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第十七話 表決を通したのが間違いだった

 王城内で最も高い塔、その最上階に位置する、円卓の間。


 部屋の中心に鎮座する巨大な真円形の(テーブル)には、十三の席が等間隔(とうかんかく)に設けられており、今はその過半数となる七席が埋まっている。

 窓一つなく、外界と隔絶されているこの部屋では外の様子は分からないが、夕暮れ時だ。


 部屋の入り口あたりの席では、第十二席[怪盗(ハイドシーフ)]のラヴィが卓にだらっと上半身を投げ出して、不満そうに口を尖らせている。

 体を左右に揺らすのにあわせ、赤毛のポニーテールが生き物のように動く。


「ミレくん、アタシさー。もうすぐ三ツ星料理店(レストラン)夕飯(ディナー)の予約の時間なんだよー。これ明日に延期してくんないかなー」


「ダメ。明日も七人揃う保証はないし、今日やるよ」


「揃うってー。みんなをもうちょっと信じなよー」


「一番信じられないのはラヴィなんだけど」


 ぶーぶーと親指を下に向けたジェスチャーを彼女は向けてくる。

 しかし今日ここに連れてこようとした際にも逃亡を試みた人の非難に、動じる必要はまったくない。


「すぐに終われば、お夕飯にも間に合うんじゃないかな!」


 俺から見て左手の席では第六席の[暗黒騎士(ブラックナイト)]、ヂャギーが顔をすっぽり覆うバケツヘルムの口元を開けて、大箱入り(パーティーサイズ)揚げ鳥(チキン)を頬張っている。

 ぴっちりとした革鎧(レザーアーマー)で包んだあの筋骨隆々の体を維持するには、相当な食事量が必要なのだろう。


 一個食べる? と彼に揚げ鳥(チキン)を差し出され、ラヴィは(よだれ)を垂らして迷うそぶりを見せたが、料理店(レストラン)夕飯(ディナー)に間に合った場合のことを考えたのか、泣く泣く手を引っ込めた。


「表決()って、円卓の騎士の責務とかいうの聞くだけだろ? すぐ終わんじゃねーの」


 右手の席で頬杖をついて、第七席[異界調合士(アザーアルケミスト)]のナガレが興味なさそうに自身の艶のある長い黒髪をいじくっている。


 その一つ奥の席に座る第九席――今日の昼にようやく確保した[大精霊使い(グランドシャーマン)]のヤルーが、精霊との契約に用いるペンを片手でくるくる回しながら、小ばかにしたように肩をすくめて笑った。


「おいおい、ナガちゃん。本気でそんな楽観的に考えてんのか? めでたいねぇ。どう考えても、これから面倒ごとに巻き込まれんだろ」


「ああん!? クソ詐欺師が知った風な口きいてんじゃねえぞ! 殺すぞ、タコ!」


 恫喝(どうかつ)と共にナガレが右手を伸ばすと、その先に黒い渦が現れて、くの字型の筒のような形状の遠距離武器、拳銃がそこから現れる。

 それを喉元に突きつけられた上に猛禽(もうきん)のような鋭い目つきで睨まれて、ヤルーは両手を挙げて無抵抗の意思を示した。


「だ、だめですよ、ナガレさん……。武器を収めてください」


 ラヴィの隣にあたる部屋の入り口あたりの席で、卓の下から獣耳つきの顔を出したのは第十三席の人狼(ウェアウルフ)、シエナだった。森の女神アールディアの[司祭(プリースト)]である彼女は、その教義の通り、慈悲深く争いを調停したのかと思えば。


「い、今、その詐欺師を殺したら表決を通せませんから。……これが終わってからにしましょう」


 卓の下から、きらっと輝く小剣(ショートソード)を見せて、ヤルーを殺意に満ちた目で睨む。


 女神アールディアは復讐も(つかさど)っている。

 彼女は過去に色々あって、ヤルーのことを殺したいほど恨んでいるらしく、マジでむかついたときは慈悲深くなくてよいという教義の適用範囲と判断しているらしい。


「いや、シエナ、勘弁してやってくれ。ナガレもだ。少なくとも俺が王の間は殺さないでやってくれ」


「……(あるじ)さまがそう仰るなら」


 渋々と答えて、恥ずかしがりやのシエナは顔と小剣を卓の下に引っ込める。

 ナガレも嘆息(たんそく)と共に拳銃を収めた。


「いや、ミレちゃん。王様辞めた後のことも保証してほしいんだが」


「そこまでは面倒見切れないよ。それまでに彼女の好感度、改善したら?」


「ええー、それは無茶だろー。つーかこの席順どうにかなんねーの? このままずっとこいつらに挟まれたままだと、俺っちそのうち白髪になるぞ」


 ヤルーはまた彼女たちの(かん)(さわ)るようなことを言う。


 ヤツとシエナの間には第十一席用の席があるが、あいにくそこに座るべき人物は現在王都を離れているそうなので、その人が戻るまで殺意のサンドイッチ状態は続く。


 それぞれの席の前の卓上には、金色(こんじき)の文字でそこに座るべき騎士の姓名(フルネーム)が記載されているのだが、どうも席次の高い者ほど入り口から離れた場所に座る決まりらしい。


「席順は円卓が騎士を選定した時点から不変です。変更することは許されません」


 俺のすぐ左隣の席で、次席のリクサが淡々と告げる。

 今日初めて知ったが、この女性は[天意勇者(ハイブレイブ)]だ。

 

 昼のヤルー確保の際にはとても役立ってくれたものの、家事が壊滅的にできないことに続いて、泳げないという弱点も露呈した。

 しばらく前になるが、王になったあの日の段階では、なんでもできそうなしっかりした綺麗なお姉さんという印象だったのだが、まぁ後半部分は今も変わりない。

 始祖勇者の血を引く証である美しい白銀(プラチナブロンド)の長い髪も、張りのある豊かな胸の魅力も健在だ。

 ただ、思ったよりも可愛いところがあると分かっただけのこと。


「ミレウス様」


 他の騎士たちに聞かれぬよう顔を近づけ、(とが)めるような口調で俺の名を呼ぶ。

 そういや胸を盗み見たりするとバレるんだった。


「ごめんなさい」


「いえ……はい。お気をつけください」


 こういうことを叱ってくれるようになったのは、本当に嬉しい。

 逆にこの女性に叱られるために、わざと(よこしま)な視線を投げるようになってしまうのではと危惧するくらいだ。


 こほんと一息ついてから、リクサは仕切り始める。


「それでは第二回の円卓会議を始めましょう。ミレウス様、お願いします」


「……ああ! えーと」


 『再度、同表決を行う場合は、議長が発議すること』だったかな。


 一応、俺がこの国の国王で、円卓騎士団団長で、議長でもあるらしい。

 なので。


「円卓の騎士の責務(・・)を負う意志がある人……は挙手を」


 これでいいのだろうか。



 揚げ鳥(チキン)を食べながらヂャギーが手を挙げる。


 頬杖をついたまま、ナガレが片手を。


 卓の下から、シエナが震える手を。


 リクサが毅然(きぜん)と、その右手を。


 そして俺も、前回よりは、確かな意志を持って手を挙げる。



 ここまでは前回と同じ面子(メンツ)だ。

 あとは二人。



「あんまりめんどくさいのだったら、投げ出すと思うけどさぁー」


 ラヴィが予防線を張った上で手を挙げる。


「詐欺だよなぁ、これは。絶対に詐欺だよ。誠実が服を着て歩いてるとか、誠実の化身とか近所で評判の俺っちには分かるよ」


 ふざけた調子で言うものの、ヤルーもその手を挙げた。


 円卓の上を覆う白い光が中央に集まり、宙に浮かび上がって文章を形作る。



『賛成七票、無効六票』



 前回と同じく、それを読み上げる女性の声がどこからともなく聞こえてくる。



『過半数が確保されたため、可決』



 文章は分解されて光となると卓上に戻り、そこに立体的な映像(ホログラフィー)を描きだす。


 これは地図だ。

 見覚えがある地形が縮小されて、卓の上に広がっている。


「ウィズランド島中央部の地図か……?」


 円卓の中心部あたりに、王都と思われる大都市がある。

 その西には大河。昼に行ったカーウォンダリバーだろう。 

 

 北西にはシエナの故郷である人狼(ウェアウルフ)の森が広がり、北には宿場町のカーナーヴォン、そしてヤルーと初遭遇した同名の遺跡。


「あ、地上絵がこんなに小さいよ!」


 ヂャギーが王都の南西を指差す。

 そこは荒野が広がっているあたりで、小さな蜘蛛のような形の模様が一つあった。


 アスカラの地上絵と呼ばれる、王都近郊の観光スポットである。


「修学旅行で王都から帰る途中で寄るはずだったんだよなぁ、そこ。行きたかったなぁ」


 俺はしみじみと(なげ)く。


 ヂャギーはこんなに小さいと驚いていたが、逆にこんな小縮尺であっても何を描いているか分かるあたり、相当スケールの大きなものなのだろう。

 そのうち暇になったら、行ってみようか。


 しかしとても精巧な地図だとは思うが、これを俺たちに見せてどうしようというのだろうか。


 と疑問に思ったそのとき、地上絵から王都を挟んで反対側、北東の方に青く輝く点を見つけた。

 小さな森の中心あたりだ。


「静寂の森だな」


 ヤルーが顎をさすりながら、解説してくれる。


「昔はそれなりに資源豊かなところだったらしいが、ある時期からぱったり生物がいなくなったらしくてな。生物がいないから音がしない。音がしないから静寂の森――と、そう呼ばれるようになったらしい。気味が悪いし、動物は捕れないし、あまり入るヤツはいないそうだが」


「ここへ行けってことなのか」


 即位式の晩の先代王(フランチェスカ)の話を思い出す。

 彼女は『魔女(・・)に聞け』と言っていた。

 それがいるのが、ここなのだろうか。


「よし、今から出発しよう。馬車で行けば、この距離なら半日もかからないくらいだろう」


「ええ!? 今から行ったら着くのは真夜中だよ!? 料理店(レストラン)夕飯(ディナー)いけないじゃん!」


 ラヴィが絶望的な声を上げる。

 

「明日にしようよー! あーしーたー!」


「ダーメ。飯なら今度、いいところで(おご)ってあげるから我慢してくれ。事態は一刻を争う」


 そんな気がするだけだが。

 

「ヂャギー。ラヴィを押さえてくれ」


「わかったよ!」


 安請け合いしてくれる男で助かった。

 手足をぶんぶん振ってダダをこねるラヴィを、彼はたやすく拘束する。


「そうだ! 夕飯(ディナー)に行けないんだったら、ヂャギーくんの揚げ鳥(チキン)ちょうだいー!」


「ごめんね! もう全部食べちゃったよ!」


 ラヴィはいよいよ心が折れたようで、脱力して黙りこんだ。


「なんかなー。嫌な予感がぷんぷんしてきたよ、俺っちは。よりにもよって、あの森ってのはな。今すぐ逃げ出したほうが、傷が浅くて済むような気がするね」


 苦々しい表情でヤルーが地図を眺めてボヤく。


「ナガレ、シエナ。頼む」


 前後から拳銃と小剣(ショートソード)を突きつけられて、ヤルーはまた両手を挙げた。

 道中でも逃げ出されないように、見張っててもらうことにしよう。


「素晴らしいです、ミレウス様。それこそ王としての振る舞いです」


 リクサがきらきら目を輝かせて褒めてくれたが、これでいいのかという思いがなくもない。


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【第二席 リクサ】

忠誠度:★★★★

親密度:★★

恋愛度:★★★


【第六席 ヂャギー】

忠誠度:★

親密度:★★★

恋愛度:★


【第七席 ナガレ】

忠誠度:

親密度:★★

恋愛度:★★★


【第九席 ヤルー】

忠誠度:★

親密度:★

恋愛度:★


【第十二席 ラヴィ】

忠誠度:★

親密度:★

恋愛度:★★★


【第十三席 シエナ】

忠誠度:★★

親密度:★★

恋愛度:★★

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― 新着の感想 ―
[一言] 危機感の説明もなしに約束を反故にする王様はどうかと思う
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