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第百八十八話 ささやかな宴だと思ったのは間違いだった

「ミレウスくん、成人おめでとう!」


 という元気な掛け声と共に、俺の十八回目の誕生日を祝う会は始まった。

 夏の半ばのある日の夜――レイドたちと共に決戦級天聖機械(オートマタ)、死毛蚯蚓(ミミズ)のオグを倒してから、およそ一月半後のことである。


 会場は王城にある俺の自室。

 出席者は円卓の騎士全員と、このためにわざわざオークネルから上京してくれた我が義母(はは)セーラで計十四名。

 いつもこの部屋に置いてある丸テーブルでは席が足りないため、今はそれは隅に退()けて、絨毯(じゅうたん)の上に座布団を()いて車座になっている。


 王の成人を祝うにしてはあまりにささやかな宴だ。しかし着実に“現象”が進行している今の社会情勢を踏まえれば、仕方のないことだろう。






「ケーキ! ケーキ! ケーキ! ケーキ!」


 バカみたいなテンションのコールと共に、ざっと百人分はある巨大な三段重ねの誕生日ケーキが運ばれてくる。

 本日の主役とも言うべきそれが車座となった俺たちの内に置かれると、誰かが部屋の明かりを消した。


 ケーキに刺さった十八本の蝋燭(ロウソク)の火だけが暗闇で存在を誇示する中、誕生日定番のあの歌をみんなが歌う。

 それが最高潮に達したタイミングで、俺は蝋燭(ロウソク)の火を一息に吹き消した。


 拍手と共に明かりが点き、再びみんなが声を揃える。


「ミレウスくん、成人おめでとう!」


「さっきも聞いたな、それ」


 まぁ何度言われても嬉しいものだけど。


 一応仕事中でもあるので、女中(メイド)服姿のアザレアさんがケーキを切り分けて、皿に乗せてみんなに配っていく。特に辞める理由がないとのことで、円卓の騎士になった後も、俺のお付きの女中(メイド)を継続しているのだ。


 すぐに他の食べ物――チキンや俺の好物であるザリーフィッシュの丸焼きなんかが届き、飲み物も行き渡って、どんちゃん騒ぎが始まる。


 さすがにこの人数だと会話は一か所ではおさまらない。各々が近くの奴と好き勝手に喋っているため、誰が何を話しているか聞き取るのは困難だ。


「また一段と賑やかになったわねぇ」


 すぐ隣に座る義母(かあ)さんが、ケーキをムシャムシャやりながら他の出席者たちを見渡す。

 去年の誕生日も義母(かあ)さんは上京してパーティに参加してくれたが、あの時から増えたのはスゥとレイドの二人だ。


 その片割れ、スゥがソフトドリンクを片手に緊張した面持ちで俺たちのところにやってきて、絨毯(じゅうたん)の上で正座をして義母(かあ)さんに向かって頭を下げる。


「あのー、ご挨拶が遅れて申し訳ないっス。初めましてっス。あーし、スゥって言うっス」


「あら! アナタがスゥさん? 初めまして、セーラ・ブランドです。この子が手紙に『会ってほしい女性(ひと)がいる』なんて書くからどんな人かと思ったら、こんな可愛らしいお嬢さんだなんて」


 スゥが俺を非難するようにジロリと見る。

 俺とスゥの複雑な関係について、義母(かあ)さんにどう伝えるか悩んだのだが、結局すべてスゥの口から伝えてもらうことにしたのだ。

 それはそれとして、手紙の書き方はミスった気がする。


 義母(かあ)さんは実に楽しそうにスゥの体を上から下まで眺めて、俺に耳打ちしてきた。


「え、なに、この子がアナタの恋人さんなの? へぇ、色んな子はべらせてると思ってたけど、最終的にこういう子選んだか」


「違うよ。そういうのじゃない」


「あら、そうなの?」


「いや……うん。そう誤解されても仕方のない書き方ではあった」


 反省する。当然俺はそういう目では見ていないが、スゥの外見は十代半ば。愛想もよく、可愛らしい普通の少女に見える。それに会って欲しいなんて息子に言われれば、誰だってそういう意味での紹介だと思うだろう。


「ところでアナタ、どこかで見たような?」


 義母(かあ)さんに言われ、スゥはぎくりと体を震わせた。


「あー……そうっス。初めましてって言ったっスけど、実はセーラさんとあーしは十数年前に一度会ってるっス」


「え、そんな前? アナタ、その頃何歳?」


「二百と少しっスねぇ……」


 きょとんとする我が義母(はは)に、スゥはざっくり事情を説明した。


 自分がウィズランド王国建国期から生きている人間であり、円卓の管理者であること。

 円卓の指示により、六代目の王にするために、幼児の俺を大陸から一年かけてこの島に連れてきたこと。

 そしてその俺を養育させるためにオークネルの宿屋に置いていったこと。


 話しているうちにスゥの頭は自然と下がり、最終的に土下座のポーズになった。


「も、申し訳ないっスー!」


「ああ、思い出した、完全に。あの時、この子を連れてきた子かぁ。あまりに変わってないもんだから、逆に分からなかったわ。そうそう、こんな感じの(くま)のある子だった」


 義母(かあ)さんはすっきりしたような顔でチキンをむしゃりとやり、手元のグラスを満たしていたスパークリングワインを飲み干した。


「で、わざわざ私に会って欲しいということは? ……なるほど、この子の親権を争いに来たと」


「ち、違うっス! あーしはただ、事情を説明して謝りたかっただけっス!」


 顔を上げて、ぶんぶんと首を横に振るスゥ。


 義母(かあ)さんはアルコールで少し赤みを帯びた顔を俺の方に向けて、『違うの?』と小首をかしげた。

 もちろん違う。


「一年も一緒に旅したわけだから、俺はスゥに母親みたいな情を抱いているし、スゥも俺を息子のように想ってくれてる。でも義母(かあ)さんとは十年以上一緒に生活してきたわけだからね。今更その関係を変える気はないよ。俺もスゥも」


「そうなの? なら別に気にしなくていいわよ、そんな昔のことなんて。アナタのおかげでこの子がうちに来てくれたわけだし、むしろ感謝したいくらい」


 義母(かあ)さんは微笑むと、スゥの肩に優しく手を置いた。


「あの頃、労働力が必要だったからね。ホント助かったわ」


「それを言わなきゃいい話で終わったのに」


 俺はため息をつきながら、義母(かあ)さんの持つグラスにワインをついでやった。

 義母(かあ)さんは照れ隠しでこう言っているわけではない。正直者なだけだ。ついでに言えばスゥが俺に持ってくれているような親としての情がないわけでもないと思う。十年も一緒に暮らせばさすがにその辺は分かる。


 気づけば周りのおしゃべりは止んでおり、みんなが俺たちの方を向いて話を聞いていた。スゥが土下座なんてするから注目が集まったのかもしれない。

 ちょうどいいので向かい側にいた男を手招きする。


「レイド、お前もこっち来て挨拶しろ」


「む? 承知」


 先日のオグ砂漠の件以来、こいつの扱いもだいぶ分かってきた。

 輪の内側を通り、素直にやってきたレイドは義母(かあ)さんの前で片膝をつく。


(オレ)の名はレイド。流浪の騎士……ではなく、今はミレウス王の剣をやっている。王の母君よ、よろしく頼む」


「ええ、よろしく、レイドさん」


 義母(かあ)さんが差し出した手を、レイドは左手の(はさみ)で掴んだ。

 もちろんごく軽くだろうが、その感触の違和感は伝わったようだ。


 手を離した後、義母(かあ)さんは不思議そうに首をかしげる。

 当たり前だが義母(かあ)さんは一般人なので、レイドが背中につけた濃緑のマントの姿欺き(マスカレイド)が効いているのだ。

 直立するザリガニのような姿には見えていないはず――というか、そう見えていたら、こいつに会った瞬間に何のリアクションもしないはずがない。


義母(かあ)さん、こいつどう見える?」


「どうって……珍しく騎士様っぽい騎士様だなって思ったけど。他の円卓の騎士様たち、あんまり騎士様っぽくないし」


 前もそんなこと言ってたが、確かにそうだ。


「そうそう、騎士様っぽくないといえば」


 義母(かあ)さんは――ごく一部を除き――騎士らしからぬ一同に目を向け、両手の手のひらを合わせる。


「この子の手紙に書いてあったけど、アザレアさんも円卓の騎士になったんでしょう?」


「あー、はい。おかげさまで」


 何がおかげさまなのかは分からないが、左手の方に座るアザレアさんが苦笑いを浮かべながら会釈をした。


「凄いわねぇ。魔術が使えるって聞いてはいたけど、習い始めたの高等学校(ハイスクール)入ってからでしょう? 才能があったのねぇ」


「えー、いや、あはは、そんなことないですよ。運がよかっただけというか悪かっただけというか」


 アザレアさんは気まずそうに視線を逸らした。

 拡散魔王になったからだとはさすがに言えない。


「アザレアさんはもう成人したのかしら?」


「ええ、はい。先月に」


「じゃあ、あと成人してないのは……」


 再び一同に目を向ける義母(かあ)さん。

 それに応えて、照れ笑いのようなものを浮かべながらブータがペコリと頭を下げた。


「ブータくんは二年前に会った時から全然変わらないわねぇ」


「コロポークルですからねぇ。もうたぶん死ぬまで外見変わらないと思いますけどぉ」


 答えながらブータは、成人していないもう一人の団員であるシエナに目を向けた。

 ブータは現在十四だか十五だか。シエナはその二つ上だ。


「シエナちゃんも二年前に会った時から変わらないわねぇ」


「し、身長伸びましたよ。……これくらいですけど」


 シエナは親指と人差し指でその高さを表現して、義母(かあ)さんに向ける。

 せいぜいそんくらいだろうなと思ってはいたが、正直誤差の範囲だった。ちなみに胸も特に成長した様子はない。


「イスカちゃんも去年会った時から変わらないわねー。あんなに食べてるし、育ち盛りでしょうに」


「んー? イスカはずっと変わらないぞー。もぐもぐ」


 義母(かあ)さんに目を向けられたイスカは、食べ物をつまむ手を止めずに答えた。

 そういや去年の誕生パーティの時に説明しなかったな。


義母(かあ)さん、実はイスカもスゥみたいに長生きしてる子でね。こんな見た目だけど、この中の誰よりも年上なんだ」


「え、そうなの? はー、いいわねぇ。私も永遠の若さが欲しいわぁ」


 頬に手を当てて、ハァとため息をつく義母(かあ)さん。

 義母(かあ)さんも三十を超えたばかりにしてはだいぶ若く見えるのだが、たぶんそれを言って欲しいがためにこんな態度を取っているのだろうから、黙っておく。


「まぁともかく。この子も今日から結婚できるようになったわけだけど、女性陣の皆さんはもう結婚できる歳なのね」


 義母(かあ)さんのこの一言で、その女性陣がざわついた。

 ウィズランド王国の成人年齢は男女ともに十八歳だが、婚姻適齢は異なる。男性は十八からで女性は十六歳からなのだ。なぜそうなのかは知らないが、成人してないシエナもすでに結婚はできるわけだ。


「ケッコンって、すると何かいいことあるのかー?」


 口についた生クリームをアザレアさんに(ぬぐ)ってもらいながら、イスカが素朴な疑問を投げかける。


「んー、税金がほんの少し安くなる? そんくらいか」


 答えたのは米から作った酒を手酌でやっているナガレだった。

 達観したような顔で言う。


「実際、メリットらしいメリットなんてねーよな、結婚て」


「あら、じゃあナガレさんは結婚したくないの?」


「いや……そうは言わねーけど」


 義母(かあ)さんに問われたナガレは、ちらりと俺に目を向けた。

 見かけてに反して少女趣味のこの女が、その手のことに憧れていないはずはない。


「メリットはありますよ! ものすごいメリットが!」


 早くもできあがりつつあるリクサが空になったビール瓶を振り回しながら、酔っ払い特有の無駄に大きな声を出した。


「結婚するとですね! 結婚しろって言われなくなるんですよ! 周りから!」


「あー、それはあるかもしれないわねぇ」


 義母(かあ)さんも共感できるところがあるのか、うんうんと頷いた。


「リクサさんもそういうこと言われるの? 周りから」


「はい。私は主に親から。……最近は言われる頻度は減りましたけど」


 と、やはりリクサも俺にちらりと視線を向けてくる。

 やたらとお見合いを強要してきたという彼女の母親が、それをぱったりしなくなったのは、俺と彼女がコーンウォールで勇者の試練を受けてからだ。

 恐らく小言を言われる頻度が減ったのもその時からだろう。


「デメリットもないし、気軽にしちゃってもいいかもしれないわねぇ。適当に男の擬似投影紙(フォトグラフ)並べて、ダーツかなんかで相手決めて」


「いや、義母(かあ)さん……息子の俺としては、相手選びはもうちょい慎重にしてもらいたいんだけど」


 冷や汗を垂らしてツッコミを入れてると、意外なところから異議が出た。


「デメリットはあるよ! 大アリだよ!」


 ヂャギーである。いつものバケツヘルムの口部をパカリと開けて、ザリーフィッシュを食べている。


「オイラ、大陸にいた頃にどうしても結婚してくれって女の子に頼まれたんだ! それで指輪とか式場とかでお金が必要だって言われて、渡したらそのままいなくなっちゃったんだ! 三年くらいして詐欺だって気づいたよ!」


「気づくの遅すぎるし、それは結婚自体のデメリットではないな……」


 こちらにも俺が突っ込まざるを得なかった。

 ラヴィがそれを聞いて指をはじく。


(ひらめ)いた! ミレくん、結婚しようよ! すぐ離婚してもいいから!」


「……言っとくけど、離婚時に分ける財産は、結婚後に夫婦で作った分だけだよ? 俺の今の資産はもらえないよ?」


「ちぇー。いや、もうそれでもいいから結婚しようよー」


 不満そうに口を尖らせながら俺のところに来て、抱き着こうとしてくるラヴィ。

 寸前でリクサに首根っこをひっつかまれて、元の座布団のところまで引き戻された。


「そもそも疑問なんデスけど」


 手を挙げたのはデスパーである。悪霊と二人分だからというわけでもなかろうが、イスカやヂャギーにも負けない勢いで料理を(たい)らげている。


「この国の王サマって、離婚するとき財産分与する義務あるんデスか?」


「あると思うよ。国王の婚姻関係は特別な法律があるわけじゃないから、一般国民と同じ扱いになるはず。その辺、王様なった頃に調べたからな」


 これに反応したのはヤルーだ。

 こういう場だからか、いつものローブ姿ではなく黒のスーツで、髪も後ろになで上げているが、うさんくさい表情はいつもどおりである。


「ほーう? ハーレムが作れるか調べたわけか。ミレちゃんもなかなか欲深いねぇ」


「違うっての。参考になるかと思って過去の王たちの在位中の行動を調べたんだけど、結婚したって記録が一つもなかったから気になって、その辺の法がどうなってるのか調べただけ」


「あれ? マジで? 一人も結婚してねーの? 統一王も?」


「少なくとも公式の記録上はね。統一王はあの女好きっぷりだから非公式でやってたかもしれないけど」


 そういや真相を知ってるだろうと視線で問うと、スゥは無言のまま首を左右に振った。


 意外だというジェスチャーなのか、ヤルーが両手の手のひらを上に向けて肩をすくめる。


「ま、ハーレム作ろうと思えば作れないこともねーだろ。ミレちゃん王様なんだからよ。法がなけりゃ作りゃいい」


「そんなことしたらミレウス好色王とか呼ばれちゃうだろ……。それに俺はたまたま王になっただけなんだから、そんな好き勝手はしないって。統一王みたいに自分が国を作ったっていうなら話は別だけどさ」


「じゃあ作るしかないな! 神聖ミレウス王国!」


「俺の名前つけるのは分かるけど、神聖はどこから出てきたんだ」


 意味の分からないヤルーの提案に、みんながどっと笑う。

 それからもまぁこんな感じのくだらない話を、延々と続けた。



 

 ささやかな宴と当初は思ったが、一人の一般市民の誕生日だと思えば、十分すぎるほどに盛大だ。


 ――夜は()けるが、宴は続く。

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[一言] これは・・・フラグ・・・!圧倒的フラグ・・・!!!
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