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第二百四話 叱られると思ったのが間違いだった

 聖杯を現出させた翌日の昼、円卓の間に再び十三人が(つど)っていた。


 今回は全員が自分の席についている。

 みんなの視線は円卓の中心に置かれた聖杯に(そそ)がれていた。


「なんかこー、普通じゃね? めっちゃ普通。そこら辺の雑貨屋に並んでても気づかねーっつーか」


 右手の席に座るヤルーが卓上に身を乗り出して杯を手に取り、じろじろと眺めた後に出したその感想はものすごく的確だった。


 石を切り出して作られたように見えるその小ぶりな杯は、魔力付与の品(マジックアイテム)によくあるような可視化された魔力を帯びているわけではない。言われなければ特にどうとも思わない。そんな杯である。


「なぁミレちゃん。売ったらいくらになんだろうな、これ」


「アホなこと言ってないでさっさと渡せ。貴重品だぞ」


「へいへい」


 ヤルーはバーテンダーのように卓上を滑らせて杯を寄こしてくる。

 床に落としてもさすがに割れはしないだろう。だがこの世界の命運を握るアイテムに対して扱いが雑すぎる。


「実はそれ自体にはそれほど意味ないんスよ。中身が大事なんすよ」


 左手奥の席からスゥが言ってくる。


 俺は一応、杯を覗いてみたが。


「……(から)だけど?」


「今から満たすんスよ。これから行う最後の表決で、全会一致で可決すれば中身が現れるっス。いまさら反対する人もいないと思うっスけどね」


 念押しというわけでもなかろうが、スゥが全員に視線を送った。

 それを受けて、レイドも円卓を見渡した。


「ふむ? 全員揃うのは初めてか」


「テメェがいなかったからだろーが!」


 左手の席でボケたことを言うレイドに、その真向かいあたりに座るナガレが突っ込む。

 付き合っていられないとばかりにスゥはさっさと話を進めた。


「この表決を通して聖杯を満たすと、滅びの女神に“察知”されるっス。滅びの女神が蘇えるまであと一日あるかどうかなんで、どうせやることに変わりはないんスけど……。最後の戦いが始まるってことだけは覚えておいて欲しいっス」


 場の空気が引き締まる。

 スゥもさすがに緊張しているのか、深呼吸をしてから続けた。


「それじゃあ発議するっス。――円卓の騎士の真の責務を果たすか」


 結局これも最初の表決のように、人狼アルマが入れさせた最後の慈悲なのだろう。ここでノーと言うような人材を円卓は選ばないのだから。


 みんなはそれぞれの言葉で次々と賛成の意志を示す。

 残りは二人――レイドが大仰(おおぎょう)に頷き、あっさりと答える。


「うむ。果たす」


「もちろん果たすよ」


 レイドに続いて俺が答えると、聖杯が(まばゆ)い光を発した。


 それがおさまったのを確認してから杯を覗き込む。

 するとそこは白く発光する透明な液体で満たされていた。


 いや、液体というにはあまりにぼんやりとしている。(きり)、あるいは(かすみ)のように見える。


「これは言うなれば魂に打つ(くさび)のようなものっス。これをミレウスさんが飲めば準備は完了っスよ。さささ、ぐびっと」


 スゥに言われるがまま杯をあおる。

 だが何の味もしない。口に何かが入った感覚すらない。

 実体がなかったかのように思える。


「え、こ、これでいいのか? なんも変わったように感じないけど?」


「大丈夫っス。これでミレウスさんは滅びの女神を遥か未来まで飛ばせるだけの魔力(マナ)を捻出できるようになったっス。やり方は今までと一緒っスよ」


「……聖剣の力の使い方はその時が来れば自然と分かる、か?」


 スゥは当然のように頷いた。

 聖剣の能力の自動学習にはこれまで何度も助けられてきた。たしかに口頭で説明されるより、あれで覚えた方がいいかもしれない。


「それじゃ、行くか」


 俺が声をかけると全員が席を立った。


 滅びの女神の復活まで、あと丸一日ほど。

 これから俺たちは旧地下水路を通って決戦の地である黄金郷へと向かう。それにはおよそ一日ほどかかるらしい。

 本当にギリギリであった。


 だが俺は地下へと潜る前に、もう一仕事こなさなければならない。






    ☆






 みんなを連れて王城の三階にある張り出し(バルコニー)へと移動する。

 そこから手すりの向こうに身を乗り出すと、王城の中庭に多くの民が(つど)っているのが見えた。


 およそ千人だとリクサからは聞いている。


 その半数は以前から協力してもらっている後援者(パトロン)たちだ。

 残りは一般国民。後援者(パトロン)と同じように騎士や神官、魔術師、盗賊などが多いが、精霊使いや傭兵、冒険者などもちらほらと見受けられる。

 実に多彩な顔触れだが、いずれも腕が立つという点では共通している。完全武装の状態であるという点でも。


 これが滅びの女神の永続睡眠現象に(あらが)い続け、今日まで残ったウィズランド王国民――そのすべてである。

 彼らには食料等の物資を配給するにはその方が都合がいいと言って、王都に集まってもらった。

 だがそれは方便に過ぎない。真の目的は別にあった。


 先ほどスゥが言ったが、聖杯の使用により滅びの女神は俺たちのことを“察知”した。

 女神自身はまだ動けない。

 だから代わりに、自身が生み出した魔神(デーモン)天聖機械(オートマタ)――現在は旧地下水路を巡回させている眷属たちを差し向け、こちらの作戦の胆である円卓を破壊しにくる。

 円卓自身がそう予知し、スゥの持つ“管理者の卵”を経由して伝えてきた。


 ここに残りすべての民を集めたのはその迎撃――つまりはこの王城を舞台にした最終防衛戦――それに参加してもらうためである。


 今から一月ほど前、新たに永続睡眠現象に(おちい)るものが出なくなった頃、リクサたちは残った彼らを集めてすべての事情を説明したという。


 それは文字通りすべてであり、二百年前の歴史の真実から円卓の騎士の責務、今起きている現象の真相、そしてこれから蘇る滅びの女神のことまで含めていた。

 上層部を除く後援者(パトロン)たちが滅びの女神のことを知ったのもその時だ。


 言わずもがな相当な混乱が起きたという。


 中にはそんな戦いには参加できないと王都を離れようとした者も多数いた。だがリクサたちは粘り強く交渉を続け、多くの見返りを提示するなどして、どうにか全員の参加を取り付けた。


 しかしそれでもまだ乗り気でない者も多いだろう。

 この作戦が失敗すれば世界そのものが滅ぶ。とはいえ、自分ひとり参加しなくても――そんな気持ちになるのが人としては自然ではある。


 中庭の者たちは張り出し(バルコニー)にいる俺に気づくと、揃って見上げてきた。


 緊張、決意、不安、使命感、猜疑(さいぎ)、忠誠。


 表情はそれぞれであるが、やはり全員の士気が高いというわけではないようだ。


 俺と同じように中庭を見下ろしながら、ヤルーが聞いてくる。


拡声石(メガホン・ジェム)使うか?」


「いらない」


 俺が片手を上げると、下のざわめきはピタリと止んだ。国王から最後の挨拶をするというのはすでに周知されている。


 元々たいした距離じゃない。

 意識して声を張らずとも十分に聞こえるはずだ。


 それでも俺は大きく息を吸い込んでから話し始めた。


「みんな。俺は盗賊ギルドが好きだ」


 静寂。

 動揺。

 ざわめき。


 盗賊ギルドの連中もけっこうな数いるが、奴ら自身が一番狼狽(うろた)えているように見える。


 これは俺が精霊界にいる間に考え込んで、気づいたことだ。

 昨日スゥに話したこと。自分にとって本当に大切なものは何かということ。


 かつて南港湾都市(サイドビーチ)でおこなった魔神将(アークデーモン)グウネズ戦の時の演説を思い出す。


 あの時と同じだ。これほど雑多な顔触れに訴えかけるならば、最もシンプルに話さなければならない。

 すべての人の心に届くように、言葉を(つむ)ぐ。


「みんな。俺は魔術師ギルドが好きだ。騎士団が好きだ。精霊使いが好きだ。勇者信仰会(ヨシュアパーティ)が好きだ。傭兵ギルドも冒険者も大好きだ。エルフもコロポークルも人狼(ウェアウルフ)も好きだ。この島で採れた食べ物が好きだ。この島の文化が好きだ。この島のすべてが好きだ。――だからこの島を守るために、世界を滅ぼす存在と戦おうと思う」


 下のざわめきは徐々にやんでいく。


「何かを(まも)るために命をかけて戦うのは簡単なことじゃない。もし君がこの作戦に参加してくれなくても俺は責めない。君もまた、俺が(まも)りたいと思ってる対象に入っているからだ。でも、もしも――もしも君が一つでも俺と同じものが好きで、それを(まも)りたいと思うなら、俺と共に戦ってほしい」


 シンと静まり返った千人の民。

 俺はその一人一人と向き合っているような気分だった。


 王と民としてではなく、ただ共通の目的を持つ仲間として。


 仲間にお願いをするのであれば、これだけでは足りないだろう。


「頼む」


 俺は深く頭を下げた。


 中庭の誰かが息を呑むのが聞こえた。

 それくらいの静寂だった。


 頭を下げたまま、待つ。


 南港湾都市(サイドビーチ)での演説の時のような、激しい反応はなかった。

 だが呆気(あっけ)にとられたような顔の人々に、ぽつぽつと変化が起きる。


 固い意志で敬礼をする騎士、仕方ないなと笑う盗賊、任せておけと胸を叩く冒険者の戦士――。


 それぞれが俺を見ていた。

 国王ではなく、一人の人間としての俺を。


 千人全員の『YES(イエス)』の返事が聞こえた気がした。






 張り出し(バルコニー)の手前に戻ると、リクサが両手で顔を(おお)っていた。

 嗚咽(おえつ)を漏らして泣いている。


「陛下は……陛下は私がかつて思い描いた理想の――いえ、理想以上の王になられました」


「王が民に頭を下げるとは何事か、なんて(しか)られるかと思ったよ」


 冗談めかして笑いながらリクサの両手を顔から優しく外して、頬を流れる涙をぬぐってやる。

 リクサはされるがまま、俺に()げた。


「ようやく分かりました。王とは人の心を動かす者のことなのだと」


 ――なるほど。確かにそうかもしれない。


 三年前。そう、今からきっかり三年前に彼女に連れられて歩いた王城の中庭へと目を向けて、今まで言えなかったことを口にする。


「聖剣を抜いた時に迎えに来てくれたのが君で本当によかった」


 リクサはなおも涙を流しながら、あの日には想像もできなかった(やわ)らかい微笑みを幸せそうに浮かべた。

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