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第二百十一話 絶望しかけたのが間違いだった

 そして俺はみんなと同じような暗闇の中で、一人の男と相対(あいたい)していた。


 相手は野心的な笑みを浮かべた、くすんだ金髪の青年。

 大陸からやって来た冒険者、アーサー。この島では統一王と呼ばれた男である。


「よっ!」


 アーサーは俺の姿を認めると子供のように笑い、気さくに右手を挙げた。まるで古い馴染(なじ)みみたいに。


 不思議と俺もこの男を長い付き合いの相手のように感じていた。


「統一王……アーサーか。統一戦争期の夢で長いことアンタのことを見てきたからな。なんつーか、初めて会った気がしないよ」


「俺もだよ。ずっと見てたぜ、ミレウス。これまでよく頑張ったな!」


 月並みな言葉だったが、それがこの男の心からの言葉だということはどういうわけか確信できた。


 ここが精神体しか存在しえない円卓の中だからだろうか。

 いや、違う。この男の話し方が、立ち居振る舞いがそう感じさせたのだ。

 『アーサーは天性の人たらしだった』というマーリアの言葉を思い出す。


 不覚にも涙腺が(ゆる)みかけた。


 俺はこの男の足跡をずっと追ってきた。

 この男がいたから俺はここにいる。


 だからその男に――アーサーに今までの努力を認めてもらえたことが無性に嬉しかった。


 目頭を押さえた俺を見て、アーサーは苦笑する。


「お前にゃ貧乏くじ引かせちまったな。そもそもこの国の王なんて罰ゲームみたいなもんなのに、お前はよりにもよってこの代だ。大変だっただろ」


「まぁね。でも俺はアンタに感謝してるんだ。円卓が提示する候補者の中から俺を王に選んでくれたのは、アンタなんだろ?」


「……あー、確かに俺には王を選ぶ権限があるんだが」


 アーサーは言いづらそうに一瞬だけ目を反らした。


「今回、王候補はお前だけだったよ。他の代はそんなことなかったんだけどな。滅びの女神が目覚める可能性が高い時代だったからか、王に求められる条件がいつもより厳しかったみたいだ」


「え……そ、そうなの?」


「あ、勘違いすんなよ? 一択だったからって別にお前に不満があるとかじゃねーから! お前で正解だったと思ってるよ、俺も!」


 その必死さに俺は思わず吹き出してしまった。

 アーサーも釣られるように笑う。


 本当に旧友相手のように自然体で話せる。


 俺は笑いながら思い出していた。

 王になった、あの日のことを。


「三年前に中等学校(ジュニアハイ)の修学旅行で王都に来たんだ。もしもあの時、聖剣を抜いていなかったらどうなってたか、何度か考えたことがある。いや、何度も」


 話しているうちに笑いはおさまった。アーサーも真剣な顔に戻って話を聞いてくれている。

 きっと仲間たちもこれを聞いているだろう。他の初代の連中も。

 全員に向けて語りかける。


「学校を卒業したらアザレアさんとも離れ離れになって、他のみんなとは出会うことすらなくて。俺は島の片田舎の宿屋を継いで、そのままそこで一生を終えたかもしれない。それはそれで幸せだったかもしれないけど――俺はそんなのは嫌だ。ここまで来るのに死ぬほど苦労したけど。いや、実際何度も死んだけど。それでも俺は間違いじゃなかったって断言できる。今日までの日々は絶対に間違いなんかじゃなかった。……だからやっぱり俺は聖剣と円卓に感謝するよ。それと、この仕組みを作ってくれたアンタたちに」


 アーサーは人好きのする笑顔を浮かべて力強く頷く。

 まるで俺のすべてを承認してくれるように。


「そうだ、間違いなんかじゃない。俺の――俺たちの選択は間違いじゃなかった。それを証明してきてくれ、ミレウス」


 アーサーが俺の肩に右手を置いた。


 お互い実体はない。

 触れられない。


 だが、確かにその手から熱を感じた。


「頼んだぜ」


 アーサーの言葉に体が震える。


 彼の、初代のみんなの、歴代の王と騎士たちの、後援者(パトロン)たち、国民たちの。

 この国の二百年の重みがその一言に詰まっていた。


「任せてくれ」


 この代の騎士たちの総意で請け負う。


 視界が暗転(ブラックアウト)し、すべての感覚を喪失する――。






    ☆






 次に気づいた時、俺は目をつむったまま真っ逆さまの体勢で落下を続けていた。

 だがいつまで経っても地面に激突する気配はない。

 どこまでも、どこまでも落ちていく。


 意を決し、重い(まぶた)を開ける。

 目に飛び込んできたのは想像したこともない驚異の世界だった。


 上空に広がるは偽物(イミテーション)の無限の青空。

 輝く疑似恒星の陽光は大地を照らし、黄金の果実を実らせた無数の大木を(はぐく)んでいる。

 そしてその大木――世界樹たちと共生するようにして、震えるほどに美しい白金(しろがね)の街並みがどこまでも広がっている。


 そこでは数百万、数千万、いや、もっと多くの人々が生活を営んでいた。

 彼らは俺の目には奇異に映る衣服を身にまとっている。だが現代を生きる俺たちと、生物として差があるようには思えない。


 常軌を(いっ)した広さのため誤解しかけたが、ここは地中だ。空の彼方(かなた)と地平の彼方(かなた)には大地の色が見える。

 これまでこうした第一文明期に掘削された地下空間には何度か潜ってきたが、そのどれとも比較にならないほど広い。そしてその広大な空間のすべてを埋めるようにして都市は存在していた。


 自然と科学技術が調和した理想の都。

 絶頂に達した第一文明がその総力を挙げて造り上げた世界首都――黄金郷。


 息をするのさえ忘れて、その全容を眺める。

 滅びたはずの都市の最盛期の姿が眼前に広がっていた。


「どうして――」


 震える声で呟いた瞬間、眩暈(めまい)がしたかと思うと同時に景色が一変した。


 偽物(イミテーション)の空は消えうせ、疑似恒星はバラバラになって欠片(かけら)が宙に残るのみ。

 地上では世界樹はただの一本も残っておらず、白金(しろがね)の街は荒野と化し、無残なる廃墟がほんの僅かに点在するだけ。


 そこに命の息吹はほんの僅かも見つけられない。

 都市は死んでいた。そこにいたすべての生命と共に。


 冷静に考えれば分かる。こちらが黄金郷の今の姿なのだろう。

 先ほど垣間(かいま)見たのは、かつてこの地に住んでいた人々の霊魂が見せた幻視だろうか。


 背筋がぞくりとした。

 この大破壊を()した存在が、荒野の向こうにいることに気づいたからだ。

 広大な地下空間の果てに(きり)のようなものが立ち込めている。山脈のような、とてつもない規模の(きり)が。


 きっと近くにいたらすぐには気づかなかっただろう。かつてこの地に足を踏み入れた統一王の一行のように。

 これだけ遠くだからこそ、俺はそれが何なのかすぐに理解できた。


 その(きり)一枚布の服(キトン)を身にまとった女の姿を取っていた。祈るように両手を組んで前方を――こちらを向く女の形だ。

 その顔は寒気がするほど美しい。この世の存在とは思えないほどに。




 滅びの女神、ウィズ。




 この世界を確かに一度滅ぼした存在が、そこにいた。


 (きり)のような形態のまま、ウィズがゆっくりと(まぶた)を開けた。

 その双眸(そうぼう)が俺を捉える。


 瞬間、魂をわしづかみにされたような衝撃が襲ってきた。

 心臓が止まったかのような痛みを覚え、胸を押さえる。

 全身から汗が吹き出す。激しい動悸がする。


 ウィズの攻撃などではない。聖剣の鞘(レクレスローン)の絶対無敵の加護が突破されたわけでもない。


 ただ俺が“理解”してしまっただけだ。

 人間が立ち向かうには強大すぎる相手だと。


 勝てるはずがない。いや、勝負になるはずもない。

 存在としての規模が違う。相手は滅びという概念そのもの。


 ……どうしてこんなところに来てしまったのか。

 激しい後悔と自責の念が胸に沸き上がる。


 絶望に飲まれかけたその時、俺は右手で必死に握りしめていた物のことを思い出した。

 真の姿――純白の一つの刃の剣となった聖剣のことを。


 聖剣と共に戦ってきた三年間のことが脳裏をよぎる。

 仲間たちと過ごした日々が、折れかけた心を支えてくれる。


 俺は一人じゃない。

 だから絶望になど負けはしない。




 ようやく地上が近づいてきた。

 ブータから《飛行(フライト)》の魔術を借りて体の上下を入れ替え、落下速度を(ゆる)やかにする。

 それから真の絆の剣(エクス・エンドッド)を眼前に構え、呪文を詠唱した。


「王の名を持って命ずる。リクサ、ブータ、レイド、アザレア、ヂャギー、ナガレ、イスカ、ヤルー、スゥ、デスパー、ラヴィ、シエナ――呼び声に(こた)え、我が元に来たれ」


 唱え終わると同時に、地下空間の端にある小高い丘の上に両足で降り立つ。


 滅びた黄金郷を見下ろすその場所で、俺の左に六つ、右に六つ、空間の歪みが生じて、そこから地上最強の騎士団が現れた。

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