第百四十一話 闘技会に出ることにしたのが間違いだった
――白い一枚岩から作られた真円形のだだっ広い舞台の上で。
はちきれそうなサイズの革鎧を着用し、顔をすっぽり覆うバケツのような形状の兜をかぶった筋骨隆々の男と、俺は一対一で対峙していた。
男が両手で構えているのは身の丈ほどはある斧槍だ。正気を失い血走った目が、そのバケツのような兜に空いたスリットから覗いている。
俺はまな板の上の鯉のような気分だった。
円形闘技場に設けられた階段状の客席からこちらを見下ろしている観衆たちは事態の異常さにまったく気づいていない。ただ盛り上がってきたと言わんばかりに大歓声を送ってきている。
俺は嘆息した。
どうせ誰も気づいてくれないだろうけど。
「ふしゅる! ふしゅる! ふしゅるぅぅう!」
対峙している巨漢のバケツヘルムの開閉部から、正気の人間のそれとは到底思えない荒い息遣いが聞こえてくる。正直怖い。今すぐ逃げ出したい。しかしそういうわけにもいかない。
巨漢は大型類人猿を想起させる発達した全身の筋肉をさらに隆起させながら、殺気のこもった咆哮を上げる。それこそ獣みたいに。
「ぢゃああぎいいいい!!!」
訂正する。獣は自分の名前を叫ばない。
聖剣を構えなおし、俺は自問した。
……どうして、こんなことになってしまったのか。
その答えを探るため、後悔と共に記憶を掘り起こす。
こんなことをしても現状が変わるわけはないのだけれど。
そう、話は二週間ほど前までさかのぼる。
☆
ガラティアという街がある。茫漠とした荒野が広がるウィズランド島北東部において唯一都市と呼べる規模を持つ街だ。
聖剣が見せる夢に何度か出てきている初代円卓の騎士の一人、黒騎士ビョルンはこのガラティアの出身者である。ウィズランド王国が建国されてからこの荒野の街に戻った彼は住民たちに戴かれ公爵となり、統治者となった。そのためガラティアは現在も彼の子孫である四大公爵家の一角、ノルデンフェルト家が統治を行っている。
人狼の森で行った決戦級天聖機械、銀針のウルト討伐からおよそ二か月後。つまりは冬が終わりを告げようとしてきた頃。
そのノルデンフェルト家の現当主と王都にある彼の邸宅で面会することになったのがすべての始まりだった。
「待たせたな、ミレウス王」
腹に響くような野太い声でそう言って、無精ひげを生やした大柄な男――グスタフ・ノルデンフェルトは大股で応接間に入ってきた。三十代半ばほどのその男は俺に一礼するでもなく、そのままのしのしと歩いてきて正面のソファにどかりと腰掛ける。
同じ四大公爵家の当主であるコーンウォール公エドワードやルド公マーサ・ルフトと同様に、彼もまた後援者の一角である。だからすでに何度も顔を合わせているし、幾度も共に戦った仲でもある。
しかし他の貴族たちとは違い、彼には俺に対する遠慮や敬意といったものは見られない。これは統一王の時代よりガラティア公と王は主従ではなく協力者という関係であると暗黙の了解があるためだ。豪放かつ快活である彼の態度には不快感のようなものは覚えないし、いいのだけれど。
俺はソファから腰を上げて茶の置かれたテーブル越しに彼と握手をする。
「元気そうで何よりだ、グスタフ」
「ああ、アンタもな。で、今日は何の用だ? 挨拶しにきたわけじゃないだろう」
「実は用があるのは俺じゃなくて、こっちの子なんだけど」
俺は隣に腰かけていたスゥ――この面会を希望した張本人へと目を向けた。
これまた彼女の希望により応接間にいるのはこの三人だけである。つまりは何か内密な話があるということなのだろう。
「ほう? 円卓の騎士さんが俺に用とな。まったく想像つかんが、なんだ?」
ひじ掛けに頬杖をついてどこか面白げに眉を上げたグスタフ。
スゥは単刀直入に話し出した。
「『殻砕き』。初代円卓の騎士の黒騎士ビョルンさんが使っていた片手半剣でノルデンフェルト家の家宝にもなってる強力な魔力付与の品。コーンウォール家の天剣ローレンティアや地剣アスターと同様に重要文化財にも指定されている。……今はグスタフさんがお持ちっスよね?」
「ああ。詳しいな」
グスタフは頷き、すっと右手を伸ばす。すると、その手の中に年代物の片手半剣が現れた。黒騎士ビョルンの末裔である彼もまた[暗黒騎士]であり、騎士系職の上級固有スキルである【瞬間転移装着】が使えるようだ。
スゥが初代円卓の騎士の一人、剣豪ガウィスであることや円卓のシステム管理者であることはグスタフを含め、アザレアさん以外の後援者には話していない。グスタフもまさか目の前にいるのが先祖の友人で、だからこそ詳しいだなんて思ってはいまい。
スゥは『殻砕き』を指さして、端的に要求した。
「それが欲しいッス」
「ハハ、いきなりだな! そんだけ詳しいんだ。これがどういうものかも知ってんだろ?」
苦笑しながらグスタフが『殻砕き』を俺たちの間のテーブルの上に置く。
もちろん俺もそれがどういうものかは知っていたので、大変驚いていた。
「剣覧武会の優勝賞品だよな、それ。ガラティアで四年に一度開催してるっていう」
問うと、グスタフは困ったもんだと肩をすくめてから頷いた。
昔、アザレアさんがゴールドホライズンでやってた地方予選を見にいったと話していたのを思い出す。
「えーと、確か黒騎士ビョルンの言いつけでノルデンフェルト家がずっと前から開催している武術大会で、『殻砕き』以外には賞品も賞金も出ない……であってるよな。この剣も次回開催まで貸与されるだけで、ほんとにもらえるわけじゃないらしいけど」
グスタフは再び頷き、『殻砕き』を手に取る。優勝者に貸与されるはずの剣がここにあるのは、彼が前回大会で優勝しているからだ。
ついでに言えば歴代の優勝者のほとんどはノルデンフェルト家の人間である。彼が当主になってからは一度もこの剣を流出させたことはないとも聞いている。
「ちょうど今月の末に、第五十回大会が開かれる。その優勝賞品を『はい、どうぞ』とくれてやるわけにはいかねぇな」
それなりにサイズのある『殻砕き』だが、彼はまるで棒切れのように軽々と片手でもてあそんでいる。言ってることは当然といえば当然だった。
「スゥさんよ。なんでこんなもんが必要なんだ? 確かに便利な武器ではあるが、王城の倉庫にゃ他にも強力な魔力付与の品が山ほどあるだろう」
「円卓の騎士の責務に必要っス」
「これが? これじゃなきゃダメなのか? ふーん。体格見る限りアンタに扱えるもんじゃないと思うがな」
「使うのはあーしじゃないッス。たぶんヂャギーさんあたりに使ってもらうことになるっスね」
俺はスゥの意図が読めず、少しばかし困惑した。
グスタフも戸惑ったような顔をしている。
「まぁでも、グスタフさんがそう言うのは分かってたっス。言ってみただけなんで今のは忘れてほしいっス。やっぱり正規の手順を踏むべきっスね」
スゥはあっさりと引き下がると、俺の肩にぽんと手を置いた。
「そんなわけなんで剣覧武会で優勝してあの剣もらってきて欲しいっス」
「え! はぁ……まぁ円卓の騎士のみんなに出てもらえばなんとかなると思うけど」
グスタフはあのコーンウォール公のエドワードと互角に戦ったことがあるというほどの猛者である。だがさすがに円卓の騎士の前衛勢を打ち破るのは無理だろう。
グスタフが手を叩いて豪快に笑う。
「ガッハッハ! いやぁ楽しみだ。実はずっと円卓の騎士の面々とは戦ってみたいと思ってたんだよ。もちろん陛下、アンタともね」
「ふっふっふ。うちのミレウスさんは手強いッスよ、グスタフさん」
「あれれ、もしかして俺も出ることになってる? そういう方向で話進めてる?」
真顔に戻ったグスタフがさも当然のように頷き、スゥが続いてこれまた当然のように頷く。
俺は顔をしかめて首をひねった。
「いや、どう考えても俺いらないだろー。円卓の騎士のみんなが出れば十分じゃない?」
「ミレウスさんが出れば大会も大盛り上がり間違いなしっスよ!」
「そうかもしれんけど。王様が負けたら威厳的なものが損なわれない?」
「大丈夫っスよ。この国、そういう国じゃないっス。それにミレウスさんには聖剣と鞘があるじゃないっスか」
これまた当然のように言うスゥ。
俺はグスタフに確認した。
「剣覧武会って武装は魔力付与の品も含めて何でもアリなんだっけ?」
「ああ。だからその剣と鞘を使うのもアリだぜ。俺もこれを使うしな」
『殻砕き』を手に不敵に笑うグスタフ。その顔には二百年前のご先祖様の面影も見て取れる。
「禁止なのは魔法、魔術全般だけ。スキルは全部使用可能だぜ」
「それなら確かに俺が出れば負けはしないけど。でも永遠に終わらない泥仕合になるんじゃないかなー」
円卓の騎士の前衛陣と自分が戦うことになるなど考えたことがなかったが、聖剣の鞘の絶対無敵の加護と彼らと俺の力量差を考慮するとそうなるとしか思えない。
グスタフは肩を揺らして、くつくつと笑った。
「なんだ、自分の部下と馬鹿正直に白黒つける気なのか? もし対戦することになったら八百長でもすりゃあいい」
「……主催者がそんなこと言っていいのか?」
「ご先祖様の言いつけで続けてるだけの大会だからな。俺が楽しめるかどうかは大事だが、それ以外はどうでもいいさ」
「意外だな。正々堂々とか戦士の誇りとか言い出すタイプかと思ってたのに」
「誇りで食っていけるほど荒野は甘くないさ」
冗談めかしてではなく、本気のトーンでグスタフはそう口にした。
俺は応接間の中を見渡した。同じ四大公爵家であるコーンウォール家やルフト家と比べるとこの邸宅は遥かに質素である。茶は出してもらえたが茶菓子は出てない。それを出したのも他の貴族のところのような高給取りのプロ執事ではなく、ごく普通の奉公人だった。
不毛の荒野とその地に生きる人々。
ガラティアという街とノルデンフェルト家。
それらについて、俺はあまりにも知らない。
「ビョルンさんも割と現実主義者だったんで気が合ったんスよ。あーしと」
ノルデンフェルト家の邸宅を後にして高級住宅街である静かな冬通りに出たところでスゥがそんなことを言った。
統一戦争期の夢に出てきた黒騎士ビョルンの言動からはそんな要素は見てとれなかったが、まぁあんな短い映像を何回か見た程度で人のすべてがわかるはずもない。そんなものかと俺は納得する。
「ちなみにミレウスさん、誰に出場してもらうつもりっスか?」
「ん? ああ、ルールから考えて優勝の芽がありそうなやつは限られるからな。ええと」
俺は出場させるべき奴を指折り数える。
「リクサ、ヂャギー、デスパー、ラヴィ、スゥ、あと俺。……ナガレは無理だな。イスカを出すわけにもいかないし」
「ラヴィさんはめんどくさがって出ないんじゃないんスかね。賞金出ないっスから」
「……そうだな。遮蔽物のない闘技場だとラヴィのスキルは生かしにくいだろうし、まぁ出さなくてもいいけど」
「あ、それとあーしも出れないっスよ。ちょっと調べたいことがあるんでしばらく留守にさせてもらうっス」
「え。なにそれ聞いてない」
「今初めて言ったっス。これは円卓のシステム管理者としての仕事なんでミレウスさんがダメって言っても行くっス。申し訳ないっスけど」
言葉とは裏腹に、スゥは特に申し訳なさそうな顔はしていなかった。まぁ優先順位を考えるとそうなるのだろう。
「そういうことなら別に止めないけどさ。どこへ何しにいくかくらい教えてもらいたいな」
「それはまだ内緒っス。たぶん戻ってきたら話すっス」
「……ならまぁいいけど。ああ、そうだ、スゥに聞きたいことがあったんだ。東都にいたときに聖剣が見せた夢のことなんだけどさ」
「あー、その辺も戻ってきてから答えるっス。その方がきっといいっス」
と、話してる途中で王城に続く一番街に出た。
スゥはシュタッと手刀の形にした右手を上げると、王城とは逆、聖剣広場の方を向く。
「帰ってくるのは数か月後だと思うっス。そんなわけでこの件はミレウスさんに全部お任せするっス」
「あ、う、うん。分かった。何するのか知らないけど、気を付けて」
「はい、ミレウスさんも。それじゃっス」
スゥはツインテールを揺らしてぺこりと頭を下げると、そのまま走り去ってしまう。
俺はなんだか嫌な予感を覚えつつ、それを見送るしかなかった。剣覧武会が、あんな前代未聞の事態になるとも知らないで。
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【第二席 リクサ】
忠誠度:★★★★★★★★★★
親密度:★★★★★
恋愛度:★★★★★★★★
【第三席 ブータ】
忠誠度:★★★★★★
親密度:★★★★
恋愛度:★★★★★★
【第四席 レイド】
忠誠度:★★
親密度:
恋愛度:★★★★
【第六席 ヂャギー】
忠誠度:★★★★
親密度:★★★★★★★★
恋愛度:★★★
【第七席 ナガレ】
忠誠度:
親密度:★★★★★★
恋愛度:★★★★★★★★★
【第八席 イスカンダール】
忠誠度:★★★★★
親密度:★★★★★★
恋愛度:★★★★★
【第九席 ヤルー】
忠誠度:★★
親密度:★★★★★★★★
恋愛度:★★★★
【第十席 スゥ】
忠誠度:★★★
親密度:★
恋愛度:★★★★★★★★★★★★★★★
【第十一席 デスパー】
忠誠度:★★★★★★★★★
親密度:★★★
恋愛度:★★★★★
【第十二席 ラヴィ】
忠誠度:★★★
親密度:★★★★★★★★
恋愛度:★★★★★★★★★★★
【第十三席 シエナ】
忠誠度:★★★★★★★
親密度:★★★★★★★★
恋愛度:★★★★★★★★
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