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第二十四話 酒を呑んだのは間違いだった

 蜘蛛型決戦級天聖機械(オートマタ)、アスカラくん討伐祝勝会の余興第一弾、大ビンゴ大会は、意外なほどの盛り上がりを見せていた。


「やったー! 揃いました! 揃いましたよ!」


 ビンゴカードを片手に、ぴょんぴょん跳ねて、喜びを発露させたのはシエナだった。

 ふさふさの尻尾を左右に物凄い勢いで振って、小躍りしている。


 いつもの恥ずかしがってばかりの彼女からは想像もつかない、はしゃぎぶりである。

 興奮のためか、頬が少し紅潮しているようにも思える。

 まぁ奇跡みたいなことが起きたのだから、それも無理はない。


「おかしいだろ! 最初の四球で一列揃うとかどんな確率だと思ってんだよ! 三十万回に一回だぞ! 絶対なんかおかしなことやっただろ!」


 抗議の声を上げ、ヤルーが疑いの眼差しで、シエナのビンゴカードを睨む。

 確認してみたが、開いている四箇所の数字は確かに、最初にかごから出てきた四個の玉と一致していた。


「わたしはどこかの詐欺師とは違うので、イカサマなんてやーりーまーせーんー」


 思い切り煽られ、ぐぬぬとヤルーが歯噛みする。


「そうだ……アールディアの上級固有魔法に《運量操作フォーチュンコントロール》ってのがあったな!? それ使っただろ! でなきゃ起こるかよ、こんなこと!」


「変な言いがかりはよしてもらえませんか? わたしがそんな魔法を使ったという証拠がなにかあるんですか?」


 ヤルーの周りをうろちょろしながら、なお煽る。

 しかしここでヂャギーが手を挙げて、特に他意もなく、目撃証言を発した。


「しーちゃん、さっき、ビンゴが始まる前に両手組んでブツブツ呟いてたよ!」


 シエナが固まる。


「あ、アレはただ普通にお祈りしてただけです! 呪文(スペル)を唱えていたんじゃありません!」


 誤解なんです! と、今度はヂャギーの方にまとわりつく。

 俺は、まぁ、どちらかといえばシエナを信じる派だった。


「……禁止指定魔法だしね。習得するだけでも五年以下の懲役または金貨百枚以下の罰金だし。シエナがそんなもの使うわけないよね」


「そ、そうですよ! (あるじ)さまは信じてくれますよね?」


 ぱぁっと表情を明るくして、下から覗き込んでくる。

 ヤルーが後ろから肩を掴んできた。


「騙されるなよ、ミレちゃん。コイツは金の力で高位司祭の地位を買った女だからな。円卓の騎士になったときに、神殿に多額の寄進をして、その地位を手に入れた女だからな」


「ヤ、ヤルー! なんてことを! あれは臨時収入が入ったから、日頃の感謝の気持ちを示しただけです! その後すぐに高位司祭に昇格したのは、たまたまです!」


 なんだか収集がつかなくなりそうだったので、ここらで強引に流れを変える。


「えーと、一位の賞品は、三ツ星旅館に泊まる王都近郊の大人気統一観光施設(テーマパーク)ディッキーランドの、一泊二日ペアチケットでーす。みんな拍手~」


 腹の中はどうあれ、ヤルー以外はきちんと拍手をする。

 シエナはラヴィから賞品を受け取ると、それを胸に抱きしめて、みんなに向けて喜びの声を発した。


「嬉しいです! これもすべて女神アールディア様のご加護のおかげです! 皆さん、入信しましょう!」


 なんだか、《運量操作フォーチュンコントロール》使用疑惑が、より深まるような発言だったが。

 シエナは席に戻りながら、ヤルーに見下すよう視線を送った。


「邪神バーサスとやらの加護はたいしたことないですねぇ? 悔い改めて、これまでの悪行に対する罰を受ければ、貴方もアールディア教に入ってもいいんですよ?」


「テッメェ、(トサカ)に来たぞ! 誰があんなクソ過激原始宗教に入信するかよ!」


 ヤルーも問題だけど、シエナも大概だな。

 とにかく場が荒れそうになったときは、流すしかない。


「はい! まだ大ビンゴ大会は続きますからね! 張り切っていきましょうねぇ!」


 かごについてる取っ手をぐるぐる回して、新しい玉を取り出す。



 シエナに続いて上がったのは、ヂャギーだった。


「やったー! 揃ったよー!」


 普段と違うタキシード姿ではあるが、言動はそのままである。

 丸太のような両手を挙げて、喜びを表現する。


「最後の一個が開く前、緊張しすぎて頭がおかしくなるかと思ったよ! また茸の幻覚見て暴れだすところだったよ!」


 そうならなくてホントよかったね……と声をかけて、賞品を手渡す。


「二位の賞品は、金貨三十枚相当の、王都の高級焼肉店、ジョン=ジョン・エンドールのお食事券でーす。みんな拍手~」


 人徳なのか、みんなから素直に祝福され、ヂャギーは後頭部に手をやってぺこぺこし、恥ずかしがるような素振りを見せた。

 バケツヘルムのせいでよく分からないけど。


「孤児院のみんなと行ってくるよ!」


 実に心優しい男である。



 三番目に上がったのはリクサだった。


 これ揃ってますよね? と俺に何度も何度も確認してから、ようやく控えめなガッツポーズを作った。


「や、やった……! これは嬉しい……!」


 少しばかし涙ぐんですらいる。

 よかったね……。


「えー。三位の賞品は全自動で床をお掃除してくれる、清掃精霊(クリクリ)入りの高級家庭用機械、バルーンでーす。拍手~」


「ど、どうも……」


 みんなに拍手を送られて、リクサは普段は見せないような照れた表情で、頭を下げた。


 四番目に上がったのは祝勝会運営側でもあるラヴィだった。


 彼女は一列揃ったことを確認すると、うきうき顔で、自ら景品を取ってきた。


「四位の賞品は、王都の美容専門店、ビューティ・クロコダイルのマッサージ・エステ券、金貨二十枚相当でーす」


「とっても嬉しいです! みんなありがとう!」


 送られた拍手に対してわざとらしい笑顔を返すラヴィに、耳打ちをする。


「なんだかラヴィが一番喜びそうな賞品持ってったけど、何か不正とかしてないよね?」


「ハハハ、まさか……」


 目をあわそうとしないので、怪しいところではあったが。

 まぁいいか、続けよう。



 五番目に上がったのはヤルーだった。


 一列揃った途端に、席の上に立ち、高笑いをする。


「見たか! これが! 愛と平等の邪神、バーサス様のご加護だ!」


「五番目って別によくはないけどな……まぁヤルーがそれでいいならいいんだけど」


 まだ上がってない俺が言うのもなんではある。


「五位の賞品は、クアッド・フェネクス社の最新遊具、ゲームスペース(フォー)でーす。拍手~」


 なんだか拍手が(まば)らな気がするが。

 ヤルーは気にもかけていないようで、尊大な態度で賞品を受け取った。


「くだらないものだったら質屋にぶちこむつもりだったが、これはなかなか面白そうだな。もらっておこう」


 左様で。



 残りは二人。

 俺とナガレだけになった。


「ちょうどいい。あのときの決着をつけようぜ」


 ナガレがビンゴカードを両手で握り、殺気だった目で俺を見てくる。


 あのときってのはたぶん決闘したときのことを言ってるんだろうけど、あれは俺の勝利で完全決着してたし、そもそもこんな運ゲーで勝っただけで、この人は満足できてしまうのか。

 だいたい最下位決定戦だぞ、これ。


 ナガレがそれでいいなら負けてもいいかなーっと思っていたのだけど。


「あ、揃った」


「チクショー!!!」


 俺の方が一足早く、揃ってしまった。

 ナガレはビンゴカードを放り出して、テーブルに突っ伏す。


 みんなの拍手の中、ラヴィから六位の賞品を受け取る。

 自動現像擬似投影機(ポラロイドカメラ)だった。


「あー、これが俺のとこにきたか。ちょっと嬉しいな」


 賞品を決めたのは俺である。

 そういや一応全員に賞品がいくようにしたけど、一番下のは何にしたっけ。


「最下位の賞品は、これだよー。一個一銀貨もする高級たわし。おめでとう、ナガレちゃん」


「うるせー!」


 ナガレはラヴィから洗浄器具を受け取り、それを床に叩きつける。


 そういや落差があったほうが面白いかなと思って、アレにしたんだっけ。

 もう少しまともなものにしてあげればよかったかもしれない。


 ナガレはしばしすると、反省したように、部屋の隅まで転がった、たわしを拾いにいった。


「そうだ。擬似投影機カメラあるし、一枚撮っておこうか」


 執事を呼んで擬似投影機カメラを渡し、部屋の壁際に二列で並ぶ。

 背の高いヤルーとヂャギーが後ろなのは確定として、残りの立ち位置を決めるのはだいぶ揉めた。

 ただ王様である俺が真ん中なのはさすがに誰も文句は言わなかった。


 意外なのは俺の隣を、シエナが意地でも離れようとしなかったことである。


「んっふっふ」


 普段なら絶対にしないような笑い方をして、俺の右腕をがっしり掴んで離さない。

 さっきから思ってたけど、顔が赤い。


 日頃から赤面症気味ではあると思っていたけど、どうもこれは感じが違う。


「完全に出来上がってやがるな、この野獣」


 後ろからヤルーが呆れた調子で言う。


「まさか……呑んでたのか、シエナ!」


「グビグビいってたよ!」


 気付いていたなら止めてくれ、とヂャギーに非難の目を送るが、どうやら伝わらなかったらしく、首を傾げられる。


 さっきから彼女の様子がおかしかったのは、そのせいだったのか。


 とにかく記念撮影を無事終えて、テーブルに戻る。


 現像された擬似投影紙(フォトグラフ)はなかなかのデキであった。

 せっかく擬似投影機カメラを手に入れたことだし、撮ったものを貼り付けるボードか何かをこの部屋に設置するのもいいかもしれない。


「つーか、ミレちゃんとリクサも呑めよ。呑んでないの、キミらだけだぞ」


 ヤルーにワインの瓶をぐいっと差し出され、しばし考える。

 

 アルコールが入っていないとできないコミュニケーションがある、とは俺は思わないが。


 無碍(むげ)に断る理由も特にない。

 無言でグラスを出して、()いでもらう。


「お、なんだ、ミレちゃん、イける口かよ!」


「田舎育ちだからね。都会より、その辺だいぶ緩いから」


 香りを堪能してから、一息で飲み干す。

 王に即位してから酒を呑んだのは初めてである。


 さすが王に供されるものだけあって、田舎で飲む安酒とは比べ物にならない豊満な風味だった。


「いいねいいね! ガンガンいけよ!」


 こちらのグラスが空いたのを見て、ヤルーはすぐに次を()いでくる。

 

 それを見て、ラヴィも酒瓶を持った。


「リクサも呑もうよ、ほらほらー」


「え、い、いえ、私はけっこうです。万が一のときは、ミレウス様をお守りしなければいけませんから」


「王城の中だよ? 王の寝室だよ? こんなところで万が一なんてあるわけないでしょー」


 王城には諸侯騎士団(ノーブルナイツ)も詰めているし、外部の要因は確かに心配ないのだが。

 この部屋の連中が暴れださない保証はない。


 しかし酒好きで、休みの日の前は晩酌を欠かさない彼女である。


 度重なる勧めに、心が揺らいできたようで、俺に助けを求めるように視線を投げかけてきた。


「いいんじゃない? 明日は祝日だし、特にやることもないでしょ。少しくらいならさ」


 これが間違いだった。

 この時点で俺も少し酔っていたのだと思う。


 自宅で一人酒をしてるときも、酔いつぶれてそのまま眠ってしまうような彼女に、何故酒を勧めてしまったのか。


「そ、それでは、ほんの少しだけ……」


 ラヴィに注いでもらったワインを見て、リクサの顔はあからさまに(ほころ)んだ。

 実に幸せそうに、グラスをあおる。


 それからは、次から次へと酒が運ばれてきた。






    ☆






「スーパーミレくんアタックだよ。絶対、スーパーミレくんアタックだよ」


 麦酒(エール)をぐびぐび呑みながら、目が据わり始めてきたラヴィが、何度も繰り返す。

 薬味を乗せた厚焼き卵に、魚醤を垂らしてつまみにしている。


自己犠牲呪文(メガ○テ)でいいんじゃねーの。自爆技だろ」


 米から作った清酒を杯で呑みながら、ナガレがとろんとした目で言った。

 彼女は先ほどから、イカをあぶったものを噛んでいる。


「いやいやいや、呪文じゃねーから。シンプルに、めちゃ固いヤツ絶対殺す剣とかでいいんじゃないの」


 とうもろこしの熟成酒(ウイスキー)をロックでやりながら、ナッツを(かじ)って、ヤルーが適当に提案した。

 だいぶ体がふらふらしているように見えるが、それは俺の頭の方がふらふらしているからかもしれない。


「王の奥義が、そんなダサい名前でいいはずありません! 原罪を背負う天魔を誅する極王の剣……というのはどうでしょう!?」


 生ハムとチーズをあてにしながら、高級ワインを水のようにがぶがぶ呑んで、真っ赤な顔のリクサが叫ぶ。


「それこそ、ダサいだろ……いってぇ!!」」


 ヤルーが手元に食事用ナイフを投げられて、悲鳴を上げた。

 指が少し切れたようだが、わざと当てたのか、アルコールで狙いが狂ったのか。


 いずれにしても、もう止める気が、俺にはない。

 もうなんでもいいやとは思っていたが、一応みんなに聞いてみる。


超大物殺しの必殺剣(レイドボスキラー)じゃダメなの?」


「そ、それは技の特性ですから、名前としては相応しくありません」


 シエナが果実蒸留酒(ブランデー)をジュースのように呑みながら、ぐるぐると目を回して否定してくる。

 高級チョコレートを頬張って、少し考えて。


「慈悲深き森の女神の一閃アールディア・スラッシュというのはどうですか、(あるじ)さま!」


「いや、アールディア様のお力、一切借りてないし」


 ここぞとばかりに自分の信仰対象を推してくるシエナの案は一蹴し。


 塩をなめながら、芋から作った蒸留酒をちびちびやっていたヂャギーに目を向ける。


「別に名前なんてなくてもいいんじゃない?」


 彼のありがたいお言葉に、それもそうかと一同で頷く。


 地獄の宴はまだ続く。


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