第百二十八話 再度好感度を上げようと思ったのが間違いだった
円卓騎士団第十席のスゥと卵サンドを食べた翌日の昼。
俺は王城にある自室で一人、騎士たちからの好感度が表示された聖剣を眺めて、前日以上に困惑していた。
「やっぱり欠陥だよなぁ。……じゃなきゃおかしい」
一人ごち、首をひねる。
スゥの恋愛度は昨日から半減して三メモリになっていた。
正直、訳が分からない。昨日のスゥは最初こそ緊張した様子を見せていたが、途中からはよく笑っていたし、俺が作った卵サンドにも大喜びだった。まぁ確かに六メモリもあるような好感バリバリの態度ではなかったけれど、少なくとも不快感を覚えているようには見えなかった。
別に今まで円卓の騎士の好感度が下がったことがなかったわけじゃない。でもそれは相手を怒らせてしまったとか俺の方に明らかな落ち度があった時だけだ。昨日のスゥとの交流ではむしろ好感度が上がった手ごたえがあった。あれで好感度が下がるとなると、もはや何も信じられなくなる。
しかしこの聖剣の表示が欠陥か否か知るすべが俺にはない。昨日も同様のことを考えたが、聖剣の力が好感度に依存していることが秘中の秘である以上、誰にも相談することはできない。不本意ではあるが、とりあえずはこの表示が正常なものだと仮定して行動するしかないだろう。
と、すると俺がこれからやるべきことは二つ。
好感度が下がった理由の調査と好感度を上げなおす作業だ。
どちらにしても彼女がどんな人間で何が嫌いで何が好きか、もっとよく知る必要がある。
そんな思案をしていると軽いノックの音がして、ドアの向こうからブータの陽気な声が届いた。
「陛下ぁー、陛下ぁー。今すこしよろしいですかぁー?」
「あ、ちょっと待ってくれ」
俺は慌てて好感度の表示を消すと、入室の許可を出した。それから部屋に入ってきたのは緩み切った顔のブータと、様々な遊具を抱えたヤルーである。
「うえへへへ。陛下ぁ、朗報ですよぉ」
小躍りしそうな調子でブータが見せてきたのは、やたら古そうな開封済みの封筒だった。
一昨日、スゥが帰還した直後に彼らに命じたことを思い出し、俺は驚きと共に開手を打った。
「まさか、もう見つけたのか!?」
「はい! 陛下がお求めになっていた次の滅亡級危険種の情報ですぅ! 城の図書館の特別閲覧室にあったんですよぉ。前に一度探したことのある場所だったのでダメ元だったんですけど、どうも見落としてたみたいでしてぇ」
「よーしよし、よくやったぞ、ブータ! ご褒美に、欲しがってた新しいローブを今度買ってやるからな!」
「えへへへー、やったぁー!」
俺はブータの小さな頭をわしゃわしゃと撫であげると、ぽにょぽにょとしたその顎をさすった。
くすぐったそうに目を細めるブータ。
後方でヤルーがニヤニヤしながら、それを見ている。
「ヤルー、お前もブータと一緒に探してくれたのか」
「いや、俺っちは暇だからミレちゃんと遊びに来ただけ。ブーちゃんとはさっき部屋の前で偶然会った」
「お前にも情報収集を命じたはずだが? 暇なはずないんだが?」
「おおっと、そうだったか? すまん、記憶にないわマジで」
「……サボってただけだろ」
「まさかそんな! この真面目を具現化したような俺っちがサボるだなんて! 邪神バーサス様に誓ってもいい。ホントに記憶にないんだ」
すまんと口にした割に、ヤルーに悪びれた様子は微塵もなかった。元からこいつはこういうことの戦力には数えてないのでいいけれど。
いずれにしてもこんな早期に敵の詳細が判明するとは、実に幸先がいい。
「そうだ。二人に聞きたいんだけど、スゥが好きなものって知ってるか?」
先ほど思案していた内容を思い出し尋ねる。
すると二人は顔を見合わせてからこちらを向いて、揃って答えた。
「卵サンド」
「いや、食べ物以外で」
ブータは首をひねり、ヤルーは得意げに口端を上げた。
「知ってるぜー。あの子、ミレちゃんと一緒で釣りが趣味のはずだぞ」
「ほんとか!? そりゃ好都合……じゃなくて奇遇だな!」
再び顔を見合わせ、怪訝そうな顔をするブータとヤルー。
スゥからの好感度が下がった理由は見当もつかない。
だが同好の士であるならば、好感度を上げなおすのはそう難しくはないはずだ。
☆
そんなわけで、それから一刻ほど後。俺とブータとヤルーとスゥは王城の中庭に広がる池のほとりに立っていた。
「あのぉー、釣りにお誘いいただけたのは光栄ッスけど……ここに、こんな大きな池あったっスかね?」
スゥは俺から竿を受け取ると、困惑を隠しきれない様子でその池を眺めた。いや、池というよりもはや湖と言うべき規模であるが、地図の上では一応まだ池ということになっている。
俺が国王になってからやった最大の職権乱用は何かと聞かれれば、王城にあった池をここまで拡張したことを挙げるだろう。もちろん拡張しただけではなく、淡水で生きる多種多様な魚を放流してある。
「おかげで釣りをいつでも楽しめるわけだね。あ、別に自分の趣味のためだけにやったわけじゃないよ! 城を包囲されたときに内部で食料を自給できれば、ね? ほら、大きいし……籠城戦となれば水を確保してあるか否かが勝負を分けるし……」
ぼそぼそと誰にも聞かれない言い訳をしながら、俺は愛用の竿を取り出した。今日は特にこれといった狙いはなく、引っかかったのを上げるだけの単純な釣りである。餌として使うのはそこらへんにいるミミズ。
好感度を稼ぐためというわけでもないが、スゥの竿の針にミミズをつけてやろうと見てみると、彼女は俺に何を言われるまでもなく自然にそこらにいたのを見つけ出して慣れた手つきでつけていた。釣りが好きというヤルーの情報は嘘ではないらしい。ウキウキとしているのが見て取れる。
「あ、ミレウスさんのにもつけてあげるッスよ。竿、貸してくださいッス」
そんな風に逆にお世話をされてしまう。もっとも彼女の所作は極めて自然で、俺のように相手の好感度を上げようなどという魂胆はまるで感じられなかった。
「しっかしホント凄いッスね、この池。あ、ザリーフィッシュまでいるッス!」
奥の方の水面で甲殻類と魚の合いの子のようなのが跳ねたのを見て、スゥが目を輝かせた。なかなか目ざとい。その上、この島の西部にしかいないあの水棲生物を知っているとは、やはり侮れない。
「いやでも、円卓の騎士の中に同じ趣味の人がいるなんて思わなかったよ」
「え、ミレウスさんも釣りがお好きなんスか?」
「うん。俺の故郷のオークネルは都会的な娯楽はなんもなかったから、釣りと彫刻くらいしかすることがなかったからね。この間、カーウォンダリバーで釣りしてたのも俺の発案さ」
「へぇー。はぁー。なるほどッス。……んじゃ、あーしはあっちの方で狙ってみるッスね」
「あ、ちょっと!」
引き止めようとしたときにはもう遅かった。スゥは竿とバケツを持って池の縁に沿ってすたすたと歩いて行ってしまう。
「うーん、一緒に釣りしながら話がしたかったんだけど……。ま、それは後でいいか」
今は他に考えるべきこともある。
俺はその場に腰を下ろすと竿をしならせ、仕掛けを投げた。それから先ほどブータから受け取った封筒を取り出して、中に入っていた四つ折りの便箋を開く。その内容はこの池のほとりに来た時点で、すでに四人で確認していた。
それは覚書のようなものだった。署名はないが、王都の北西に広がる人狼の森で戦った滅亡級危険種について端的ながら詳細に記されているため、初代円卓の騎士の誰かが残したもので間違いないと思われた。
それによれば、今回の相手は狼型決戦級天聖機械、銀針のウルト。
弱点となる核は口の中。喉の奥にあったという。
強力な電流をまとう性質があり非常に苦戦を強いられたと、事務的な文言でそこには綴られていた。
「最初に戦ったアスカラは蜘蛛型だったし、次に戦ったイスカ――というかあの子の付属パーツは鳥型だったし。天聖機械ってのはみんな動物がモチーフになってんのかな」
それを製作した第一文明期の人間はもう一人もいないので真相は闇の中である。
ついでにもう一つ、答えのなさそうな疑問が頭に浮かぶ。
「そういやなんで他の天聖機械の核ってむき出しになってたんだろうな。急所なんだから、こいつみたいに体の内側に隠しときゃいいのに」
「なーんだミレちゃん、そんなことも知らないのか」
少し離れたところで竿を投げていたヤルーが、小馬鹿にしたように笑いながら歩いてくる。
「天聖機械が核からのエネルギー供給で動いてるってのは知ってんだろ? この場合のエネルギーってのはつまり万能因子である魔力だが、魔力は指向性を与えて働かせた後はクールダウンさせないと再利用できないんだよ。つまり核を完全な内側に作っちまうと、そのうち周囲が使用済みの魔力で埋め尽くされてエネルギー供給できなくなるってわけ」
「……人間が密閉された部屋で呼吸してると酸欠になるみたいに?」
「そういうこった。そのウルトって狼型の決戦級天聖機械は後期型なんじゃねえかな。普段は口を閉じて急所である核を守って、使用済み魔力が溜まってきたら、それこそ呼吸するみたいに口を開いて入れ替えるんだろ」
「さっすがヤルー。何でも知ってるな。よし、ちょっと作戦立てるから知恵を貸してくれ」
「しゃーねえなぁ!」
口ではそう言いつつも、ヤルーはノリノリで俺の横に座った。
それから俺たちは決戦級天聖機械ウルトの詳細が書かれた紙と、人狼の森を含む広域地図を地面に広げて作戦会議を始めた。
「事前にブータを技能拡張しておいて、ウルトが出現した瞬間に《存在否定》をぶちかますってのはどうかな」
「いやー、決戦級天聖機械が相手だと範囲拡大しても核まで届かねーんじゃねーの? 魔神将ならともかくよ。喉の奥だろ? それにブーちゃんがそんな責任まみれの大役、百パー成功させられるとも思えねえし」
俺たちが視線を向けると、少し向こうで釣りをしながら耳を立てていたブータがビクリと肩を震わせた。それからそんなことはできないとばかりに、ぶんぶんと首を左右に振る。
南港湾都市のときは上手く《存在否定》を決めてくれたブータだが、あれは色々な要因が重なってのことだった。あの時と同じように、プレッシャーに弱いこの少年にすべての命運をゆだねるというのはさすがに酷だろう。
「イスちゃんのブレスはどうよ? 最貧鉱山を覆ってた白い雲が南の海で太陽光のエネルギー集めてるんだろ? そろそろいいダメージ出せるようになったんじゃねえの?」
「いや、この間全力で使ってからまだ一年くらいだからな。決戦級を倒せるほどはたまってないらしい。中規模のなら一発くらいは吐けるそうだから、技能拡張してやれば大打撃は間違いないだろうけど」
「んじゃーリクちゃんの【剣閃】はどうよ? アスカラに素打ちしたときは効かなかったけど、あれも拡張すりゃいけんじゃねえの」
「うーん……それも倒せるか微妙なとこだなー。核に直撃させられるならともかく、分厚い遺失合金の皮膚の向こうだし。……でも魔力を削るにはいい手だ。天聖機械は再生でも魔力を消費するんだよな?」
「するする。だから核以外でもダメージを与え続ければ、いつかは魔力切れで口を開けるだろうよ。ほんの一瞬かもしれねーけど」
そう。おそらくウルトが顎を開けて核を晒す時間は長くない。だが一瞬でもあれば、こちらの被害――というか俺の被害――を考慮しなければ、恐らく倒すことができる。
「たぶんだけどさ。俺の視界内でウルトに口を開かせることさえできれば、俺とスゥで倒せると思う」
「ほう? スーちゃんを技能拡張すんのか?」
「うん。核を覆う魔術障壁はそれで十中八九破れると思う。あと必要なのはウルトが口を開くまでダメージを与える方法と、口が開いた一瞬、ウルトの動きを止める方法」
「それなら色々と手は浮かぶぜ。そうだな、例えば――」
ヤルーは悪そうな笑みを浮かべて、あれこれと提案してきた。どれもこれも俺では浮かばないようなえぐい手である。それを聞く俺も、きっと同じように悪そうな顔をしていることだろう。
そこでスゥが俺たちのところに帰ってきた。その手のバケツは魚でいっぱいである。
悪だくみをする俺たちを見て、スゥは苦笑を漏らす。
「いつもこんな風に作戦決めてるんスか?」
「大雑把にはね。細かいところは他のみんなや後援者たちと相談して詰めるけど。……いままでこれでやってこれだけど、まずいかな?」
「いえ、いいと思うッス! なんだかミレウスさんが、みんなと良好な関係が築けてるみたいで凄く嬉しいッスよ!」
スゥは手にしていたバケツをその場に置くと、別の空のバケツを持ってまた池の奥の方のポイントへ歩いて行った。
その背を、ヤルーが警戒を含んだ視線で見送る。
「あいつ、かーちゃんみたいなこと言うな」
「俺の義母さんはあんな優しいこと言わないけどね」
俺は少しだが、感動すら覚えていた。
「なんかヤルーは苦手意識持ってるみたいだけどさ。やっぱり普通のいい子じゃないか。世話好きだし、優しいし。ダメ人間揃いの円卓の騎士の中じゃむしろ異端だ」
「そうかぁー? ホントかぁー? いやー、俺っちは絶対なんか裏があると思うね。クアッド・フェネクス社が次に出す玩具を賭けてもいい」
いまいち納得がいっていない様子のヤルー。
そんな心の汚れた男の事は置いといて、俺は覚書と地図を畳むと自分の竿とバケツを手にスゥの元へと歩いて行った。
「やぁ。よかったら一緒に釣らないか? 君と話したいこと、まだまだあるんだ」
「大歓迎ッスよ! あーしもミレウスさんと話したいことたくさんあるッス!」
スゥは予想通り、快く迎えてくれた。
俺は釣り糸が絡まない程度に距離を置いて彼女の横で胡坐をかく。
そこで一つの予想が頭の中で生まれた。
昨日、スゥの恋愛度が六であるのを見た時点で聖剣の欠陥を疑ったが、実際あの時点のあの表示は誤りで、本当の好感度は三未満だったのではないか。
逆に今日見た恋愛度が三という表示は正しかったのではないか。
つまりスゥの恋愛度は昨日の交流で六から三に下がったのではなく、三未満だったのが三に上がったのではないか。
そう考えると合点がいく。そうだ、そうに違いない。昨日の手ごたえはやはり間違っていなかったのだ。
「楽しいッスね、ミレウスさん」
俺の方を向いてにっこりと微笑むスゥ。ヤルーが言っていたような裏があるとはとても思えない。
彼女に釣られて俺も笑顔になっていた。
今日もまた良好な関係が築けているという手ごたえを感じていた。
たぶん。いや、きっと。好感度も上昇していることだろう。
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【第三席 ブータ】
忠誠度:★★★★★★
親密度:★★★★
恋愛度:★★★★★★[up!]
【第九席 ヤルー】
忠誠度:★★
親密度:★★★★★★★★[up!]
恋愛度:★★★★
【第十席 スゥ】
忠誠度:
親密度:
恋愛度:[down!]
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