第百九十二話 野営したのが間違いだった
ウィズ山内部の坑道を奥へ奥へと進み続け、さらに数度の遭遇戦を経たのち、俺たちは野営の準備を始めた。
危険種の徘徊ルートから外れた横穴を探し、その入り口に安全杭という魔力付与の品を刺す。
これは周囲一帯を危険種の侵入できない安全地帯に変える第二文明の遺物だ。現代では製造法が遺失しているため、かなりの貴重品なのだが、俺は王様なのでこうしてホイホイと使えるのである。
「しかしなんというか……長い一日だったな」
地面に腰を下ろして坑道の壁に背を預け、やっと一息つく。義母さんが眠りについてからまだ一日も経っていない。しかし今朝のあの衝撃的な出来事がずっと昔のことのように感じられた。
地中なのではっきりとは分からないが、すでに真夜中だろう。俺は直接戦闘には一切参加していないが、けっこうな強行軍でここまで来たため、疲労困憊だった。
レイドが魔術で焚き火代わりの光源を出し、みんなでそれを囲う。
今日の夕飯は水とチーズと干し肉、それと蜂蜜や野菜を牛脂で固めた携帯栄養棒だけだ。質素な食事だが、旅先なので贅沢は言えない。
「こんなもんでもバカに美味く感じるよなぁ。疲れてるとよぉ」
俺以上にヘトヘトになっていたヤルーが、携帯栄養棒を咀嚼しながら目尻に涙を浮かべている。
こいつも俺と同じくまったく戦闘に参加していない。スゥとレイドもあまりしてない。
戦ったのは八割以上が悪霊とデスパーだ。遭遇した敵の中には最初の土熊と岩精霊より手ごわいヤツもいたが、結局ほとんど一人――というか二人で片付けてしまった。
「そういえばデスけど」
そのデスパーがいつもの無感動な顔で食事を取りながら、ヤルーへと目を向ける。悪霊は存分に暴れて満足したからか、今は引っ込んでいた。
「ヤルーサン、岩精霊のほかにも何体か精霊と契約してましたけど、あの本あとどれくらいで完成するんデス?」
「おお、よくぞ聞いてくれたぜ、デスちゃん!」
ヤルーは携帯栄養棒を放り出して、いそいそと優良契約を取り出すと、最後の方のページを開いて俺たち全員に見せた。
「聞いて驚け! なんとあと一体でコンプリートなんだ! しかも最後のそいつもこの山に棲んでるはずなんだ!」
「へー、凄いデスね」
「聞いたくせにリアクションが薄いな! 知ってたけどよ!」
文句を言いつつもヤルーは上機嫌だった。元々この男が円卓の騎士になったのも、あの本をコンプリートするためだ。その達成が近いとなれば、そりゃ機嫌もよくなるだろう。
「ところで王よ。どうするつもりだ?」
今度はレイドが俺に話を振ってきた。相変わらず言葉が足りないので、何の話だかさっぱり分からないが。
「どうする、とは?」
「女のことだ。王はずいぶんモテるようだが」
危うく飲んでいた水を吹き出すところだった。
ヤルーもスゥも、こいつがこんな話題を持ち出すとは思っていなかったらしく、口をあんぐり開けている。
「なぜこの状況でその話題を? しかもよりにもよって、お前が」
「うむ。昨夜の誕生会で王の言動を観察していてな。どうもおかしいと思ったのだ。王はアザレア嬢とデキているのではなかったのか?」
「いや……うん、別にこう、アザレアさんとはハッキリそういう関係ってわけじゃない……。ってか、デキてるとか言うなよ。なんか生々しいだろ」
「ふむ? 違うのか。何か月か前はずいぶん熱く接吻していたというのに。ひょっとして一度付き合って、もう別れたのか?」
今度こそ俺は飲みかけていた水を吹き出した。
接吻うんぬんというのは、アザレアさんを円卓の騎士にしたあの夜のことだろう。
そういやこいつはあの一部始終を《覗き見》の魔術で見ていたんだった。
どこから取り出したのか、レイドは口元を白いナプキンで拭って、したり顔で続ける。
「王は若い。女遊びをしたい時期かもしれん。だが我の経験則を言わせてもらえば、あいまいな態度を取り続けると命取りになるぞ」
「え!? ……お前、意外とその手の経験豊富なのか?」
「うむ。おかげで刺されたことがある。何度かな」
「女性に!? 逆に何やってきたんだよ、お前!」
「特に何もしていないのだが。そういうところがダメなのよと、コイツは言うのだ」
レイドは地面に置いた幅広の剣を左の鋏でコツンと叩く。コイツというのはもちろん、大陸からの道連れである赤騎士レティシアのことだろう。
「で、どうするつもりなのだ? その口ぶりだとアザレア嬢以外ともデキてないのだろう?」
「そうだよ。今は誰ともそういう関係じゃない」
「ふむ。みな、王に好意を寄せているようであったがな。気づいていないわけでもなかろうに」
レイドはもちろん、残りの三人もこの話には興味津々のようで、揃って俺の顔を見ていた。
気恥ずかしいが、この場には当事者の女性は一人もいないのだ。なんとか話せなくもない。
「そりゃ気づいてはいるよ。っていうか一部には好きだってはっきり言われたし。でも王様をやめるまでは、そういうデキるだのデキないだのについて考えるつもりはないし、誰に対しても答えるつもりもない。……向こうもだいたい、それでいいって言ってくれるし」
「けっけっけ! サイテーだな、ミレちゃん! 全員キープか!」
手を叩いて大笑いするヤルー。
自分でも最低なのは自覚しているが、詐欺師のコイツにだけは言われたくない。
ヤルーは笑いをどうにかおさめると、気安く俺の肩に腕を回してきた。
「なぁなぁ、アザちゃんとはキスしたってゆーけどよ。他の子たちとはどうなのよ。全員、手ぐらいつないだか?」
「……もう全員キスした」
「はぁ!? マジで!? リクちゃんも!? ナガちゃんも!?」
「お前が想像してるやつは全員だよ」
「マジかよミレちゃん! うはははは! やべー、想像以上だ! 想像以上のヤベーやつだ!」
ヤルーは地面に転げて、腹を抱えて笑いはじめた。
「王よ、さすがにそれは我も引くぞ」
「あ、あーしもそれはちょっと予想外っス。けど、王様としては……うーん」
レイドは冷めた目で見てくるし、“好感度”の件を知ってるはずのスゥも複雑そうに渋面を作っている。
「仕方ないんだ。それぞれ色々事情があったんだ。深くは聞かないでくれ」
我ながら今の状況はヤバいと思う。少なくとも、ただの学生だった頃に今の話を聞かされれば、みんなと同じリアクションをしただろう。それが普通だ。だからこのリアクションも甘んじて受け入れる。
しかし普通でない男、デスパーの反応は予想外だった。
いや、ドン引きして眉をひそめている点はみんなと同じなのだが。
「インモラルすぎデスよ、王サマ。赤ちゃんデキちゃったらどうするんデスか」
「いや、できないだろ……キスだけだぞ」
「え、人間ってキスでデキないんデスか?」
「いや、エルフもできないぞ。……え、できないよな!?」
デスパーがあまりに自信満々だったので、不安になって他の三人に視線を向けて確認した。
三人は揃って口元を隠して肩を震わせている。どうやら笑っているらしい。
デスパーが俺の肩を叩く。滅多に見せない、分かりやすい笑顔で。
「冗談デスよ、王サマ。エルヴンジョークデス」
「ジョークかよ! くっそ、こいつ自分のキャラが分かってやがるな。絶妙に勘違いしてそうなんだもんな……そりゃ引っかかるよ」
と、俺が悔しがっていると、他の三人がこらえきれずに声を上げて笑い出した。
「あっひゃっひゃ! しゃーねぇしゃーねぇ、俺っちも前に引っかかったぜ!」
「我もだ」
「あーしもっス」
どうやらデスパー渾身の持ちネタだったらしい。
まんまとハメられてしまったが、まぁ気軽にジョークを言ってくれるくらい仲が深まったのだと前向きに捉えよう。
結局、その夜はそんな感じで長々と雑談をして、みんなで夜更かししてしまった。
だがそれも、前向きに捉えられないこともなかった。
☆
「もう少しっスよ。頑張るっス」
翌日、先頭を歩くスゥがそう言ったのは、五回目か六回目の遭遇戦の後である。
今日も戦いはほとんどデスパーと悪霊に任せていたが、俺とヤルーはすでにヘトヘトだった。寝不足だけが理由ではない。
「なぁ……なんか……めちゃめちゃ暑いんだけど……」
「さっき対熱用のお守り渡したじゃないっスか」
「いや、それの効果を踏まえても暑い……なんだか息苦しいし。ひょっとしてマグマだまりが近いんじゃないか、ここ」
息も絶え絶えに、額からしたたる汗をぬぐいながらたずねると、スゥがきょとんとした顔で振り返った。
そういや言ってなかったな、とでもいう風に。
「え! やっぱりそうなのか!? くそ、ずっと下り続けてるからおかしいと思ったんだ。……まさか、こんなところでレベリングさせるつもりじゃないだろうな?」
「違うっスよ。ああ、ほら、見えてきたっス」
スゥが前方を指す。
どうやらしばらく先で広大な空間とつながっているらしい。いつの間にやら、そちらから魔術の明かりとも炎の明かりとも違う、目を刺すような赤い光が届いていた。
気力を振り絞って足を動かすこと、しばらく。
たどり着いたのは王城の中庭ほどの地下空間。
そこに灼熱の溶岩湖が広がっていた。
鍛冶場のような、凄まじい熱気が肌を襲う。
道はここで途切れている。淵に立って見下ろしてみると、すぐ下で溶岩がボコボコと発泡して白い煙を上げていた。
それを見てもスゥは何も言わない。少なくとも即座にこの場を立ち去らないといけないほど有害なガスは出てないのだろう。
「ここがマグマだまり……じゃないよな?」
「もちろん違うっスよ。地下から亀裂を上がってきたマグマの一部が溜まってるだけっス。この山の地下に眠るマグマの総量はこんなもんじゃないっスよ」
「そりゃそうか」
当初は凄まじい溶岩の量だと思ったが、よくよく考えればこの島一の山のマグマだまりにしては小さすぎる。そもそもマグマだまりというのは、こんな風に露出しているものではないはずだし。
納得したのち、溶岩湖全体を観察する。
すると、その中央に小島のような丸い陸地があることに気が付いた。その上の空中に、何者かがぷかぷかと浮かんでいることにも。
人間の子供のような姿をした存在だった。
だが、こんなところに人間がいるはずがない。それも一糸まとわぬ姿でいるはずが。
『ワタシハ大地精霊。歓迎シマス、精霊管理権限者ヨ』
その存在はヤルーに視線を向けて、微笑みながらそう言った。
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【第四席 レイド】
忠誠度:★★★★★★★★★★
親密度:★★★★★★★[up!]
恋愛度:★★★★★★★
【第九席 ヤルー】
忠誠度:★★★
親密度:★★★★★★★★
恋愛度:★★★★★[up!]
【第十一席 デスパー】
忠誠度:★★★★★★★★★
親密度:★★★★[up!]
恋愛度:★★★★★
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