第百四十話 寝不足だと思ったのが間違いだった
「というわけでスゥは初代円卓の騎士の剣豪ガウィスで、半魔神で、円卓のシステム管理者で、俺の母さんでした。……みんな訳が分からないだろうけど、そういうことなんだ。納得してくれ」
人狼の森で狼型決戦級天聖機械ウルトを討伐し、王都へと帰還した翌日の昼。俺は王城にある自室にみんなを集めて、スゥの秘密を洗いざらい話した。
ズラリと横に並んで唖然としている円卓の騎士の一同。ただ一人、イスカは難しい話が始まると予感したのか、早々に俺のベッドにダイブして寝始めたのでそこにはいないが――それはそれとして、スゥは彼ら八人に向かってお得意の土下座スタイルを決めていた。
「申し訳ないっスぅううう!!!」
彼女の謝罪の声が広い部屋の中にこだまする。
しばしの沈黙が続いたのち最初に声を発したのは、いつものように紅茶と茶菓子をカートに乗せて運んできてくれていたアザレアさんだった。
「……あのー、ミレウスくん。とりあえず全員分、テーブルの上に置いていい?」
「ああ、うん。お願い」
アザレアさんはイスカの世話係でもあるので、彼女が初代円卓の騎士だということを知っている。なのでスゥの秘密についても同様に聞いてもらったが、やはりというか他のみんなと同じようにすんなりとは受け入れられていないようだった。
紅茶と茶菓子をセットし終えてからたっぷり経って、彼女はスゥにこんなことを尋ねた。
「ええと。スゥさんが生贄に捧げられたっていうオークネルの近くの洞窟には、私もミレウスくんに案内してもらって行ったことがあるんですけど……その時聞いた話だと、生け贄に捧げられてたのは幼い子供ってことだったような? スゥさんがその時の儀式で歳をとらなくなったっていうなら、幼い子供の姿のままじゃないとおかしいんじゃ……」
言われてみればもっともな疑問である。今のスゥの外見は十代半ば――俺やアザレアさんより一つか二つ下くらいに見える。生け贄に捧げられたときの彼女の姿は聖剣が見せた夢に出てきたが、彼女視点での夢だったためよく見えなかったし、年齢の割に小柄で起伏の少ない体をしているのもあって疑問には思わなかった。
スゥはそこで下げっぱなしだった顔をようやく上げた。その額には床に押し付けた痕がしっかり残っている。
「幼い子供を使った非人道的儀式っていうのは、あーしが統一戦争後に流した虚偽宣伝なんスよ。実際には幼児を使うことはほとんどなくて、あーしみたいに十代半ばの人が多かったっス。そういう虚偽宣伝を流したのは、国民に魔神崇拝者への嫌悪感を植え付けるためっス。そしたらあいつらみたいなのが再び現れた時に徹底的に弾圧できるっスからね」
「だ、弾圧……。ああ、はい。納得しました」
現実主義者のガウィスらしいエグい話を聞いてアザレアさんは若干引き気味だった。女中の仕事もひとまず終わったので、俺の後ろにちょこんと控える。
「え? え? じゃあ、スゥちゃん、ホントは何歳なの」
次に口を開けたのはラヴィだった。
割とどうでもいいその問いにもスゥは律儀に答える。
「二百と二十くらいッスかね?」
「めちゃくちゃ年上じゃん……」
「そ、そうっスね。そうっスけども」
何やら激しいショックを受けてるラヴィと、それに困惑するスゥ。
ヤルーはそのスゥの顔をまじまじと見ながら顎に手を当てて、なにやらしきりに頷いていた。
「なーるほどなぁ。スゥちゃんが仲間になってから大陸行くまで二年くらいはあったんだけどよ。ティーンエイジャーの割にぜんぜん外見が変化しねえなぁとは思ってたんだよ」
「ホントかよ。後出し臭いぞ」
俺が胡散臭げにジロリと見ると、ヤルーはホントホントと両手を上げておどけて見せた。
それからふと思い出したように詰め寄ってくる。
「ああ!? ってかおいミレちゃん、やっぱスゥちゃんに裏あったじゃねーか! バリッバリにあったじゃねえか!」
「そうだな。さすがヤルー。ヤルーの言うことはなんでも正しいな。すごいすごい」
「すごいじゃねーよ! クアッド・フェネクス社が次に出す玩具賭けただろうが! ちゃんと買えよオラァ!」
「そんな賭けに応じた覚えはないが?」
「庭の池で釣りしたときに賭けただろうが!」
「お前が一方的に賭けただけだろ」
「ざっけんなテメェ!!」
ヤルーは激昂した様子で俺の襟元を掴んでぐわんぐわんと揺さぶってきたが、こちらに取りあう気がないのが伝わったのか手を離すと大きく息を吐いて平静を取り戻した。それからいかにも詐欺師らしい薄っぺらい笑みを浮かべる。
「よーうよう、スゥちゃんよぉ。隠し事はこれで終わりか? ん? 他にもなんかあんならこの機会に全部吐いちまったほうがいいぞ?」
ヤルーはスゥのことを『何考えてるか分からないから苦手』と話していたが、どうやらもう平気らしい。完全に優位に立ったかのような態度である。
スゥは相変わらず申し訳なさげな顔をしながらぼそぼそと答える。
「さっきのミレウスさんの話にもあったっスけど、あーし、この島の外で生まれた円卓の騎士になる素質のある人をこの島まで誘導する仕事とかもしてきたんスよ。システム管理者として」
「おう。それがどした?」
「そういう仕事の時は、怪しまれないようにこの魔力付与の品を使うんスよ」
と、スゥは懐から細い銀色の留め金のない腕輪を取り出して、それを腕につけた。
途端、円卓の騎士の何名かが、彼女が帰還したときのように『あー!!』と声を上げて彼女を指でさした。ヤルー、ヂャギー、ナガレ、ラヴィの四人である。
俺には彼らが何に驚いているのかは分からなかった。何か変わったようには見えなかったのだ。
「これの効果はミレウスさんが持ってる匿名希望とほぼ一緒っス。着用すると自分の姿を相手に警戒心を抱かせないように偽装できるっス。違うのは円卓の騎士にも効果があるって部分だけっスね。王様には効かないんスけど。ちなみにこれと匿名希望はエリザベスさんとマーリアさんが協力して作ったものっス」
スゥによる淡々とした説明が終わっても、四人は衝撃から立ち直れていなかった。
そういえばこの四人はウィズランド島外の出身だったなと思い出した俺は、とりあえずヂャギーに聞いた。
「どんな姿に見えてるんだ?」
「おじさんだよ! 声もおじさんになってるんだよ! 大陸でオイラにリゾートの島行きだって言ってウィズランド島行きのチケットくれたおじさんなんだよ!」
「あ……ふーん、なるほど。円卓の騎士になってくれってストレートに頼んで島に誘導するわけではないのか」
確かにまぁ、きちんと事情を説明したところで『はいそうですか』とついてきてくれる人がいるとは思えない。詐欺まがいのことをしてでもとりあえず島まで来させてしまうというのは有効そうな手ではあった。
残りの三人が次々とスゥを問い詰める。
まずはナガレ。
「ウィズランド島は傭兵の仕事が多いとかってやたらプッシュしてきたあの男じゃねーか!」
「はい。あれはあーしっス」
続いてラヴィ。
「掃き溜め街の酒場で、旅券賭けてポーカーしたあの女じゃん!」
「はい。それもあーしっス」
最後にヤルー。
「俺っちに優良契約の在り処教えてきたあの謎のジジイじゃねえか!」
「はい。全部あーしっス」
スゥはすべてを認めて平謝りした。
四人が絶句している中、シエナが尻尾を低い位置で左右に振りながらおずおずとたずねる。
「あ、あの、スゥさん。もしかしてですけど、わ、わたしともずっと昔に会ったことないですか? この島の西の方で……」
「あるっス。シエナさんをご両親の友人のところに誘導したのはあーしっス」
「や、やっぱり!」
シエナは尻尾をピンと立てて大きく空けた口元を手で隠すと俺に目配せしてきた。それで俺にも察しがついた。他のみんなは何のことだか分からないようで、ぽかんとしている。俺とシエナの幼少期の思い出――流行り病で両親を失った彼女が狼形態でオークネルの森をさまよっているところを俺が保護して、しばらくの間『ブランズ・イン』の俺の部屋で共に生活していた件はみんなには秘密にしてあるので当たり前だが。
シエナはあの時、俺の部屋にいることが義母さんにバレそうになったため、迷惑をかけまいと家を出て行った。それからすぐにオークネルのそばで亡き両親の友人と出会い、その縁で人狼の森に移住したと聞いていたが、ずいぶんタイミングよく会うものだと少し不思議に思っていたのだ。
だがそれを手引きした者がいたとなれば合点がいく。スゥは俺がシエナと出会ったときも陰から見守っていたと話していた。
「あの頃にはもうシエナが将来、円卓の騎士になるって分かってたのか?」
近づいてこっそり耳打ちすると、スゥはすぐに首を左右に振った。
「そんなことはないっス。後でシエナさんがスカウトされたときはそりゃもうびっくりしたっスよ」
「ってことは助けたのはただの善意か」
「そうっス。まぁシエナさんはミレウスさんと違って、あーしが助けなくても死んだりしなかったと思うっスけどね」
そこで突然デスパーがポンと手を叩き、背中に担いでいた叶えるもの――第二人格である“悪霊”を発現させている戦斧を手に取った。
「思い出したデスよ。大森林の国で自分にこれをくれた親切な老婆デスね」
「そうっス。それもあーしっス」
「まったく分からなかったデスよ。変装お上手デスね、スゥサン」
「いや、これは変装では……いや、いいっス。なんでもないっス」
現実主義者らしく、スゥは天然野郎に説明することを即座に諦めた。
デスパーは思い出せたことだけで満足したらしくそれ以上何も言わなかったが、そういうことなら聞くべきことが他にもあるはずだ。
それはデスパーの代わりに、ブータが背伸びをして手を上げてたずねた。
「あのぉー。どうしてあの斧をデスパー兄さんに?」
彼は叶えるものの解析をしたことがあるので気になったのだろう。かつて深淵の魔神宮でそれに関する統一戦争期の夢を見ていたので俺には予想がついていた。そしてスゥの答えはそれに反するものではなかった。
「叶えるものはそれを必要とする人の前に、その人に相応しい姿で現れて力を貸す魔力付与の品っス。と言っても一人でに動いたりするわけじゃなくて、周りの人を使ってその人のところにたどり着くんスよ。あーしは前の持ち主である海賊女王のエリザベスさんから託されて、それを二百年前からずっと持ってたんス。ふさわしい持ち主がいなかったんで珠みたいなデフォルトの形状に戻ってたんスけど」
と、手の平に乗るくらいのサイズの球体をジェスチャーで表わすスゥ。ブータが頷くのを確認してから話を続ける。
「それが大陸からの帰還の途で今の斧の形状に変化したんスよ。それで渡すべき相手のところへ行けってあーしに指示してきたから、それに従って大森林の国まで行ったんス。で、そこでこの腕輪をつけてデスパーさんに渡したわけなんすけど、それが失敗だったっスね。まさかあんな人格が発現してデスパーさんの帰還が遅れることになるとは思わなかったスよ。せめてこの島に帰ってきてから渡すべきだったっス」
スゥは留め金のない腕輪を腕から外し、みんなに向かって再度、頭を下げた。
「ホント色々申し訳ないっス。煮るなり焼くなり好きにしてほしいっス」
被害者の会一同はまたも揃って口をつぐみ、土下座スタイルを決めている彼女の後頭部を見下ろした。
俺はスゥのフォローに入るべきか、いくぶん悩んだ。
みんなには謝った方がいいと言ったのは俺である。そうでなくともスゥは謝罪をしただろうが、俺にも責任の一端くらいはあるだろう。それになにより、俺は心情的にスゥの味方だ。
「みんな、怒るのも無理ないけど――」
と、口を挟もうとしたがその前に、ヤルーがバンバンと上機嫌に手を叩いた。
「おいおい、スゥちゃん! 極悪じゃねえか! いいね! 気に入ったぜ!」
ヤルーは顔を上げたスゥの横に屈みこみ、その肩を何度も叩く。
「は、はぁ……」
と、スゥは反応に困ったように答えるだけである。
「まー、あたしも損したわけじゃないから別にいいかなー。あの時のポーカーがデキレースだったって気づかなかったのはショックだけど。スゥちゃん、やるねー」
ラヴィが頭の後ろで手を組んで悔し気に茶化す。
「オイラも気にしてないんだよ! チケットくれてありがとうなんだよ!」
ヂャギーは能天気にスクワットをしている。
「自分も気にしてないデスよ。叶えるものは悪霊のことを除けばいい斧デス。コレクションに加えられて嬉しいデスよ」
ヂャギーに釣られてスクワットを始めたデスパーも似たような反応だった。
思いがけぬ緩い反応に戸惑うスゥ。
彼女が答える前に、話は別の方向へ行く。
「ってかミレウスの生い立ちの方が衝撃だったよな。奴隷工場って」
ナガレがけらけら笑いながら俺の肩を小突く。
「アーヒャッヒャ! 名前の由来もひどすぎるよな! 三十番て!」
ヤルーが笑いながら肩を組んでくる。
他のみんなも、まぁ似たような反応だった。
「境遇が悲惨すぎる。あたしより酷いかも」
「ボクより酷いですねぇ」
孤児であるラヴィとブータが顔を見合わせ苦笑している。
俺はただ一人、これまで一言も発していないリクサのことが気になった。
彼女は話が始まったときから腕組みをして、眉間にしわを寄せて難しい顔をしている。ウルト討伐作戦会議の時に、スゥを責めた彼女の姿を俺は思い出した。
「リ、リクサ、怒ってる?」
「いえ、陛下。とどめ班になるのを嫌がった理由があまりにも予想外なものだったので、驚きはしましたが」
リクサは再び土下座スタイルに戻っていたスゥの前に進み出ると、騎士の作法で片膝を突いた。かつて王に即位したばかりの俺を迎えにきたときにそうしたように。
「顔を上げてください、ガウィス様」
「え、ガ……え?? リ、リクサさん?」
動揺しきった様子でスゥが顔を上げる。
リクサは普段俺に話しかけるときと同じように、礼儀正しく語り掛けた。
「初代円卓の騎士の皆様がいなければこの島は二百年前に滅びています。そんな功労者を責める権利など誰にもありません。それに――」
リクサはふいに後ろを向いて、ブータに視線を投げかけた。
ブータはびくっと肩を震わせて、何事かと自身を指さす。
「今回、彼が見つけたウルトの情報が載った便箋、あれはガウィス様が仕込んだものなのでは?」
「あぁ!」
ブータが文字通り飛び上がって驚きを示す。
「そ、そういえばあの日、スゥ姉さんに城の図書館の特別閲覧室を探せってそれとなく言われたような……」
「やはり。円卓のシステム管理者として、責務を果たそうとしたのですね」
リクサの声には畏敬の念すら感じられた。
しかしスゥの表情は明るくはならない。
「そうっスけど。でもここまでの皆さんの滅亡級危険種との戦いでは何もしてないっス。アスカラとの戦いも、グウネズとの戦いも、イスカさんとの戦いも、ゲアフィリとの戦いも。おかげで皆さん、死ぬほど苦労したと思うっス。許されることじゃないっスよ」
「しかし貴女は二百年間、戦ってきた。そうでしょう?」
あの作戦会議の晩と同じようにリクサは頑なだった。その姿勢は真逆だったが。
「いくつもの円卓を補佐し、何十体もの滅亡級危険種との戦いを影から支えてきた。それはここにいる誰よりも大きな献身です。もし貴女を責める人がいるとしたら、それが後援者であろうとも、円卓の騎士であろうとも、私は絶対に許しません」
リクサは立ち上がり、手を差し伸べた。
スゥはぽかんとしながらその手を取って立ち上がる。
「六代目の円卓の騎士の一員として。あらためて貴女を歓迎します。ガウィス様」
「あ、ありがとうっス。……あの、とりあえず言葉遣いだけは戻してくれないっスかね、リクサさん」
「はい、分かりました。スゥ、これからもよろしく」
そう言われることは想定していたのかリクサはあっさりと対応し、仲のいい同僚に向けるに相応しい自然な微笑みを浮かべた。
緊迫していた部屋の空気が弛緩し、二人の会話を見守っていたみんなの間に笑顔が戻る。
スゥも安心したらしく、ようやく笑顔らしきものを浮かべて俺の横にやってきた。
「いやぁ、怖かったっス。めっちゃ怒られるかと思ったっスよ」
「怒りそうなのが最後に一人残ってるけどね。ほら」
俺は顎でベッドの方を示した。それからそこで栗鼠のように丸まって眠っているイスカの手を引っ張って起こし、スゥの前まで連れていく。
「んあー。なんだぁー?」
イスカはまだ寝ぼけてほとんど目を閉じているが、これはこれで都合がいい。
スゥはやや躊躇った後、『失礼するっス』と小言で呟き、俺にしたときと同じようにイスカの顔を左右から両手でホールドして、流れるように唇を重ねた。そしてこれまた俺のときと同じように舌を入れた――ようである。
ギャラリー達から歓声とも悲鳴ともつかぬ声が上がる。これが斬心刀で消した記憶を治す唯一の方法だということは先ほどの話の中にあったのだが、やはり実際見ると衝撃を受けるらしい。というか、俺もだいぶ衝撃を受けてた。あんなんされたのか、俺は。
「うわー、お、おい、あんな激しくやんのか」
「す、す、すごいですね」
ナガレとシエナは顔を真っ赤にしてあたふたしながらも、二人の接吻を凝視している。
「見えないですよぉ」
「ぶーくんにはちょっと早いからね!」
ヂャギーはブータの両目を手でふさいでいる。意外なところで常識人だ。
「そいや、ミレくんもスゥちゃんとこれやったんだよね。ヤバくない?」
「……まぁスゥさんの方にそういう感情はなさそうなのでノーカンかと」
ラヴィとアザレアさんはひそひそと耳打ちしあっている。
何をされてるのか分かっているのかいないのか、イスカはまったく抵抗しない。元々イスカも祝福のキスだとか言って似たようなことはしてたので、慣れているのかもしれない。
スゥの唇とイスカのそれが離れる。
俺の時とは違ってイスカは倒れたりしなかった。ただ、しばし幻覚でも見ているかのように目の焦点が合わない時間が続いた。
それからイスカは急に目を見開き、スゥの胸に飛び込んだ。
「おかーさんのばかー!!!」
そんなことを叫びながら。
戸惑う俺に、スゥが教えてくれる。
「二百年前、この子が最貧鉱山の地下空洞で目覚めたとき、最初に見たのがあーしだったんスよ。だからこの子の中で刷り込みが起こって、母親と認識するようになったみたいっス。ミレウスさんのこともたまにおとうさんって呼ぶっスよね? あれと一緒っス」
「ああ……そういうこと」
イスカは涙ぐみながらスゥの胸をぽかぽかと殴っている。まぁ二百年ぶりに再会した仲間に――それも母親と慕っている相手に、いきなり記憶を消されたのを思い出したのだから無理もない。
申し訳なさそうに、それでいて愛おしそうに、スゥはイスカの背中に片手を回し、もう片方の手で頭を撫でる。
他のみんながそれをワイワイと取り囲んだ。
「つまりあれか、イスちゃんにとってはミレちゃんが父親でスゥちゃんが母親と。でもミレちゃんにとってもスゥちゃんは母親なんだよな。オークネルにもご母堂がいるしよ! けっけっけ。ずいぶん複雑な家庭環境だな、おい!」
ヤルーの言葉にみんなで笑う。
もっとも俺だけは笑えなかった。視線は談笑するみんなの方に向けたまま、部屋の中央のテーブルの席につき、後ろについてきたアザレアさんに助けを求めるようにたずねる。
「義母さんには円卓の騎士の責務のこととかなんにも言ってないんだよなー。……スゥのこと、なんて説明しよう」
「それを考えるのは女中の領分を超えております、国王陛下」
知らんがな、といった感じの満面の笑顔を浮かべて、恭しく頭を下げるアザレアさん。
俺は顔をしかめて聞き直した。
「女中としてじゃなくて友人として答えてほしいんだけど。なんて説明したらいいと思う?」
「どっちにしろ分かんないって。母親二人持ったことなんてないし。まー、あの放任主義のお義母さんだし、なんて説明しようと問題ないんじゃない?」
「だといいけど」
まぁ少し考えてみるか。直接会って話すか、手紙書くか、まずそこからだけど。
アザレアさんはスゥの方を向いて微笑む。
「でもよかったじゃない。帰ってきたときも皆さんに囲まれて笑ってたけど、あの時よりもずっといい笑顔してるよ、スゥさん」
「……そだね」
俺はテーブルに頬杖をつき、母を見やった。
他の初代の騎士たちが世を去ってから、どれだけの孤独を彼女は感じてきただろうか。
重すぎる使命を一人背負い、心から安らげる時間がほんの僅かでもあっただろうか。
すべてを打ち明けられる仲間を再び得て、彼女が心の平穏を取り戻せたのであれば、息子である俺としてはこれ以上ないことだと言えた。
屈託のない笑みを浮かべる彼女の目元。不眠症によるものであるという目の下の隈が少しだけ――ほんの少しだけ薄くなったように見えたのは、たぶん俺の気のせいではないと思う。
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【第十席 スゥ】
忠誠度:★★★[up!]
親密度:★
恋愛度:★★★★★★★★★★★★★★★[up!]
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お疲れさマッコオオオオオオオオオオオオオイ!!!
はい、この第百四十話を持ちまして第五部は完結になります。
次から第六部との間の幕間に入ります。
コメントをくださったり、評価をしてくださる皆様。いつもありがとうございます。
いや、ホントにありがとうございます。反応があるとやる気がすごく出るのでとても助かってます。
一言感想でも、ちょっぴり気になったことの質問とかでもなんでもいいんでコメントいただけると嬉しいです。
話の方は終わりが見えてきてるようなきてないようなってところですが、きちんと完結させられるようこれからも頑張っていきますので、皆様今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
作者:ティエル