表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

177/222

第百七十五話 真の責務を引き受けたのが間違いだった

「お、なんだなんだ?」


「あっれー? みんないるじゃん?」


 背後からヤルーとラヴィの声がする。


 気が付けば俺たちを囲うようにして、六代目の仲間たちがいた。スゥやイスカの時もそうだったが、どうやら突然現れたのではなく、ずっとそこにいたのに俺が姿や声を認識できていなかっただけのようだ。

 ヤルーもラヴィも他のみんなも、一様に驚いた顔できょろきょろと周囲の仲間を見回している。どうやら彼らの間でも、互いを認識できていなかったようだ。しかし円卓の中でマーリアと対面しているというこの異様な状況自体には混乱した様子がないところを見るに、俺やマーリアの声は前から認識できていたらしい。


 面倒な説明はしなくて済むなと思った矢先、二つの声がぴったり同時に発声された。ついでに言えば、その二つはまったく同じ声だった。


「おや?」


「ゲゲ!!」


 振り向くと完全に同じ姿のエルフの男が二人、向かい合わせに立っており、互いに指を指しあっていた。違うのは表情だけである。


「テメェー! いつもいつもグチグチ言いやがッテ!」


「そっちこそ! 第二人格の癖に我がままばかりじゃないデスか!」


 (サメ)のような尖った歯をむき出しにして威嚇(いかく)しているのは悪霊。

 怒りながらもどこかのんきな雰囲気を漂わせているのはデスパーである。


 一触即発の二人を見て、他の連中はそろそろと距離を取った。

 最も遠くまで逃げたブータが、ヂャギーの巨体の後ろから顔だけ出しながら、ぽんと手を叩く。


「ああ、そっか。ここだとデスパー兄さんは悪霊さんと分離するんですねぇ。精神体だから」


 デスパーと悪霊はそれぞれの背に担いでいた大振りな戦斧(バトルアックス)――“叶えるもの(メテオラ)”を手に取ると、鏡映しのようにまったく同じ動作で相手を攻撃した。

 二本の“叶えるもの(メテオラ)”の刃と刃がぶつかり合い、火花を散らす。


 二人は反動で大きく体勢を崩しながらも、すぐさま次の攻撃に移った――が、結果は同じ。その後も甲高い金属音を暗黒空間に響かせながら何度も何度も同じ武器を打ち付けあう。


「やめろやめろ。お前らが喧嘩しても永遠に決着つかないぞ。ってゆーか、そんな場合じゃないからとにかくやめろ」


 割って入る勇気はないのでその場から言ってみると、二人ともピタリと手を止めてくれた。互いに(にら)みあったまま、斧を下ろしもしないが。

 いつ再開するか分かったものではない。二人の注意を反らそうと、俺はマーリアに話しかけた。


「そういえばさ。ここには狂人ジョアンの残留思念(マインドゴースト)もいるんだろ? どこにいるんだ?」


『どこと示すのは難しいです。この空間は限りなくゼロに近い無限。物質界の物理法則は適用されませんから。……ちなみに』


 マーリアは俺たちの視線を誘導するように、辺りの暗黒へと目を走らせた。


『ここにいるのはジョアンだけではありませんよ。初代の十三人、すべての残留思念(マインドゴースト)がいます。平時は魔力を温存するために活動していませんし、それぞれが交流を取れるわけでもありませんが』


「え!? じゃあイスカやスゥのも?」


 驚いて俺が振り向くと、当のスゥが涼しい顔で頷いた。


「いるはずっスよ。二百年前にあーしたちも思念を残したっスから。ね、イスカさん」


「んー? なんのはなしだー?」


 もうすっかり落ち着いた様子のイスカはスゥにがっしり抱き着いたまま首をかしげた。これはたぶん単純にイスカが忘れているだけだ。彼女の興味外の事象だろうから。


 王になってからずっと使っていたあの卓の中に、そんなものがいるとは驚きだった。

 俺は再度マーリアの方を向く。


「アンタがここにいる理由は分かるんだけど……どうして他の奴らの残留思念(マインドゴースト)までいるんだ?」


『いくつか理由はあります。分かりやすいところを一つ挙げるとすれば、各代の円卓の騎士の選定のためです。新たな代に入るとまず円卓本体が円卓の騎士となる全条件を満たした人材を世界中から選出(リストアップ)します。そしてその中から、初代の残留思念(マインドゴースト)たちが自身の席の後継者を選ぶのです。初代はみな特定分野の専門家(スペシャリスト)ですから、候補者の中からよりよい人材を選べるだろうということでそうしているのです』


 僅かに沈黙があった。たぶんみんな初代の席次を思い出しているのだろう。


 文字通り飛び上がって、まず声を上げたのはブータだった。


「え、え、え。じゃあボクを選んだのってマーリア様なんですかぁ!? ボク第三席ですから、そういうことになりますよね!」


『そのとおりです、魔術の麒麟児よ』


 マーリアはブータを見て微笑んだ。

 ブータはあたふたと両手を動かしてから、土下座のようなポーズで頭を下げる。重力のない空間なので、上手くできていなかったが。


「こ、光栄ですぅ。まさか魔術師ギルドの開祖様に選んでいただけたなんて。ほ、他に候補がいなくて仕方なくとかではなく?」


『違います。貴方(あなた)ほどの力量の魔術師は希少ですから、候補がそう多かったわけではありませんが、確かに選びましたよ。貴方(あなた)が最も適任であると思いましたから』


 ブータはぶるぶるとその小さな体を震わせた。深く感激しているようである。

 同じような様子の者は他にもいた。シエナとリクサだ。


「わ、わたしを選んでくださったのはアルマ様なんですね!」


「私を選んだのが、我が祖だとは……」


 シエナは両手を組んで目をつむり、リクサは鞘に入ったままの天剣を上に向け、それぞれに感謝の祈りを捧げる。二人は初代の騎士たちを敬愛しているので当然の反応だ。


「ほっほう、じゃあ私を選んだのってご先祖様なんだ」


 アザレアさんは顎に手を当てて、納得顔をしている。リクサと同じように初代の血を引いてるものの、それを彼女が知ったのは昨日のことなので、この反応も当然だ。


 そういや昨日の夢の中で狂人ジョアンが『お前がミスってたら“審査”で落とされてアザレアを選べなくなるところだった』――みたいなことを言ってたが、マーリアの先ほどの説明でその意味がよく分かった。


「あたしはルドくんかー。ふーん?」


 ラヴィが腰に巻いたホルダーから鍵のような形状の短剣を抜いて、その刀身を見つめる。冒険者ルドの埋蔵金として伝わっていたその遺物(アーティファクト)は、夢の中であのコロポークルも腰に帯びていた。


「オレ選んだのはシャナクかよ。同じ訪問者(プレイヤー)だからか?」


 舌打ちしてからナガレが(つぶや)く。なぜか少し不機嫌そうだった。


「さっきの二百年前の真実とやらも、どうもうさんくせーんだよな。おい、マーリア。またなんか捏造してねーか?」


『どうしてそう思うのです?』


「どうしてって……なんとなくだけどよ」


 ナガレはマーリアから顔を背けると腕組みをして考え込み始めた。先ほどの長い夢の中に、何か引っかかるところでもあったのだろうか。 


「で、俺っちたちはその滅びの女神のウィズちゃんってのを、どうやって倒しゃいいわけよ?」


 片目につけた眼帯をいじりながら、代表するようにヤルーが聞いた。

 みんなもそれを聞きたかったのだろう。マーリアに視線を向けて、固唾を飲んで待つ。


 別にもったいぶったわけではないだろうが、マーリアは深呼吸のようなものをしてから、ごく短く返事をした。


『倒せません』


「ん?」


『第一文明期の者たちでさえ、文明の滅亡と引き換えにどうにか封じられただけです。そんな化け物を完全に討伐しきる方法は我々には考えられませんでした』


「いや……じゃーどうすんだよ」


 肩透かしを食らったような顔でヤルーが再度聞く。

 今度の返事も端的だった。


『未来へ飛ばします』


「ああ? まーた先送りするのかよ。マーリアちゃんたちが先送りした結果、今こうして俺っちたちが苦労するハメになってんだが? また後の世代に負債を押し付けんのか?」


『それは飛ばす先によるでしょう。ウィズを飛ばすのは、この星が太陽に飲まれて消えてなくなるほどの未来です。それならば絶対に解けない封印を(ほどこ)すのと同義でしょう?』


「あー……」


 ヤルーがぽかんと口を開け、一歩分ほど後ろに下がる。完全に納得したらしい。

 それに満足したのか、マーリアは一つ頷いてから俺たち全員を見渡した。


『無論、ウィズのような強大な存在をそれだけ先に飛ばすには膨大な魔力が必要です。それには円卓の内蔵魔力だけでは到底足りません。始祖勇者の一行が真なる魔王様を封印した時に消費したのに匹敵する魔力が必要だと言えば伝わるでしょうか。あるいは滅亡級危険種(モンスター)数百体を(ほうむ)れるほどの魔力と言えば――』


 相変わらず話のスケールがデカすぎるのでピンとは来ない。とにかく物凄い量だということだけは分かるが。


 ヂャギーが手を挙げて、俺が聞きたかったことをストレートにたずねてくれた。


「どうやってその魔力(マナ)出すの? 気合い?」


『それもあながち間違いではないのですが』


 マーリアは思わずといった感じで笑みをこぼしたが、すぐに表情を引き締めた。


『“聖杯”という魔力付与の品(マジックアイテム)を手に入れてください。それがあれば必要な魔力を捻出できます』


「なんだいそれ? どこにあるの?」


 首を(ひね)るヂャギー。

 俺も聞いたことのないアイテムだった。魔術の専門家であるブータに視線を向けるが、ぶるぶると首を横に振られた。ならばと、金目の物には目がないラヴィとヤルーに視線でたずねるが、揃って肩をすくめられてしまう。どうやら他の連中も知らないらしい。


『“聖杯”は、今はまだどこにもありません』


 マーリアに言われ、俺たちは眉根を寄せて再び彼女を見た。


『“聖杯”は聖剣や円卓と共に(わたし)たち初代円卓の騎士がデザインした魔力付与の品(マジックアイテム)であり、これからいくつかの手順を踏むことで円卓の上に現出する物です。その具体的な手順についてはスゥが知っていますので、物質界に戻ってから聞いてください』


「……一つ疑問なんだけど」


 俺は先ほどから押し黙ったままのスゥの顔をちらりと見る。


「その手順も、これから戦う相手のことも、歴史の真実の最後の断片も、全部スゥは知ってたわけだろ? だったら全部スゥが説明してもよかったと思うんだが……わざわざ俺たちをこんなところまで呼び寄せて、二百年前の夢を見せて、アンタが直接説明した理由はなんだ?」


『誠意ですよ。(わたし)たちが残した負債を命がけで返してくれている騎士たちへの(わたし)たちの誠意。(わたし)たちが先送りにした厄災に、これから挑んでいただく騎士たちへの最大限の誠意――』


 マーリアは緊張したような面持ちで、再び俺たち全員を見回した。


『これまでの滅亡級危険種(モンスター)との戦いとは異なり、滅びの女神には勝てる保証はありません。(わたし)の未来予知でも見通せない領域だからです。……それでも貴方(あなた)がたはこの責務を負ってくれるでしょうか』


 俺は左右に首を巡らせて、仲間たちを見た。


 スゥとイスカ、それとリクサは決意の眼差しをマーリアに向けている。

 ラヴィ、シエナ、ブータ、アザレアさんの四人は俺の方をじっと見ていた。

 ヤルーとナガレの表情は読めない。二人とも腕組みをして明後日の方向を向いている。

 悪霊はこれまで以上の強敵と戦えることに興奮しているのか、満面の笑みだった。

 デスパーはいつもどおり何も考えていないような顔で立っているが、(おく)してなどいまい。ヂャギーはバケツヘルムで分からないが、デスパーと似たような表情をしていることだろう。


 反応は千差万別。しかしマーリアに返事をしないのは全員共通していた。

 どうやらみんな、俺に答えを(ゆだ)ねているようだ。そしてたぶん、俺がどう答えるかも全員分かっているだろう。


 忠誠か、友情か、愛情か、あるいはそれらすべてか。いかなる感情が彼らにそうさせたのかは知らないが、こんな重大な局面ですべてを任せてくれるのは嬉しかったし、少なからず照れた。


 後頭部を掻きながら嘆息する。


「さっきイスカとスゥに『ウィズを一緒に倒そう』ってかっこつけたのに、また未来に飛ばすだけとはね。……ま、やるだけやってみるよ。ってかやらないと俺たちも死ぬし。逃げ場もないしね」


 マーリアはほっとしたように微笑み、俺たちに向かって深々と頭を下げた。


『お願いします、ミレウス王。そしてその騎士たちよ。神話の時代にかけられた滅びの呪縛から、この島をどうか解き放ってください――』


 その最後の言葉が終わると同時に視界に光が溢れ、俺は意識が肉体に戻るのを感じた。






    ☆






 (まぶた)を開け、上半身を起こす。

 どうやら円卓に突っ伏して寝ていたらしい。これは俺だけでなく円卓についていた十二人全員がそうで、上半身を起こしたのもみんなほぼ同時だった。


 みんなはそれぞれに視線を交わしあったが、誰も何も言わなかった。


 俺もしばし円卓の(ふち)を見下ろして、口を閉じていた。ここで指示をしなければいけないのは俺だ。十分に考える必要があった。


 幸いなことにみんなが落ち着いて俺の方に視線を集めるまで十分な時間があった。

 頭の中で何度も確認してから口を開く。


「国民には眠りについて目覚めない人はこれからも増え続けると正直に伝えてくれ。ただし現象は第一文明期の遺物(アーティファクト)の暴走が原因で、必ず一年後には全員が無事に目覚めると付け加えて。島の隔絶についても公表して、それも一年後には必ず解けると強調してくれ。どうせ滅びの女神を倒せなかったら、俺たちもこの島も世界も、全部おしまいなんだ。断言してしまって構わない」


 誰からも返事はなかった。しかしそれは俺の指示が間違っていない証拠だろう。


 ここから見える十二の席に、かつてついていた人達のことを想う。

 そして今俺がついているこの席の主であった、あの男のことを。


 二百年前の出来事を再現したあの夢の中で、アーサーは仲間たちと共にこの島の様々な土地を巡っていた。きっと夢に出てこなかっただけで、他にも様々な土地に行ったのだろう。

 この島のありとあらゆる場所を見て、ありとあらゆる人に会って、それであの決断をしたのだ。


 オークネル、十字宿場(ビエナ)、王都、南港湾都市(サイドビーチ)、ロムス、コーンウォール、東都(ルド)、ガラティア……それ以外にもたくさん。俺がこれまで訪れた土地だって挙げればきりがない。だがそれぞれの土地で会った人々と、そこで起きた出来事のすべてはすぐにでも思い出せる。


 決意の強さなら、統一王にだって負けはしない。


「俺は――流されて聖剣を抜いて王になって、それからもみんなの期待に応えるために行動してきた。でも今はマーリアに頼まれたからじゃない。初代の連中のためでもない。王様という立場だからでもない。俺自身の気持ちでこの島を守りたい。この島のことが好きだから。だから……だからみんな、また俺と一緒に戦ってくれ」


 円卓を見回す。一人ひとりと視線を交わす。


 (うなづ)くもの、微笑むもの、親指を立てて見せるもの――反応は様々だったが、卓を囲む全員の意志は統一されていた。


お疲れさマッコオオオオオオオオオオオイ!!!



この第百七十五話を持ちまして転章は完結になります。思ったより長くなりました……。

次から『第六部幕間 不死身の王と訪問者の部屋』に入ります。今度はたぶん短めです。


初代の一覧は第七十三話にありますが、席次はそこに書いてある順です。

主席がアーサーで、アルマが十三席です。

誰が誰を選んだのか、確認してみると面白い……かもしれません。



ダメ卓も残り僅かになってきましたが、最後まで応援よろしくお願いいたします。


 作者:ティエル

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 途中の王と円卓達はどこに消えたのかなあ・・・(聖杯を見る)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ