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第百六十八話 眠っているだけと思ったのが間違いだった

「――と、最後にそんな感じの話を一方的にされた」


 夢の中で狂人ジョアンと会話をした日の朝、俺はアザレアさんと並んで王都の歓楽街を歩きながらそれについて話していた。


 まだ陽が昇って間もなく、俺たちは朝飯も済ませていない。夜には大勢の人でごったがえしているこの通りも今は閑散としており、新聞配達の若者や道路の端で嘔吐している接客業(ホスト)らしき男がいる程度である。


 だからこんな大事な話も堂々とできるわけだが、アザレアさんはその吐いている男の方へ興味深げに視線を向けていたので、ちゃんと聞いてくれているのか不安だった。

 しかしどうやら杞憂だったらしい。俺の話が終わると、アザレアさんは下から覗き込むような姿勢で顔を向けてくる。


「で? その円卓の騎士の真の(・・)責務、だっけ。なんだか無茶苦茶不穏だけど、それについてスゥさんに聞きにいかないの?」


「行った。スゥが泊ってる安宿な。さっきアザレアさんを迎えに行く前に寄ったんだけど不在だった。こんな朝っぱらからどこ行ってんだか」


「はぁ。じゃあイスカちゃんに聞くべきだったね」


「できればスゥの方に聞きたいけどね。イスカは知ってるか分からないし、知ってたとしても分かりやすく話してくれるか微妙だし……」


 そんな話をしている内に俺たちは歓楽街を抜け、安普請(やすぶしん)の集合住宅が立ち並ぶエリアに入った。

 ここは今年の春に王都の城壁拡張工事が完了するまではその外にあり、外周街と呼ばれていた。犯罪発生率がかなり高く、いつ崩れてもおかしくないあばら屋なんかもあちこちにあって剣呑な雰囲気の漂う場所だったのだが、城壁拡張工事に合わせて俺が特別予算を編成して対処させたところ、今では女性が夜中に一人で安心して歩ける程度には改善した。


「けっこう色んな人がミレウスくんのこと褒めてたよ。それについてさ」


 二年前と比べると見違えるほどきれいになった街並みを眺めて、アザレアさんがいたずらっぽく笑う。


 その色んな人というのは王城の人のことか、それともこの辺に住んでいる人のことか。いずれにしても褒められるほどのことはしていない。


「国の金をふつーに使っただけだよ。俺が王になってなくても貴族議会がそのうちやってたと思う。スラム化が進んで一番困るのは貴族だろうしね」


 ここの開発には盗賊ギルドも裏でたずさわった。城壁拡張工事の前に買いあさった周辺の土地の地価を上げるのが目的だ。そしてそれを主導した盗賊ギルドの後援者(パトロン)“大鼠のスチュアート”は四大貴族の一角であるルフト家の出だ。俺がそうしていなければ、あいつが実家に働きかけて予算を出させていただろう。

 あいつも盗賊ギルドも、もちろんただの善ではない。だが結果としてこんな風に国と国民のためになる場合もある。奴らの後援者(パトロン)活動がその最たるものだと言えるだろう。


 そのうち目的地である白い建物が見えてきた。このあたりの中では幾分しっかりした作りのそこは勇者信仰会(ヨシュアパーティ)が援助をしている孤児院だ。


「こんにちはー」


 と、元気な声を出して、アザレアさんはドアベルを鳴らすこともなく扉を開けた。


 入ってすぐの大部屋では、勇者信仰会(ヨシュアパーティ)修道女(シスター)にしてアザレアさんの冒険者仲間でもあるエルとアールがテーブルの上に出来立ての朝食を並べていた。

 二人はこちらを向くとその手を止めて、目を丸くする。


「あー! アザレアさん!」


「と、陛下!」


 俺はついでか。


「心配してましたよー!」


「もう大丈夫なんですよね? よかったですー!」


 二人は飛ぶようにアザレアさんの前まで駆け寄ってきて、彼女のそれぞれの手を両手で握った。

 彼女たちを含め、主要な後援者(パトロン)にはすでに、例の件が解決したことは伝えてある。


 アザレアさんはまず二人に心配をかけたことへの謝罪をして、次に自分のために尽力してくれたことへの礼を言った。それから報告が遅れたことを謝る。


「昨日は寄宿先や学校に言い訳に回ってたんで、今日になっちゃったんです。本当にすいません」


「いえいえ、いいですよー。こんな朝早くに来てくれるなんて嬉しいですよ」


「そうですよ、それも陛下を連れて。……あれ、陛下は今日はアザレアさんの護衛ですか? それともデート?」


 茶化すようにたずねられた俺は、彼女たちから間接的に借りていたものをカバンから取り出して返した。職業解析盤(クラスボード)だ。


「俺はこれの礼を言いにきただけだよ。助かった。ありがとう」


「あー、今にもぶっ倒れそうなブータさんが真夜中に借りに来たからびっくりしましたよ」

 

「あ、そうだ! 見せてくださいよ。例の職業!」


 二人に求められるまま、アザレアさんは職業解析盤(クラスボード)に手の平を押し付けて今の(ジョブ)とステータスを表示させた。


「うわぁ本当に魔王って書いてある!」


「うひょー! これは凄いですねぇ!」


 キャッキャと騒ぐ二人。その声を聞きつけて奥の部屋から子供たちがやってくるのではないかと心配したが、そんな気配はない。

 むしろその子供たちがいる奥の方でも騒ぎが起きているようだった。大勢の泣き声のようなものが聞こえる。喧嘩でもしているのだろうか。子供が大勢いればごく当たり前のことだと思ったのだが。


「……変ですね」


 俺と同じように奥へ目を向けてエルが呟いた。アールも彼女と同じように、先ほどまでとは打って変わって真剣な表情になっている。


 二人は何も言わずに、子供部屋の方に大股で歩いて行った。俺とアザレアさんは顔を見合わせて、それを追う。

 左右に二段ベッドが並ぶ子供部屋には、十代前半くらいまでの子供が十数人いた。彼らは収拾がつきそうもないほどに泣き叫んでいたが、俺たちが入ってきたのに気づいてピタリと泣き止む。


 かつて盗賊ギルドに誘拐された少年――ムッくんが、しゃくりあげながらエルとアールに事情を説明した。


「ミ、ミモザが目を覚まさなくて……さ、触ってみたら冷たくて……息もしてなくて……」


 エルとアールは即座にそのミモザという少女のところへ向かった。一番奥の二段ベッドの下の段。そこに幼女が一人、目を閉じて仰向けに寝ている。


 ミモザはこの孤児院で一番小さい子だ。俺が初めてここに来たときにはまだ赤ん坊だったが、今では一人でしっかり歩き、簡単な受け答えならできるようになっていた。前回ここを訪れたのは一月くらい前だが、その時には健康状態に問題はなかったはずだ。


 エルとアールはなおも冷静で、すぐに幼女のそばに屈みこんで口元に耳を当てたり、手首で脈を確認したりした。


「大丈夫。呼吸してる」


「心臓も動いてます。生きてますよ」


 それを聞いて、まだ半べそだった子供たちの空気が一気に弛緩(しかん)した。

 二人は笑顔になって部屋の中を見渡して、再度言い聞かせた。


「大丈夫、命に別状はないですよ」


「ただ少し変わった病気にかかったみたいなの。うつらないようにみんなはあっちに行きましょうね。さぁさぁ、朝ごはんができていますよ」


 エルが俺たちに目配せをしてから、子供たちを大部屋の方へ連れていった。


 残ったのは俺とアザレアさん、それとアールだけ。

 今の話のすべてが本当でないことくらい、俺にも分かっていた。


 再び少女の様子を念入りに確かめ始めたアールにたずねる。


「息や鼓動をしてるって言うのは本当なのか?」


「はい。でもどちらも普段の数十分の一くらいの頻度です。子供たちが勘違いしたのも無理ないかと。二人とも、触ってみてください」


 俺たちは恐る恐る少女の細い腕に触れた。それは川の底に手を突っ込んだように冷たかった。氷や雪ほどではないが、生きている人間のそれではない。


「……《冷凍睡眠(アイスコフィン)》に似てる」


 少女の腕から手を放し、アザレアさんがぽつりと漏らした。

 説明を求める俺の視線に気づいて、教えてくれる。


「対象を仮死状態にする魔術だよ。主に重傷者を延命させるために使うんだけど」


「この子にそれがかけられてるって?」


 アザレアさんは首を左右に振る。


「似てるけどたぶん違う。でも魔力で干渉を受けた痕跡はある。……いや、今もどこかと繋がってるような」


「繋がってるって、どこに?」


 アザレアさんは無言で足元を指さした。床下ではあるまい。地面の下だろうか。


「アザレアさん、魔力的なものなら解除できるんじゃないの? 下手に解くと何かあるかもしれないけど」


 驚いたことに、この問いかけにもアザレアさんは首を左右に振った。


「分からない。やってみてもいいけど、自信ないよ。……普通じゃないよ、これ。なんだろう。呪い? 何かをかけられ続けてるみたいな……? 一度解除してもすぐに同じ状態になるんじゃないかな」


「たぶんそれが正しいっスよ」


 突然の第三者の声に俺たちは驚いて振り返った。扉のところにいつの間にかスゥが立っていた。走ってきたのか、息を切らしている。


「ミレウスさん、ここにいたっスか。探したっスよ」


「探したって……いや、俺も君を探してたんだけど」


 スゥは部屋に入ってくると、勝手に侵入したことを謝るようにアールに頭を下げた。それから死んだように眠り続けているミモザを見る。眉一つ動かさずに。


「この子だけじゃないっス。王都だけでも数百か数千人。子供や老人が同じ症状を起こしてるっス」


 息を呑む俺たち三人。

 スゥはさらに追い打ちをかけた。


「たぶんこの島の各地で同じことが起きてるっス」


「それじゃ何か。何万人も――こんな状態になってる人がいるって言うのか?」


「そうっス。でもそれだけじゃ終わらないっスよ。この“現象”は日を追うごとに力が弱いものから順に広がっていくっス。眠りについたまま起きない人がどんどん出てくるんスよ。すぐには死んだりしないっス。でも何年もかけて衰弱死するっス。これはそういう“現象”っス」


 スゥは完全に事態を把握していた。まるで手帳に書かれた予定のとおりだとでも言うかのごとく。

 これを調べるために、スゥは朝から出かけていたのか。


「……この現象は、円卓の騎士の真の(・・)責務と関係あるんだな?」


 俺がたずねると、スゥは目を見開いた。かなり驚いた様子だ。


「昨日の夜に夢の中で狂人ジョアンから聞いた。具体的なことは何も教えてくれなかったけど、“すぐに分かる”って」


「なるほど、夢の中で。……そういうことっスか」


 さすがに察しがいい。

 スゥは顎に手を当てしばし考え込んだのち、決心を固めたように顔を上げた。


「ミレウスさん、円卓を招集してほしいっス。ついにすべてを明かす時が来たようっスね」


 遠くで朝の祈りの時刻を告げる鐘が鳴る。

 通りの方が騒然としているようにも聞こえる。きっとここと同じような現象が起きた家の者が騒いでいるのだ。あるいは医者を求めて誰かが走っているのか。




 この島の地下で何かが動き出した。

 人間が立ち向かうにはあまりにも巨大で、破滅的な何かが。


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【第二席 リクサ】

忠誠度:★★★★★★★★★★★

親密度:★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★



【第三席 ブータ】

忠誠度:★★★★★★★★★★

親密度:★★★★

恋愛度:★★★★★★★★★★



【第四席 レイド】

忠誠度:★★★★★★

親密度:★★

恋愛度:★★★★★★★



【第五席 アザレア】

忠誠度:

親密度:★★★★★★★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★★★★★★



【第六席 ヂャギー】

忠誠度:★★★★★★★★★

親密度:★★★★★★★★★★★

恋愛度:★★★★



【第七席 ナガレ】

忠誠度:

親密度:★★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★★



【第八席 イスカンダール】

忠誠度:★★★★★

親密度:★★★★★★

恋愛度:★★★★★



【第九席 ヤルー】

忠誠度:★★★

親密度:★★★★★★★★

恋愛度:★★★★



【第十席 スゥ】

忠誠度:★★★★

親密度:★

恋愛度:★★★★★★★★★★★★★★★



【第十一席 デスパー】

忠誠度:★★★★★★★★★

親密度:★★★

恋愛度:★★★★★



【第十二席 ラヴィ】

忠誠度:★★★★

親密度:★★★★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★★★★★



【第十三席 シエナ】

忠誠度:★★★★★★★★

親密度:★★★★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★

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