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第百九十三話 気が付くのが遅かったのが間違いだった

随行(ずいこう)者ヲ、スキャン……世界節理不正者一名、黒変性レトロウイルス感染者一名、アバター変異者一名、Hi(ハイ)-ELF(エルフ)一名……』


 大地精霊(ゲイア)と名乗った人間の子供のような姿をした存在は、ヤルーを除く俺たち四人を順々に見て、そう言った。

 全裸であるので分かるが、男女どちらの性器もついていない。その抑揚(よくよう)(とぼ)しい機械的な声も、どこか中性的だった。


「ハイエルフってなんデス?」


『アナタニハ、情報開示権限ガアリマセン』


 デスパーの問いを即座に却下する大地精霊(ゲイア)

 代わってヤルーが同じ問いを発する。


「ハイエルフってのはなんだ?」


『特攻用人型兵器ELF(エルフ)ノ製造工程デ発生シタ規格外品デス。ELF(エルフ)ハ世界ノ根幹デパラメータ調整サレタ戦闘用種族デスガ、Hi(ハイ)-ELF(エルフ)ハ、コノパラメータヲ自身デ、カキカエル外部権限ヲ保持シテイマス。イキル、ワールドイクリプストモ、イエルデショウ。ELF(エルフ)ノ子孫ノ中ニモ稀ニ発生スルト、イワレテイマス』


 全員が黙り込んだ。

 大地精霊(ゲイア)の言葉が聞き取りづらかったからではない。現代を生きるほとんどの者が知らないであろう第一文明期の情報が、突然ポンと飛び出してきたからだ。

 興味深い話ではあったが、ここは長居していい場所とは思えない。

 さっさと本題に入るべきだろう。


「よくわからないけど、ええと……俺たち、レべリングしに来たんだよな? まさかこの子を倒すってこと?」


「違うっスよ」


「ちげーに決まってんだろ」


 否定したのはスゥとヤルーだった。

 特にヤルーの方の反応が強い。大地精霊(ゲイア)から片時も視線を()らさぬまま、興奮した様子で首をふるふると振る。


「倒すなんてとんでもねぇ。優良契約(アンペイド)の完成まで残り一体だって言っただろ? それがこいつ、大地精霊(ゲイア)なんだよ。ウィズ山に一体だけいるって噂は聞いてたが、マジだったな」


 話しながらヤルーは、いつもの魔導書を慎重に懐から取り出した。


 大地精霊(ゲイア)

 聞いたこともない精霊である。だが、その姿にはなにやら既視感(デジャビュ)を覚えた。


「上位精霊なのか?」


「あたぼうよ。その名のとおり、大地の創造を(つかさど)る存在だ。後は……そう、知識の蓄積も仕事だったな。だからさっきみたいな、自分の専門外の問いにも答えられるってわけだ。精霊のくせに生意気だろ?」


 ヤルーは口角を上げて俺にちらりと目を向けた。(つと)めて普段の軽い調子を装っているが、極度に緊張しているのは明らかだ。額から滝のように流れている汗も、暑さによるものだけではないだろう。


 上位精霊は神にも匹敵する力を持つといわれており、魔神将(アークデーモン)や決戦級天聖機械(オートマタ)と共に滅亡級危険種(モンスター)の一種に数えられている。

 ヤルーはすでに二体の上位精霊と契約しているが、恐らくこの島で他に上位精霊と契約している者は一人としていない。俺たちは今、それだけ貴重で、強大な存在を前にしているのだ。


 精霊使いが精霊と契約する方法は人それぞれだが、ヤルーの場合、相手の弱みにつけこみ、半ば詐欺(さぎ)のような形で契約をする。

 今回もそうするつもりなのか、ヤルーは隙を探すように大地精霊(ゲイア)とその周辺の環境に視線を走らせた。


「上位精霊は個体差がでけえもんだが、それにしても雰囲気が異様だな。おい、大地精霊(ゲイア)、ちょっと自分のシリアル番号言ってみろ」


『質問ヲ許可。情報開示。ワタシハ、ダナ型大地精霊(ゲイア)、ゼロゼロゼロキュウ番デス』


「ひ、一桁台? ファーストロットだと?」


 狼狽(ろうばい)するヤルー。

 その体から、深紅の体躯を持つ大鳥――火の上位精霊、不死鳥(フェネクス)が煙のように出現した。


「あ、おい! なに勝手に出て来てんだ!」


 慌ててヤルーが手を伸ばすが、羽ばたき始めた不死鳥(フェネクス)には届かない。

 不死鳥(フェネクス)はそのまま溶岩湖の上を飛んでいき、大地精霊(ゲイア)の元までたどりつくと、その肩にとまった。

 そして上を向き、(かん)高く、尾を引くような鳴き声を上げる。


 あの精霊が鳴くのを初めて聞いた。


『ヒサシブリデスネ』


 大地精霊(ゲイア)はまるで旧友に再会したかのように微笑み、不死鳥(フェネクス)の背を撫でる。


 他のみんなが唖然とする中、スゥが前に進み出て、訴えかけた。


大地精霊(ゲイア)さん、二百年前の契約を履行(りこう)して欲しいっス。あーしは精霊管理上位権限者から一回分の権利を委譲されてるっス」


『申請ヲ受諾(じゅだく)。該当者二名ノ転送ヲ開始シマス』


 即答すると共に、大地精霊(ゲイア)がこちらに片手を向けた。

 その手の平の前に真っ黒な球体が生じる。人間大くらいのサイズだ。


 どことなく、ナガレが作り出す渦に雰囲気が似ている。


 そう気づいた時には時すでに遅し。

 見えざる手に掴まれたかのごとく、俺とヤルーはその球体に向かって凄まじい力で吸引され始めた。


「はぁ!?」


「はぁあ!?」


 前者の声が俺のもので、後者がヤルーのものだ。

 揃って溶岩湖の上を飛んでいく俺たちに向けて、遠くからスゥが叫んだ。


「それじゃ頑張ってきて欲しいっスー!」


「なにを!?」


「向こうで聞いて欲しいっスー!」


「向こうって!?」


「行けば分かるっスー!」


 俺はようやくこの時、スゥと自分の認識に大きな隔たりがあったことに気が付いた。


 スゥが俺にやらせようとしていたのはパワーレベリングではないし、レベリング場所はウィズ山ではない。


 彼女が教えても教えなくても変わらないことは教えない主義なのは重々承知だったが、それにしてもこれは酷すぎる。

 やはり彼女も相当なダメ人間なのだと再認識したが――やはりこれも、時すでに遅しだった。


 俺はヤルーといっしょに()(すべ)もなく黒い球体に飲み込まれ、五感のすべてを失った。






    ☆






 真っ暗闇(ブラックアウト)

 何も見えず、何も聞こえず、何も感じられない状態のまま、不思議と思考だけはクリアだった。

 重力も感じないが、《瞬間転移(テレポート)》の奇妙な浮遊感とは違う。


 これは一体どういう状態なのだろう。

 聖剣の鞘(レクレスローン)が反応しなかったのだから、少なくとも危険なものではないだろう。というか、スゥがそんな状態に俺を追い込むはずはないし。


 そんなことを考えている内に、少しずつ感覚が回復してきた。

 首を振って、ぼんやりとした視界を左右に向ける。


「なにが起きてるんだ……?」


 試しに声を発してみると、普通に話せた。

 すぐそばから返事がする。一緒に球体に飲み込まれたヤルーの声だ。


「落ち着けミレちゃん。害はねーよ」


「そりゃあったら困るんだが。これ、いったいなんなんだ?」


「すぐにわかると思うぜ。……たぶん、体を再構築されてんだ」


「再構築?」


ここ(・・)に適応できるように色々作り変えてるってこと。十二の月が巡る大地オー・ダン・イリュアドとは法則の違う領域だからな」


 話しているうちに感覚はよりクリアになっていき、やがて元の状態まで回復した。


 王になってからおよそ二年半。星の海やら世界の狭間(はざま)やら、一般人には一生縁がないようなところに色々行ってきたが、その空間の異様さには度肝(どぎも)を抜かれた。


 俺たちが浮かんでいたのは真っ白い無重力空間。

 そのあちこちに巨大な亀裂があり、それらから様々な景色が(のぞ)いている。


 前方の亀裂には静かな湖の水面(みなも)が見え、真下の亀裂には豊かな森が見える。

 別の亀裂は荒れた大地を映しており、また別の亀裂の奥では紅蓮の炎が燃え盛っている。


 そしてそれらすべてに実体化した精霊がいた。


 湖では少女の形をした乙女(ウンディーネ)たちが泳いでおり、森では女性の姿の樹木(ドライアド)がいくつも()わっている。

 大地では蚯蚓のような群生(ノーム)たちが(うごめ)いており、炎の中では火蜥蜴(サラマンダー)たちが(たわむ)れあっている。


 ここがどこなのか、素人の俺にもさすがに察しがついた。

 かつてスゥが大陸で迷い込んだ――という嘘を俺たちについた――あの世界。


「精霊界か!」


「ああ、間違いねぇ。俺っちも来るのは初めてだけどな。出番を待つ精霊、役目を終えた精霊、破壊された精霊――色々な事情で十二の月が巡る大地オー・ダン・イリュアドにいねー精霊たちが待機してる場所だ。言い換えれば馬鹿でかいただの倉庫だな」


 精霊がいるのは亀裂の向こうだけではなかった。

 白い風船のようなもの(ウィルオウィスプ)が俺たちに向かってまっすぐ飛んできたので、苦々しい表情をしながらヤルーが払いのける。


「ったく。俺っちをハメるなんて、スゥちゃんめ。詐欺師の才能あるぜ。まさか、こんなところに来るハメになるなんてな」


「いや、たぶん話しても意味ないから話さなかっただけで、別にハメる気なんてなかったと思うけど。……ん? こんなところ(・・・・・・)? こんなに精霊がいるんだ。精霊使いにとっちゃ天国みたいな場所じゃないか」


「ここにいる連中は全員待機状態だから契約できねーんだよ。さっきのとは別の個体の大地精霊(ゲイア)もどっかにはいるだろうけど、探しても意味はねぇ」


 大地精霊(ゲイア)――俺たちをここへ送った、あの全裸の子供のような存在。

 ああ、そうか。遅ればせながら、先ほどの既視感(デジャビュ)の正体が掴めた。


「俺、スゥの思惑(おもわく)が読めてきたよ」


「俺っちもだよ。もし当たってるなら、そろそろ迎えに来るだろ」


 油断なく辺りに目を向けるヤルー。


 それ(・・)はほとんど真上からやってきた。




『やっほー。来たわね。待ってたわよ』




 手を振りながら俺たちと同じ高さまで下りてきたのは、白いワンピースに身を包んだ美少女。

 腰まで伸びた虹色のグラデーションの髪は無重力でふわふわと浮いており、全身は(あわ)く発光している。


 (まと)う雰囲気はただの人間のそれではない――神々(こうごう)しいと言うべきか。

 だが、姿そのものは俺の記憶にある少女のものと同一だ。


 初代円卓の騎士の一人、精霊(エレメンタル・)(プリンセス)オフィーリアだった。

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