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第百七十二話 その選択は間違いではない

 夢は続く。



 イスカを加えて九人となった一行は、無数の廃墟が建ち並ぶ奇妙な場所を歩いていた。

 いや、そこにあるのは遺跡と呼ぶ方が相応しいだろう。それくらいその建造物群は風化しきっていた。恐らく数千年は昔――第一文明期のものだろう。


 ほとんどの建物は原形すらとどめていない。しかし注意深く見ると、その原因は経過した歳月だけではないと分かる。

 激しい燃焼の痕跡である大量の灰、恐ろしい衝撃で陥没した地面、大小無数の穴が空いた壁。どうやらここでは戦いがあったらしい。それも凄まじい戦いが。


 ここもウィズランド島のどこかなのだろうか。俺にはまったく心当たりがない。こんな規模の第一文明期の遺跡はこの島のどこにもないはずだ。


 一行はこの空間の異様さに、完全に飲まれているようだった。

 さしものアーサーもだ。先頭を歩きながら、慎重に辺りをうかがっている。


「本当にここなのか?」


 仲間たちを振り返り、アーサーが問う。

 答えたのはマーリアだった。


「イスカに接続している魔力の線が、この先まで伸びているのは確かです。あの子に干渉して悪夢を見せている元凶がこの先にいるとは保証しませんが」


 マーリアもまた後ろを向いて、話に出た少女を見た。

 イスカは一行の後方で、ビョルンに背負われて震えていた。まるで酷い病にでも掛かったかのように衰弱しきっている。


「アンタたち、私に感謝しなさいよ。私がいなかったら入れなかったんだからね、ここ」


 一行の中ごろを歩くオフィーリアが同じようにイスカの様子をうかがいながら薄い胸を張った。

 その隣ではシャナクが左右の廃墟にきょろきょろと目を向けている。


「おー、えらいえらい。しかし聞いてた話とはずいぶんちげえじゃねえか、オフィーリア様よぉ。ホントにここが黄金郷とやらなのかい?」


「そ、そのはずよ! アンタだって見たでしょ、あの扉!」


「見たがねぇ」


 どうにも信じられないといった風に肩をすくめるシャナク。


「気をつけろよ、未盗掘の第一文明期の遺跡だぞ。なにが出てくるか分からない」


 最後方からロイスが二人に釘を刺した。


 そこから一行は、しばし無言のまま歩みを進めた。

 景色にはずっと変化がなく、ひたすら遺跡が続くのみ。危険種(モンスター)の一体も出てこなければ、金目のものも見つからない。


 危険(リスク)見返り(リターン)が最高度である第一文明期の遺跡といえど、これではさすがに緊張感は薄れてゆく。

 やがて全員が拍子抜けしたような顔になった頃、ビョルンが首だけを巡らせて、背中のイスカの様子を見た。


「おい、いよいよヤバくなってきたぞ」


 イスカは固く目をつむり、額にぴっしりと汗をかいていた。呼吸も荒くなっており、震えはもはや遠目でも分かるほどだ。


 マーリアが戻ってきてイスカの額に手を当てる。熱もあるのだろうか。

 スゥもイスカのそばに屈みこんで、その顔を心配そうにうかがった。


「病気じゃないんスよね? こんな可愛い外見っスけど、天聖機械(オートマタ)っスもんね」


「ええ、どちらかといえば呪いに近い症状です。この子の活動の源である内蔵魔力が少しずつ吸われているのです。悪夢は恐らくその副作用でしょう」


「じゃあその吸ってるやつを叩かないといけないっスね」


 現実主義者らしいスゥの言葉に、マーリアは深く頷いた。


「あ。あれを見るさー!」


 ジョアンが前方を指さして声を上げ、仲間たちが一斉にその指の示す方を向く。

 視界の奥に、この異様な遺跡群の終わりが見えていた。


 一行は急ぎ足でそこまでたどり着く。その先は一気に開けており、遥か地平まで平坦な大地が続いていた。

 そこには薄い(きり)のようなものが立ち込めているだけで、何もない。

 何もないが、ただ一つ、地面に横に伸びる二重の太い線があった。


「……なんだ?」


 アーサーが目を凝らして、それを見やる。

 その線は第一文明語(エンシェント)らしき小さな文字を繋げて描いたものだった。一見そうとは気づかぬほどの僅かなカーブを描きながら左右にどこまでも伸びている。どうやら遥か先で再びつながり、円を形成しているらしい。つまりは二重の円になっているようだ。


 それは途轍もない規模の魔法陣だった。

 ひょっとすると現代の王都にも匹敵する面積かもしれない、そんな馬鹿げた大きさの陣。


封印の陣(コフィン)ですね。それも位相のズレた世界に封じる(たぐい)の。二重構造になっているのは、封印機能とそれを維持するための動力源を分けて実装したからでしょうか」


 マーリアが進み出て、興味深げな顔で魔法陣のそばに屈みこんだ。


「イスカに接続している魔力の線の出元はここで間違いなさそうです。この外側の魔法陣からです。他にもいくつも――凄い数の魔力線がここから出ていますね。どこにつながっているかは分かりませんが、それぞれが魔力をこの内側の陣へと供給しています。と、するとイスカの魔力もこの陣を維持するために使われている……?」


 封印の陣(コフィン)。聞き覚えのある言葉だ。

 そうだ、規模こそ桁違いであるものの、かつて俺が南海の孤島で発見したものと酷似している。海賊女王エリザベスの根城(アジト)にあった、魔神将(アークデーモン)グウネズを封じていたあの陣だ。


 餅は餅屋ということか、アーサーは陣の調査をマーリアに一任したらしく、離れたところに移動してから腕組みをした。


封印の陣(コフィン)って、何を封じてるって言うんだよ。こんなバカでかいモン見たことねーぞ」


(わたし)だってそうです。少し黙っていてください。いま解読していますから」


 ぴしゃりと言われて、黙り込むアーサー。


 マーリアが調査結果を出すのを、他の仲間たちも離れて見守っていた。


「ひょっとしてここに黄金郷が封じられてたりして」


「なわけねーだろ」


 わくわくしながら待つオフィーリアと、それに突っ込みを入れるビョルン。

 他の面々にもすでに一仕事終えたかのような弛緩(しかん)した空気が漂っていた。


 封印の陣(コフィン)は最大級の竜や決戦級天聖機械(オートマタ)でさえ比較にならぬほどの規模だ。危険種(モンスター)が封じられているとは誰も想像さえしなかったのだろう。


 だから全員、解読を進めるマーリアの顔が徐々に青ざめていくのに気づかなかった。


 何気なく、アーサーが魔法陣の中に目をやる。

 そこには相変わらず薄い(きり)が立ち込めているだけだ。


 その視線を上げていったのにも、やはり特に理由はなかったのだろう。

 彼の視線はどこまでも続く薄い(きり)を追っていき、遥か上空までたどり着く。


 アーサーは目を見開き、茫然(ぼうぜん)とうめいた。


「……なんだ、これ」


 その声に釣られて、仲間たちもアーサーの視線の先を追った。

 そして気づく。




 “それ”はあまりにも大きすぎて、それまで全員“そう”だと認識できなかったのだ。


 魔法陣の中に立ち込める(きり)。それは見上げるほどに巨大な女の形をしていた。一枚布の服(キトン)を身にまとい、祈るように両手を組んで前を向く女の形だ。その横顔は寒気がするほど美しかった。この世の存在とは思えないほどに。


 一同は完全に言葉を失い、凍り付いた。


 ――その瞬間。


 突如、(きり)本物の(・・・)女の体に変化した。大きさはそのままに肉を持ち、色を得る。

 長い髪は白と黒のまだら模様、一枚布の服(キトン)は荒廃を想起させる灰色で、瞳は燃えるような深紅。

 その深紅の眼球だけを動かして、女はアーサー達を視認(・・)した。




「あああああああ!!!」


 イスカが絶叫し、これまでとは比較にならないほどに苦しみだす。

 ビョルンがその場に倒れこんで嘔吐し、ロイスが胸を押さえて片膝を突く。

 シャナクが血を吐き、マーリアが激痛を覚えたかのようにこめかみを押さえ、オフィーリアが(もだ)えて、スゥがふらつく。


 ジョアンはまるで抵抗できずに糸が切れたように卒倒した。

 アーサーは最も軽度ではあったが、それでも額から汗を流して、肩を大きく上下させていた。


 視認(・・)された時間はほんの僅かだった。

 女の眼球が前を向くと同時にその巨体は(きり)に戻り、アーサーたちの異変もそれで収まった。


「な、なんなんだ、こいつは……」


 ロイスが息も絶え絶えに呟く。それから地面に倒れた衝撃で意識を取り戻したジョアンに手を貸して立たせた。

 その問いの答えを知っている者がこの場にいるとすれば、候補はただ一人だ。一同の視線はマーリアに集まった。

 ただでさえ白い彼女の肌は血の気が引き、死人のような色になっていた。


封印の陣(コフィン)の解読はできました……し、しかしこれは……」


「なんだ? 言えよ」


 アーサーに(うなが)されても、しばらくマーリアは口を閉ざしたままだった。


 深い呼吸を何度も繰り返し、ようやく言葉を絞り出す。


「“滅びの女神ウィズ”。かつて第一文明期のすべてを崩壊させた存在だと書かれています。終末戦争(メギド)で使用された最終兵器だと。先ほど一瞬姿を取り戻したのは封印が解けかけているからのようです」


 絶句する仲間たち。

 話している内に冷静さを取り戻したのか、マーリアは陣から離れ、今は霧となった女を見上げた。


「やはりこの二重の陣の外側は、内側の陣による封印を強固にするために後から足されたものでした。そしてその外側の陣に魔力を供給していたのは、このウィズランド島の各地に封印されている無数の魔神や天聖機械(オートマタ)たちだそうです。ウィズと同じように終末戦争(メギド)で使用された兵器たち……中には数十体の滅亡級危険種(モンスター)――魔神将(アークデーモン)や決戦級天聖機械(オートマタ)まで含まれているとか」


 一同に再び衝撃が走った。

 ジョアンが狼狽しきった様子で、マーリアに詰め寄る。


「め、滅亡級って一体で国を滅ぼすような化け物だろー? それがなんでそんなにいるんさー!?」


「元々この島は終末戦争(メギド)の最激戦地だったようです。それで終戦まで残った危険種(モンスター)たちの封印場所になったのでしょう。イスカがこの島にいた理由もそれだと思います。……なぜこの子だけ封印が解けていたのかは分かりませんが」


 マーリアの説明を一同が咀嚼(そしゃく)しきるまで、かなりの時間を要した。

 次に口を開いたのは、イスカを背中におぶったままのビョルンだ。


「じゃあなにか? こいつが苦しんでるのは、あの女神を封じるためであって、仕方がないことだって言うのかよ」


「違います。違うんです」


 マーリアはぶるぶると体を震わせながら否定した。

 これこそが真に恐ろしい点だとでも言うように。


「ウィズは、滅びの女神は、この陣の魔力供給システムに不正侵入(クラッキング)し、逆利用しているのです。自らを封じるために流れ込んでくる危険種(モンスター)たちの魔力を、陣を通過させ、自らに取り込み、解放の時期を早めているのです」


「……早めてるって、ウィズはいつ頃解放されそうなのよ?」


 オフィーリアが震える声で聞いた。

 マーリアは確認するようにちらりと封印の陣(コフィン)に視線を向け、強い口調で断定した。


「凄まじい魔力の流入量です。このままではウィズは十日も待たずにすべての危険種(モンスター)たちから魔力を吸いつくし、出てくるでしょう」


「うっそでしょ!? どうしてそんな!」


 自分たちが来たタイミングで、どうしてそんなことが起こるのか。

 たぶんオフィーリアはそのようなことを言いたかったのだろうが、続きは言葉にならなかった。


 重苦しい空気が仲間たちの間を支配する。

 誰もが何も言えずにいる中、最初に口を開いたのはやはりこの男――アーサーだった。


「この外側の陣だけ破壊したらどうなる? 封印を維持するための魔力供給機能って言っても、滅びの女神とやらに逆利用されてるってんなら、なくした方がいいだろう。内側の陣だけでもしばらくは封印しておけるんじゃないか?」


「そ、それは……確かにそうです。二百年か三百年かは封じておけるでしょう」


 一瞬、他の仲間たちの目に希望の光が宿った。

 しかしマーリアの表情は険しいままだ。ぬか喜びさせていることに気づいているからか、すぐに言葉を続けた。


「ですがそんなことをすれば今度は滅亡級数十体を含む、無数の危険種(モンスター)がこの島に解放されますよ。外側の陣は、それらを封じる中心点の機能も果たしていますので」


 誰かが深いため息をついた。

 一同は絶望に覆われる。


 ただ一人、アーサーを除いて。


「だったら迷うまでもねーだろ、こんなん。さっさと外の陣を破壊しようぜ」


 唖然と口を開く一同。

 ロイスが激昂してアーサーに詰め寄り、その襟元を掴んだ。


「滅亡級危険種(モンスター)を解放したらこの島がどうなるか分かってるのか!? 滅びの女神も滅亡級危険種(モンスター)たちも解放せずに済む方法を考えるべきだろ!」


 ロイスの主張はもっともに思えた。

 だがすぐにアーサーは首を横に振る。


「無理だな。考えてもみろ。世界を一度、確かに滅ぼした化け物が動きだしてんだぞ。しかも猶予(ゆうよ)は十日しかねぇ。そんな短期間ですべてうまくいくような手が見つかると思うか? それにここでうだうだやってたら、魔力がウィズに流入し続けて、内側の陣だけで持つ時間が短くなるぞ」


 ロイスは強く唇を噛むと、アーサーの襟元から手を離して黙り込んだ。

 他の仲間たちからも反論はなかった。


 ただ、シャナクがいつになく真剣な顔でたずねた。


「じゃああとは二択かい。今すぐ滅亡級たちを復活させて滅びの女神の解放を先延ばしにするか、滅亡級たちが死に絶えて滅びの女神が解放されるのを待つか」


「だからそれは悩むまでもないって言っただろ」


 アーサーはうんざりしたように(かぶり)を振る。


「ウィズって化け物は滅亡級の奴らから魔力を吸い取ってんだ。その全部を合わせたよりも遥かに格上なんだよ、たった一体でな。それにさっき見られた(・・・・)だけで、あのあり様だぞ。もし今出てきたら、この島の誰であろうと戦うことすらできずに全滅するぞ。……それになによりな」


 言葉を切ってアーサーが目を向けたのはビョルン――ではなく、彼に背負われて、今なお苦しんている少女だった。


「魔力を吸い尽くされる対象にはイスカも含まれてんだぞ」


 ハッとした顔で仲間たちがイスカに目を向ける。もちろん彼らもつい先ほどまで彼女の身を案じていただろう。だが、世界を滅ぼした女神やら数十体の滅亡級危険種(モンスター)やらの衝撃が大きすぎた。


 アーサーはイスカのそばまで行くと、額に小さな角が生えたその頭を撫でた。

 イスカは僅かに(まぶた)を開けて反応した。話を聞けてはいないだろう。そんな余力はない。もはやどれだけ持つか分からない。


 仲間たちの方を向いて、豪快にアーサーが笑う。


「倒しゃいいじゃねーか、滅亡級が出てきてもよ。第四文明期に限っても滅亡級は討伐記録がないわけじゃねえ」


「不可能だ。一体や二体じゃない。単体でも国を滅ぼせるだけの力を持った化け物が数十体だぞ」


 ロイスが力なく噛みつく。彼の絶望は最も深いように見えた。


「お前はこの島の外の人間だからそんなことが簡単に言えるんだ。ボクはコーンウォールに家族がいる。ボクの選択次第で大切な人たちが大勢死ぬ。死にかねない。そんな簡単に選べる選択じゃない」


「……いえ、あながち不可能ではないかもしれませんよ」


 言葉を挟んだのはマーリアだった。

 彼女は魔法陣を形成する文字列に目を向けながら、何かを決意したような顔をしていた。


「この陣には安全弁が用意されていました。滅亡級たちが解放されたとしても、少しずつ時間差で出現するように。それがきちんと機能するのであれば対処は不可能ではないかもしれません。なぜならば」


 マーリアの声は震えていた。あまりにも深い恐怖で。


(わたし)自身も滅亡級危険種(モンスター)だからです。……(わたし)は魔女です」


 しんと一同が静まり返る。


 冗談を言うようなタイミングではない。そもそも冗談でこんなことを言う女ではない。

 魔術師としての卓絶した技量。尋常ならざる内蔵魔力量。

 彼女の言ったことが事実であると裏付ける要素はいくらでもあった。

 むしろ事実であれば、合点がいく点が多すぎる。


 しかし魔女はこの世界で最も()むべき存在だ。魔族や拡散魔王の領域外にあるすべての国家で、見つかった時点で極刑となる。

 それを告白するということは、殺してくれと言っているのと等しい――。


「なんだ、そんなことか。深刻な顔してっから何かと思ったじゃねーか」


 アーサーが安堵の息と共にそう漏らす。

 一同は再び唖然と口を開いた。当事者のマーリアもだ。


「オメェ、魔女がなんなのか分かってないんか!?」


 最も長い付き合いであるはずのジョアンも顎が外れるくらい口を開けていた。

 アーサーはこともなげに答える。


「真なる魔王と寝た女だろ? 別にいいじゃねーか。もう旦那がいねーならなんの問題もねえ。まぁ本当にいい女なら旦那がいても問題ねえが」


 目を細めて笑うアーサー。

 他の面々はやはり言葉を失うばかりだった。


 マーリアが嘆息を漏らす。苦笑いと共に。


「初めて会ったときからバカだ、バカだとは思っていましたが……予想以上のバカですね、貴方(あなた)は。規格外のバカです」


「ハハハ。惚れ直したか?」


「元から惚れてません! ……いえ、今はそんなことより」


 マーリアはこほんと咳払いをすると、他のみんなを見渡した。アーサーの言葉に影響されたのかどうかは分からないが、みんなマーリアを(とが)める気はないらしい。かつてこの世界のすべてを支配し、魔族以外のあらゆる人間を数えきれないほど殺した男の伴侶(はんりょ)であったというのに。


(わたし)は魔女としては最も若い部類で、力も最弱に近いです。刺し違える覚悟で挑んたとしても、一体か二体の滅亡級危険種(モンスター)を倒すのがせいぜいでしょう。……しかし(わたし)が真なる魔王様から授かったのは時を操る力です。その中には、迫る危険を対処可能な時期が来るまで先送りする魔術も含まれます」


「滅亡級を未来に飛ばせるってことっスか?」


 スゥが目を丸くする。

 マーリアは得意げに、ほんの少しはにかんだ。


(しか)り。もっとも滅亡級が相手では最大限まで効果拡大(エンハンス)したとしても成功率は高くないでしょう。しかしあなた方が協力してくれるのならば話は別です。これまでの旅であなた方の力量はよく分かりました。あなた方が十分な魔力の援護と、相手の足止めをしてくれるならば数十体の滅亡級を未来に飛ばすのも夢物語ではないと(わたし)は思います」


 一息つき、今は(きり)となっている滅びの女神を見上げるマーリア。


「恐らくこの化け物の力の総量は、真なる魔王様にも比肩するでしょう。(わたし)が命をかけて試みてもこれを未来に送れる可能性は皆無です。また滅亡級を未来へ飛ばせたとしても恐らく三百年が限界です。(わたし)の魔術も万能からは程遠いのです。……でなければ魔女狩りを恐れて、こんな辺境の島まで来たりしませんよ」


 力なく笑うマーリア。

 その肩をアーサーが叩く。


「三百年ありゃ十分だ。どうせその頃にゃ女神様も目覚めてるわけだからな。それまでには全部どうにかする手立てが見つかるだろ」


 アーサーは蛇腹(じゃばら)剣を鞘から引き抜き、魔法陣の方に歩き出す。

 後ろからその腕を掴んで引き留める者がいた。オフィーリアだ。


「待って。もし滅亡級危険種(モンスター)を解放したのがアンタだってバレたら、メチャクチャ恨まれるわよ。特にそいつらに殺された人たちの身内にはね」


「知ったことかよ。このまま破滅を待つよりはマシだろ」


「違う。私も共犯だって言ってるの」


 オフィーリアはアーサーの腕を離し、自身の胸に手を当てた。その顔にはマーリアと同じような決意がうかがえる。


「ここの扉を開けたのは私だもの。私にだって責任はある。……どうしてあんなに厳重に閉ざされていたのか、ようやく分かった。誰もここに入れないためだったのよ。こんな危険な封印の陣(コフィン)があるから。それでもメンテナンスのために鍵だけは残してたんだわ。そうとは知らずに私は扉を開けてしまった。だから、もしアンタを恨む奴がいたなら、私も一緒に恨まれてあげるわよ」


「ハハッ、そりゃ頼もしいな、お姫様」


 アーサーが握りこぶしを突き出し、オフィーリアがそこに自分の拳を合わせる。オフィーリアも笑っていた。


「んじゃ俺も共犯ってことになるねぇ」


 いつの間に火をつけたのか、シャナクが煙管(キセル)を吹かしていた。


「好きにしろよ、アーサー。俺はお前さんについていくって言っただろ? お前さんがどんな選択をしようとその近くで見物させてもらうだけさ。それで俺まで恨まれようと構やしねぇさ」


 シャナクもまたシニカルに笑ってアーサーと視線を交わす。


(わたし)は元々(とが)人です。いまさら罪が増えることを(いと)いはしません。罪も怨恨(えんこん)も、すべて貴方(あなた)と共に背負いましょう」


 決然とマーリアが宣言する。

 アーサーが感激した様子で彼女に抱き着こうとしたが、あっさりと(かわ)された。


「何十も滅亡級危険種(モンスター)が解放されたら今の戦乱どころじゃねーよな。さすがにビビるぜ。その元凶になるってんならなおさらだ。だがもちろん、俺も乗るぜ」


 ビョルンが殻砕き(シェルクラッシュ)を鞘から抜く。その手が僅かに震えているのは武者震いだろうか。

 アーサーは彼の剣に自分の剣を軽く当てて、カンと小さな音を立てた。やはり互いに笑っていた。


「イスカさんのこと、助けてあげてほしいっス。あーしを助けてくれたときみたいに。それでアーサーさんが罪人になるって言うのなら、あーしも一緒になるっスよ」


 スゥが深々と頭を下げる。

 アーサーはその頭を髪がくしゃくしゃになるまで撫でまわした。


「もうオメェのことは完っ全に分かってるさー。いまさら降りるなんて言わせてもらえないのは重々承知さー」


 ジョアンがこれ見よがしに大きなため息をつく。

 その背中をアーサーがバンバン叩いた。


「ハハハ、そうだな。俺とお前は一蓮托生ってやつだもんな」


「オメェのは強制連行って言うんだよ!」


 声を荒げてジョアンがアーサーの尻を蹴る。

 その気になればもちろん(かわ)せただろう。だがアーサーはそれを(かわ)しも反撃もせず、ただ上機嫌に笑っていた。


 残るは一人。

 仲間たちの視線がロイスに集まる。


「クソッ、分かったよ! ……(しゃく)だけど、お前の意見の方が正しい。ボクも共犯になってやるよ」


 地団駄を踏み、吐き捨てるようにロイスが言った。

 アーサーがニヤリと笑って親指を立てる。

 ロイスも親指を立てたが、すぐにそれを下に向けた。顔はアーサーと同じように、ニヤリとしていたが。


 これで全員の意志が一致した。今なお苦しんでいるイスカを除いて。

 マーリアがアーサーの隣に立って、杖を構える。


「この陣自体にも強力な防護が(ほどこ)されています。生半可な攻撃では破壊できないでしょう。(わたし)貴方(あなた)の剣に魔力を付与するので、それで斬ってください」


 それからマーリアは長い長い詠唱を始めた。


 他の者たちは何の言葉も発しない。この選択の意味と、これからこの島を待ち受ける激動の時代を考えてのことなのか。あるいは口を開けば決意が揺らぐと思ったのかもしれない。いずれにしても、引き返せる最後のチャンスであったその時間は、ただ静かに過ぎていった。


 やがてマーリアの魔術が完成し、アーサーの魔剣に新たなる魔力の光が宿った。

 それは俺の所持品である選定の聖剣エンドッドが宿す魔力の輝きとよく似ていた。


 他の者たちが固唾を飲んで見守る中、アーサーが封印の陣(コフィン)のそばまで進み出る。


「そんじゃー、女神様。わりぃけど、もうしばらく寝ててくれや」


 彼の軽い言葉と共に振り下ろされた魔剣は封印の陣(コフィン)の外円を見事に切断し――この瞬間、彼ら初代円卓の騎士とウィズランド島、そして世界の運命が大きく動いた。


 ――場面は移る。


 すいません。また更新間隔があいてしまいました。

 思ったより長くなったせいです。たぶん過去最長です。

 分割しようかとも思ったのですが、ひとまとめの方がいいだろうと判断しました。


 というか転章自体四話くらいで終わるつもりだったんですが、長引いてますね。おかしいですね。

 とにかく更新頑張りますので、応援よろしくお願いいたします。


 作者:ティエル

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― 新着の感想 ―
[良い点] 数話前のミレウスたちもなんですけど、全員の意思を確認するシーンが最高にかっこよくてワクワクします。 長かったダメ卓もそろそろ完結が見えてきて寂しいですが、最後まで楽しみにしてます。
[一言] 思ったよりマシな原因でよかった…勝ち目?あるんですかねえ?
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