第十八話 静寂の森に向かったのが間違いだった
深夜、日付が変わる頃。
俺は六人の騎士たちと、円卓が示した座標である静寂の森をその中心に向かって歩いていた。
先導してくれているのは、森歩きにもっとも慣れているシエナである。
とはいえ樹木は疎らで、地面も凹凸が少なく、道らしい道はないものの、まっすぐ進むのに支障はない。
彼女の仕事が多いかと言われると微妙なところだった。
ヤルーが話していたとおり、生物の気配はまったくない。
一匹の野生動物にも遭遇せず、鳴き声も耳にせず、足跡すら見かけなかった。
夜が更けているとはいえ、これは異常なことだ。
普通、森には夜行性の動物も大勢いるはずなのだから。
俺の横には、召喚した光精霊を発光させて道を照らしながらヤルーが歩いている。
「こんな変なとこがあったなんて知らなかったよ」
「怪奇スポットとしちゃ割りと有名なんだぜ。小さいし、ホントに何も起きねえから人気はねえけど。少し迷うやつが多いってくらいかな」
ヤルーも来たことがあるわけではないようで、あたりをきょろきょろと見渡している。
話を聞いていたのか、光を放つ筒を片手に俺たちの後ろを歩いているナガレが口を挟んでくる。
「そんな迷うような森にも見えねーけどな」
確かに。
森で迷うときの定番といえば、障害物を避けて歩くうちに知らぬ間に進行方向がズレて、同じ場所をぐるぐると回ってしまうというやつだが、ここではそれも起こりそうにない。
見上げれば星も月も確認できるから、方角を見失うということもなさそうだし。
「なぁミレウス。逆にオレたちだから歩きやすいし迷いにくいってこたねえか?」
「円卓の騎士だからってこと?」
少し歩くペースを落として、ナガレと並ぶ。
ナガレは眠たげな目をこすり、欠伸をしながら、小さく頷いた。
馬車での移動中にそれぞれ睡眠はとったが、普段は寝ている時間帯だ。眠気を覚えるのは当然だろう。
「おいおい、ナガちゃん。森に魔法かなんかが掛かってて、他のヤツらを奥に入れないように迷わせてるとでも言うのかよ?」
ヤルーも下がってきて俺たちに並んだ。
ナガレはうざったそうにヤルーを横に押しのける。
「森精霊に代行させる魔法に、そういうのがあるけどな。ここにゃ使われてないと思うぜ。精霊が働いてる痕跡が一切ない」
生物がいないだけでなく、精霊もいないのか。
これはいよいよ怪しくなってきたなと感じ始めた頃。
「あ、主さま、あれを!」
前を行くシエナが立ち止まったかと思うと、俺の袖を引っ張り、奥の方を指差した。
木々の向こうに少し開けた場所があり、そこに第三文明期風の館が建っている。
最後列を固めていたリクサが、それを確認して訝しんだ。
「この森は特別国立公園ですので、誰も住んでいないはずですし、別荘の建設も許可されていません。誰かがこっそり建てたとしても、あんな目立つ建物が見つからないはずがないと思うのですが」
俺もそう思う。
大きな建物だし、建てられてから、かなり経過しているようでもあるし。
「それがバレていないってことは、やっぱさっきのナガちゃんの推測は正しかったってことだろ! かー! 俺っちも、そうだと思ってたんだよなー!」
ヤルーが調子のいいことを言うのは無視して。
館の前にたどり着く。
こんな辺鄙な場所だからか、鉄柵で囲われていたりはしない。
窓がいくつか見えるが、どれもカーテンが締め切られている。
シエナが四つん這いになり尻尾を振って、館の周囲を【足跡追跡】で調べる。
一方館の扉は、ラヴィが面倒くさそうに【罠探知】と【開錠】で調べる。
「あ、主様……ここを出入りした人はしばらくいないと思います。足跡らしきものは見当たりません」
「扉は鍵かかってなさそうだよー。罠もないと思う」
シエナの方はいいとして。
「ラヴィの方は本当か? 手を抜いてなかったか?」
「失敬な。どちらにせよ玄関に罠仕掛けるバカなんてそうそういないよ。あったとしても鳴子ぐらいじゃないかなー」
「じゃあラヴィが開けてくれよ」
ラヴィは一瞬固まって。
「誰か待ち構えてるかもしれないし。ヂャギーくん開けてよ」
「わかった!」
相変わらず簡単に請け負って、ヂャギーが両開きの重々しい扉に手をかける。
きちんと蝶番に手入れがされているのか、音もなくそれは開いた。
シャンデリアの吊るされた玄関ホールらしき場所が見える。
出迎える者は誰もいない。
結局、罠もなかったし鍵もかかってなかった。
「信じてたよ、ラヴィ」
「ミレくんも、大概だよね。ヤルーくんほどではないけどさぁ」
ラヴィは半眼でうめいた後、思い出したように。
「そういえば、キミも使えたりするんじゃないの、アタシの【罠探知】とか。前に聖剣の力だとか言って、シエナちゃんの《治癒魔法》使ってたじゃん」
ヂャギーと共に、盗賊ギルドへ行ったときの話だろう。
六人の視線が俺へと集まる。
ちゃんと説明した人もいれば、ぼかしてきた人もいる。
使用条件のことは伏せるにしても、それ以外は話すべき時がきたかもしれない。
本来、こんな場所で言うことではないのかもしれないけど。
「みんな、聞いてくれ。身に着けているうちに分かったんだけど、この聖剣には特別な力があって――」
騎士たちのスキルや魔術、魔法を借りられること。
借りるためには一度、目視しなければならないこと。
使用回数はどういうわけかそれぞれの騎士で違い、魔力のように眠れば回復すること。
このあたりのことを要点をまとめて、話す。
性格はもちろん、事前にどれだけ知ってたかも違うので、反応は様々だった。
「オレは知ってたよ。前に聞いたし。回数制限とかは初めて知ったけどな」
当然ナガレは特に驚いた風でもない。
彼女には決闘の際に話していた。
ただ実はナガレの忠誠度はまだまったくないため、そのスキルを借りることはできない。
しかしそこを話すと、なぜ? と使用条件の方に突っ込まれそうだから、黙っていようと思う。
「凄いね、王様! そんなことできるんだ!」
ヂャギーがバケツヘルムの向こう側の目を、恐らく、丸くして褒めてくれる。
しかしヂャギーはナガレに説明したときに立ち会っていたし、ラヴィと共に盗賊ギルドへ乗り込んだときも俺から《治癒魔法》を受けた。
何も知らなかったという風なリアクションをしてるのは、おかしくないか。
「わ、わたしはだいたい知ってました……前に主さまがヂャギーさんの【自傷強化】を借りたときに、その反動の傷を癒して、そのときに聞きました」
シエナが言っているのは、ヤルーを探しにカーナーヴォン遺跡へ行ったときのことだ。
あのときはヤルーに逃げられた後、突然何もないところで全身から血を噴き出して倒れたわけだが、心配する彼女にその原因を黙ったままではいられなかった。
「俺っちと同じ詠唱で風精霊呼び出したからおかしいと思ってたけどよぉー。そういうからくりかよ」
今日の昼にこの力のせいで捕まってしまったヤルーが、恨めしげに呟き、そしてハッと気付く。
「あ、テメェ、ミレちゃん! スキルを借りるってことは俺っちの契約にタダ乗りしてるってことじゃねーか! 優良契約も反応してたし! 召喚可能回数減るじゃねーか!」
「ごめんな」
「契約もしねえで他人の精霊使い倒すとか、完全に詐欺師じゃねーかテメー!」
「ごめんな」
俺の襟を両手で掴んで文句を言ってくるが、こいつの契約の仕方もろくなものではないので、聞く耳を持つ気はない。
「【乗馬】が使えるようになったのは、そういう理由だったんですね」
一番話してあげたかったリクサは、どこか納得顔だった。
「風精霊の召喚までなさったときは本当に驚きましたが……。素晴らしいです、ミレウス様。王に相応しい力だと思います」
「リクサの剣術には何度か助けられたよ。ありがとう」
と俺が頭を下げると、彼女は狼狽した様子を見せた後、はにかんだ。
「あー! ミレくん、前に上手く剣使ってたけど、あれリクサのスキル借りてたからなんだ! 騙されたー!」
ラヴィが非難の声を上げる。
一緒に王都で遊んだ日に、裏路地で盗賊ギルドの構成員に絡まれたときの話だろう。
ちょっとかっこよかったのに、とラヴィはたぶんこちらに聞かれていないつもりで、ぶつくさ呟いた。
がっかりさせてしまったようで申し訳ない。
「ちゃんと説明しなくて、ごめん。あのときはラヴィを助けたくて必死だったから」
「え! や……まぁ、それは分かってるよ……」
頬を紅潮させて、ラヴィはそっぽを向く。
いい機会なので、ほかのことも話しておこう。
「ちなみに聖剣には他にも色々機能がありそうなんだけど、まだよく分からない。使えるようになったときに、自動で分かるようになってるんだけど」
スキルや魔法を借りるのは王と臣下としての関係の好感度――忠誠度の力だ。
残り二つ――友としての親密度と、人としての恋愛度の上昇で使える力については、まだ謎が多い。
「円卓の騎士の居場所を探知する、とかか?」
昨日、身をもって体験しているヤルーが聞いてくる。
そう、あれはたぶん親密度の上昇で使えるようになる能力だ。
あのときのヤルーは親密度しか上がってなかったし。
「あ! それで決闘の後、オレがどこにいるのか分かったんだな、テメー!」
今度はナガレが青筋を立てて、襟を掴んでくる。
「『ナガレのこと考えてたら、なんとなくね』とか言ってたくせに、あれも聖剣の力かよ! やっぱ詐欺師かテメー!」
「ナガレのことを考えてたのは本当だよ。信じてくれ」
ナガレの両手を強く握って、しっかり目を見て言い聞かせる。
異性に免疫がないのは分かっている。
ナガレはラヴィ以上に顔を赤くして、襟から手を離した。
ちょろい。
あの居場所探知は、騎士の血液が必要みたいなのだが、その条件は黙っていたほうがよさそうだ。
ヤルーあたりに知られると、あの血のついたハンカチを盗んで逃げられる恐れがある。
ただリクサあたりには後で話しておこうと思った。
「ま、そんなわけで、俺も確かに【罠探知】が使えるんだけど、回数制限があるし、スキル保持者とまるっきり同じようにやれるわけでもないんだ」
これは実際、使ってきて分かったことだ。
体格も違うし、スキルを使うコツも分からない。
再現度は物にもよるが、オリジナルを越えることがないのは確かだ。
「だからラヴィ、館の中では先頭は任せた。頼りにしてるよ」
「しょ、しょうがないなぁ。ミレくんはホント、調子いいんだから」
えっへへーと機嫌を直した様子のラヴィは『任せてよ』と告げて、館の中へと足を踏み入れる。
玄関ホールから見えるのは吊るされたシャンデリアと左右に扉がいくつか、二階へ続く螺旋階段、それと正面に両開きの扉。
無言のまま手振りで正面の扉を指示すると、ラヴィは先ほどよりかはいくぶん真面目な様子で、【罠探知】と【開錠】で調べた。
どちらも問題ないらしい。
俺が頷くと、ラヴィはそれを押し開いた。
その先には、大部屋があった。
中の異様な光景に圧倒されながら、全員押し黙ったまま、誘われるように歩を進める。
そこは部屋の半分ほどを、一つの巨大な水槽で占められていた。
漆黒のロングドレスを身にまとった妖艶な女性が、その中で目を閉じて浮いている。
輝くような金髪に絹のように白い肌をした、人間離れした美貌を持つ女性だ。
生きているのだろうか。
『ようこそ、第六代の王と、円卓の騎士の諸君。貴方がたが訪れるのをずっと待っていました』
その声は頭の中に直接響いた。
声の主は水槽に浮かぶ女性だ。
目を閉じたまま、口だけを動かしている。
どこかで聞き覚えがある。
そうだ、これは円卓が、表決を行う際に発した声だ。
『我は時の魔女ノルニル。しかし貴方がたには、こう名乗ったほうがいいかもしれません――魔術師マーリア、と』
初代円卓の騎士の一人の名を、彼女は告げた。
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【第二席 リクサ】
忠誠度:★★★★
親密度:★★
恋愛度:★★★
【第六席 ヂャギー】
忠誠度:★
親密度:★★★
恋愛度:★
【第七席 ナガレ】
忠誠度:
親密度:★★
恋愛度:★★★
【第九席 ヤルー】
忠誠度:★
親密度:★
恋愛度:★
【第十二席 ラヴィ】
忠誠度:★
親密度:★
恋愛度:★★★
【第十三席 シエナ】
忠誠度:★★
親密度:★★
恋愛度:★★
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