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第百五十話 決勝に出たのが間違いだった

『――対するはウィズランド王国六代目国王、ミレウス・ブランドォォ!!!』


 最後の試合ということで、呼び上げを行う実況のエルも惜しむこともなく声を張り上げていた。言わずもがな、観客のボルテージも最高潮である。


 俺もほんの少しだけだが、気分が高揚していた。なにせこの手の大会に限らず、何かで一位を取った経験など一度としてない。勉学でも、運動でも、部活動――盤上遊戯(ボードゲーム)のショウオギでも、いつもそこそこの成績ではあったが、人に誇れるような結果を出したとはとても言えない。


 もっともこうして決勝戦まで来られたのも別に俺が凄いからではないのだが、西のゲートから入場して舞台に上がるまで、何かの努力が実を結ぶ寸前のような、奇妙な感慨を覚えていたのは確かである。


「みーくん! ここで会ったが百年目なんだよ!」


 先に入場して舞台に上がっていたヂャギーが微妙に用法の間違ってる台詞を発して、俺に人差し指を突きつけてくる。


 はちきれそうなサイズの革鎧(レザーアーマー)を着用し、顔をすっぽり覆うバケツのような形状の兜をかぶった筋骨隆々の男。背丈は俺より頭二つ分は高く、体重は優に倍はある。

 この島で、いや、この地上で有数の戦士であるのは間違いないだろう。それと今から逃げ場もないこの舞台の上で一対一で戦うというのに、不思議と緊張はしていなかった。


「まさか君とこんなことになる日が来るとは思わなかったよ」


「オイラもだよ!」


「まぁお互い死なない程度に――って言ってもこの舞台に掛けられた魔術のおかげで死ぬことはないんだけど――死なない程度に頑張ろうか」


「合点承知なんだよ! この島で一番強い(オス)が誰なのか、今ここで決めるんだよ!」


 ヂャギーもやる気十分である。いや、彼はいつでも元気がいいが、今は一段とテンションが高い。こういう舞台の経験は彼もそう多くはないだろうから、無理もないが。


 俺たちは互いに得物を構え、十歩分ほどの距離を置いて対峙した。

 同調(シンクロ)するように同じタイミングで呼吸を重ねて、その時を待つ。


『それでは第五十回剣覧武会決勝戦、試合開始です!』


 エルの言葉と同時に、打ち鳴らされる試合の開始を告げる銅鑼(ドラ)


 ヂャギーはその音が終わるのも待たずに猛然と突進してきた。その迫力は数か月前に戦った決戦級天聖機械(オートマタ)、銀針のウルトの突進にも劣らない。


「そぉい!!」


 左から斧槍(ハルバード)を振るわれた――そう認識したときには刃はすでに目前まで迫っていた。

 それを受けるため、咄嗟(とっさ)に聖剣を縦にする。奇跡的に間に合ったのは反射的な行動だったためだろう。しかしそれがいいことだったかどうかは微妙なところだ。


 次の瞬間、横からの凄まじい加速度を全身に感じたかと思うと視界の天地が逆転した。頭を舞台にしたたかに打ち付け、もう一度視界の天地が入れ替わる。

 数回跳ねながら舞台の一番端まで転がってようやく加速度は収まった。三回くらい即死するような攻撃だったが、聖剣の鞘の力のおかげで今はまだダメージはない。聖剣を取り落としてもいない。

 だが状況はまったくよくない。体を起こして顔を上げたときにはもうすぐそこまでヂャギーが来ていた。


 大きく振りかぶられる斧槍(ハルバード)


 それが振り下ろされる寸前、俺はラヴィから【影歩き(シャドウステップ)】を借りてヂャギーの背後に移動した。


 標的を失った斧槍(ハルバード)は勢いそのままに岩の舞台を砕く――(いな)


 ヂャギーは振り下ろしの途中で体を大きく(ひね)り、背後にいる俺に向けての横薙ぎに斧槍(ハルバード)の軌道を強引に変えた。

 それも反射的に聖剣の腹で受ける。結果、先ほどと同じように聖剣の鞘の絶対無敵の加護が発動せず、今度は舞台の中央付近まで(はじ)き飛ばされた。


 俺は体格がいいとまでは言えないが、この年の男子の平均体重くらいはある。それを軽々とこれだけ吹き飛ばすとは、なんという怪力か。もちろん(ジョブ)によるステータス補正もあるのだが。

 たったの二回、攻撃を受けただけで俺の両手はどうしようもないほどに痺れていた。


「……本当に、凄いな」


 今度はヂャギーは追ってきていない。それを確認した俺はゆっくりと立ち上がりつつ、感嘆の声を漏らしていた。


 実際に戦ってみて初めて実感できる。ヂャギーの攻撃はその速さも威力も、グスタフの殻砕き(シェルクラッシュ)のそれを遥かに凌駕している。


 多大な才能と努力と経験と運。

 それらを兼ね備えたグスタフでさえ到達できない境地。

 “例外”とも言うべき、突出した才能を持つ人間だけが至ることができる別格すぎる領域。


 ヂャギーは間違いなくそこにいる。


 そう、円卓の騎士というのは俺以外全員が、そんな存在なのだ。

 大陸の大国でも一人いるかどうか。そんな人材が集まって俺を支えてくれている。


 自然と、感動と感謝の念が胸の内から湧いてきた。

 俺は本当に恵まれている。


「ヂャ・ギ・イ! ヂャ・ギ・イ!」


 観客からの声援はほとんどが彼に向けてのものになった。


「ヂャギーくーん! がんばれー!」


 孤児院の子供たちも、転落防止用の柵から身を乗り出して声を枯らすほどの勢いで応援している。


 気持ちは分かる。ヂャギーの戦いぶりはシンプルで力強く、見る者を惹きつける。

 だが俺も彼の引き立て役で終わるつもりはない。簡単に負けてやるつもりもない。


「やるな、ヂャギー。いや、知ってたけど」


 作戦を練る時間を稼ぐため適当に言葉を並べる。

 ついでに息も整える。


「今思うとヂャギーには頼りっぱなしだよな。いつも危険な最前線で体張ってもらってるし。君が円卓の騎士になってくれて本当によかったと思ってるよ、ってうおおおおおおおおおおい!!」


 言葉の最後の方が悲鳴になったのは、ヂャギーが再び猛牛のごとく突進してきたからである。

 寸でのところで横に転がって回避したが、危うくデスパー――あるいは悪霊の二の舞になるところだった。


 ヂャギーは俺のいたところを通り過ぎて、しばらくしてからようやく止まる。何故か武器を使わず肩からの体当たりを仕掛けてきたが、普通に斧槍(ハルバード)を振るっていたら俺に当たっただろう。


「人がまだ喋ってるだろうが! いや、真剣勝負だから別にいいけど! 今の話、興味なかった!?」


 と、語り掛けるもヂャギーは返事をしない。

 集中しすぎて言葉など耳に入っていないのだろうか。確かに彼のこの試合にかける意気込みは凄いものがあったが、それにしても完全無視とは酷くないだろうか。


 いや。


「……ヂャギー?」


 恐る恐る、呼びかける。

 だが、それにも答えない。


 ヂャギーはただ荒い息をしながら(うつむ)き、肩を震わせるのみ。




 様子がおかしい。




 ようやく気づいた俺の耳に、観客席を練り歩く売り子の一人の声がふと届いた。


「さぁさぁ、剣覧武会も大詰め! 試合も盛り上がってるけど、料理の方もお忘れなく! とっておきを出すよ! 今日ここで食わなきゃ一生後悔するよ! ――の串焼きだよ!」


 ガラガラの声で威勢のいい売り文句を並べているのは、立ち売り用の薄型運搬容器(ばんじゅう)を肩から提げている若い女だ。似たような売り子は他にも何人もいるし、こんな感じの声は大会が始まってからずっと闘技場(コロシアム)の至るところから聞こえている。


 ただ、その女の声に俺の耳が特別の反応を示したのは、その商品名に問題があったからだ。




 ……今、なんて言った?




自走式擬態茸(マッコイ)の串焼き! ウィズランド島隠れ三大珍味の一角がお目見えだよ! 今朝、運よく狩れた個体一匹分だけ! さしものガラティアの民でもこいつぁ食べたことがないだろう! さぁさぁ、この機会にぜひご賞味あれ!」


 女の周りには無数の観客が群がっていた。みんな、舞台(こちら)の方にもちらちら視線を向けているが、珍味の方にも強く気を惹かれている。女の言葉通りさすがに食べたことがないのか。


 意識すれば、そのキノコの香りが辺りに漂っているのはすぐに分かった。

 ポポゼラの異臭とは真逆のかぐわしい匂い。

 だが、これに過敏に反応してしまう男がいることを、俺は知っている。




 白い一枚岩から作られた真円形のだだっ広い舞台(アリーナ)の上。

 ヂャギーのバケツのような兜に空いたスリットから、正気を失い血走った目が覗いていた。

 客席からこちらを見下ろしている観衆たちは事態の異常さにまったく気づいていない。ただ盛り上がってきたと言わんばかりに大歓声を送ってきている。


 俺は嘆息した。

 どうせ誰も気づいてくれないだろうけど。


「ふしゅる! ふしゅる! ふしゅるぅぅう!」


 対峙している巨漢のバケツヘルムの開閉部から、正気の人間のそれとは到底思えない荒い息遣いが聞こえてくる。正直怖い。今すぐ逃げ出したい。しかしそういうわけにもいかない。


 巨漢は大型類人猿を想起させる発達した全身の筋肉をさらに隆起させながら、殺気のこもった咆哮を上げる。それこそ獣みたいに。


「ぢゃああぎいいいい!!!」


 訂正する。獣は自分の名前を叫ばない。

 聖剣を構えなおし、俺は自問した。




 ……どうして、こんなことになってしまったのか。

 その答えを探るため、俺は後悔と共に記憶を掘り起こした。

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