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第二十話 責務を引き受けたのが間違いだった

 魔神(デーモン)天聖機械(オートマタ)を解放したのは統一王だという告白の後も、時の魔女ノルニル――あるいは初代円卓の騎士、魔術師マーリアの独白(どくはく)は続く。


『もちろん彼が悪意を持ってそれらを解放したわけではありません。あれは不幸な事故でした。人助けのためという側面もありました。しかし彼は責任を感じ、生涯をかけてこの島に尽くそうと決意したのです』


 事実、統一王は生まれ故郷ではないこの島でその生涯を閉じている。


 一介の冒険者から成り上がり、手にした自分の王国だ。

 そこで死を迎えたというのはごく当然のことだと思ってきたが、その真の理由が贖罪(しょくざい)の気持ちからだったとは。


『王国の運営が安定してきた頃、我々(わたしたち)は王都の劇場に、喜劇という形で統一戦争の記録を残しました。その中に、統一王が遺跡に封印された危険種(モンスター)を解放してしまう一幕がありますが、あれを盛り込んだのは罪悪感からだったのかもしれません』


「……観たよ、その劇。面白かった」


 俺の賛辞を聞くと、マーリアは目を閉じたまま、にっこりと微笑んだ。


『あれの内容はほとんど事実です。統一戦争は本当に苦しい戦いでしたが、そんな中でも仲間たちと共に過ごす時間は楽しいものでした。(わたし)のかけがえのない財産です』


 彼女の笑みに、嘘はないと感じた。


「王国成立期に真実を言えなかった理由はよく分かったよ。でも統一王が解放した件は伏せておくにしても、魔神(デーモン)天聖機械(オートマタ)が戻ってくることは、今からでも国民に周知したほうがいいんじゃないかな。もう統一されて二百年経ったんだし、いまさら国が空中分解することもないだろう」


『おやめなさい、王よ。いつ化け物が復活するか分からない土地に住んでいると知って、今まで通りに過ごせる者はいません。それにそのことを話すなら、その対処法である円卓システムについても話さねばなりません。そうなれば、それを維持するために国の上層部が享受(きょうじゅ)し続けてきた特権のことも明るみに出かねない。その大醜聞(スキャンダル)に耐えられるほど、今の国は強いでしょうか』


 返答に詰まる。

 

 その特権もすべては国を守るためにあったのだ……と説明したところで、素直に受け入れてもらえるとは思えない。

 他にも何か隠しているんじゃないかとか、どうして今まで黙っていたんだとか、不満の声で溢れかえるのは目に見えている。

 少なくともシステムがそのまま存続できることはないだろう。


「俺たちにできるのは、すべてを秘密にしたまま、国と民を守り続ける事だけ……か」


 マーリアは頷き、両手を広げた。


『では、最後にもう一度だけ問います。円卓の騎士の責務を負う覚悟はありますか』


 誰も何も言わない。

 

 化け物と戦うリスクと円卓の騎士を引き受けたそれぞれの理由を天秤にかける時間は、もう終わったのかもしれない。


 俺もどういうわけか、ここで降りるという選択肢は思い浮かばなかった。

 統一王の話を聞いたからだろうか。


 マーリアは満足したように、また頷いた。


『そうだと思いました、そういう人材しか円卓は選びませんから』


「じゃあ表決なんて、させる必要なかったんじゃないか?」


『最後の慈悲ですよ。アルマがいれろと言ったのです』


 すっと。マーリアが俺の方に手を差し伸べる。

 彼女の浮かぶ水槽の向こうから、ガラスを越えて、禍々しく真っ赤に輝く何かがこちらへやってくる。


『取りなさい』


 受け取る。


 卵型のガラス玉だった。

 

『それも歴代の王の間で受け継がれてきた(アイテム)です。いつか貴方が王を辞めるとき、回収するので大事に持っていてください。時を告げる卵と言います』


 なんだかかなり(まぶ)しいが、中を覗き込んでみる。

 どこかの景色が映っていた。


魔神(デーモン)天聖機械(オートマタ)を対処可能な未来へ飛ばしたと言いましたが、いつ戻ってくるかは(わたし)自身にも分からないのです。そこで製作したのがその卵です。未来を予知し、次に危険が迫るこのウィズランド島の中の土地を察知し、そこの映像を映す、そんな機能があります。一目でどこか分かるように我々(わたしたち)は、上位の個体を未来へ飛ばした場所には目印となる様々な遺跡を残したのです』


 あっ! と声を上げたのは、シエナだった。

 それで俺も思い出したけど。


「も、もしかして、アルマの里の環状列石(ストーンサークル)も!?」


『そのとおりです、人狼(ウェアウルフ)の子よ。あそこの脅威がすでに消化されたかどうかは分かりかねますが』


 ウィズランド島に散らばる、統一戦争期に作られた意味不明な遺跡群。

 あれにはそんな意味があったのか。

 俺自身、他にもいくつか目にしてきたように思う。


『さて、脅威が戻ってくる時期ですが、その卵が青い光を放つ間は大丈夫。黄色い光を放ち始めると近いうちに。赤い光まで出すようになると、もう間もなく。いずれにせよ、対処可能な未来に飛んでいるはずなので、一度に大勢戻ってくることはないはずです。今は青い光を放っているでしょう?』


 淡々と――ちょっと得意げにマーリアは話すが。


 俺はリクサと顔を見合わせた。

 卵をつまみ上げ、みんなに見せる。


『貴方がたにとっての最初の脅威がやってくるまで、十分な時間があるはずです。先ほどお話した、責務について知る国の上層部の者達ともよく相談し、迎え撃つための準備をしっかりとしてください。民を巻き込まないように細心の注意を払うのですよ』


 ヤルーが『あちゃあ』という顔で苦笑する。

 ラヴィが『ダメだこりゃ』という顔で首を振る。

 ナガレが目元を押さえて(うつむ)き、シエナが『あわわ』と泡を吹く。

 ヂャギーは『なんで?』という風に首を捻った。


 代表して、俺がマーリアに話さなければならないようだった。


「真っ赤なんだけど」


『え?』


「真っ赤に輝きすぎて、禍々しい感じなんだけど。今にも爆発しそうな勢いなんだけど」


 マーリアはそこでようやく瞼を開いた。

 すみれ色の瞳をしている。


 彼女は卵の光の色を確認し、慌てふためいた。


『な、なぜ! 王が生まれるのは、最初の脅威の到来より、だいぶ前に設定したはずです! ……まさか、即位してすぐにここへ来なかったのですか!?』


「それは、ええ、色々ありまして」


 人数が足らず表決を通せなかったせいだが。

 ヤルーとラヴィに視線を向けると、あいつらは知らん顔でそっぽを向いた。


『……ここへ来た人数が妙に少ないから、おかしいとは思っていたのです。しかし、それだけ光を放っているならば、今日の夜明け前には現出(げんしゅつ)してしまうでしょう。もう本当に時間がありません』


 静寂の森に入ったのが、日付が変わった頃だ。

 それから森の中を歩いて、こうして話を聞いて……。


「ど、どこが映ってるんですか!」


 シエナが心配した様子で見にくる。故郷の里のそばにも出現する可能性があるのだから、当然だ。


 二人、顔を並べて目を細めて、ガラス玉を覗き込む。


 (まぶ)しくて、正直よく分からないが。


「足をたくさん生やした……昆虫? (あるじ)さま、これは……」


「アスカラの地上絵だ! 蜘蛛の形の!」


 シエナと顔を見合わせる。


 昨日、円卓で見たあの地上絵、王都の南西に広がる、あの荒野の観光スポットだ。


『あそこで未来へ飛ばしたのは百本足の決戦級天聖機械(オートマタ)です。地上絵自体に名前を残しましたが、アスカラと言います。深手は負わせてあるはずですが、大変火力が高く、もし王都へ向かったら、一瞬ですべてを消し飛ばすでしょう』


 さっと血の気が引く。

 王都が消し飛んだら、いったいどれくらいの人が犠牲になるんだ?


「ここからだと王都を挟んで反対だ! 夜明けまでなんて、到底間に合わない!」


 王都からここへ来るまで馬車で半日近くかかった。

 もし人数分の早馬を用意できたって無理だろう。


「そ、そうだ、ヤルー! 風精霊(シルフ)を召喚して、飛んでいけば……」


「無茶言うなよ、ミレちゃん。俺っちが契約してる風精霊(シルフ)は三体だけだし、そんな長時間は飛べないっての」


 やれやれとヤルーは肩をすくめて、マーリアの方を見やる。


「アンタがどうにかしてくんねえのか? 魔女なんだろ? 世界最強の生物なんだろ?  天聖機械(オートマタ)くらい《瞬間転移(テレポート)》していって、さくっと倒してくれよ。もう一度未来へ飛ばすのでもいいぜ」


 無茶苦茶を言ってるように聞こえるが、魔女というのは確かにそれくらいできてもおかしくない生き物だ。


 しかしマーリアは残念そうに首を振った。


『先ほどもお話しましたが、(わたし)は統一戦争期に力を使いすぎ、もはやたいした魔術は使えません。この水槽を出ることもできない体で、こうして騎士たちに真実と責務について話すので精一杯。ですがこの距離ならば、貴方がたを送り届けることは可能でしょう』


 七人分の《瞬間転移(テレポート)》をしてくれるというのだろうか。

 それだけでも、そこらの魔術師には到底できない芸当だ。


『貴方達が去れば、また私は眠りにつき、この館は他の場所へ転移します。魔女というのは忌み嫌われる者。一箇所に定住はできないのです』


「どうして貴女(あなた)は自分の力を失うようなことまでして、この島を守ろうとしたんだ? 俺の知ってる魔女っていうのは、そんなことするような生き物じゃない。真なる魔王と共に世界を恐怖のどん底に叩き落とした……」


『冷酷なる支配者、ですか?』


 マーリア自身に言われ、返答に(きゅう)する。

 彼女は口元に手の甲を当てて、くすくすと笑い。


『仲間の皆にも言われましたよ、それ。魔女と一口に言っても色々いますし、真なる魔王様がこの地上を去って、長い時が過ぎました。時間が流れれば人は変わります』


 ひとまず、笑いは収めたが。

 目元にだけ、笑みの痕跡を残して続ける。


『先ほどの、なぜそこまでしてこの島を守ったかという質問の答えですがね。それは(わたし)が、統一王のことが好きだったからですよ』


 あの喜劇の内容はほとんど事実だったと、彼女は言っていた。

 だとしたら、この人は統一王に口説かれていたということになる。


 しかし彼女がここで言っているのは、そういう男女の恋愛感情のことではないような気がした。


(わたし)だけではありません。初代の円卓の騎士はみんな、あの男のことが好きでした。彼は天性の人たらしだったのです。どうしようもないダメ人間でもありましたけどね』


「知ってるよ。アルマの水浴びを覗いて殺されかけるような、ダメ人間だろう」


 おや、と彼女の眉がぴくりと動く。


 なんとなく事情を察したのだろう。

 くつくつと笑い。


(わたし)が愛したのは真なる魔王様、ただ一人。でも、この人のためなら死んでもいいと思えたのは、統一王(アーサー)だけです』


 真なる魔王が滅びたとき、運命を共にした魔女もいた。

 しかしここにいるマーリア――ノルニルはそうしなかった。


 その彼女が言うのだから、それは重い言葉だ。


『話してみて分かりました。貴方にも、王の器があります。聖剣はまた適切な人材を選定したようです』


「王の器って、なんです? 王に最優先で求められるものって」


 戦闘能力でないことは先代王(フランチェスカ)から聞いている。

 あれからいくらか考えてみたが、ぴんとはこなかった。


『円卓の騎士……彼らと共に過ごしてきたのなら、分かるはずですよ。王がなぜいるか、よく考えてみてください』


 ヒントになっているのか、いないのか。よく分からないことを言って、マーリアは俺たち全員を見渡した。


『皆さんの名前を教えてください』


 そういえばまだ名乗っていなかった。

 ひとりひとり、自分の名を告げる。


 マーリアは満足げに頷いて。


『ミレウス王。そしてその騎士たちよ。どうか無事、貴方がたの責務を果たされますように』


 奇妙な浮遊感と共に。

 視界が歪み、そして暗転した。






    ☆






 浮遊感が終わり、視界に光が戻ると、俺たちは荒野を見晴らす丘の上に立っていた。


 上空に輝くのは独裁月(ユリウス)皇帝月(ガイウス)

 その光に照らされて、荒野に横たわる蜘蛛の地上絵が浮かび上がる。


 背後を振り向けば、王都が親指の先くらいの大きさに見える。


 馬を飛ばせばすぐの距離だ。

 こんなところで天聖機械(オートマタ)が目覚めたら、どうなるか分かったものではない。


「しかし、これは凄いな……」


 改めて地上絵を見下ろして、思わず感嘆の声を漏らす。


 けっこう距離があるのだが、はっきりと蜘蛛を描いていると分かる。

 たしか荒野の表面の石を取り除き、下の酸化していない明るい岩石を露出させることで線を引いているのだと、観光パンフレットに書いてあった気がする。


 普段はこのあたりも観光客で賑わっているそうなのだが、幸い深夜なので人影はない。


 俺たちは円形に座って、作戦会議を始める。


天聖機械(オートマタ)……アスカラが現れたら、どうしようか」


「決戦級の相手をしたことはありませんが、戦略級天聖機械(オートマタ)と構造が同じと仮定すると、(コア)を破壊すれば活動停止するはずです。ただ、そこがもっとも強固に魔術障壁で守られているはずですので、それをどうするか、ですが」


 リクサが地面に棒で、一般的な天聖機械(オートマタ)から想像したアスカラの構造を描いてくれる。


「……これ、(タコ)じゃないよね」


「く、蜘蛛です! 暗いから、上手く描けなくて!」


 まぁいいや。大事なところは分かるし。


「とにかくその(コア)ってのを最大火力で打ち抜くしかないのか」


「はい。しかし戦略級のものでさえ、破壊するのは困難を極めます。この中で最大火力を出せるのは私ですが、正直なところ確実にやれるとは言い切れません」


 それじゃあどうするんだ、と言おうとしたところで。


 時間が来た。


 時を告げる卵が更なる赤い光を放ち、そしてふっとそれが収まる。


 みんなの顔が一斉に、荒野へと向けられる。



 地上絵の上、すべてとは言わないが。

 大規模な空間が歪み、そこに金属質の光沢を持つ巨体が現れる。



 百本足の決戦級天聖機械(オートマタ)――アスカラ。



 その名の通り、数え切れないほどの足がある。

 そのどれもが形状も大きさも異なり、動きも違う。


 こちらを向いている方には口らしき形状があり、その周囲をぐるっと赤い光の点が囲んでいる。


 胴体の背中にあたる部分には、リクサが推測したとおり紫色に光る巨大な鉱石――(コア)が埋め込まれている。


 本当にデカい。

 足を広げた全体のサイズは、あの王城の中庭ほどはあるかもしれない。


「不味い!!」


 ヤルーが叫ぶ。


 アスカラの口に、魔力の光が収束する。

 そして極太の熱光線(レーザー)が、俺たち目掛けて放たれた。

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