第二十三話 祝勝会を開いたのは間違いだった
「ミレくん、ミレくん、祝勝会をやろうよ!」
と得意げな顔で円卓騎士団第十二席のラヴィが王の食卓に顔を出したのは、百本足の決戦級天聖機械アスカラを撃破した翌朝のことだった。
「ほう……興味深いな」
固ゆで卵に塩をつけて頬張りながら、彼女を隣の席に誘う。
もっとも彼女はそんなことしなくても、勝手にやってきて勝手に座るのだが。
「アスカラくん討伐記念にってことでさ。円卓の騎士のみんなでパァーッとやろうよ」
「なるほど……ラヴィは天才だな……ときどきキミが敵でなくてよかったと、神に感謝することがあるよ」
適当に褒めると、ラヴィはえへへと笑って、赤毛のポニーテールが揺れる後頭部に手をやった。
実際、団員と親睦を深めるには悪くない手だ。
ラヴィは椅子を引き摺ってきて、俺のすぐ横に陣取る。
「ねね、どこでやろっか」
「どこかの店を貸しきろうかな。いや、騒ぎを起こしたら不味いしな」
特にシエナがヤルーを刺しそうで怖い。
と、すると王城内がベターな気がするが。
「円卓の間……で、やるのはまずいか。飲みもの零して壊したら、マーリアにめっちゃ怒られそうだしな」
「そもそも今の人数だと大きすぎるよ、あのテーブル。座る席も決まってるしさー」
「そうすると、この食卓も広すぎるな」
いっそ、中庭にシートを敷いてやるというのも悪くないが。
「そうだ! じゃあミレくんの部屋でやろうよ!」
「俺の部屋? 寝室と執務室と応接室があるけど」
「寝室! 寝室!」
「うーん……よし、いいだろう」
自室に呼ぶというのは実に友人らしいシチュエーションであり、好感度を上げるにはもってこいな手であるように思える。
実家にいた頃はあまりに自室が狭かったため、誰かを呼ぶということは一度もなかった。そのためそういうのに、ちょっと憧れめいた気持ちも抱いていた。
「で、いつやるの」
「そりゃ今夜でしょ! この勝利の余韻が醒めないうちに!」
「そうと決まれば、善は急げだな。今、招待状を書くから、ラヴィがみんなに届けてくれ」
「合点承知だ!」
ラヴィは握りこぶしを作り、力瘤を見せるようなポーズで元気よく返事をする。
テンション高ぇな。
こういう仕事以外のときは、よく動くんだけどな、この人。
さらさらと五通、宛名以外同じ文面の招待状を書き、封筒に入れて、封蝋を垂らし、印璽を押す。
敬語とかがだいぶいい加減な文面になった気がするが、なにせこの国に俺より偉い人間はいないのだ。どうってことないだろう。
「アタシの分も書いてよー!」
「しょうがないなぁ」
たぶん気分の問題なのだろうが。
一通追加で書いて手渡すと、彼女はパァッと顔を輝かせた。
☆
その夜。
俺とラヴィの半日掛かりの作業によって祝勝会会場に変貌した我が寝室に、最初に姿を現したのは、いつもと違うフォーマルな格好をしたシエナだった。
たぶんアールディア教の正装に近いものだろう。
「こ、このたびはお招きいただき、まことにありがとうございます」
獣のような耳と尻尾をピンと立ててお辞儀をする彼女を、ラヴィと二人で出迎える。
寝室にしてはあまりに広すぎると常々思っていたこの部屋だが、こうして祝勝会会場にしてみると、ちょうどいい感じである。
中央に設けた丸テーブルに七人分の席が用意してあり、その一つを引いて、そこへシエナをエスコートする。
「あ、主さま自ら……すみません」
「いいのいいの。今日は俺が接待する側で、シエナたちはお客様だから」
と言ってみたものの、俺も一緒に戦って得た勝利を祝う会なので、やはり変ではある。
次に来たのはリクサだった。
前にラヴィと彼女と三人で王都で遊んだときに買ってあげた、胸元の大きく開いた、水色のショールドレスを着ている。
「申し訳ありません、ミレウス様。このようなことは、本来なら副官である私が企画、運営せねばならなかったのですが」
「いいのいいの。なんか今日は、昨日の事後処理を色々やっててくれたんでしょ。いつも悪いね。そういうの全部やらせちゃって」
彼女も丸テーブルの席へと連れていった。
「いつもここでお休みになられていらっしゃるのですね」
感慨深げに部屋の中を見渡され、なんだか気恥ずかしくなる。
学校の先生に家庭訪問されたような気分だった。
三番目に来たのはヂャギーだった。
顔を覆い隠すバケツヘルムを被っているのは相変わらずだが、今日は革鎧ではなくタキシードを着ている。
「ご招待いただき、光栄の極みだよ!」
綺麗な花束を持ってきてくれたので、ありがたく頂戴し、花瓶に入れて丸テーブルの上に飾る。
「すごい飾りつけだね!」
「半日かけて頑張ったからね」
壁には『アスカラくん撃破おめでとう!』と墨でデカデカと書かれた横断幕と、折り紙で作った輪つなぎ、それに紙製花が飾られており、自画自賛だが、華やかな雰囲気を醸し出せていると思う。
開始時刻ちょうどくらいに現れたのは、ヤルーだった。
片目に眼帯をつけているのは相変わらずだが、今日はいつものローブではなく黒のスーツで、髪も後ろになで上げている。
あとは眼帯を外して表情をどうにかすれば、どこぞの貴族の三男坊くらいには見えなくもない。
「よう、ミレちゃん! お召しにより参上いたしましたぞっと」
俺が出した招待状を片手にニヤニヤしながら。
「この、王の印璽つきの封筒、質屋に入れようとしたら断られちまったよ。どうせ贋物だろうって。ひでー話だよなぁ」
酷いのは人の出した封筒を金に変えようとするこの男の思考である。
そして最後に、やや遅刻気味に入ってきたのは――というか部屋の入り口に姿を見せたのは、ナガレだった。
彼女は普段どおりの作業着風衣服姿で、ドアから真っ赤な顔だけ出して、こちらに叫んでくる。
「平服で御出席くださいって書いてあったのに、なんで全員お堅い格好してんだよ!」
あれを額面どおりに受け取ったのか……いや、いいんだけど。
「いいのいいの。ナガレはそのままでいいんだよ。その格好が似合ってるよ、うん」
なかなか部屋に入ってこない彼女の腕をひっぱり、無理やり引きずり込む。
それをヤルーが、相変わらず人を小ばかにしたような顔で見ていた。
「ミレちゃん、気付いてたか? ナガちゃん、時間より前に来てたのに、着てくるもの間違えたかなって、ずっと部屋の前でうろうろしてたんだぜ」
「うるせーバカ! 言うんじゃねー!」
ナガレにぶん殴られて、ヤルーが吹っ飛んだのはいいとして。
「ホントに平服でよかったんだけど、もし気になるなら、ドレスでも用意させようか?」
「あ……いや、別にオメーが気にならないんなら、いいんだけどよ」
ということで、そのまま始めることになった。
あらかじめ厨房に頼んでおいた飲み物と、食事が運ばれてくる。
席の配置はほとんど適当だが、ヤルーとシエナが対角に位置するようにはしてある。あとナガレとリクサともできるだけ離した。
「それじゃー、ミレくん。開会のご挨拶をお願いしまっす!」
ラヴィに促され、席を立ち上がる。
みんなは席についたまま、期待の眼差しで俺を見上げてきた。
「えー……まずですが」
なんでこんなこと言わなきゃならないんだと思いながら。
「全員、手持ちの武器をすべて、テーブルの上に出してください」
きょとんとする一同。
もう一度同じ言葉を繰り返すと、ようやく、それぞれ隠していた武装を出してくれた。
聖銀製の天剣に、小剣に小型のナタ、分厚い魔導書、無数の短剣に多種多様な暗器、拳銃と木刀。
結局武器を一切所持していなかったのは、ヂャギーだけだった。
「祝勝会に、どうして武器持ってくるの? 招待状に書いてあったっけ?」
と本気で分からないという顔をしていた。
「ごめんね! オイラ持ってくるの忘れちゃったよ!」
「いや、いいんだ。ヂャギー。それでいいんだ……」
とりあえずテーブルの上に並んだそれらは没収して、執事に預けておく。
どちらにせよ俺以外の全員が、【瞬間転移装着】できるので、それほど意味はないが、少なくとも衝動的に、誰かを刺したりすることは減るだろう。
俺も聖剣を壁にかけておく。
「それでは気を取り直して。えー、円卓の騎士の皆様、昨日はお疲れ様でした。皆の奮闘により、当面の脅威であったアスカラくんも撃破でき、こうして、卵も青い光に戻りました」
魔女からもらった、この島に迫る脅威を予告する魔法の品――時と告げる卵をみんなに見せる。
卵型のガラス玉は、今は差し迫った脅威がないことを示す、青い光を放っている。
「次の脅威がいつ頃到来するかは分かりませんが、しばらくはゆっくりできることと思います。皆で掴んだ束の間の平和です。満喫しましょう」
もちろん、実際は色々やるべきことがあるのだが。
それを正直に言うと王都から脱走しそうなやつが、ちらほらいるので嘘をつく。
全員に飲み物が行き渡ったことを確認し、グラスを掲げる。
「それじゃあ、円卓騎士団の勝利を祝して! 乾杯!」
俺の音頭を受けて、みんなが声を合わせてグラスを揚げる。
そして地獄の宴が始まった。
☆
「うっひょー! おいおいおい、いつもこんないいもの食ってんのかよ、ミレちゃん!」
ヤルーが宮廷料理に舌鼓を打ちながら、嬉しそうに声を上げる。
「ヤルーだって領地持ってるんだから、これくらいのもの食べようと思えば、いつでも食べられるだろう」
「俺の領地の精霊山脈は精霊以外ほとんど住んでねーから、税収なんて雀の涙なのよ。[精霊使い]はよく来るけど、その辺管理してるのは国営団体だから、入場料は国庫行きだしな」
それは意外だ。特権階級である円卓の騎士でもお金に不自由しているヤツがけっこういるのだろうか。
そういやリクサも家庭の事情でそうだった。
その彼女に目を向けると、ナイフとフォークを器用に使って、優雅に食事をとっていた。
「ヤルー。美味しいのは分かりますが、もう少し落ち着いて、品のある食べ方をなさい」
「品? 品だって? ゴミ部屋のご令嬢は言うことが違うねえ!」
ビーンと。
音を立てて、テーブルに置いたヤルーの手の指の間に、リクサが先ほどまで手にしていたナイフが突き刺さる。
これでは武器を没収した意味がない。
ナイフと言っても、食事用の先が丸まったものだ。テーブルに突き刺さるようなものではないのだが。
「ミレウス様の御前ですので一度は許しますが、次は小さいほうから順に指を切り落とします」
「おお、怖え。しかし、なんだな。もしかしてミレちゃん、知ってんのか」
「ああ……アレのこと? うん。ヤルーを追いかけた日に、リクサの家行ったからね」
俺からすると、ヤルーや他のみんなが知ってることの方が意外だったが。
「前にリクサが風邪を引いたときに、みんなで見舞いに行こうとして、それで見ちゃったからねー」
ラヴィがローストした牛肉を実に美味そうに頬張りながら、教えてくれる。
リクサは執事から新しいナイフを受け取り、その切れ味を確認するように、刃にじっと視線を向けてから。
「せっかくの祝勝会ですから、流血沙汰は起こしたくありません。無駄口を叩かず、ただ料理だけを食べていなさい」
「へーいへい」
慣れたことなのか、他のみんなは無言のまま食事を進めているが、なんだか祝勝会とは程遠い空気になってしまった。
とにかく流れを変えようと俺は立ち上がり、ことさら明るい顔をして、みんなに提案した。
「きょ、今日はね! 楽しい余興をたくさん用意してあるから! 早速、第一弾行ってみようか!」
ラヴィに目配せをして、後ろに用意しておいたブツを取って来させる。
取っ手のついた球形のかごの中に、小さな玉がいくつも入ったものだ。
そしてみんなには縦横五マスずつに分かれた厚紙を配る。
「じゃーん。大ビンゴ大会~! イェ~イ!」
ラヴィと二人、拍手をして盛り上げる。
他のみんなはノリについてこれなかったようで、しばしぽかんとしていたが、粘り強く拍手を続けていると、やがて一緒にしてくれた。
「あ、あの……なんですか、ビンゴって」
シエナが手を挙げて質問してくる。
ご存知ないのも無理もない。
昔の訪問者がこちらの世界へ持ち込んだ、マイナーな遊戯だからだ。
「説明しよう。このかごを回すと、数字の書かれた玉が一つずつ出てくる。みんなに配ったその紙のマスにも数字が不規則に書いてある。出てきた玉の数字と一致した箇所に穴を開けるんだ」
なるほど、とシエナは、ぽんと手を叩く。
「で、その穴の場所に対応した、ヤルーの体の箇所に穴を開けられると」
「怖えよ、そのルール! どんな脳みそしてたらそんなん思いつくんだよ! 魔王の宴の余興かよ!」
ヤルーの抗議はもっともである。
もちろん、そんな血なまぐさいルールではない。
「穴の開いたマスが、縦横斜めのいずれか一列揃ったら勝ちってルールだよ。順位に応じて豪華景品も用意してあるからね。みんな奮って参加してね」
おお、と歓声が沸く。
なんだかホントに祝勝会っぽくなってきた。
ラヴィがキャスターつきの黒板を引っ張ってきて、準備を整える。
「景品の予算はミレくんが国庫から出してくれたんだよ~。凄いよね~。太っ腹だよね~。カッコイイよね~」
完全に職権濫用だが、命がけで戦い、国を救ったのだ。
これくらいやってもバチは当たらないだろう。
「あ、そうそう。豪華賞品用意したって言ったけど、俺たちも参加するから、一番いいのは持ってっちゃうかもね!」
俺とラヴィも厚紙を一枚ずつ手に取る。
自分で用意した余興だけど、なんだかわくわくしてきた。
「それじゃあ始めるけど、その前に、真ん中のマスはフリーだからみんな開けておいてね」
「……ちょうどお腹のあたりですね」
シエナが厚紙に穴を開けながら、ヤルーの腹を見る。
「怖えよ! 完全に野獣の眼じゃねえか! 魔王の血やっぱヤバいって! 絶やすべきだって!」
少しだけ同情するが。
とにかく、宴はまだ始まったばかりだ。