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第百八十七話 自由にさせてたのが間違いだった

 決戦級天聖機械(オートマタ)、死毛蚯蚓(ミミズ)のオグの毒で昏倒した俺は――夢を見た。




 王城の円卓の間。そこに四人の初代円卓の騎士がいた。


 一人は輝くような金髪の女、魔術師マーリア。

 一人は素朴(そぼく)な顔をした青年、狂人ジョアン。

 一人は義手をつけた気弱そうな女、海賊女王エリザベス。

 そして一人は赤い軽鎧の女、赤騎士レティシア。


 レティシアは自身の席に座っていた。その眼前には一本の幅広の剣(ブロードソード)。統一戦争の前後には彼女が振るい、現在はレイドに継承されているあの魔剣だ。

 他の三人はレティシアを囲んで立っている。


「ほ、本気なんですか、レティシアさん。残留思念(マインドゴースト)じゃなくて、魂そのものを封じるなんて」


 エリザベスが懇願するような目をしてレティシアの手を取る。

 にべもなくそれを振りほどき、彼女は首を振った。


「第一文明期や第二文明期の遺物には似たようなのいっぱいあるでしょ。そんな驚くことじゃないはずよ。……で、どうなの。できるの? できないの?」


 レティシアは周りの三人を順に見た。

 エリザベスとジョアンは苦い表情をして口をつぐむだけ。

 ただ一人、マーリアは呆れたように嘆息して答えた。


「ベスとジョアンの力を借りれば可能です。正確には叶えるもの(メテオラ)と拡散魔王の力を借りればですが。しかし二度と元には戻れませんよ?」


「それくらい覚悟の上よ」


 レティシアは硬い表情を崩さぬまま、幅広の剣(ブロードソード)を手に取った。


「シャナクやオフィーリアがすることと大差があるとは思えない。この世界にいられるだけ、アタシの方がマシかもしれないしね。それにマーリア、アナタも魔女の誓約を使うんでしょ?」


「それは……そうですが」


 これでマーリアも口をつぐんでしまった。

 代わってジョアンが肩をすくめる。


「オイラが言うのもなんだけど、完全にイカれてるさー。きっとスゥは反対すると思うさー」


「だからなんだってのよ。アタシだってあの子をシステム管理者にするのに反対したでしょ。でも通らなかった」


 レティシアの声には少なからぬ怒気がにじんでいた。


「滅びの女神が出てくるのが二百年後か三百年後か知らないけど、あの子に一人で背負わすには長すぎる歳月だわ。あの子の負担を軽減するためにも、万が一に備える意味でも、予備は用意しておいた方がいい」


 赤騎士レティシアは初代の中で最も用心深かったとされる。

 彼女がその魂を剣に宿して永遠を生きる存在となったのは、その用心深さからだったのか――あるいはスゥのためだったのか。




 場面は移る。


 深い森の中、(やぶ)をかき分け、一人の男が現れた。直立するザリガニのような異形の男――レイドだ。

 レイドはきょろきょろと辺りを見渡した。


「ふむ? この辺りから声がした気がしたが。幻聴か?」


『アタシよ』


 答えたのはレティシアの声。

 レイドは再度辺りを見渡した。しかし声を発しそうなものは何もない。

 あるのは大岩に突き立った幅広の剣(ブロードソード)だけ。


『アタシはレティシア。アナタは?』


(オレ)はレイドだ。そうか。剣か。喋る剣は初めて見たな」


 声の出元から判断したのだろう。レイドは納得したように一つ頷いた。


『……アナタ、動じなさすぎじゃない?』


「そういうのがいると、聞いたことはあった」


『そうかもしれないけど。っていうか、逆にこっちがびっくりしたんだけど……』


 どう言っていいものか、レティシアは悩んだように間を置いた。自身も剣なのだから仕方ないだろうが。


『えーと、アナタ、人間? そんな格好の亜人や魔族は聞いたことないんだけど』


「ふむ? 姿欺き(マスカレイド)が効いてないのか」


 レイドは背中につけた濃緑のマントを(ひるがえ)した。それには自身を普通の人間に見せかける魔力が込められているという。


(オレ)は人間だ。この姿は呪いによるものだ」


『へぇ。まぁいいわ。アタシの声が聞こえたってことはアナタ、正義の味方ね?』


「うむ、そうだ」


 頷くレイド。

 再びレティシアは唖然としたように一時沈黙した。


『今の質問に即答できる奴、初めて会ったわ』


「む、そうか? 普通だと思うが」


『いや、普通じゃないと思うけど……まぁこの際それもどうでもいいか。正義の味方で、腕の立つ奴、どっちの条件もちゃんと満たしてるみたいだし』


 コホンと咳払いのようなものを、レティシアはした。


『世界の危機よ』


「どこで」


『ウィズランド島で』


「辺境だな。確か北西海の果てだったか」


 レイドは首を巡らせた。ウィズランド島の方角を向こうとしたのだろうか。どうやらここは大陸のどこかのようだ。


『アタシはアナタみたいな人を待ってたの。世界の危機を救うの、手伝ってくれる?』


「それは魔王化現象(アーチ・エネマイズ)よりも危険なことか?」


『そうね。少なくとも、それ以上』


「分かった。行こう」


『……話が早くて助かるんだけど、なんだか不安になるわね』


「そうか? では誓おう」


 レイドは幅広の剣(ブロードソード)を岩から引き抜き、剣先を空へと向ける。


「お前と共に世界の危機に立ち向かうことを誓う」


『……まぁ……信じるけど』


 レティシアの反応は微妙だったが、レイドはそれに気づきもしなかった。

 代わりに魔剣を値踏みするようにジロジロと見て、ぽつりと漏らした。


「鞘がないな」


『どこかで適当に調達しなさい。ウィズランド島に向かう道すがらね』


「うむ。遠いからな。どこかで手に入るだろう」


『で、アナタなんでそんな呪いかけられてんのよ?』


「話せば長くなる」


『聞かせてよ、どうせ長い旅になるんだし。こっちも話したいことはたくさんあるしね』


「では語るか。(オレ)は元々地の底(アビス)の生まれで――」


 こうして二人の旅は始まった。

 レイドは口やかましい道連れができたと思い、レティシアは変人に拾われてしまったと後悔した。

 しかし決して悪くはない旅だった。




 旅の果て、ウィズランド島に渡ったレイドは王都でシエナと出会った。

 優れた神聖魔法の使い手である彼女はレイドの姿欺き(マスカレイド)をすぐに見破り、その異形に驚愕した。

 そしてすぐに違う理由でも驚くことになった。相手が新たなる円卓の騎士であると気づいたのだ。


 彼を王城の円卓の間へと導いたシエナはあからさまに不安そうな顔をしていた。


「あ、あの、本当にいいんですか? そんな簡単に引き受けて。も、もう少し考えた方がよくないですか?」


「問題ない」


 レイドは自身の席に座り、当然だと言わんばかりに首肯した。


 コイツの性格を知っていれば、それほどおかしなことでもない。常に自分が正しいと思うことを迷いなく行う。それがレイドだ。

 だがそもそもコイツは円卓の騎士になるためにこの島を訪れたのだ。だからこの時即決したのも当然だったのだが、シエナはそんなこと知る(よし)もなかった。




 それから半年ほど後、レイドは島の西部の片田舎にいた。

 そしてそこで偶然すれ違った少女に声をかけた。正確には、少女に見える外見の者に。


「待て、其処(そこ)な少女よ」


「え? あーしっスか?」


 振り返ったのはスゥだった。スゥはレイドの姿欺き(マスカレイド)を見破れなかったが、彼の帯びている幅広の剣(ブロードソード)に目を止めて、表情を変えた。

 その剣もまた驚きを隠せていなかった。


『スゥだわ!』


「ふむ? お前の知己(ちき)か?」


『ええ、初代の騎士の一人で、円卓システムの管理者――』


 レティシアの声は契約者にしか聞こえない。

 だから二人はレイドを通して話しあった。


『コイツが騎士になったらすぐに接触してくると思ってたわ。円卓の騎士のことは常に監視してると思ってたから。何かあったの?』


「い、いえ、特に何もないっスけど」


 気まずそうに視線を泳がせるスゥ。

 それでレティシアは何かを察したようだった。


「レ、レティシアさんこそどこ行ってたんスか。いつの間にかいなくなって」


『大陸よ。色々事情があってね。……ねぇアナタ、ひどい(くま)だけど、大丈夫?』


 二人は場所を変えると、色々と情報交換をした。

 レイドはパイプ役を退屈そうにこなしていたが、話がおおむね終わったところで突然切り出した。


「この少女も円卓の騎士だぞ」


『最初からそう言ってるでしょ。この子は初代の一人、剣豪ガウィスで――』


「そうではない。当代の騎士だ」


『は?』


 レティシアが間抜けな声を出す。

 スゥも何言ってるんだコイツという風に口をあんぐり開けていた。


「ど、どういうことっスか?」


「む? 言葉どおりだぞ。スゥ嬢は当代の……六代目の騎士でもある。しかしシエナ嬢が言っていたとおりだな。相手がそう(・・)なら自然と確信できると。なるほど」


 それから二人と一振りは王都へと向かい、円卓の間を訪れた。

 二百年前に座っていた自分の席にスゥがつく。すると、その眼前の卓上に彼女の名が刻まれた。本来のガウィスという名ではなく、現在呼ばれている名が。


「あ、あーしを選ぶなんて何考えてるんスか、卓の中のあーしは!」


 スゥは取り乱した様子で叫んで円卓を拳で叩いた。その中にいるという彼女の残留思念(マインドゴースト)、それが彼女自身を選定したのだ。

 この瞬間、スゥはレイドの姿を正しく認識できるようになったはずだが、一瞥(いちべつ)しただけでまるで気に留めなかった。


『他にいい候補者がいなかったってことなんじゃないの?』


「だ、だとしても、あーしを選ぶなんて信じられないっス! システム管理者の仕事もあるんスよ!?」


『んー、今回は他にも色々イレギュラーがあるし、ひょっとしたら円卓の未来予知機能が予測したのかもね。例のアレ(・・)が起きるのは当代だって。で、他の人間に任せるくらいなら自分自身でってアナタの残留思念(マインドゴースト)は考えたのかも』


「うう、二百年前のあーしの人格を呪うっスよ。これ以上の重責を背負いこむようなことを、どうして自分から……」


 スゥは大粒の涙を流しながら円卓の上に突っ伏し、頭を抱えた。


『大丈夫よ。アタシも手伝うから』


 レティシアが(はげ)ますように言ったが、スゥは何も答えず、そのまましばらくの間すすり泣いていた。




 それからレティシアはスゥに言ったとおり、システム管理者の仕事を手伝った。

 島の各所に配置された円卓システムを維持するための施設をメンテナンスしたり、円卓の騎士の責務に必要なアイテムを調達したり。

 もちろん実際に動いたのはレイドだが、この男は特に文句も言わずに黙々と仕事をこなした。


 その活動の一環として大陸に渡ることもあった。ウィズランド王国で新たな王が誕生したという一報を聞いたのはちょうどその時だった。


『危なかったわね。イレギュラーばかりの円卓だけど、まさかすべての騎士が揃う前に王が誕生するとは思わなかった。最初の滅亡級危険種(モンスター)は上手く撃退できたみたいだけど……』


「やはりこの代か?」


『そうね。その可能性は高まった』


 大陸から戻ったレティシアとレイドは情報を集め、自分たちが不在の間にこの国で何があったのか知った。そして同じ頃に大陸へ出張していたはずのスゥがまだ帰還していないことも知った。二百年前に懸念していたことが起きたのだと、レティシアは悟った。


 それからもレイドたちはシステム管理者の仕事をできる範囲でこなした。その一つ、オークネル近くの山中にある聖水浄化システムを調査しに行った際、国王――つまりは俺と、アザレアさんと出会った。


「あれが当代の王か。ごく普通の少年だな」


 聖水浄化システムの様子を見に行く役目をまんまと俺に押し付けたレイドは下山しながらそう感想を口にした。


『スゥはあの子のことを気にかけてたわね』


「自然だな。大陸から連れてくるのに一年もかけたのだろう? それだけ旅を共にすれば情も()く」


『そうね。息子みたいに思ってたのかも。そんな子があんな重責を担わされたと知ったら心が持たなくなってもやむなしね。アタシは子供とかいないけど。……レイド?』


 レイドはふいに足を止め、俺たちと会った沢の方を振り返っていた。


『どうかした?』


「あの連れの少女が気にかかる」


『アザレアって子? ただの一般人でしょ。ちょっとだけ魔術が使えるみたいだけど』


「うむ。今はな。(オレ)の思い過ごしならいいが」


 レティシアは深くは聞かなかった。レイドの話が意味不明なのは今に始まったことではないからだ。




 やがて最貧鉱山(アイアンマイン)の百年雲が消失し、イスカが円卓の騎士となった。

 この出来事で、レティシアは当代だろうという疑いをより強固な物にした。


 そして何度かの滅亡級危険種(モンスター)との戦いを見届けた後、スゥから連絡を受けて十字宿場(ビエナ)で彼女と落ち合った。


 スゥは会うなり、深々と頭を下げた。


「レティシアさん、レイドさん。長いこと円卓の騎士の責務とシステム管理者の仕事を放棄して済まないっス。今まで仕事を肩代わりしてくれてありがとうっス」


『別にいいわよ。元々そのためにアタシはこういう形になったんだし。もう大丈夫なの?』


「はいっス。あーしも覚悟を決めたっス」


 頭を上げたスゥは言葉のとおり強い意志を感じさせる表情をしていた。


「これからはこの代で滅びの女神が出てくるものとして行動するっス」


『そうね。それがいいかも。ルフト家もルドの秘宝を継承させたみたいだしね。……まずは殻砕き(シェルクラッシュ)?』


「はいっス。ミレウスさんたちに次の剣覧武会に出てもらって入手してもらうっス。あーしはその間、これについて調査するっス」


 スゥは懐から管理者の卵を取り出してレイドたちに見せ、そこに映った黒い(もや)とその奥の正体不明の人物について説明した。

 この島すべてを滅ぼしかねないほどの脅威が予知されたが、それがどのような人物か分からないということを。


『ふむ……なるほど、これもイレギュラーね。抵抗(レジスト)されて映らないってことは相当魔力が強い相手かしら』


「恐らくそうっス。お二人も仕事の合間にこれに該当しそうな人がいないか探してくれると嬉しいっス」


『分かったわ』


 と、二人の会話は続いていたが、ここでもそのパイプ役をしていたレイドが脈絡なく切り出した。


(オレ)も出るか」


「へ? ……剣覧武会にっスか? レイドさんが出なくても円卓の騎士の誰かが優勝するのは確実だと思うっスけど」


「どれくらい強くなったか確認しておきたい」


「はぁ、みんながっスか? 別にいいっスけど……」


 怪訝(けげん)そうに眉根を寄せるスゥ。

 レイドは真意を話さなかった。この島で拡散魔王が生まれるとしても、その最有力候補は狂人ジョアンの末裔であるアーツェン家だと思っていたからだ。


 それからレイドはアーツェン家とその周辺を調査し、少女がジョアンの血を受け継いでいることを知った。

 そして剣覧武会ですっかり成長した少女を見て、最有力候補はこちらであると考えを変えた。

 だがそれでもなお、自分の思い過ごしである可能性の方がずっと高いと思っていた。




 それは間違いだった。


 精霊山脈(クアッドライン)における魔神将(アークデーモン)ギルヴァエン戦。それを《覗き見(ピーピング)》で見ていたレイドは、致命傷を受けて倒れた少女が魔力を増大させながら立ち上がるのを見て自身のミスを悟り、即座に《瞬間転移(テレポート)》の詠唱を開始した。


 そして拡散魔王と戦った。少女のために、その命を奪うつもりで。


 結果、それは失敗に終わった。

 拡散魔王として覚醒した少女には逃げられ、もはやレイド一人ではどうにもならない状況となった。次に姿を現わすときには少女は成長しきった状態となり、人格も塗り替えられているだろうとレイドは思っていた。


 しかし、そうはならなかった。


『止められたわね』


「……そうだな」


 俺とアザレアさんのあの夜のやりとりを遠くから《覗き見(ピーピング)》で見ていた一人と一振りは、そう言葉を交わした。


『安全弁を用意しといたのはジョアンかしら。あの子はアイツの子孫だもんね。アイツも用心深いもんだわ』


 この出来事はレティシアに少なからぬ衝撃を与えたようだった。

 もちろんレイドはそれ以上に思うところがあったようだ。《覗き見(ピーピング)》の鏡を消した後、月を見上げて長いこと黙っていた。


『何考えてるの?』


(オレ)に足らなかったもののことだ」


 それが何なのかは口にしなかった。

 ただ何かがふっきれたような晴れやかな表情を、レイドは浮かべていた。


「あの少年の元で戦ってもいいかもしれないな」


『そうね。ええ、立派な若者じゃない』


 翌日、“現象”が始まり、世界の危機はこの代で訪れることが確定した。






    ☆






「だ、大丈夫ですか、(あるじ)様」


 目が覚めると案の定、心配そうなシエナの顔が真上にあった。どうやら彼女に膝枕されて仰向けに寝ているらしい。横からはスゥとアザレアさんが似たような表情で覗き込んできている。


 砂漠の上なので体の下は焼けるように熱い。だが、何かが敷かれているため多少はマシだ。見るとそれはレイドがいつもつけている濃緑のマントだった。頭上ではレイドが大楯(ラージシールド)を掲げて俺とシエナのために日陰を作ってくれている。こいつにしては気が効くことだ。


「あ、(あるじ)様、毒で倒れて、消化されて、こんがり焼かれて、合計十回くらいは死んでましたよ」


「そっか。ありがとう、シエナ。また治してくれたんだな。でもアレだ、いつも無茶するなって説教されるけど、今回は俺悪くないから。悪いのは説明もなしに突然呼び出したレイドだから」


 そう言いながら、非難の目をレイドに向ける。もちろんそんなもので動じる男ではないが、一応は頭を下げてきた。


「すまなかったな、王よ。うっかりしてた。まさか薬を飲ませてなかったとは」


「いいけどさ。それは」


 死にかけた――というか本当に死んだのに、こんなやり取りで済ませてしまっていいのかとも思ったが、最初に毒で死んだおかげでその後に戻ってきたダメージを意識のある状態で感じずに済んだのだからよしとしよう。


 もう必要ないと判断したのか、レイドが(かか)げていた大楯(ラージシールド)を下ろす。

 眩しい日差しに目がくらむ。意識を失っていた時間は太陽の位置から考えて、それほど長くはなかったようだ。

 辺りの砂の海を眺めていると、ふと疑問が頭に浮かんできた。


「レイド、オグの毒でここが砂漠化したって話だったよな。ってことは、毒はけっこう滞留するのか?」


「うむ、しばらくはな。この一帯は半年ほど立ち入り禁止にすべきだろう」


「そうする。元からこんな砂漠、ほとんど来る人いないけどね」


 滞留してる毒で再び俺が死ぬんじゃないかと思ったが、そうなりそうな気配はない。こんな早く抗体ができるとも思えないが、なぜだろうか。


「シエナは毒、大丈夫?」


「あ、(あるじ)様が飲むはずだった薬をいただいたので」


 と、シエナは空になった薬瓶を見せてきた。誰からかは知らないが、ここで起きたことはだいたい聞いたようだ。


 立ち上がり、シエナに手を差し伸べて、彼女も立ち上がらせる。

 突然ではあったが、今回も無事に円卓の騎士の責務を果たすことができた。レイド(いわ)く、これが俺たちの代で対処すべき最後の滅亡級危険種(モンスター)だったらしいし、感慨もひとしおだ。


 アスカラ、グウネズ、イスカンダールの“肉体(カルネ)”と“精神(スピル)”、ゲアフィリ、ウルト、ギルヴァエン、オグ。


 これまでの激闘をしみじみと俺は回想した。

 あとは聖杯を現出させて、滅びの女神を討伐するだけだ。と言っても、そっちの方が今までの戦いすべてを合わせたよりも、ずっと大変なんだろうけど。


 レイドの方を向く。精神同期は解除されているため、もうレティシアの声は聞こえない。しかし彼女はこちらの声を聞いているはずだ。


「ありがとな、レイド、レティシア。これまで二人で影で色々してくれてたんだろ?」


「うむ」


「……これからは普通に、俺に協力してくれるんだよな?」


「うむ」


「じゃあもう無断でどこか行ったりするなよ」


善処(ぜんしょ)する」


善処(ぜんしょ)する、じゃねえ! ここで誓え! どこにも行かないって俺に誓え!」


 レイドに詰め寄り、胸倉を掴む。

 これは予想してなかったのか、レイドは砂漠に尻もちをついて悲鳴を上げた。


「熱い! 尻が熱いぞ! 王よ!」


「誓わないなら、このままロブスターの丸焼きにするぞ!」


「わ、分かった! 誓う、誓うから離してくれ!」

 

 俺はレイドの胸元から手を離した。代わりに右の(はさみ)を両手で掴んで、起き上がらせる。

 レイドは大層焦ったようで、肩を上下させて冷や汗を流していた。


「ふぅ、恐ろしいことをするな、王よ。最初に会ったときはごく普通の少年だと思ったが、間違いだったようだ」


「こっちこそ間違いだったよ。お前をずっと自由にさせてたのはさ。これからはしっかり従わせて、こき使ってやる」


「うむ、分かった。従う。こき使われもする」


 すっかり従順になったレイドを見て、アザレアさんが笑う。

 釣られてスゥとシエナも笑い、俺も笑った。


 レイドも楽しくなったのか、一緒になって声を上げて笑い始めた。

 きっと彼の剣も笑っていることだろう。


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【第四席 レイド】

忠誠度:★★★★★★★★★★[up!]

親密度:★★★★[up!]

恋愛度:★★★★★★★

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お疲れさマッコオオオオオオオオオオオイ!!!



この第百八十七話を持ちまして第七部は完結になります。宣言通り、短めでした。

レイドについては今まで色んなところでちょこちょこやってきましたし、実質六部の続きみたいなもんなんで、この長さです。


次から『第七部幕間 不死身の王と精霊使いの鍵』に入ります。

幕間ですが七部より長いです。


ダメ卓も残り僅かになってきましたが、最後まで応援よろしくお願いいたします。



 作者:ティエル

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