プロローグ 聖剣抜いたのがそもそもの間違いだった
「ミレウスくん、あの聖剣抜いてみなよ。もしかしたら抜けるかもよ、ほらほら」
と、修学旅行でやってきた王都で、ちょっといいなと思っていたクラスメイトのアザレアさんに言われたのが、そもそもの始まりだった。
都の中心に位置する聖剣広場は観光スポットとして人気が高く、あたりには地方からやってきたお上りさんが大勢。
それを相手にする屋台もたくさん並んでいて、俺は焼き豚の串を片手にアザレアさんのもとに戻るところだった。
「え? なんて?」
「選定の聖剣、抜いてみなよ〜。抜けるかもよ〜?」
彼女が俺の手を引いて、指差したのは広場の中央の小さな丘。
正確にはそこに突き刺さっている選定の聖剣エンドッドとやら。
昨晩に宿で読んだパンフレットによれば、二百年前の統一戦争直後に地面に刺さった状態で見つかった剣らしい。
これを引き抜けた者は王になり、王を辞めるとき、またこの広場の丘に刺すのだという。
実際、そういう経緯で王になった人が歴史上に何人かいたというのは学校で習った。
でも最後の王が退位したのは俺が生まれるだいぶ前のことだ。
今となっては剣も広場と同様に神聖さの欠片もなく、時折お調子者の観光客が抜こうと挑戦してみせて笑いを取る道具にしかなってなかった。
「いやいや、無理でしょ。俺、生まれてこの方、焼き豚串より重いもの持ったことないし」
「焼き豚串より軽いかもしれないし」
「あれが!? 金属製の剣が!?」
「その焼き豚串がめちゃくちゃ重いかもしれないし」
「確かに重いなー。大きなバラ肉が、ぎっしり詰まってるもんなー。これで銅貨三枚はお得だよなー。アザレアさんも買えばよかったのに」
「ほらほら、串から肉を抜くみたいに、地面から剣も抜けるって」
「そんな簡単なノリで王になられても、国民が困るのでは? ミレウス焼豚王とか不名誉な渾名で罵倒されるのでは?」
「抜けたらカッコイイと思うな〜。いや、チャレンジするだけでもカッコイイ! 挑戦してこその人生だよ!」
アザレアさんは俺の焼き豚串を狙ってぴょんぴょん跳ねて栗毛色のボブヘアーを揺らした。身長差のアドバンテージを生かしてそれを守りつつ、俺は思案した。
気になってる子からここまで言われてノリ気にならない男子がいるはずがない。
それに俺もお調子者の端くれである。
ここで観光スポットを最大限堪能したとして、おかしなことがあろうか。
いや、ない。
簡単に腹は決まった。
「よーし、次の挑戦者は俺だ!」
絶対に食べないようにと念を押して彼女に串を預けると、俺は小さな丘に向かって駆けだした。
元々人を楽しませるのが好きなほうだが、特に最近は彼女を笑わせることに力を注いでいた。
よく笑う女の子が好きなのだ。
彼女のことが気になり始めたのも、クラスの連中とバカやってるところを見られて無邪気に笑われたからだったと思う。あれは校舎の裏の貯め池でザリーフィッシュを養殖して先生に怒られたときだったか。
丘の上に立つと広場のすべてが見渡せた。
裏を返せば広場のすべてから注目される場所でもある。
「いいぞ、ボウズ! 気張れやー!」
さっき立ち寄った屋台のおっちゃんが威勢よく応援してくれる。
周りの屋台や観光客からも似たような声援。
それらに押されてよく聞こえないが、アザレアさんも楽しげになにかをこちらに叫んでいた。
彼女に手を振って、聖剣へと向き直る。
底なし沼のようにドス黒い柄。
十二に分かれた蛇腹のような形状の刃。
これのどこが聖剣なんだと少しだけ気後れしかけたが、今更引くに引けない。
修学旅行が終われば一月もしないうちに卒業式だ。
彼女とどうしたいとかって、はっきり思い描いているわけではないけど。
進路が違うし、来年度からは会う機会もなくなるのかもしれないけど。
それでもここで何か行動を起こしておきたかった。
馬鹿げた余興だけど、自分と彼女の関係になにか変化をもたらすきっかけになるような気がして。
息を大きく吸い込み、両手を天に突き上げ、声高に宣言する。
「ミレウス・ブランド、十五歳! いっきまーす!」
観客から、どっと笑い声。アザレアさんも可笑しそうに腹を抱えている。
そのうち広場中から俺を乗せるように、名前の連呼が始まった。
「ミーレーウス! ミーレーウス!」
気をよくした俺は聖剣とやらの柄を両手で握り、大根でも引っこ抜くかのようなポーズを取った。
抜けるはずはないので力を入れる気などまったくなく。
「うおおお!」
演技っぽく声を張り上げたのは、そのほうがウケるだろうという計算があったからだが。
おかげでほんの少しだけ力が入り、俺はずっこけて腰を地面に強打するハメになった。
剣の柄から、手を離したわけでもないのに。
水を打ったように静まり返る広場。
何の抵抗もなく抜けた聖剣は俺の手の中に納まっている。
すべての視線がそこに集まっていた。
「え、え、え……?」
「ぬ、抜けたァ?」
「うそでしょ……? あの子、いや、でも」
広場にいた全員が俺と同様にこの事態を受け止めきれていないようで、あちこちでぼそぼそ呟いている。
その声の大きさと比例するように、ドクンドクンと高鳴っていったのは俺自身の胸の鼓動。
平穏な日常の終わりの瞬間が来ると、本能的に感じていたのかもしれない。
「王の誕生だあああああ!」
誰かが上げたその一声は、広場中に歓喜の爆発をもたらした。
涙を流して、万歳三唱をする老人。
手と手を取り合い、飛び跳ねる観光客達。
屋台を放り出し、手のひらが痛くなるような勢いで拍手を続ける店主。
やがて再び俺の名の連呼が始まり、それは周りの通りにまで広がった。
そしてさらには王都の隅々まで。
地鳴りのような歓声で、新しい王の誕生を祝福していた。
人が、次々とこの広場に集まってくる。
「えーと……信じられないねー」
座り込んだままの俺のもとに、最初に寄ってきたのはアザレアさんだった。
けしかけた手前どんな顔をしていいのか分からないようで、視線は周りの群集の方に向けて、食べるなと言ったはずの焼き豚串を頬張っている。
「ミレウスくん。王様に、なるの?」
「わ、わかんない」
首をふるふる振って、彼女の手を借り、立ち上がる。
本当にどうすればいいか分かってなかった。
自分の体のあちこちを触ってみるが特に変わったところはなさそう。
この剣を抜いたら王になるというが、実際どういう風にそうなるというのだろう。
「もし本当に王様になっちゃったら、私がキングメーカーってことかな。いやー、歴史に名前残しちゃったなー」
「いや、まだどうなるかわかんないし」
「お妃様にしてもらうのもいいな。一生豪遊して暮らせそうだし。しまった、王立学校受験した意味がなくなっちゃったな」
「いや、まだ妃にするとは言ってないし」
アザレアさんと二人、しばし丘の上で大歓声を聞きながら現実逃避のような戯言を交わしていると、辺りを囲む群衆を割って鎧を着た一団がやってきた。
先頭の女性がやけに目を惹く。
勇者の血を引く証拠である白銀の長い髪を風になびかせた、冒険譚に出てくるヒロインのような綺麗な女性。
蒼い鎧の一団にあって、一人だけ純白の鎧を身に着けている。
彼女は俺の顔と左手に握った聖剣とを見て、やはり驚いたような顔を作った。
だけどそれも一瞬で、すぐに厳格そうな使命感を帯びた表情に戻る。
歳はたぶん二十歳かそこら。
こういうしっかりしてそうな年上の女性も俺の好みだった。
彼女とその背後の集団がいっせいに俺の前で片膝をついた。
騎士の作法である。
「円卓騎士団次席騎士のリクサです。お迎えに上がりました、我が王」
そのときはまだ混乱が残っていて、言われた内容はすんなりとは頭に入ってこなかった。
ただリクサと名乗った女性の胸当ての隙間から覗く鎧の白よりも透き通った肌を、彼女が頭を垂れている今が好機とばかりにじっと見ていた。
豊かな胸の柔らかそうな麓付近が両の網膜に焼きつく。
「ミレウスくーん?」
「いたた、痛いって、アザレアさん」
手の甲を串でぐさぐさと刺され、我に返る。
いや、別に胸のサイズの比較なんてしていない。
アザレアさんも年齢を考えればたぶん平均くらいだし、自信を持っていいと思う。
よく笑う無邪気な子と年上しっかり系の両方がイケるように、俺は小さな胸も大きな胸も、もちろんその中間も好きだった。
「ミレウスくんってそういうとこあるよね。顔に出やすいし」
「なにが」
「言っていいんですかねー」
「だから、なにが」
「どこ見てたかって話」
「なにも見てませんよ。ホントですよ」
「林間学校での女子の水浴び覗き未遂事件でも、そんなこと言ってたよね」
「記憶にないですねぇ、まったく記憶にない」
いつも教室でするようなバカ話をしたのは、やはり現実逃避のためなのか、失ってしまった日常を名残惜しんでのことなのか。
リクサ女史が顔を上げると、俺とアザレアさんは押し黙った。
彼女の纏う気高いオーラが作用してか、周囲の空気も引き締まる。
彼女と俺の会話を聞くためか、騒然としてた広場も再びしんと静まり返った。
リクサ女史はアザレアさんにちらりと視線を向けてから、俺に尋ねた。
「ミレウス様、でよろしいでしょうか」
「あ、はい。ミレウス・ブランド。十五歳です。よろしくお願いします」
「王城にお越しください。即位式と円卓会議の準備ができております」
☆
もしも初めにやってきたのが彼女でなかったら。
あるいは彼女がこんなに美人でなかったら、ここで『うん』とは言わなかったかもしれない。
聖剣を抜いてしまったのに続いて、俺はここでも間違いを犯してしまった。
しかしここから続く間違いの連鎖と比べると、この辺はまだ可愛いほうかもしれないが。
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【第二席 リクサ】[new!]
忠誠度:★★★★★
親密度:
恋愛度:
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