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第百四十六話 好きにさせておけばいいと思っていたのが間違いだった

「待て、レイド!」


「少年か」


 《瞬間転移(テレポート)》で跳んだ先――闘技場(コロシアム)内部に伸びる控室への通路で背後から声をかけると、レイドは起伏のない声で答えて足を止め、こちらを振り向いた。

 通路は長い。しかし前にも後ろにも他に人影はない。


「お前、なんでこんな大会に参加してんだ。……って、聞いても答えてくれないか、どうせ」


 嘆息しながら、少しずつレイドに向けて歩を進める。人の話聞かない病にかかっているこの男である。どうせまったく別の方向に話を持っていかれるか、あるいは意味不明の抽象的な回答でもされるのだろうと思っていたら、意外にもまともな返事が戻ってきた。


「どれくらい強くなっているか確認しにきた」


 端的だ。いつものこの男の言葉と比べると遥かに分かりやすい。

 俺はレイドに警戒心を抱かれない程度の距離で立ち止まり、肩をすくめて見せた。


「みんな強くなってるよ。いや、元々めちゃくちゃ強かったけどさ。滅亡級危険種(モンスター)との戦いを何度も乗り越えてきたから更に磨きがかかってきてるし、経験値も物凄い量稼いでるからレベルも上がってる。まだみんなレイドの域には達してないけどね」


「ふむ?」


 レイドはそのザリガニのような顔の左右に生えた立派なひげをピクピク動かすと、首を傾げるような素振りを見せた。それがどのような感情を持って行われたのかは分からない。


「お前がこの大会に出た理由は分かった。けど、それってつまり俺たちもこれに出るってだいぶ前から知ってたってことだよな? 地方予選は俺たちが本大会に出るって国民に布告する前に開催されたし」


「うむ、スゥ嬢に聞いていた。十字宿場(ビエナ)でミーティングをしたのでな。だから一番近くのゴールドホライズンで地方予選に出た」


「……あの子の正体、やっぱりお前は知ってたんだな」


 苦々しく問いかけると、レイドは当然のことのように頷いて見せた。


 スゥはこいつによって今代の円卓の騎士にスカウトされた際、こいつが所持している魔剣――初代の一人、赤騎士レティシアの魂が宿っているという幅広の剣(ブロードソード)とこいつを通してあれこれと話したという。だから当然こいつは、スゥもまた初代円卓の騎士の一人で円卓のシステム管理者であると知っていたわけだ。


 こいつと初めて会ったのは俺が即位した年の夏休みのこと。俺の故郷、オークネルの近くの山で邂逅したのだが、あの時こいつが何もかもを教えてくれていたのなら色々な面倒がなくて済んだのにと思わなくもない。だが、さすがにスゥもその辺は口留めしていただろう。


 また一つ、大きなため息をついて話題を変える。


「前にお前、コーンウォールで俺にコーヒーフレッシュの話をしただろ。あれについてずっと考えてたんだ」


「……なんのことだ? 記憶にないが。そんな話、少年にしただろうか」


「したんだよ! なんでそんな自信満々に忘れられるんだ!」


 思わず声を荒げてしまったが、俺はすぐに冷静さを取り戻した。こいつとまともに会話をしようとしていては身が持たない。本当に忘れているのかどうかは知らないが、とにかくこちらが伝えたいことを話す。


「あれはつまり、お前が俺のところに来て円卓の責務を手伝わないのは、お前がいなければお前がいないと勝てないような相手は出てこないから……って話だろ? お前がいたらその分強い滅亡級危険種(モンスター)が出現する。だからいてもいなくても関係がない、みたいな」


 レイドは黙りこくったまま否定も肯定もしなかった。もちろんそのザリガニフェイスを見たところでこの推論が当たっていたのかどうかは分からない。とにかく話し続ける。


「それならそれでまぁいいかなって俺も一度は思ったんだ。だから無理にお前を探そうともしなかった。でも後で思い直した。それは結局、リスクを未来に先送りしてるだけだ。出現しなかった強力な滅亡級危険種(モンスター)も――俺たちの代じゃないかもしれないけど――いつかは必ず出現する。魔術師マーリアの時空転移の魔術も永遠に先送りしておけるわけじゃないだろうからな。彼女の魔術の限界が来たら、きっと残りの滅亡級危険種(モンスター)たちは一斉に出現するはず。それも“必ず対処できる時代”じゃない時に。だから、そのリミットがいつなのかは分からないけど、少しずつでも先送りにされている奴らは消化していかなきゃならないんだ。……それに」


 これは魔神将(アークデーモン)のゲアフィリと戦って気づいたことだが。


「そもそも時空転移の魔術に部分抵抗できた滅亡級危険種(モンスター)がいる可能性がある。そういう奴らはマーリアが意図した“必ず対処できる時代”に戻ってくるとは限らない。俺たちの時代に出現したからといって、必ずしも俺たちに勝てる相手とは限らないってことだ。もし勝てたとしても犠牲を払うことになるかもしれない。……だから常に、その時用意できる最大限の戦力を持って、円卓の騎士の責務に挑みたいんだ」


 聞いているのか、いないのか。

 レイドはしばらくその甲殻類の両眼でじっと俺を見つめていたが、ふいに口を開いた。


(オレ)(オレ)で動いている。正義のために」


「だから、それなら何してるのか説明しろって」


「少年。覚悟をしておくことだ。勝てる保証のない戦いは必ず訪れる」


「いや、だからそれは分かってるって言ってんだろ。……っていうかお前もそこまで分かってるなら、なんで手伝ってくれないんだ。何やってんのか知らないけど、円卓の騎士の責務より大事な仕事なんて――」


 そう俺がまくし立てている途中で、突如レイドの背後の方から男の絶叫が届いた。


「アーーーーーーーーーーッ!!!」


 驚いた様子も見せず、レイドが振り返る。

 その向こう、通路の先で大きく口を開けてこちらを指さして立っていたのは、デスパー――というか、表情からして悪霊だった。次の試合が出番なので控室から出てきたのだろう。爛々(らんらん)とその両目を輝かせて、直立するザリガニを見ている。


「オイオイオイ、レイドの旦那じゃねぇカ! どうしたんだヨ、こんなところデ!」


「ふむ、デスパーか。……少し性格変わったか?」


 少しなんてもんじゃないだろうとツッコミたくなったが、その気持ちをぐっと抑えて教えてやる。


「あれは悪霊だ。どうせその辺の事情もスゥから聞いてるんだろ」


「ああ、海賊女王が持ってた魔力付与の品(マジックアイテム)がどうとかいう。そういえば聞いたな」


 これまたさして驚いた様子もなく、受け入れるレイド。

 そういえばあの悪霊帰還の騒動も、こいつがいて魔剣レティシアと話せていればすぐに原因が分かったことではないか。

 なんだかむかっ腹が立ってきた俺は、レイドの背中越しに声をかけた。


「おい、悪霊! こいつ確保だ、確保! 多少怪我させてもいいから、取り押さえてくれ!」


「ヒャア!? いいのかヨ、王様ァ!?」


 俺が頷くと、悪霊は迷うことなくレイドに向かって突進した。そしてその勢いそのままに巨大な戦斧(バトルアックス)――叶えるもの(メテオラ)を横薙ぎに振るう。


「ヒャッハー!」


 最高にご機嫌な悪霊の叫び声と共に通路内に金属の撃ち合う甲高い音が反響する。

 襲い来る戦斧(バトルアックス)の刃を、レイドは重心を低くして大盾(ラージシールド)で受け止めていた。気分(ノリ)で力が大きく増減する悪霊だが今はどうやらMAXに近いパワーが出ていたらしく、それが抜ける先となったレイドの足元は床板が砕けて深く陥没している。


「少年の話のとおり、だいぶ強くなっているようだ。感心、感心」


 攻撃されたことには不満も見せず、レイドはその体勢のまま満足気に頷いた。

 悪霊が戦斧(バトルアックス)を再度振りかぶり、第二撃を放とうとする。

 だがその前にレイドはごく短い呪文を唱えて、魔術を完成させていた。詠唱短縮をかけた《瞬間転移(テレポート)》である。


「では、さらば」


 その姿が掻き消える寸前、レイドはそんなことを言い残した。

 直後、悪霊の振るった戦斧(バトルアックス)が空を切る。


「チッッックショー!!!」


「くっそー」


 俺と悪霊は二人揃ってその場で地団駄を踏んだ。しかし、もはやどうにもならない。

 [赤騎士(スカーレットナイト)]は剣技も魔術もハイレベルに使いこなす上級職。最上級難度(ルナティック)である《瞬間転移(テレポート)》も当然のように使えるというわけか。


 毎度のことだが、あのザリガニ野郎とはまた会うことになるだろうと予感はしていた。しかしいつになったら俺の元で働いてくれるようになるのかは、いまだに見当もつかなかった。


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【第四席 レイド】

忠誠度:★★★[up!]

親密度:

恋愛度:★★★★★[up!]

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