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第百五十六話 並行して進めようとしたのが間違いだった

 宝玉(ほうぎょく)のギルヴァエン。


 かなり珍しい精霊使いの魔神将(アークデーモン)で、数百にも及ぶ下位精霊を同時に使役する。

 出現予想時刻はいつも通り、今からおおよそ一月後。

 出現予想地点は精霊山脈(クアッドライン)にあるクシャ湖のほとり。


 戦うにあたって注意すべきは三点。


 一つは使役されていた精霊たちも同時に未来に飛ばしたため、やはり同時に出現するであろうこと。

 一つは精霊魔法を使ってギルヴァエンが自身の分身を作ったり、姿を隠したりするであろうこと。

 一つは非常に強力な魔力が付与された暗殺者の短剣(アサシンダガー)をギルヴァエンが所持していること。この短剣によって与えられた傷は自然治癒することがなく、魔術や魔法による回復もほとんど受け付けない。さらにこれで死亡した者は蘇生魔法(リザレクション)の成功確率まで大幅に下がる。




 以上のような内容を黒板にチョークで書きながら慣れた様子で説明したスゥは、部屋の中央に置かれた丸テーブルを囲んでいる十人の仲間を見渡して最後に聞いた。


「何か質問ある人いるっスか?」


 間髪入れず、ヤルーがすっと手を挙げる。


「次に出てくる敵のこと調べなくていいのってマジで楽だな」


「申し訳ないっスー!!」


 即座にその場でジャンピング土下座をキメるスゥ。

 ざわつく一同。


「そうっスよね。あーしが仕事放棄してなきゃ今まで苦労して情報集める必要もなかったっスよね。ホント申し訳ないっス。自害するッス」


 スゥは早口で言うと斬心刀(ざんしんとう)を右手の手のひらから取り出して、その刃を自らの首に押し当てた。

 慌ててヤルーが駆け寄る。


「待て待て、スゥちゃん、なにも死ぬこたぁねえよ」


「ヤ、ヤルーさん……」


 泣きそうな表情で顔を上げるスゥ。

 ヤルーは優しい詐欺師の顔をして、彼女の肩に手を当てた。


「死んで罪を(つぐな)おうなんざ二流のすることよ。スゥちゃんにはこれからきりきり働いてもらわなきゃ困るんだ。粉骨砕身(ふんこつさいしん)、お国のために、いや、俺っちのために命をかけて戦ってもらおおおおおおおん!!!?」


 ヤルーの台詞(せりふ)の最後の方が絶叫になったのは、イスカにドロップキックされて凄い勢いで部屋の隅まで吹っ飛んでいったからだ。


「おかーさんをいじめるなーばかー!」


 スゥを抱きしめるイスカ。

 壁に激突して気絶するヤルー。


 とりあえず、会議は一時中断となった。






    ☆






性能(スペック)はよく分かったけどよ。具体的にはどうやってギルヴァエンちゃん倒すのよ」


 席に戻ったヤルーが頬杖を突きながらそう発言して会議は再開した。ヤルーの両方の鼻に詰め物がされているのは鼻血が出たからである。


 これには黒板の前に立っているスゥに代わって俺が説明した。


精霊使い系エレメンタル・クラスタに【精霊退散カウンターエレメンタル】ってスキルあるだろ? お前を技能拡張(スキルエンハンス)してそのスキルを使って、ギルヴァエンが使役してる精霊を少しずつ精霊界に帰す。で、最後に不死鳥(フェネクス)使って焼き尽くしておしまい。丸裸にすればそれほど怖い相手ではないらしいからな、ギルヴァエンは」


「俺っちが過労死しそうなやり方だが?」


「前回のウルト戦で楽しただろ。その分働け。別に強制代行権を使って無理矢理やらせてもいいんだぞ」


 と、鞘に入ったままの聖剣をちらつかせて脅す。

 ヤルーは『けっ』と吐き捨てて、小ばかにしたような表情で聖剣を指さしてくる。


「聞いたけどよ。その能力微妙じゃね? スキル使わせるか、やめさせるかだけの能力なんだろ? この間の剣覧武会みたいな限定的な状況でしか使い道ねーじゃん」


 詐欺師が話を反らそうとしているのは見え見えだが、確かにそれは俺も思っていたことだ。

 隣に座っている獣耳少女に向けて、右手を差し出す。


「シエナ。お手」


「え!? え? ……え?」


 意表を突かれたのか、シエナは獣耳を立ててびくりと肩を震わせ、俺の右手と顔を交互に見比べた。みんなの視線が俺と彼女に(そそ)がれる。その中でシエナは困惑しつつ、恐々(こわごわ)と俺の右手に自身の右手を重ねた。


「……うん。してくれたけど別に強制代行権のおかげじゃないよな」


 茶番につきあわせた謝罪と礼をシエナに言って、再びヤルーに向き合う。


「円卓の騎士は能力重視で選ぶからな。“責務”から逃げない人材っていう最低ラインがあるとはいえ、全員が品行方正ってわけじゃない。色々やらかすような奴が選ばれた場合の保険として作られたんだろうよ、強制代行権ってのは」


「はーん、確かに問題児けっこういるもんな、この円卓も」


 ヤルーがニヤニヤしながらテーブルを囲む仲間たちを見渡す。

 ラヴィが似たような顔でそれに乗った。


「ほーらほら、言われてるよ、みんな」


「いや、君らが一番分かりやすい問題児なんだが? 自覚ないのか? もしかして」


 きょとんとするヤルーとラヴィ。

 他の連中も大なり小なりダメ人間な部分はあるが、今後、強制代行権で無理矢理働かせる可能性が一番高いのはこの二人だろう。


「あ、でもさでもさ」


 と、ラヴィが(ひらめ)いたとばかりに手を叩く。


「今度レイドくんに会ったとき、《瞬間転移(テレポート)》で逃げるの止められるじゃん、それ使えば」


「あー、でもアイツは(しん)み……いや、タイミング的に無理だろう。アイツの《瞬間転移(テレポート)》、詠唱短縮かかってるし、唱え終わる前にキャンセルできるとは思えない」


「そっかー、ちぇー」


 口を尖らせてテーブルに突っ伏すラヴィ。

 俺は平静を装っていたが、実のところ心臓がバクバクいっていた。危うく『親密度がゼロだから使えない』と口を滑らせかけたからだ。


「えーと、話を戻していいっスかね?」


 脱線を終わらせるべくスゥが言う。その際、彼女はこっそりと俺に目配せをしてきた。気を抜くな、秘密を漏らすな、ということだろう。


 黒板にクシャ湖周辺の地図を貼り、そこにスゥがいくつか書き込みをしていく。ギルヴァエンの正確な出現予想地点とその周囲に展開するこちらの布陣だ。


「まず注意点その一についてっスけど、数百の下位精霊を相手にするのは後援者(パトロン)たちに手伝ってもらうっス。あーしらだけじゃさすがにカバーしきれないっスからね。で、問題は注意点そのニの精霊魔法での分身や姿消しなんスけど」


 スゥはそこで言葉を切ると、専門家であるヤルーへと視線を向けた。

 テーブルの中央に用意された皿から茶菓子を気だるそうにぼりぼりと(むさぼ)っている今の姿を見るととてもそうは思えないが、こいつは一応これでもこの島で最強の精霊使いである。

 みんなの期待の眼差しを受けて、ヤルーは一つため息をついてからご高説を垂れる。


「《光学迷彩(インビジビリティ)》にせよ《影分身(ドッペルゲンガー)》にせよ姿欺き(マスカレイド)の一種であることには変わらねえよ。だから看破力が高けりゃ見破ることはできる。魔神将(アークデーモン)の使う姿欺き(マスカレイド)を見破るなんてとんでもねえ難易度だろうけどな」


 お菓子を持ったまま『お手上げだ』という風に両手を上げるヤルー。


「少なくとも俺っちにゃー無理だ。(あざむ)き看破は[精霊使い(シャーマン)]よりも[魔術師(メイジ)]の領分だからな」


 今度は自然と、この島で最強の魔術師に視線が集まる。

 油断していたのか同じくお菓子を口にしていたブータはあたふたしてから、俺の背中の方を手で示した。


「そ、それでしたらボクよりも適任者がいますよぉ」


「え?」


 振り返る。もちろんそこには俺のお付きの女中(メイド)であるアザレアさんが控えているだけ。

 話を続けたブータの声はどこか自慢げだった。


「この島にはアザレアさん以上に姿欺き(マスカレイド)を看破する力が強い人はいません。その一点で言えばボクやお師匠様――魔術師ギルドのマスターよりも上ですよぉ」


「うっそだろ!?」


 俺が顎が外れんばかりに驚くと、アザレアさんは満面の笑みを浮かべて右手でⅤサインを作った。

 横からブータが補足を入れてくる。


「アザレアさんのレベルはもう後援者(パトロン)の最上位層に食い込むくらいまで来ていますから、特化した部分がボクらより上でも全然不思議ではないですよぉ。ネフ(ねえ)さんも自分と同格の十年に一度の天才だって認めてましたし、それにこの間、導師免許も取得したんですよぉ」


「えへへ。まー、お師匠様と比べればまだまだですけどね」


 師の賛辞にアザレアさんは照れたように笑い、うとうとし始めたイスカの肩を叩いて起こした。

 それを見ながらナガレがぽつりと漏らす。


「そういやお前、ミレウスの匿名希望(インコグニート)も効かねーんだよな。前にレイドの姿欺き(マスカレイド)も見破ってたし」


 人は見かけによらねーもんだなとナガレは呟いて、紅茶を一飲みしてから俺の方を見る。


「いいんじゃねーの? こいつ以上のがいないってんなら、とりあえず任せてみるのもよ。分身のどれが本体かとか、姿隠しで消えてるときにどこにいるかとか示すだけなら後方にいても問題ねえし、危なくねーだろ」


 俺がアザレアさんを危険な目に合わせたくないと知ってて言っているのだろう。ぶっきらぼうではあるが、これでなかなか気配りができるのだ、ナガレという女は。


「そうだな……それなら頼むか」


 しばし考えたのち俺が頷くと、アザレアさんは目をきらきらさせて、その胸をドンと叩いた。


「まっかせといてミレウスくん!」


 それから感謝するようにナガレに向けて深々と頭を下げた。

 ナガレは気恥ずかしそうに顔を背けると、しっしっと手で追い払うような仕草をする。


「後ろに控えているべきなのはアザレアさんだけじゃないっスよ」


 スゥが黒板をこんこんと叩いてみんなの注意を引く。


「注意点その三、治癒阻害の暗殺者の短剣(アサシンダガー)。これには最大限警戒してほしいっス。特にミレウスさん」


 まるで学級会でいたずらっ子をつるし上げる教師のような目で俺を名指ししてくるスゥ。


聖剣の鞘(レクレスローン)の絶対無敵の加護があるからって絶対に生身で受けたりしないでほしいっス。下手するとダメージが帰ってきたときに死んで、そのまま蘇生できなくなるっスからね。アザレアさんと一緒に後方にいるべきっス」


「あ、(あるじ)さま、今回は本当に気を付けてくださいね? ご自分の体を軽視する悪癖も今回ばかりは本当に命取りになりますよ?」


 シエナがスゥと一緒になって俺に念押ししてくる。彼女にはいつも心配をかけているので、ここで反抗的な態度は取れない。


「大丈夫。アザレアさんを守らないといけないし、俺も後方から動かないよ。さすがに蘇生不可は勘弁だしな。……しかし傷をつけられると自然治癒しない短剣か」


 ふと気づいてスゥにたずねる。


「例えばさ、元々高い再生力を持つ勇者が攻撃を受けた場合でも治らないのか?」


「あー、そういえばロイスさんはゆっくりではあったっスけど再生してたっスね。こんなの初めてだって驚いてたっスけど」


 俺とスゥはロイス――初代円卓の騎士の一人、双剣士ロイスの末裔へと目を向ける。

 こちらの言わんとするところを理解したのか、リクサは力強く頷いた。


「と、すると陛下。今回は私が正面で当たることになりますね?」


「うん、頼むよ。それともう一人」


 次に目を向けたのは腕組みをしてじっと話を聞いていたエルフの男。


「自分デスか?」


 無自覚な顔で目をぱちくりするデスパー。

 俺は呆れて、ため息をついた。


「むしろ種族固有スキルで肉体強度を上げられるお前の方がメインアタッカーだな。思う存分暴れろよ、悪霊」


「ケケケッ! 任せておけヨ、王サマ! 魔神将(アークデーモン)なんザ、またオレサマがぶったぎってやるヨォ!」


 鮫のような尖った歯を見せて、別人のように笑うデスパー――というか、悪霊。

 こいつと意思疎通するのもずいぶん上手くなったものである。


 これでおおむね戦いの指針は定まった。


 続いて細かな役割分担を決めるわけだが、その前にヂャギーが元気に手を挙げて、いつもどおりの大きな声でスゥにたずねた。


「ギルヴァエンくんが上位精霊を呼び出す可能性はないのかな!」


「ゼロではないっス。けど、使えるなら二百年前に出してると思うっスよ」


「じゃあきっと楽勝だね! やっくんなんて上位精霊二体も使役できるんだし!」


 『わーい』と両手を挙げて気楽に喜ぶヂャギー。

 とんでもない、とヤルーが首を左右に振る。


「上位精霊っつっても使役されている以上、本来の性能(スペック)は発揮できねえからな。下位精霊の数の暴力の方が明らかにヤベーって」


「えー、そう? ちなみにやっくんはどれくらい下位精霊を同時に使役できるの?」


「十体かそこらだよ。でも言っとくけど俺っちが弱いわけじゃないからな? 普通の精霊使いは二体同時に使役できりゃ上出来って言われてんだからよ。ギルヴァエンの数百体ってのが異常なんだって。マジありえねえって」


 ぶるぶると震えるような仕草を見せるヤルー。わざとらしくはあるが、言ってることが誇張でないことは顔を見れば分かる。

 他のみんなもそれを感じ取ったのか、しばしの間、緊張感にも似た沈黙がその場を支配した。


 今回はあらかじめ詳細な情報が得られている。とはいえ、相手が単体で国を滅ぼせるほどの化け物であることには変わりないのだ。






    ☆






「そういえば、さ」


 会議が終わり、他のみんなが部屋を去ったのち、スゥに向けて俺はおもむろに切り出した。


「スゥが持ってる管理者の卵、アザレアさんに見てもらうのはどうかな?」


「あー……それっスか。確かにそういう手はあるっスけど」


 スゥの表情は渋かった。

 管理者の卵に映しだされているこの島を滅ぼしかねないほどの危険人物。それを覆う黒い(もや)は魔力的な姿欺き(マスカレイド)であろうとスゥは話していた。だったらそれを看破する力の強いアザレアさんに見てもらえば正体が分かるのではと思ったのだが。


「なにか問題?」


「いや、この卵のことを知ってる人はできるだけ増やしたくないんスよね。これ、システム管理者の生命線なんで。盗難とかのリスクを避けるためにも極力、情報を秘匿しておきたいっス」


「アザレアさんが知るくらいなら平気じゃない? 口堅いほうだし、信用できると思う」


「あーしもそれは思うっスけど。うーん」


 腕組みをして天井を見上げ、悩み始めるスゥ。

 そこでタイミングよく部屋のドアがノックされ、清掃用具一式を持ったアザレアさんが入ってきた。


「スゥさーん。黒板、いつもの倉庫に片付けてきたよー」


 こちらにそう声をかけ、彼女は部屋の掃除を始める。国王のお付きの女中(メイド)としての日常業務だ。

 俺は再びスゥに確認した。


「どうする?」


「……そうっスねぇ。それじゃあ」


 不承不承ながらスゥは頷いた。

 俺が手招きをすると、アザレアさんは布はたきだけ持って、とてとてと寄ってくる。


「どしたの、ミレウスくん」


「ちょっとアザレアさんに見てもらいたいものがあるんだ」


 俺が目配せをすると、スゥは懐から管理者の卵を取り出した。今日は最初から危険因子表示モードであり、黒い(もや)をその内に宿し、禍々しい赤い輝きを発している。

 アザレアさんはそれを見て、『え!』と声を上げて口元に手を当てた。


「な、なにこれ!」


「あー、えーとね。スゥ、頼む」


 スゥはかくかくしかじかと要領よく事情を説明した。

 アザレアさんは目を丸くしてそれを聞いていたが、俺とは立場が違うからか、悩みの種になったという風ではない。ただただ驚いているようだった。


「はえー。なんだ、じゃあこれはミレウスくんが持ってるのとは違うやつなんですね。真っ赤だからびっくりしちゃいましたよ。もうギルヴァエンくん出てくるのかと思った」


 当然と言えば当然のリアクションである。

 俺は両手を合わせて頭を下げた。


「驚かせてしまって申し訳ない。で、(もや)の奥の人、見える?」


「んー? いやー……」


 アザレアさんは眉間に(しわ)を寄せて再び卵を見ると、すぐに首を横に振った。


「ううん、ごめん。全然見えない」


「だよねー……さすがに無理か。いや、こちらこそごめん。手間を取らせて悪かった。この件はくれぐれも内密に頼むよ」


「はーい。それじゃ」


 アザレアさんは微笑むと、ぺこりと頭を下げて掃除に戻っていく。

 その背中を見送り、俺はスゥと顔を見合わせて、同時にため息をついた。


「どうする? この間はとりあえずギルヴァエン戦に専念するって話したけど、やっぱりこの(もや)の人物探しも並行して進めておく? 後援者(パトロン)の情報操作担当の連中……盗賊ギルドとかルフト家に手伝ってもらってさ」


「それもどうっスかねぇ。この人物が滅亡級危険種(モンスター)と同等くらいに危険なのは間違いないっスけど、だからと言って大人数で探しにかかるのはよくないと思うっス」


 スゥは慎重な手つきで管理者の卵を懐にしまい、強い意志を宿した目で俺を見上げる。


「この危険人物について探る人が増えれば増えるほど、こちらの動きを相手側に悟られるリスクも増すっス。それをきっかけに相手が動き出したらまずいっスよね? 特に今はギルヴァエン戦が控えているっスから」


「む。た、確かに」


「それに誰に協力を依頼するにしても別のリスクもあるっス」


 アザレアさんに聞かれぬよう声を潜めて話すスゥは現実主義者らしい油断のない顔つきをしていた。

 それを見て察する。


「スゥ、もしかして、この(もや)の人物が後援者(パトロン)の中の誰かだと思ってる?」


「はい、少なからず可能性はあると思ってるっス。これまで危険因子モードで表示されてきた人の半分以上は後援者(パトロン)だったっスから。円卓システムの存続を(おびや)かすほどの影響力を持つ人はほとんど後援者(パトロン)なんスから、それも当然っスけど」


 論理的な思考だ。そしてその思考を延長した先に何があるかは俺にも分かる。


「この(もや)の人物はここ二百年で一番の危険人物。必然、大物ほど怪しくなるってことか」


 スゥは無言のまま頷いた。

 俺は大きく嘆息して、額に手を当てて考え込む。


 確かにリスクはある。だが静観していても事態が好転するわけでもない。


「マーサ・ルフトと盗賊ギルドのスチュアートは――まぁスチュアートは一見うさんくさい感じするけど――信用できると思うよ。一応貴族だし」


「調査を依頼するってことっスか?」


「した方がいいと俺は思う。もちろん相手に悟られないように最大限気を付けてもらうことが前提だけど。スゥはやっぱり反対か?」


「いえ、そこはリスクとリターンのバランスっスからね。ミレウスさんが信用できると判断するのならいいと思うっス。……あーしは少し慎重すぎるかもしれないっスね」


「それくらいでいいと思うよ。俺は少し軽すぎるからな。二人でちょうどバランス取れてる」


 それを聞いてスゥはようやく硬い表情を崩して、はにかんで見せた。今日初めて笑った気がする。


「そういうことならラヴィさんやブータさんにも探すのを手伝ってもらうべきっスね。この(もや)の人物が円卓の騎士の中の誰か、なんてことはさすがにないと思うっスから」


「そんな危険人物だったらそもそも円卓が選ばないもんな」


「そのとおりっス。とりあえずこれから一月はそれで様子を見て、ギルヴァエンとの戦いが終わってもまだ見つからないようなら、その時また考えるってのはどうっスかね」


「そうだね……それが妥当だろう」


 ただでさえ好感度の件があるのだ。できれば円卓の騎士のみんなには他の隠し事はしたくない。だが、うっかり口を滑らせそうなのがいるのも確かだし、みんなにはできるだけ雑念を(かか)えずにギルヴァエン戦に(のぞ)んでもらいたい。だからこの件について頼むのは情報収集に()けているラヴィとブータだけに留めておくべきだろう。


「ギルヴァエン戦までの一月(ひとつき)の間に、相手が動き出さなきゃいいけどね」


 最後に俺がため息交じりに言うと、スゥは心の底から同意するように深く頷いた。

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