第二十五話 無礼講にしたのは間違いだった
「王様ゲーム~! イェ~イ!」
決戦級天聖機械、アスカラくん撃破記念祝勝会の余興第二弾に関しては、ラヴィに一任していた。
なので泥酔気味の彼女が、そのあまりに不敬なゲームを始めようとしたときは、口に含んだ酒を噴き出しかけた。
「赤い印のついたくじを引いた人が王様になる! 他の人はその命令に絶対に従う! そんなルールのゲームだよ! さぁ引いた引いた!」
と、彼女は棒状のくじを七本取り出して、その先端を握り、テーブルの真ん中に差し出した。
「正気ですか、ラヴィ。貴女が、そんな野心を抱いているとは思いもしませんでした」
リクサは驚愕を隠しきれない様子で、自身の腰のあたりに手を伸ばした。
たぶん天剣ローレンティアを探してるんだと思う。
だが、半分アルコールに浸った脳みそでは没収されていることに思い至らないのか、何度も空を掴む。
そのうち、ようやく丸腰だと気付いて、困りきった顔でこちらを見てきた。
「ミ、ミレウス様。いかがいたしますか」
「いいよ。ラヴィの好きにさせてやれ」
もしかすると彼女が祝勝会をやろうと言い出したのは、このゲームをやるためだったのかもしれない。
俺も覚悟を決めた。
ワインを瓶から直接、喉に流し込んで、全員に告げる。
「今夜は無礼講だ。俺に不満があるってんなら、全部聞いてやろうじゃないか」
「いや、あの、なんか勘違いしてる気がするんだけど……」
ラヴィは少し酔いが醒めた様子で、呟いたが。
「まぁいいか。とりあえず引こうよ、ほらほら」
彼女の手から、それぞれがくじを引く。
先端が赤く塗られたくじを引いたのはリクサだった。
「ど、どどどどど、どうしましょう!!」
「……おめでとう。キミがウィズランド王国の第七代国王だ」
彼女の肩をぽんと叩き、祝福する。
王様をやるのも悪くない、と思ってきた頃だったんだが。
残念だ。
唇を噛み、ぎゅっと目を瞑る。
ラヴィは、こちらの態度にドン引きしたのか、だいぶ素面に近い状態に戻っていた。
「いや、なんだか深刻そうな顔してるけど、これ余興だから。王様になったという体で、命令するだけだから。一回交代だから」
「まぁそうだろうと思ってたよ。俺はね」
リクサの反応が面白かったので、乗っかっただけである。
図らずも王様になってしまったその彼女は、ぽーっと意識が飛びそうな顔のまま、ラヴィに尋ねた。
「あの……結局これ、どうしたらいいのですか」
「当たり以外のくじには一番から六番までの数字が書いてあるから、それで対象を選んで命令すればいいよ! 例えば、二番が四番の頬にキスをする! とか」
「なるほど」
女王リクサは欠片も考えることなく、食事用ナイフを手にとった。
「それでは、二番がヤルーの頬にこれを刺してください」
「怖えよ! 暴君かよ! 名前で指名すんのはダメだろ!」
国民ヤルーの抗議を受けると、リクサは普段の品行方正な態度からは及びもつかないことだが、舌打ちのようなマネをしてみせた。
「あ、さてはさっきのゴミ部屋発言、まだ根に持ってやがるな!?」
「別にもう怒ってませんー。それじゃあ、二番が四番の頬にキスをする、でいいです」
みんなが自分の引いたくじを確認する。
「……二番は俺っちだよ」
「あ、オイラ四番だ」
ヤルーとヂャギーが手を挙げる。
ラヴィが、ひゃー! っと手を叩いて喜んだ。
「そーれ、キース! キース! キース!」
ラヴィ一人のコールが響く中、苦虫を噛み潰したような表情のヤルーが、ヂャギーの被るバケツヘルムの側面に唇をつけた。
「鉄の味しかしねーぞ!」
そうだろうなと思うけど、兜なしよか多少はマシだろう。
自分が下した命令が遂行される様を、実に楽しそうに見ていたリクサ女王は、退位の前にレギュレーションの変更を提案した。
「ヤルーにキスとかされたくない人もいるでしょうし、今後、その手の命令はなしにしましょう」
「えー!!」
ラヴィだけが反対の声を上げたが、男も女もほかに不服の態度を示す者はなく、それはそのまま通った。
「それじゃあ次の王様きめよーう!」
気を取り直したラヴィが、くじを回収して、ガシャガシャと混ぜる。
酒を呑みながらやるにはリスキーすぎるゲームだと思ったが、今更止められるものでもなかった。
狂騒の夜は更けていく。
☆
「あー……王様ゲーム、楽しかったです……」
ヂャギー王から下された腕立て伏せ千回の命令で完全に酔いが回ったのか、リクサは部屋の中をおぼつかない足取りで歩き始めた。
全身びしょ濡れの俺に、それを介護するだけの気力はない。
ナガレ女王の命令で、王城の中庭の池で、ひと泳ぎしてきたのだ。
真夜中なのでたぶん大丈夫だが、匿名希望もつけてなかったので、誰かに目撃されていたら、大変な醜聞になるだろう。
「死にたい……死にたい……」
床ではその命令を下したナガレが、両手で顔を覆ってじたばたしている。
ラヴィ女王に言われた、三番の人のいいところを至近距離で目を見て十個挙げろ――を完遂したからだ。
そのときの三番は俺だった。
「ミレくん、もうお酒がにゃいよ……新しいの、頼んで……」
女中服をだらしなく着た、泥酔状態のラヴィが、先ほどまでリクサが座っていた俺の隣の席に着いて、絡んでくる。
彼女が服を着替えているのは、俺の命令に当たったからである。
女性陣なら誰でもいいやと思って命じたのだが、これがなかなか上手くハマった。
少しサイズの大きい女中服の胸元からは、ラヴィの大きすぎず、小さすぎもしない谷間が覗いている。
「ミレくん、どこ見てるのー?」
「夢だよ。夢を見ている」
さすがは[怪盗]。
リクサ同様、視線には気付かれてしまったが、彼女は嫌がる素振りを見せない。
元々そういうタイプなのか、泥酔してるからかは分からないが、とても素晴らしいことだ。
「主さまは、時々、そういう邪な目で女性を見ますよね……」
先ほどヤルー王に一発芸を命じられ、使役してる精霊にバカにされる[大精霊使い]のモノマネ四連発を行ったシエナが、俺をじとっと見てくる。
「もう少し……もう少しだけ、欲望を自分の中に留めるようにするべきだと思います」
「ほーう? 王様にご忠言とは、偉くなったなぁ、シエナ。王様ゲームが終わった今、王様は俺なんだぞ」
めちゃくちゃ当たり前のことを言って、テーブルの上に身を乗り出し、彼女に迫る。
「シエナにも女中服を着せてやろうか? 王様の命令は絶対だぞ」
「い、いやですー!」
げへへと下卑た笑みを浮かべ、両手を挙げて、シエナを脅かしていると。
背後で、どさっと倒れこむ音がした。
振り返ると、リクサが俺のベッドで横になっている。
彼女の命令を受けたナガレに、可愛い兎のイラストを頬に描かれてしまったヤルーが、その様子を見にいく。
「あーあーあーあー。呑みすぎだと思ったんだよ。他の毒には全部クソ高い耐性持ってるくせに、アルコールは普通に効くんだよな、勇者って」
俺も見にいってみるが、完全に熟睡していた。
王のベッドで、無断で就寝とは不敬極まりない。
これは添い寝の罰を与えるしかあるまい。
後が怖いから、やらないが。
「こうして黙って寝てりゃ可愛いんだけどな」
ヤルーは眠りこけるリクサの額にデコピンをする振りをしている。
「そうだ、こんなチャンス滅多にないし、下着でも見てやろうかな!」
「やめたほうがいいよ。前に見て、死ぬほど怒られた」
「み、見たことあるのか。度胸あるな、ミレちゃん」
見るだけでなく触りもしたけど。
そのことは黙っていよう。
と、俺とヤルーは同時に、後ろから首に腕を回された。
清酒の瓶を片手に持った、ナガレが絡んできたのであった。
「クッソー! お前ら、もっと酒呑めよ! そんでさっきのことは忘れろ!」
「さっきのことってのはアレか。ミレちゃんのことを、カッコいいだの、優しいだの、褒めちぎってたときのことか」
「うがー! そうだよ! それを忘れろってんだよ!」
ナガレは俺たちの体をめちゃくちゃに揺さぶりながら、清酒をラッパ飲みする。
そしてそのまま床にぶっ倒れた。
俺たちは顔を見合わせる。
振り向いてみると、すでにラヴィはテーブルに突っ伏して、涎を垂らして爆睡してるし、シエナはシエナで席の背もたれによりかかって白目を剥いている。
「……めんどくせえから、全員ベッドに放り込むか。王様用のバカでけえベッドだ。四人くらいいけるだろ」
それがいいかもしれない。
「ヂャギー、頼めるか?」
相変わらず一人でちびちびと芋の蒸留酒を呑んでいた彼に頼むと、いつものように安請け合いしてくれた。
☆
ヂャギーに女性陣四人をベッドにまとめてもらった後。
残された男性陣三人で、なぜかは分からないが、床にあぐらを掻いて、酒盛りの続きを始めた。
ヂャギーが執事に頼んで持ってこさせたのは、蒸留酒。
「こいつはうわばみだからな。こんくらい強いのじゃないと効かないらしい」
とはヤルーの談だ。
「他の奴らも弱いわけじゃねえんだけど、呑み方を知らねえ。俺っちみたいに加減して呑みゃあいいのによ」
俺とヤルーは、ヂャギーから蒸留酒をグラスに分けてもらい、ぐっと飲み干した。
胃が焼けるような感覚と共に、頭が、かーんと熱くなる。
「ほかにも色々余興を用意してあったんだけどなー。これじゃ、無理だよね」
「次回に回せばいいんじゃないかな!」
ヂャギーの言うことはもっともである。
どうせまたそのうち魔神か天聖機械のどちらかがやってくるのだ。
それを倒したときの祝勝会に取っておけばいい。
サラミをつまみに、強い酒をやりながら、宴が始まった当初のことを思い出す。
「そーいや、さっきヤルーが金持ってないって聞いて意外に思ったな。金儲けのために[精霊使い]と詐欺師やってるんだと思ってたし」
「待て。人聞きの悪いことを言うな。俺は詐欺師じゃない。たまに商人の真似事をするだけだ」
うんうん、とヂャギーが横で頷く。
「オイラがいつも着てる革鎧も、ヤルーが売ってくれたものなんだよ! 少しサイズが小さいし、百着セットなら五割引でいいって言われたから迷わず買ったよ! 今買っておけば一生買い足さなくていいって言われたんだよ!」
大丈夫か? それ騙されてないか?
生涯で革鎧を百着も使い潰す人がいるのか?
というか、それでいつも、微妙にサイズのあってないのを着けてたのか……。
「オイラ、体に力入れるといつも服破いちゃうから、たくさんあると便利なんだよ!」
と、ヂャギーが筋肉を見せ付けるようなポーズを取ると、ビリッ! という音と共に着用しているタキシードのあちこちが破けた。
「……これ、レンタルだったのに!」
「あとで俺が国庫からお金出して、弁償しといてあげるから、気にしないで」
落ち込むヂャギーに声をかけてから、ヤルーの方に向き直る。
「金のためじゃないなら、なんで[精霊使い]なんてやってんの」
「ん? ふっふ、それはな」
ヤルーは不敵に笑い、懐からいつもの魔導書を取り出そうとして、没収されていることを思い出したらしく、動きを止めた。
「あの優良契約は別名、精霊図鑑って呼ばれてる貴重品だ。それぞれのページに契約すべき精霊が載ってて、その全てをコンプリートすると、凄いことが起こると言われている」
「凄いこと……とは?」
「教えてあげないよーん。ミレちゃんが、集めるの手伝ってくれるなら話は別だがね。ま、それが俺が[精霊使い]やってる理由ってことよ」
この男を手伝う気はさらさらないが。
その凄いこととやらが、世の中に迷惑かけるような類のものでなければいいと思った。
まさか邪神バーサスが復活するとかではあるまいな。
「さーて。俺は一つ秘密を話したわけだ。ヂャギちゃんもさっき、王様ゲームのときに、シエナ女王の命令で恥ずかしい秘密話してたよな」
「ああ、あのバケツヘルムに隠された秘密ね。あれは心底、驚いたけど」
「そうそう。ということでミレちゃんもなんか秘密、話せよ。男三人、それが公平ってもんだろ」
急に言われて返答に窮する。
聖剣の力の解放条件とか、その辺はもちろん話せない。
話せる秘密なんて、特にない気がするが。
「なんかないのかよ。例えばこのベッドの下に、エロい擬似投影紙隠してるとかよ!」
突如ヤルーがベッドの下に手を突っ込む。
俺はのしかかるようにして、それを止めた。
「や、やめろー!」
「お、慌てたな!? やっぱ何か隠してんな!? そうだよなぁ! 男子たるものベッドの下には秘密のお宝を隠さないとなぁ!」
隠してあるのはこいつの血がついたハンカチと、ナガレの血のついたハンカチなのだが。
それを見られると、さすがにヤバいコレクターだと思われるので全力で止める。
「おい、ヤルー! 王の寝室でこんなことしてどうなるか分かってるのか!?」
「さっき今日は無礼講だって、自分で言ってたじゃねえか!」
「建前に決まってるだろ! 読みとれよ、その辺!」
激しい、もみ合いになる。
横で一人静かに、蒸留酒を呑んでる男に視線を向けて。
「ヂャギー! こいつ止めるの手伝ってくれ!」
「分かった!」
それから三人で団子のようになって、ごろごろ転がったあたりまでは覚えているのだが、そこから先はもう完全に記憶にない。
たぶん無理に動いたせいで酔いが回って、揃ってダウンしたのだと思う。
☆
朝。小鳥のさえずりで目が覚めた。
頭痛が酷い。
というか、ここはどこだ。
王の寝室だけど、いつものベッドの上じゃない。
固い床の上だ。
俺の腹の上にはヤルーが水死体のような格好で乗っかっている。
一方、俺の頭はヂャギーの太い足の上に乗っけていた。
ベッドに目をやれば、あられもない姿で眠りこけている女性陣四人。
俺はいったい何をしていたのか。
壁にかけてある横断幕の文字を見て思い出す。
『アスカラくん撃破おめでとう!』
そうだ、みんなと親睦を深める目的で祝勝会をやってたんだった。
しかしイマイチ記憶が曖昧な箇所がある。
大ビンゴ大会あたりまでは割りと覚えてはいるんだけど。
起きる気配が微塵もない六人の騎士はそのままに、頭痛に耐えて部屋を出ると、聖剣に好感度を表示する。
酒のせいで誰も昨日のことをはっきり覚えていないせいか、忠誠度も親密度も恋愛度も、まったく上がっていなかった。
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【第二席 リクサ】
忠誠度:★★★★★
親密度:★★
恋愛度:★★★★
【第六席 ヂャギー】
忠誠度:★★
親密度:★★★★
恋愛度:★
【第七席 ナガレ】
忠誠度:
親密度:★★★
恋愛度:★★★★
【第九席 ヤルー】
忠誠度:★
親密度:★★
恋愛度:★★★
【第十二席 ラヴィ】
忠誠度:★★
親密度:★★
恋愛度:★★★★
【第十三席 シエナ】
忠誠度:★★★★
親密度:★★
恋愛度:★★★
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