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第二百十二話 滅びの女神に挑んだのが間違いだった

「すげーな、こりゃあ。ハハハッ」


 丘の端に立って右手をかざし、ヤルーが滅びた黄金郷を見やる。

 その口元は笑うしかないとでも言う風に(ほころ)んでいた。


 砕けた疑似恒星の欠片(かけら)(そら)から投げかける光は残滓(ざんし)と呼ぶべきほど弱々しい。だが滅びた都市の姿を眺めるには十分な光量だ。


「ミレちゃんが見た、さっきの幻視。俺っちも見たぜ。いや、ここにいる全員が見たんだろうが……。凄かったよなぁ。実際に行けば度肝を抜かれるとかオフィーリアが言ってたのも今なら頷けるぜ」


 視線は前に向けたまま、ヤルーが震える手で眼帯を外す。その両眼は幻視の中で見た絶頂期の黄金郷を(とら)えているかのように爛々(らんらん)と輝いている。


 ここに来るのが、この男の宿願だった。


 俺たちはまだ五感情報や思考を共有している。だからこの男の歓喜も自分のことのように感じられた。


「よかったな、夢が(かな)って」


 俺が声をかけると、ヤルーは横目でこちらを見てニヤリと笑った。


 他のみんなも丘の端まで来て、この広大な地下空間を圧倒されたような顔で眺める。

 中でもラヴィは荒野に点在する黄金郷の廃墟に興味津々の様子だった。


「お宝はないかなー。こんだけ広いんだから、どっかになんか残ってそうだけど。……でもまずはアレをどうにかしなきゃか」


 いつものふざけた口調ではあったが、ラヴィの声には極度の緊張と恐怖が(にじ)んでいた。

 彼女が視線を向けたのは地下空間の果て。


 シエナもそちらを見て、森の女神の聖印を切りながら震える声で呟く。


「あれが滅びの女神……」


 前に彼女から聞いたアールディア教の終末論を思い出す。やがてくる終末の日に“破滅”の女神が(よみが)えり、終末戦争(メギド)を再現してこの世界を無に()すというものだ。

 あれはこの日のことを暗示していたのだろうか。


「でっかいんだよ!」


 女神を見て、興奮した様子でヂャギーが両腕を上げる。


 確かにデカい。この島の最高峰であるウィズ(ざん)よりもデカいかもしれない。

 だがあまりに遠く、あまりに巨大だ。そのサイズを正確に推し量るのは難しい。


 しばし俺たちは口をつぐんだまま、ウィズを見ていた。


 ウィズもまた俺たちを見ていた。その美しい顔はうっすらと微笑んでいるようでもある。

 俺が彼我(ひが)の途方もない規模の差に心を折れかけたのとは逆に、ウィズは俺たちを何の障害でもないと考えているのかもしれない。

 数千年待ちわびた復活の日が来た。ただそれを喜んでいるだけなのか。


「陛下、卵を!」


 ブータが鋭く警告の声を上げる。

 理由は明らかだ。(きり)のようにおぼろげだったウィズの姿が急速に実体を得ようとしていた。


 慌てて懐から時を告げる卵を取り出すと、爆発寸前のような強烈な赤黒い光が目を刺した。

 おかしい。上で最後の休憩をした時点では、まだいくらか猶予(ゆうよ)のある光り方をしていたはずだ。


我々(オレたち)が来たことで、強引に復活を早めたようだな。つまり奴は我々(オレたち)を障害と認識しているということだ。……弱気になる必要はないぞ、王よ」


 俺を勇気づけるようにレイドが推測を述べた。


 どうやらそれは当たっているらしい。滅びの女神をぐるりと(おお)うように、これまたとてつもない大きさの半透明の障壁が出現したからだ。卵の殻のような形状をしていた。


 イスカから苦々しい記憶が俺たちに伝わってくる。

 あれは終末戦争(メギド)においてウィズを難攻不落のものとした“女神の殻”という防衛機構らしい。あれを突破するためにイスカとその同型たちが多大な犠牲を払うことになった場面の記憶が、俺たちの頭の中でも再生される。


「まずはアレこわさないとどうにもできないぞー」


 イスカが静かな闘志を宿した瞳で宿敵を見据え、それを(おお)う障壁を指さす。アレと女神のことは彼女の心的外傷(トラウマ)であったはずだが、完全に乗り越えたようだ。


 スゥが俺の聖剣を見て、念押ししてくる。


「ミレウスさん、やり方(・・・)は分かったっスね?」


「ああ、大丈夫」


 初代の連中は復活した女神がアレを再展開してくることを予見していた。打破するための方法も彼らは考えていた。

 それはスゥの記憶から俺たちにすでに共有されている。


アレ(・・)やるのかぁ、ドキドキするなぁ」


 アザレアさんが胸に手を当てて、深呼吸を繰り返す。俺がヤルーと精霊界に行っていたここ半年の間に、彼女はみんなと一緒にアレ(・・)の訓練を幾度かしていた。


アレ(・・)が役に立つ時が来て嬉しいデスよ。自分としては斧以外の武器を使うのは(しゃく)に触るんデスけど」


 ニコニコしながら語ったのはデスパーだ。俺とナガレが世界の狭間(はざま)の魔力の海で帰還者シャナクに監禁されてた間に、こいつがアザレアさんとイスカのアレ(・・)を製作したのはまさにこの時のためである。


「ま、ここまで来たら、やるしかねえわな」


 覚悟を決めたように、あるいは己を鼓舞(こぶ)するようにナガレが右の拳を左の手のひらに打ち付けた。


 他のみんなも決意を固めた。聖剣による精神共有(マインドリンク)でそれが分かる。


 誰かの弱気は誰かが打ち消す。

 誰かの意志を誰かが後押しする。


 思考や感情を共有することで、俺たちはそれぞれがそれぞれを補完しあっていた。


「陛下、ご命令を」


 毅然(きぜん)とした表情でリクサが俺を見た。

 三年前に同じことをした時は彼女が指揮をしていた。


 あの時、俺はただ後ろで見ているだけの傍観者だった。

 この国の王としての自覚もろくになかった。円卓騎士団の団長としての自覚も。


 今は違う。


「行こう!」


 俺が声をかけると、みんなは揃って頷いた。

 その顔に迷いや恐れは、もはやない。


 円卓の騎士は王である俺を除いて全員が[聖騎士(パラディン)]との二重職(ダブルクラス)だ。

 みんなはその固有スキルを用いて――俺はリクサからスキルを借りて――それぞれの横に、純白の装甲で覆われた見事な体躯の軍馬を召喚した。シャナクが(つく)ったエドの街の馬屋で飼育されていた聖馬たちだ。


 一斉(いっせい)に軍馬に飛び乗り、純白の全身鎧(フルプレート)全面兜(フルフェイス)馬上槍(ランス)を【瞬間転移装着インスタント・エクイップ】する。

 そして全員同時に馬上槍を天に向けると、軍馬が後ろ足で立ち上がり、激しく(いなな)いた。


 肺の底まで息を吸い込み、号令をかける。


「ウィズランド王国円卓騎士団――全騎突撃!!」


 大地を揺るがすような(とき)の声を上げながら、馬を走らせ丘を駆け下りる。


 先頭に俺。

 その後ろにリクサとブータとレイド。

 三列目にアザレアさんとヂャギーとナガレとイスカ。

 そして最後方にヤルー、スゥ、デスパー、ラヴィ、シエナ。


 中心が前方に突き出した、三角形の陣形。魚鱗の陣だ。相手を一気に(つらぬ)く、攻撃の陣形。


 これを使用するのは最初に現われた滅亡級危険種(モンスター)――決戦級天聖機械(オートマタ)“百足蜘蛛”のアスカラ戦以来だ。

 あの時はたったの六騎で敢行した。


 今は十三騎。円卓騎士団の総員ではあるが、やはり重騎兵突撃クリバナリウス・チャージ(おこな)うには寂しすぎる数だ。

 だが万の騎士団にも負けないという自負があった。


 風を切り、最短ルートで荒野を疾走する。

 遥か前方で滅びの女神が完全に肉体を取り戻すのが見えた。


 女神の右手が、こちらを向く。

 かつてこの世界を滅ぼした万物分解の光が、(そら)から雨のように降り(そそ)ぐ。


 だが俺たちは一人として(ひる)まない。手綱(たづな)を固く握り、一心不乱に駆け抜ける。


 見えざる障壁が光の雨から俺たちを守っていた。騎士系職(ナイト・クラスタ)の固有スキル、【陣形突撃】の効果だ。かつてアスカラと戦った時に、奴の熱光線(レーザー)から騎士たちを守っていたのと同じものである。

 だが障壁の強度はあの時とは比べ物にならない。真の姿を現わした聖剣を経由して、これまでとは桁違いの量の魔力が円卓から俺たちに(そそ)ぎ込んでいた。


 アスカラ戦の時よりも遥かに長い距離を駆け抜け――亜音速まで加速して――俺たちはついに“女神の殻”の目前まで(せま)った。

 その頃には俺たちを保護する不可視の障壁は、それぞれが構える馬上槍(ランス)を媒介に成形され、巨大な一つの(くさび)状になっていた。


 それを打ちこむように、俺たちは一切減速せずに“女神の殻”に突っ込んだ。




 (かん)高い激突音。

 無茶苦茶になる視界。

 (まり)のように何度も跳ねる体。




 気づけば俺は地面に()いつくばっていた。

 超硬度の障壁に亜音速で突っ込んだのだ。無論、俺たちにも障壁に与えたのと同じかそれ以上の衝撃が返ってきたが、それは純白の鎧一式(ラウンズ・シリーズ)が粉々に砕け散ることで相殺してくれていた。

 あれには物理的なダメージを一度だけ肩代わりする精霊魔法――《闇分身(ダブル)》と同じ効果がこの局面で発動するよう、精霊(エレメンタル・)(プリンセス)オフィーリアが仕込んでくれていたのだ。


 周囲には俺と同じように元の姿に戻ったみんなが転がっているが、どうやら無事らしい。


 上半身を起こし、見上げる。

 “女神の殻”の一面に亀裂が入っていた。かろうじて卵の形は(たも)っているが、あと一押しだ。


「ヂャギー! 頼む!」


「うん!」


 すぐ横で転がっていたヂャギーが跳ね起きて、丘で一度手放していた片手半剣(バスタードソード)――殻砕き(シェルクラッシュ)を【瞬間転移装着インスタント・エクイップ】する。

 持ち主の意志に反応して剣身が巨大化するというこの魔剣の正体は、滅びの女神の復活に備えて第一文明の生き残りが(のこ)した対策兵器である。

 その名の意味と、スゥがこれを入手するよう頼んできた意味を、俺はようやく理解していた。


 ヂャギーが殻砕き(シェルクラッシュ)を振り上げる。出力限度(リミッター)が外れたその剣身は、“女神の殻”にも劣らぬほどに巨大化していく。


「ぢゃあああああああぎいぃいいい!!!」


 そんな獣のような咆哮(ほうこう)と共に振り下ろされた殻砕き(シェルクラッシュ)は“女神の殻”を見事に粉砕した。

 殻の破片は魔力の結晶となり、雪のようにキラキラと辺りに舞う。殻砕き(シェルクラッシュ)はあっという間に元の大きさに戻った。


「やった!」


 イスカやブータ、アザレアさんやシエナが歓喜の声を上げた。

 これで第一の障害を突破した。俺たちの間に安堵(あんど)の空気が広がる。




 それを、身の毛のよだつような金切り声が塗りつぶした。




 滅びの女神が両手を広げ、絶叫していた。

 その声は怨嗟(えんさ)憤怒(ふんぬ)か。


 俺たちと滅びの女神の間に、大小さまざまな空間の歪みが生じる。

 そこから(あらわ)()るは生物を()した金属製の巨大兵器と漆黒の肉体を持つ醜悪なる人型の化け物――決戦級天聖機械(オートマタ)魔神将(アークデーモン)

 その数、合わせて数十体。


 召喚されたのではない。

 たった今、滅びの女神が産み出したのだ。


 まさに終末戦争(メギド)の再現だ。これだけの戦力があればウィズランド島はおろか、世界さえ容易に滅ぼせるだろう。


 滅びの女神まではまだ距離がある。ここから先は奴の放つ禍々(まがまが)しい魔力(マナ)で満ちており《瞬間転移(テレポート)》は使えない。

 聖剣の最後の力を使うには、俺が奴の元までたどり着かなくてはならない。


「道を切り(ひら)け! 滅びの女神までの道を!」


 俺の最後の命を受け、円卓の騎士たちは行く手を(はば)む滅亡級危険種(モンスター)の群れに向かって、勇猛果敢に駆けていった。

 またまた更新が遅くなってすいません。


 頑張ります。


 今月か来月には終わるはず……です。


 作者:ティエル

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