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第百七十六話 異形館に入ったのが間違いだった

 今からおよそ二百年前、統一王とその一行はすべての滅亡級危険種(モンスター)の討伐完了を宣言し、ウィズランド王国の建国について島の各勢力と交渉を始めた。

 しかしもちろん、即座にすべての人の賛同を得られたわけではなかった。統一戦争の前は百年にも渡って島の中で殺し合いをしていたのだ。その頃の恨みを水に流せない者は大勢いた。


 そういった者たちの中の、さらに行動力に()んだ者たちが、統一戦争によってほぼ更地(さらち)と化していた島の最北の地に移住して、自分たちはウィズランド王国からは独立した勢力であると主張した。


 それが北方交易街(ニューモーテル)という街の(おこ)りである。最初は僅か十数戸の小さな集落であったという。


 まぁすったもんだあった挙句(あげく)、ウィズランド王国の正式建国時には国の中に組み込まれたのだが、それから北方交易街(ニューモーテル)は島の東西を(つな)ぐ交通の要衝として目覚ましい発展を遂げ、今では王都や東都(ルド)南港湾都市(サイドビーチ)と並んで島の四大都市に数えられるまでになった。

 またその成立経緯の名残(なごり)で、街の政治は現在も市民議会が取り仕切っており、国の直轄地でも貴族の領地でもない数少ない土地となっている。






 第二の表決を通し、円卓の中で歴史の真実の最後の断片を知り、魔術師マーリアの残留思念(マインドゴースト)に円卓の騎士の真の責務を受ける旨を伝えたあの日からおよそ一週間後、俺はその北方交易街(ニューモーテル)をナガレと二人で訪れていた。


 滅びの女神を未来に飛ばすのに必要な魔力を捻出(ねんしゅつ)するための魔力付与の品(マジックアイテム)――“聖杯”を円卓の上に現出させる最初の手順として、この街のある場所に行って、ある“絵”を見てくるようにとスゥに言われたためだ。


「意外と混乱してねーな、ここも」


 いつもの作業着風衣服(ジャージ)姿で頭の後ろで手を組んで、ダラダラ歩きながら隣でナガレが(つぶや)く。

 街を歩くのは学生や職人が多い。というのも、この街は学問や工芸が盛んだからだが、ナガレに見られた者は誰であろうと一様に体をビクつかせ、俺たちを避けていく。ナガレの猛禽のような鋭い目と、どうにも攻撃的な雰囲気のせいだ。端的に換言すると不良(ヤンキー)みたいだからだ。


 芸術の都とも呼ばれる北方交易街(ニューモーテル)洒落(しゃれ)た街を、俺も見渡してみた。

 この街には王の仕事で過去に何度か来たことがあるが、確かにその時と比べて大きな違いがあるようには思えない。昼過ぎのこの時間としては人通りは普通だし、騒ぎらしい騒ぎも起きていない。変化が見られるとすれば、市民議会に雇われた衛兵の数が少し増えたように思えるくらいだろうか。

 現在この島で起きている異変の存在は人々の表情からは感じ取れない。


 滅びの女神によって引き起こされている島民の永続睡眠現象は拡大の一途であり、眠りについたまま目覚めない者は毎日数千人ずつ増えている。

 俺はここ一週間、王都から様々な指示を出して混乱が起こらぬよう(つと)めてきた。睡眠現象は命に関わるものではなく何もせずとも一年後には必ず全員無事に目覚めるとお触れを出したし、『これはたいした事態ではない』という楽観的な世論を作るよう後援者(パトロン)に情報操作もさせた。


 恐らくそれらが成果を上げているのだろう。しかし家族が被害にあっている者の胸中は穏やかではないだろうし、今後被害者が拡大し続けることも確定しているのだ。しっかりと国民の状態を注視して、対応し続けていかねばならない。


「お、この辺も落ち着いてんな」


 街の北にある港に出たところで、ナガレがまた(つぶや)いた。ここは主に東都(ルド)西方水上都市(アーツェンギラ)との交易に利用されているが、遠洋に出るわけではないので島を隔絶させている障壁は問題になっていないようだ。

 南港湾都市(サイドビーチ)では大陸に向かっていた商船団が障壁に(さえぎ)られて戻ってきたため騒ぎになったらしいが、休業保証金を出すと俺が布告するとすぐに落ち着いた。今回の円卓用の積み立て資金はかなり目減りしそうではあったが、そこは(いた)し方ないところである。


 俺たちの目的地は、港のそばにある旅行者や船乗り用の通りにあった。喫茶店(カフェ)飲食店(レストラン)、酒場なんかが立ち並ぶあたりだ。

 突如そこに非常に高い(へい)で囲まれた一角が現れ、唯一の出入り口と思われる大きな黒金の扉が見える。

 そしてその扉の前で、白銀(プラチナブロンド)の髪を後ろになで上げて、見事な顎鬚を(たくわ)えた壮健な老人が俺たちを待っていた。

 コーンウォール公エドワードである。


「ようこそ、ミレウス陛下」


「やぁ、エドワード。わざわざすまないね」


 俺たちがそばまで来ると、エドワードは好々爺(こうこうや)然とした笑顔を浮かべて深々とお辞儀をした。人通りがそれなりにあるため声を抑えていたが、そもそも四大公爵家の現当主がこんなところにいる時点で目立つだろう。この老人はその髪のせいで勇者の血を継いでいると一目で分かるのだからなおさらだ。


「しかし魔王騒動が片付いたと思えば今度は滅びの女神で、その対処のために聖杯探索とは。陛下も大変ですな」


 先に鍵は開けておいたのだろう。黒鉄の扉を押し開きながら、エドワードがより絞った声で(ささや)く。

 彼を始めとした後援者(パトロン)の上層部は、すでに歴史の真実の最後の断片と円卓の騎士の真の責務について知っている。一週間前、“現象”が始まったあの日のうちに緊急招集をかけて俺が直接話したのだ。


 エドワードに続き、ナガレと並んで(へい)の中に入る。そこには建物が一つあるだけだった。


「これがシャナクの異形館(いぎょうかん)か」


 俺は腕から匿名希望(インコグニート)を外しながらあんぐり口を開けて、ウィズランド島の七不思議の一つにも数えられているその館を見上げた。


 はっきり言えば、それは気色の悪い建物だった。いくつもの小屋をまったく計画性を持たずにツギハギしたような形状で、壁には目が痛くなるようなカラフルな塗料で無数の幾何学(きかがく)模様が余すところなく描かれている。


 これはその名の通り、初代円卓の騎士の一人である帰還者シャナクが建てた館だ。二百年前の塗料がここまで残っているのは不自然だが、かと言ってわざわざ塗り直しているとも思えない。おそらく魔術的な劣化防止が(ほどこ)されているのだろう。


 隣で俺と同じような顔をして館を見上げていたナガレが、不思議そうに首を(ひね)ってからエドワードの方を向く。


「窓なくね?」


「いかにも。出入りができるのは、そこの正面扉のみです」


「思いっきり消防法違反じゃねーか。換気悪すぎんだろ」


 ナガレは顔をしかめると館の裏手の方に歩いて行った。エドワードの話を信じていないわけでもないだろうが、念のためだろう。


「なんというか……奇抜だな」


 できる限り角が立たないような感想を俺は口に出した。というのも、目の前の老人がこの物件の所有者だからだ。

 シャナクは傭兵ギルドを(おこ)したが、子は残さなかった。その死については明らかではなく、ある時期から突然、公式記録に登場しなくなる。エドワードやリクサの先祖である双剣士ロイスにシャナクからこの館が(ゆず)られたのは、その直前だ。コーンウォール家ではそれから律儀に二百年近くもこの館を管理し続けてきた。


 俺の戸惑う様を楽しむように、エドワードは顎髭(あごひげ)をいじりながら目を細める。


「この館は設計から内装まで、すべて帰還者シャナクが行ったと聞いております。周囲の(へい)は後年に我がコーンウォール家が建てたものですが」


「元々は街の中じゃなかったんだろ、ここは。北方交易街(ニューモーテル)が発展していくうちに飲み込まれたって聞いた。そんときに足したわけか」


 まぁこれだけ街の景観を損ねる建物はそうそうないし、衆目に晒さぬようにしたのは間違いではないと思う。あるいは防犯のためだったのかもしれないが。


「ここまで放火に弱い建物、初めて見たわ……」


 館の周りを一周してきたナガレは信じられないものを見たような顔をしており、俺に向かって首を左右に振った。どうやらエドワードの話のとおり、出入り口はそこにある正面扉――片開きの木の扉だけらしい。


 エドワードが小さな美しい鍵を取り出し、扉のノブの鍵穴に()して開錠する。この老人にわざわざコーンウォールからご足労願ったのは、この聖銀製の鍵のせいなのだ。


「それ、ロイスの血を継ぐ者しか使えないらしいけど、この中ってそんな貴重品があるのか?」


「さて。それはどうですかな」


 エドワードは意味ありげに微笑むと、扉の横に立ち、執事が主人にそうするように(うやうや)しく腰を折った。


「どうぞ、ミレウス陛下。ナガレ殿」


「……中の案内はしてくれないのか?」


「ええ。それほど広いわけでもありませんし、例の絵(・・・)はすぐ分かりますから」


 猛烈に嫌な予感がする。この老人はその立場の重さに反して、茶目っ気があるのだ。

 俺は還暦越えにしては毛髪がしっかり残ったエドワードの頭部を見下ろして、しばし考えこんだ。


 先にたずねたのは、ナガレの方である。


「おい、おっさん。この館、何か裏があんだろ」


「いえ、特には……。ただこの家にはシャナクが蒐集(しゅうしゅう)した美術品が多数飾られておりましてな。それらは精神に作用する魔力が付与された物ばかりなのです。といっても、常人でも館に入って半日ほどは発狂せずに済む程度ですが」


「めちゃめちゃ裏あるじゃねーか!」


 ナガレが声を荒げても、エドワードは動じなかった。静かに顔を上げ、一切悪びれずに説明してくる。


「我がコーンウォール家ではここを精神修養の場として活用しておりましてな。子供が十になると、十日間この中で過ごすという試練を課すのです。もちろん一人で」


「いや、ヤベーだろ、それ。いくら勇者の精神抵抗が高いって言ってもよ」


「ホッホッホ。なに、二百年間、発狂者は出ておりません。みな完治しておりますよ」


「完治って言ってる時点で、一度はヤバいことになるって自白してるようなもんじゃねーか!」


 ナガレが再び声を荒げるも、やはりエドワードは涼しい顔のままである。


 コーンウォール家の家訓は『死ぬ気でやれば何でもできる』だそうで、その方針に沿ってスパルタ教育が行われている。

 リクサは傍系であるバートリ家の出身だが勇者の血が濃く、円卓の騎士に憧れを抱いていたため、少女時代にエドワードに頼み込んで、コーンウォール家の屋敷で修練を積ませてもらったと前に聞いた。


「ひょっとしてリクサも、その試練やったのか?」


 ふと思って俺が聞くと、エドワードは破顔して(うなづ)いた。この老人はリクサを実の娘のように可愛がっているのだ。


「もう十年以上前になりますな。当時はあの子も[天意勇者(ハイブレイブ)]ではなかったので、しんどい思いをしたようです。最後の三日は眠ると宇宙的恐怖の悪夢を見るとかで一睡もせずに過ごしたとか」


「やっぱりヤバいじゃないか!」


 思わず俺は先ほどのナガレのように叫んでいた。

 エドワードはそれもまた楽しんでいたようだったが、ふいに笑みを収めて真面目な顔になった。


「そう、それで思い出しましたが」


「ん?」


「陛下は[天意勇者(ハイブレイブ)]について、どれくらいご存知でしょうか」


「始祖勇者の血を引く者の中でも、人類の大敵を討伐する使命を持つ者にのみ与えられる特別職(エクストラクラス)だろ? 世界全体でも両手で数えるほどしかいないっていう」


「いかにも。では誰から与えられるものなのか、考えたことはおありでしょうか」


「……いや。職業継承体系(ジョブシステム)を管理してる勇者信仰会(ヨシュアパーティ)か? じゃなきゃ世界規模魔術(ワールド・イクリプス)である職業継承体系(ジョブシステム)そのものか」


「どちらも違います。[天意勇者(ハイブレイブ)]はその名のとおり、天――つまり神によって与えられる(ジョブ)なのです。どのようにしてそのようなシステムになっているかは不明ですが」


 エドワードは真上を指さしてニヤリと笑った。


 俺もそちらを向く。北方交易街(ニューモーテル)の真昼の空は雲一つない。神々は第一文明期に生まれた上位存在であると言うが、その実態については詳しくは分かっていない。第一文明期の超高度科学により生み出された存在だと主張する学者もいる。

 滅びの女神の封印された封印の陣(コフィン)を解読した魔術師マーリアは、それを終末戦争で使用された最終兵器だと言っていた。“兵器”、“使用”ということは、ひょっとするとその学者の主張が正しいのかもしれない。


「リクサが[天意勇者(ハイブレイブ)]になったのはいつなんだ?」


「円卓の騎士になった直後です。それを与えた神は分かりません。[天意勇者(ハイブレイブ)]のほとんどがそうなので、そこについては不思議には思わなかったのですが、[天意勇者(ハイブレイブ)]になったこと自体には驚きました。なにせあの双剣士ロイスもならなかったのですから。しかしこの前、陛下から滅びの女神の話を聞いて()に落ちましたよ」


 空から視線をエドワードに戻すと、彼は再び口元を緩めていた。


「相手は終末級危険種(モンスター)。初代の時とは異なり、今回はそれを未来永劫の彼方まで飛ばさなければならい。となれば、神も動いて当然ですな」


「……なるほど。エドワードは薄々察していたんだな、この世代で何かが起きるって」


 そういえばリクサと共に勇者の試練を達成した後、この老人は試練で戦った双剣士ロイスの残留思念(マインドゴースト)が何か変わったことを言わなかったかと聞いてきた。あれはそういう疑いを持っていたからだったのか。


「考えてみると滅びの女神について後援者(パトロン)の上層部を集めて話したとき、他にも察してそうな奴はいたな……?」


「そうですな。盗賊ギルドのスチュアートや、ルド公マーサ・ルフト……アールディア教のヌヤ前最高司祭あたりもひょっとすると、あるいは」


「……まったく。一筋縄じゃいかないな、君らも。それならそうと言ってくれりゃいいのに」


 俺は呆れて嘆息しつつ、シャナクの異形館へと目を向けた。この館もまた一筋縄ではいかなそうだ。


「“絵”を見るついでに“しばらく”この中にいてほしいってスゥが言ってたんだよな。どれくらいいなきゃいけないかは自然に分かるとも言ってた。常人だと半日で発狂するってんなら、“しばらく”ってのは、さすがにそこまで長くはないと思いたいが」


 現実主義者のあの女性は、無駄だと判断したことは一切話さない。見てきてほしいという“絵”のことや、シャナクの死の真相なんかについても王都を()つ前に聞いてみたのだが、『行けば分かるっス』の一点張りだった。たぶんその通りだろうし、聞けたところで意味はないのだろう。

 しかし不安は(つの)った。なにせ俺とナガレは円卓の騎士の中では異質で、常人に毛が生えたような存在である。聖剣の鞘(レクレスローン)の絶対無敵の加護がこの館の精神攻撃に作用するかも分からない。こんなことになると分かっていたなら精神抵抗値を上げるアイテムを王城の倉庫から引っ張り出してきたのだが――。


 そんな俺の弱気を見透かしたのだろうか。ナガレが俺の背中を手の平で思い切り叩き、叱咤(しった)した。


「うじうじすんなよ! とりあえず、ささっと見て回って危険そうなら出りゃいーだろーが!」


「そだな」


 まったくもってそのとおりである。

 俺は先ほどの思考をすべて投げ捨てて、扉のノブに手をかけた。


 スゥの“しばらく”というのが、俺の予想を遥かに超える長さだとも知らないで。


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【第二席 リクサ】

忠誠度:★★★★★★★★★★★

親密度:★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★



【第三席 ブータ】

忠誠度:★★★★★★★★★★

親密度:★★★★

恋愛度:★★★★★★★★★★



【第四席 レイド】

忠誠度:★★★★★★

親密度:★★

恋愛度:★★★★★★★



【第五席 アザレア】

忠誠度:

親密度:★★★★★★★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★★★★★★



【第六席 ヂャギー】

忠誠度:★★★★★★★★★

親密度:★★★★★★★★★★★

恋愛度:★★★★



【第七席 ナガレ】

忠誠度:

親密度:★★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★★



【第八席 イスカンダール】

忠誠度:★★★★★★

親密度:★★★★★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★★



【第九席 ヤルー】

忠誠度:★★★

親密度:★★★★★★★★

恋愛度:★★★★



【第十席 スゥ】

忠誠度:★★★★★

親密度:★

恋愛度:★★★★★★★★★★★★★★★



【第十一席 デスパー】

忠誠度:★★★★★★★★★

親密度:★★★

恋愛度:★★★★★



【第十二席 ラヴィ】

忠誠度:★★★★

親密度:★★★★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★★★★★



【第十三席 シエナ】

忠誠度:★★★★★★★★

親密度:★★★★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★

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