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第百七十四話 知らなきゃよかったと思ったのが間違いだった

『これが歴史の真実のすべてです』


『あれは不幸な事故でした。(わたし)たちは何も知らずに、あの場所にイスカを連れてきてしまった。あの子の悪夢を打ち払うには、そうする必要があると思っていたから』


『あれは人助けのためでした。イスカを助けるためにはあの選択をするしかなかった』


『結果的にあの選択は正しかったと(わたし)は信じています。もし別の選択をしていたら、この島もこの世界も二百年前に滅んでいたはずです』


『悩んでいる時間は本当に僅かもありませんでした。(わたし)たちがあの場を訪れたのはそれほど際どいタイミングだったのです。それが何者かに定められた運命だったのか、それともただの偶然だったのか。それは今でも分かりません』




 頭の中で、理知的な女の声がする。

 この声の持ち主は先ほどの夢にも出てきた――。




 そう気が付いたとき、俺の前に魔術師マーリアがいた。

 辺りには何もない。重力すらない暗黒の空間に、俺とマーリアは僅かに距離を開けて浮かんでいる。


「ここは円卓の中か」


(しか)り。あなた方、六代目円卓の騎士の精神だけをこの中に呼んだのです』


「で、アンタはマーリアの残留思念(マインドゴースト)だな」


『それもまた(しか)り――』


 あまり驚きはしなかった。表決の時も円卓からこの女性の声がしたのだから。


 二年前、現実でこの女性の本体と言葉を交わしたが、たぶんその時の記憶はこの残留思念(マインドゴースト)に共有されているのだろう。ならば本題の前に余計な問答をする必要はない。先ほど見た長い夢の内容を、俺は感慨と怖気と共にゆっくりと思い起こした。


「“滅びの女神ウィズ”……か。二百年前にあんたたちが発見したあの二重の封印の陣(コフィン)の内円が、いよいよ限界を迎えそうなんだな。そしてあの女神を討伐するのが円卓の騎士の真の(・・)責務であると」


『そのとおりです、王よ。この島そのものに名を残す終末級危険種(モンスター)。その復活の時がもうすぐそこまで近づいているのです』


 終末級。なるほど、この世界を一度確かに滅ぼして、終末の日を迎えさせた化け物だ。その分類名が相応しいだろう。


 マーリアは俺に見えるように、白くて華奢な指を三本立てた。


(わたし)が予知したウィズ復活の兆候(ちょうこう)は三つ。“島民の永続睡眠”、“異質魔神の発生”、そして“島の隔絶”。これらから算出されるウィズ復活までの猶予(ゆうよ)はおよそ十か月です』


「“島民の永続睡眠”ってのは今まさに俺たちが直面してる問題だな。子供や老人が眠ったまま目覚めないっていう。俺が見た子供はどこかと魔術的な接続がされてるってアザレアさんが言ってた。……あれはウィズと繋がっているんだな?」


(しか)り。復活が近づいて力を取り戻しつつあるウィズが、島民に干渉して眠りにつかせ、その内蔵魔力を吸い上げているのです』


「あと十か月ってのはその辺も計算に入れてか」


『そうです。十か月後にはほぼすべての島民が眠りについて、ウィズの(かて)とされていることでしょう。最後まで起きていられるのはほんの一握りの強者だけ。そのほとんどは後援者(パトロン)とその関係者になるはずです』


「そこまでいけば逆に大がかりな作戦も立てやすいってことだな」


 当然、円卓の騎士のみんなは余裕で十か月後まで起きているだろう。一番心配なのは一般人に毛が生えた程度の存在である俺だが、さすがにその辺は聖剣の鞘(レクレスローン)がどうにかしてくれよう。


「“異質魔神の発生”ってのは王都の地下の旧地下水路に出没するようになったアレだな? アレも復活が近づいたウィズが出現させているものなのか」


『いかにも。ウィズは自身も絶大な火力を持ちますが、それに加えて新たな魔神(デーモン)天聖機械(オートマタ)を生み出す能力も備えています。今は特殊な下位魔神(レッサーデーモン)を封印場所の近辺に出現させるのが限界のようですが、本体が復活すれば魔神将(アークデーモン)や決戦級天聖機械(オートマタ)すら無尽蔵に生み出すようになるでしょう』


「……そりゃまさに滅びの女神だな」


 ということは十か月後、ウィズが復活した直後しか叩くチャンスはないというわけだ。


「最後の“島の隔絶”ってのは心当たりがないな。これから起きる現象なのか?」


『いいえ、すでに発生しています。島民の永続睡眠と同じく、まさに今日この日から。ウィズランド島全体を囲うように、行き来を阻む時空の歪みが生じているのです。海を船で一日ほど行ったあたりにありますので、まだ第一報は貴方(あなた)の元に届いていないようですが』


「それもウィズが作ってるわけか。俺たちを大陸に逃さないために。ま、逃げたところでウィズが復活してしまったら世界のどこにいようと同じだし、逃げた先で生活できるほど余裕がある人なんてほんの僅かだろうから大して違いはないな」


 俺は自分の足元を見た。と言っても、この空間ではその先には何もなく、ただひたすら暗黒が続いているだけであるが。

 イメージしたのは円卓の間――王城――王都――そしてその地下に広がる、あの通路。


「ウィズがいるのは、旧地下水路の更に下だな?」


『いかにも。よく分かりましたね』


「眠りについた子供に接続してる魔力線は地下に伸びてるってアザレアさんが教えてくれたからな。それにレイドが旧地下水路を調査してるのに出くわしたこともあったし。さっきのウィズが封印場所の近くに異質魔神を出現させてるってアンタの話も合わせると、そうとしか考えられない。……しかし、さっきの夢に出てきた第一文明期の遺跡は地下空間にあるようには見えなかったけどな」


『行けば分かります』


 端的に告げて(まぶた)を伏せるマーリア。その言葉には深くは語りたくないという意志が感じ取れた。この女性にしてもあの場所での出来事は心理的な外傷となっているのだろう。


 俺は肩をすくめて彼女に微笑みかけた。


「正直なところ、もっとやらかしたんだと思ってたよ。アンタたち初代の騎士たちがさ。でも俯瞰(ふかん)する限りアンタたちに落ち度があったとは思えないし、あそこでアンタたちが取った選択が間違っているとも思えない。人道的だし、合理的だ。そりゃひょっとしたらロイスが言ってたみたいなすべてをなんとかする手もあったかもしれないけど、それを考えてる時間もなさそうだったしな。だからもし俺があの場にいたとしても、きっと同じ選択をしたと思うよ」


 もちろん彼らが真実を隠蔽(いんぺい)した理由もよく分かった。大事な人を失った人すべてが冒険者ルドのように合理的に考えられるわけじゃないからだ。俺ももし義母(かあ)さんの命が誰かの選択により失われたりすれば、その選択をした相手を恨まずにはいられないだろう。たとえそれが仕方のない選択の結果であったとしてもだ。


 マーリアは俺の言葉を噛みしめるようにしばし沈黙した後、ふっと笑って(まぶた)を開き、スミレ色の美しい瞳を見せた。


『ルドもベスもレティシアも、そしてアルマも。最後には分かってくれました。統一戦争が終わった後、今の後援者(パトロン)につながる各組織の主要な者たちにも真実を打ち明けましたが、みんな理解してくれました。貴方にも分かっていただけて、本当に嬉しいです。……ねえ、そうでしょう? スゥ』


 俺のすぐ横に目を向けて、呼びかけるマーリア。

 そちらを向くと、いつの間にかスゥが立っていた。両手で顔を(おお)い、大粒の涙を流している。


 マーリアがふわりと泳ぐようにしてスゥのそばに近づく。それから彼女の手をそっと()けて頬を伝う涙をぬぐってやった。


『ごめんなさい、スゥ。ずっとここから見ていましたよ。貴女(あなた)には本当に多くの苦労をかけました』


「ホントっスよ。死ぬほど苦労したっスよ。死にたくなるほど辛かったっスよ」


 震え声で答えたスゥは、マーリアに抱き着いてその胸に顔をうずめた。


「一度システム管理者の仕事を放棄したこと、怒ってるっスか?」


『いいえ、まさか。非は(わたし)たちにあります。何百年もの孤独と重圧を甘く見積もり、メンテナンスのすべてを貴女(あなた)一人に押し付けてしまったのですから。スゥ、貴女(あなた)は立派ですよ。一度心が完全に折れてしまったというのに、よくぞ戻ってきてくれました』


 マーリアはスゥの背中に手を回し、彼女の髪を優しくなでた。


 スゥはマーリアの本体とは二百年間会っていないと前に話していたが、どうやらこの円卓内の残留思念(マインドゴースト)と会うのも初めてのようだ。

 二百年ぶりの再会がスゥの胸にどのような感情を去来させたか。確かなことは言えないが、涙でくしゃくしゃになったその顔から推しはかることはできた。


「皆さんを恨んだこともあったっスよ。でも皆さんだって多くの犠牲を払った。レティシアさんはあんなのになっちゃったし、オフィーリアさんやシャナクさんはもうこの世界にすらいないし。マーリアさんだって魔女の誓約を守るために、死ぬこともできずにずっと独りぼっちっス。あーしだけが辛かったわけじゃないし、皆さんに非があるわけでもないっス」


 マーリアはスゥの話を聞きながら何度も頷いた。


 二人の間に割って入るのも(はばか)られる深い絆を感じた俺は、黙って彼女たちの会話を聞いていた。

 思い出すのは幼かった頃の記憶。スゥと共に大陸を旅した一年間のことだ。


「ようやく分かったよ、母さんの不眠症の本当の原因。……あんな化け物がそのうち蘇えることを知ってて、しかもそれに自分が対処しなきゃならないなんて、そりゃ眠れなくもなるよな」


 二人の会話が終わった頃に切り出すと、スゥは俺の方を向いて苦笑いを浮かべた。


「ようやくミレウスさんと悩みを共有できて嬉しいっスよ」


「俺は嬉しくはないな……。さすがにここまでデカい問題だとは思ってなかったし」


 俺も苦笑いを浮かべて肩をすくめる。


 この島一つの問題だったこれまでの戦いですら俺には荷が重かったというのに、今度は世界すべての存亡をかけた戦いだ。この島を出たこともない俺にはスケールがでかすぎて実感も沸かない。仲間たちもほとんどはそうだと思う。


 たぶん現実の問題としてしっかり認識できているのは二百年前からこの時に備えてきたスゥと――あと一人。

 何千年も前にこの問題と一度向き合ったあの少女だけだろう。


「イスカ」


 名前を呼んで横を向くと、やはりそこにその少女がいた。

 イスカはきつく目を閉じ、膝を抱えて震えていた。魔神将(アークデーモン)ゲアフィリに例の幻覚魔術を使われたときとまったく同じ状態だ。


 スゥが斬心刀で封印していたこの子の心の傷(トラウマ)というのは、ウィズに内蔵魔力を吸われて殺されかけた記憶だったのだろう。精神体で直接得た情報はスゥの斬心刀による封印を上回るのか、すべてを思い出したようだ。


 俺は震える少女の頭を撫でながら、マーリアに話した。


「前にイスカと一緒に最貧鉱山(アイアンマイン)の地下で眠った時、夢を見たんだ。第一文明期の夢だ。終末戦争(メギド)(おぼ)しき戦争の中で、滅びの女神とこの子が戦っていた。……この子はウィズを倒すために生み出された天聖機械(オートマタ)なんだな?」


 マーリアはこくりと頷いた。


終末戦争(メギド)の末期、ウィズによって第一文明期の世界すべてが破壊しつくされた頃、この子のような人型決戦級天聖機械(オートマタ)が十数体生産されました。ウィズを封印することができたのは“彼女”たちの奮戦が大きかったようです。しかしその代償は大きく、“彼女”たちのほとんどは破壊され、かろうじて生き残ったイスカも起動不能になるほどの損傷を負いました。そのためこの子はこのウィズランド島の地下深くで修復のための長い眠りについたのです』


「……ああ、その時のことも夢で見たよ。第一文明人たちが子守歌を歌いながら、イスカを最貧鉱山(アイアンマイン)の地下まで運んでた。あの山のロムスって名前は第一文明語で『祈りの地』って意味なんだよな。第一文明人たちは世界を救ってくれたイスカに対して、感謝の祈りを捧げてるみたいだった」


『イスカをこの地に眠らせたのは、将来ウィズが復活した場合の保険でもあったようです。つまり再びこの子に戦ってもらうつもりだった。もっともその目論見は裏目に出て、ウィズは眠るこの子の魔力すら利用して復活しようとしたわけですが――』


 マーリアは一度言葉を切った。

 感謝を捧げながら、なおもイスカに戦わせようとする第一文明人たちに(いきどおり)りを覚えているわけではなさそうだ。


『二百年前に我々が発見した時、この子の損傷は半分も治っていませんでした。終末戦争(メギド)から数千年が経ったにも関わらずです。そしてこの子は統一戦争でも無理をしすぎました。滅亡級危険種(モンスター)たちとの戦いで負った新たな損傷はあまりにも深く、そのままでは体が自壊するのも時間の問題でした。だから我々はウィズランド王国建国からしばらくのち、あの山の地下に再びこの子を眠らせたのです。……第一文明期の者たちがそうしたように、いつかウィズが復活する時期がきたら目覚めて戦うように設定させて』


 深い罪悪感をにじませる声だった。


 そうだ。さっきスゥが言っていた。この代で“現象”が発生すると(にら)んだのは、最貧鉱山(アイアンマイン)で眠りについていたイスカが覚めたことが大きかったと。


『イスカが眠りについている間に、再びウィズから干渉を受ける可能性はありました。二百年前の滅亡級危険種(モンスター)たちへの干渉は封印の陣(コフィン)の外円を通して行われましたが、力を取り戻しつつあるウィズであればそれなしでも可能だろうと思われましたから。だからもしもそうなってしまった場合は付属パーツを切り離(パージ)して本体の精神を守るよう、イスカに設定させました。その副作用としてこの子に記憶の損傷が起こる危険性があるのも承知の上で……』


「なるほどね」


 イスカは仮死状態(スリープモード)で寝ていたとき、怖い夢を見たと言っていた。あれは二百年前に彼女が見たのと同じで、女神ウィズからの干渉によって引き起こされたものだったわけだ。

 結果的に初代の策は正解だったと言えるだろう。その策を講じていなければイスカは内蔵魔力を吸い切られて死んでいたはずだ。


 スゥとマーリアがイスカに近づき、俺に代わってその頭を慈愛の表情で撫でた。それぞれに声をかけながら。


「大丈夫っスよ、イスカさん。あーしもミレウスさんもついてるっス」


『我々――初代の騎士たちもずっと貴女(あなた)を見守っていました。共に戦うことはできませんが、運命は共にする覚悟です。貴女(あなた)はけっして一人ではありませんよ、イスカ』


 二人の言葉でイスカは少しずつ落ち着きを取り戻していった。固く閉じていた(まぶた)を開けて、(うる)んだ瞳をスゥたちに向ける。




 先ほどの夢の中で統一王が言っていた。

 スゥの悪夢は今日で終わりだ。スゥを傷つけるヤツは一人残らず自分が殺してやる、と。


 乱暴な物言いではあるが、きっとあの言葉でスゥは救われたことだろう。どんな大きな悩みでも誰かと共有できれば少しは楽になるものだ。さっきスゥも俺と悩みを共有できて嬉しいと言ってたし。


 俺には統一王と同じことを言う度胸はない。それに見合う力もない。

 しかしこれくらいなら言ったって構わないだろう。


「スゥ、イスカ。ウィズを一緒に倒そう。君たちの悪夢を終わらせるために、俺も全力を尽くすよ」


 二人はきょとんと顔を見合わせた。

 それから笑みをこぼして、揃って俺に抱き着いてきた。


 こんな大きな問題を知らされて、嬉しくないと先ほどは言った。

 だけどやっぱり、この二人と同じ問題を共有できたのはとても嬉しいことだった。


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【第八席 イスカンダール】

忠誠度:★★★★★★

親密度:★★★★★★★★★[up!]

恋愛度:★★★★★★★★★[up!]


【第十席 スゥ】

忠誠度:★★★★★[up!]

親密度:★

恋愛度:★★★★★★★★★★★★★★★[up!]

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