、彼女のことが凄く気になるんです」
仕切りの向こうで息を飲むのが分かった。
声で俺だと分かったのだろう。
「き、ききき、気になると仰いますと? 具体的に、ど、どう気になると言うのですか?」
「あの尻尾がどんな風に体とつながっているのか気になるんです。あと耳と頭の境目も気になります」
この返答にがっくりきたようで。
「……普通につながっていますよ。はっきりとした境目はないです」
「今度頼んだら、見せてくれないかなぁ。特に尻尾の方」
「み、見せません!」
声を荒げて。
自分のことのように反応してしまったのを失敗と思ったのか、こほんと咳をしてから言い直してきた。
いや、彼女のことで正解なんだが。
「み、見せてくれないと、思いますよ……? お、お尻に近い部分ですから」
「そこなんですよ、見たいと思う理由は。お尻と腰の間くらいから生えてるじゃないですか。グレーゾーンじゃないですか。具体的にどれくらいの位置に生えてるか知りたいんですよ。土下座で頼めば見せてくれないかなぁ」
「絶対にダメです!」
外に聞こえるくらいの大声で言ってから、また我に返り。
「人狼にとって尻尾と耳は凄く大事な部位なんです。アイデンティティなんです。おいそれと見せるようなものではないんです」
「うーん……そうですか」
残念です、と彼女に告げて。
「それじゃ、もふもふしたいです。尻尾と耳を」
「……時と場合によりますが、必ず相手の了承を取ってください。機嫌がとてもいいときであれば、許してくれると思いますよ」
あきれ果てたのか、はっきりこちらまで聞こえる音量で、シエナ・マッコイ高位司祭は、ため息をついた。
「そろそろ時間です。貴方に、慈悲深き森の女神アールディア様のご加護がありますように」
だいぶ投げやりにお祈りしてくれた彼女と共に外に出て、両手で握手をしてもらう。
ついでにその際、侍祭に金貨をいくらか掴ませると、俺の持ってきた自動現像擬似投影機で撮影までしてくれた。
シエナは相当嫌そうな顔をしていたが。
ともかく当初の目標であった、彼女の司祭服姿の擬似投影紙の入手に成功したのである。
☆
「主さまぁ!!!」
案の定というか、期待通りというか、その日の夜、俺の寝室にシエナが苦情を言いに来た。
もちろん彼女はすでに普段着に着替えている。
俺は寝室の壁に設置したボードに、この間の祝勝会で円卓の騎士みんなで撮ったヤツと、聖剣広場でアザレアさんと撮ったヤツ、そして朝にシエナと撮ったヤツを、どう配置したものかと考えている最中だった。
耳と尻尾をぴんと立てて、ぷんぷん怒る彼女に両手を挙げて尋ねる。
「もふもふさせてくれる?」
「機嫌がとてもいいときなら許してくれるかもって言ったじゃないですか! 今のわたしが機嫌よさそうに見えますか!?」
もちろん見えない。
両手を合わせ、頭を下げる。
「許してくれよ。ちょっとした出来心だったんだ」
こちらがずっと頭を上げずにいると、心優しい彼女は、少し声のトーンを落としてきた。
「あの、どうして礼拝へいらっしゃったんですか。いえ、そのこと自体を咎めているわけではないのです。来るなら来ると一言仰ってくれれば、わたしもあれほど動揺しませんでしたし……いえ、主さまのお姿を見て、動揺するわたしが悪いことも、もちろん分かってはいるのですが」
しどろもどろに言葉をつむぐ彼女。
頭を上げて、本音を言う。
「司祭服姿のシエナが見たかったんだよ。キミがお説教するって聞いたの、今朝だったんだ。驚かせてごめん」
もしかするとあの精霊詐欺師が、礼拝の時間ギリギリにあの情報を持ってきたのは、そうすればシエナが驚くであろうと期待してのことだったのかもしれない。
いや、ヤツのことだ。きっとそうだ。
シエナは両手をもじもじさせながら、視線を床に向けたまま、言ってきた。
「わ、わたしのお願い事、一つ聞いてくれたら、許してあげます」
「なんなりと」
「この間の祝勝会のビンゴ大会でもらった、ディッキーランドのペアチケット……一緒に行ってほしいです。期限とか特にないそうなので、お暇なときで構いませんから」
ディッキーランドは王都の近郊にある、大人気統一観光施設だ。
俺もいつかは行ってみたいと思っていた場所である。
「もちろんいいとも」
快諾すると、彼女は眩しいくらいの笑顔を作り、尻尾を左右に振って喜びを表現した。
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【第十三席 シエナ】
忠誠度:★★★[down!]
親密度:★★
恋愛度:★★★★[up!]
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