第十一話 土精霊を助けようとしたのが間違いだった
「ミレちゃん。とりあえず、その野獣に臨戦態勢解くように言ってくれよ。でなきゃ落ち着いて話もできねえよ」
カーナーヴォン遺跡の第四階層で、円卓騎士団第九席のヤルーは肩をすくめてそう言った。
いつの間にか【瞬間転移装着】したと思われる純白の全身鎧と全面兜で守りを固めている。
そういえば、あれらの防具には同じ円卓の騎士からの攻撃を防ぐ効果があるんだった。先ほどの不意の一撃には間に合わなかったようだけど。
シエナはまだガルルと唸り声を上げてヤルーを睨みつけている。
「貴方が主さまに害を与えないと約束するなら、とりあえず王都に戻るまでは生かしておいてあげます」
「おいおい、この愛と平等の使者、ヤルー様に害なんてあるものかよ」
その軽口にシエナは懐から護身用ナイフを取り出すことで応えた。
「女神アールディア様は言っておられます……汝、慈悲深く他者と接しなさい。ただしマジでムカついた時は別だ、と」
「やっぱ怖えよ、その宗教」
ナイフが宙を飛び、全面兜に弾かれる『カン!』という軽い音があたりに響いた。
「ひゃーおっかねえ。躊躇なく顔面狙ってきやがった」
「次はその兜を外させてから攻撃します」
シエナが続けて小ぶりなナタを取り出したのを見て、俺はさすがに止めに入った。
「き、気持ちは分かるけど、ここは俺の顔を立てて抑えてくれ。頼むよ」
「……主さまがそう仰るなら」
渋々といった様子で武器を収めるシエナ。
それを確認したヤルーは【瞬間転移装着】を解除し、元のローブ服姿に戻った。
「そんじゃさっさと遺跡を出ようぜ。ずっと地下に潜ってると、気が滅入るぜ」
「その前に、さっきのとこの水を止めてやるべきだろ。よく知らないけど、部屋が完全に水没したら土精霊は死んじゃったりするんじゃないか?」
「んなこたないがね。そうなると機能停止して動かなくなるね、あいつら」
別にそれはさしたる問題ではない、とヤルーは続ける。
「落ちてくる水の量とあそこの広さから計算して、しばらくは平気そうだったからな。どうせ召喚可能回数は決まってるし、水没する前に使い切ればいいさ」
[精霊使い]は精霊の友というこれまでの認識が、がらがらと音を立てて崩れていく。
こいつ、完全に道具としてしか見ていない。
一人だけ事情が掴めてないようなので、先ほどの経緯をシエナに説明してやる。
もちろん彼女は大いに憤慨した。
「あ、ありえないです! 相変わらずですね、この精霊詐欺士は!」
詰め寄るシエナをどうどうとなだめ、ヤルーは言い訳を並べた。
「でもさー。どうせ雨水かなんかだろ? 俺っち達にどうこうできるようなもんじゃねえと思うんだよな。水がなくなりゃまた活動再開するし、絶対に使いたいってほどの精霊でもないし、なにより精霊のためになんかしてやるのなんて正直癪だし」
「最後のが一番の本音だな……」
やはり人情に訴える方向では動かせないタイプらしい。
ならば合理的な方向で攻めるか。
「精霊ってのは引越しさせられないのか? 水が来ない別の場所に移動してもらえば……」
「無理無理。あいつら、そういう生き物じゃない。選んだ土地を自分の棲みやすい環境に完全に作り変えるまでは、テコでも動かない。それこそ召喚するか討伐するかでもしなけりゃな」
だとすると、やはり水を止めるしかないか。
あの落ちてくる水の量を見る限り、そんな凄い水源でもなさそうだし、無理ってことはなさそうだが。
「とりあえず水がどこから来てるか確かめるだけでも、やってみる価値はあるんじゃないか? 簡単に水が止められるようなら、ヤルーにとっても悪いことじゃないだろ」
「そうねぇ……そうだねぇ……」
なにやら計算してるような顔をしている。
「しゃーねえ。ミレちゃんにそこまで言われちゃな。付き合ってやっても構わんよ、うん」
いつの間にか、俺が水を止めるような流れになってないか。
☆
とりあえず土精霊がいた大部屋の真上、すなわち第三階層を目指すことになった。
上の階層へ行く手段を探して遺跡の中を【地図作成】しながら、三人でうろつく。
そこでふと思ったのだが。
「ヤルーがこの階層に降りてくるときに使った階段はどうしたんだ?」
「一方通行だよ。ここは元々防衛用の砦だったから、そういう備えもあるわけよ」
なるほど。それで土精霊と契約を果たした後、来た道を戻らずに先へ進んだのか、と一人納得する。
一方通行の階段というのがどういうものなのかは想像できない。
結局、半刻ほど時間を費やしたが、これといって特筆すべき出来事もなく、上の階層から垂れている縄梯子を発見することができた。
階層移動の罠で短縮してしまったので、俺にとっては初となる第三階層へと足を踏み入れる。
しかし階を上ったからと言ってなにかが変わるわけでもなく、ただ罠を踏まないように気をつけて歩くだけの時間が続く。
最初こそ[冒険者]になったような気がしてわくわくしたものの、次第に退屈になってきた。
「……本当に罠以外に何もないんだな、この迷宮」
分かっていたことではあるのだが。
水を吐き出す危険種が水源、なんてことはどうやらなさそうだ。
「さーて、この辺だと思うんだけどな」
大きな十字路でヤルーが立ち止まり、作成した第三階層と第四階層の地図を見比べる。
確かに、土精霊の部屋の真上はもうすぐのようだった。
「ここからはちょいと道案内を頼むかね。あいつアホだから、あんま召喚びたくないんだけど。……ミレちゃん、これ持っといてくれ」
手持ち灯に続き、地図まで押し付けられる。
ヤルーは腰につけた革袋を手にとって、その口を開く。どうやら水で満たされているらしい。
もう片方の手では例の優良契約とかいう名の分厚い魔導書を開いている。
「債権と共に我はあり。債務と共に汝あり」
なんだか酷い呪文を唱え始める。
「契約に従い――自己責任で――我が呼び声に応えよ、水精霊!」
呪文の完成と共に革袋の中から水がひとりでに立ち上がり、美しい少女の形を取った。
これが水の乙女の異名をとる水精霊なのか。
きょろきょろと不思議そうに辺りを見渡す様は、まるでよくできた人形のようだ。
「よう、この辺で水がたくさんある方向はどっちだ?」
ヤルーは土精霊のときと同じように、気さくに話しかける。
水精霊はそれに対し、口から水を吐くことで応えた。
バシャっとヤルーの顔がずぶ濡れになる。
「……この辺で、水がたくさんある方向は、どっちだ」
けらけらと面白がる水精霊に対し、ヤルーは根気強く問いかけた。
水の乙女は前方を指差すと、水しぶきをあげて革袋の中へ隠れてしまう。
「こいつ、嘘はつかないんだが、なかなか答えようとしないんだよな。マジ使えねえ」
ヤルーの愚痴はさておいて。
水精霊の指示に従って十字路を前に進むと、大部屋に出た。
入ってすぐのところに段差があり、その下は溜め池のようになっている。水量は腰の高さくらいまでだ。
その水の中に一抱えほどはある岩石があちこちに散らばっていた。どうやら奥の岩壁の一部が崩落したらしい。
ここの水が下に浸透してるようだ。溜め池の底は窺えないが、たぶん亀裂が入っているのだろう。
この水を取り除ければ、とりあえず土精霊の部屋が水没することはなくなるはず。もしくはここに水が溜まる原因を解消できれば、か。
長い目で考えれば後者の方がいいだろう。前者は一次しのぎにしかならない。
「はっはぁ! そういうことね、はいはい!」
部屋の様子を見て考え込んでいたヤルーが、手を叩いた。事件の真相にたどり着いた、探偵のごとく。
「あれ見てみ、ミレちゃん。あれが今回の犯人だよ」
ヤルーが指差したのは、水の中に半分漬かっている一抱えほどはある岩石のうちの一つ。
よく見ると、そのあたりの水面が沸き立つように定期的に動いている。
沸き立つというより、湧いているのか、あれは。
「湧き水……?」
「違う違う。ありゃ温水の罠だ。踏むと生ぬるいお湯が吹き出して、食料やら地図やらをダメにするっていうクッソ地味な罠。どうせ踏ませたんなら、もっと危険な効果つけろよランキング第三位。ちなみに階層移動の罠は第八位だ。こんなん作るのも無駄に手間がかかるだろうに、第三文明期の連中は何考えてたんだろうなー」
それを聞いてシエナが『あ、そうか』と両手を合わせた。
「その罠が岩で踏みっぱなしになってるから、水がこんなに溜まったんだ!」
「シエちゃん、正解。えらいえらい」
ヤルーは彼女の獣耳つきの頭を撫でようとして、逆にその手に噛み付かれそうになった。
「さーて、原因は分かったし、あとはあの岩を排除するだけだな。ミレちゃん、頼むわ」
「ええー……」
まぁそうくるだろうとは思っていたが。
「だってよー。この水じゃ使えんの水精霊くらいだけど、こいつ非力なんだもんよ。そんな大きな岩、動かすなんて無理無理」
「俺だって無理だって! あんなんどうにかできるのはヂャギーくらいのもんだろ!」
と反論したが、ヂャギーにできるというのであれば。
「……いや、動かすだけなら、俺にもできる……かも」
「お、マジかミレちゃん! さすが王様! 大統領!」
ウィズランド王国は大統領制ではないぞ。
溜め池に足を踏み入れ、問題の岩のところへ行く。
間近で見ると、思った以上に大きく感じた。
両手を回してみるが、岩の円周の半分くらいまでしか届かない。
すると突然、俺の周囲の水がさっと後ろに下がり、地面の岩肌が円形に露出した。
先ほど見た水精霊が水の中から顔を出し、投げキスを寄越してくる。
「水を分けてやりやすいようにしてやったよ。そーら、がんばれがんばれ」
ヤルーの仕業のようだ。
確かにこれでいくらか動きやすくはなった。
腰に帯びた聖剣を意識して、念じる。
思い浮かべたのは先日、盗賊ギルドで力比べをしたときのバケツヘルムの[暗黒騎士]、ヂャギーだった。
その固有スキル、【自傷強化】を借り受ける。
全身に力が漲る。
筋肉の一本一本が膨張するのが分かる。
ヂャギーが使ったときは自傷効果がすぐに出ていたが、俺はそうではなかった。
どうやら聖剣の鞘が未来へ飛ばしたらしい。
この手の自分を傷つける類の行動も効果の対象とは意外だった。
「んぎぎぎぎ!!」
力は明らかに増している。
生涯、これ以上はないというほどの怪力を出せている。
しかし岩石は動かなかった。
ヂャギーであればいけたと思うのだが、元々の体格が違いすぎたか。
「頭使えよ、ミレちゃん。テコ使うとかあるだろう。人間なんだからさ」
じゃあお前が都合のいい棒を用意してこい――と反論しようとしたが、腰にまさにちょうどいいのがあることに気がついた。
近くに落ちている拳大くらいの石を岩の下にセットし、その両者の間に聖剣の鞘を差し込む。
魔力付与の品の鞘だ。さすがに折れるなんてことはないだろう。
全体重をかけて聖剣の鞘を下に押す。
岩がぐらりと動きかけた。
「お、お手伝いします!」
段差の上からシエナが跳んでくる。
彼女は俺の手に手を重ね、聖剣の鞘に体重をかけた。
岩が僅かに浮く。
あと少しだ。
「がんばれ、がんばれ」
段差の上からヤルーが気楽そうに声援を飛ばしてきた。
誰のためにやってると思っているのか。
「お前も少しは手伝えよ……!」
その怒りの声と共に浮き始めた岩に体を押し付け、渾身の力で奥へと押す。
ごろんと転がる音がした。
☆
温水の罠を解除してから、しばらく後。
陽が沈む少し前に俺達は無事にカーナーヴォン遺跡を脱出し、綺麗な円形の湖のほとりに立っていた。
半日ぶりの外の空気は美味い。
「まったく。王様が即位したとは聞いてたが、こんなお人よしだとは思ってなかったぜ。たいしたもんだとは思うけどよ」
ヤルーが近くの小石を拾い、横投げで湖に放った。
十回くらい湖面で跳ねてから、ポチャンと沈む。
「俺もまさか円卓の騎士がこんな面倒なヤツ揃いだとは思ってなかったよ」
地面に座り込み呟くが、背後からの視線に気付いて慌てて訂正する。
「い、いや、もちろんシエナは違うけどね。さっきもだけど、シエナにはいつも助けられてばかりだし」
「そ、そうですか……?」
俺の背後に陣取っていた獣耳少女は、沈む夕日とは無関係に頬を紅潮させていた。
まぁ正直言うと、相手が相手とはいえ、あんな過激なことをする子だとは思ってなかったので若干引いたけど。
「しかし完璧な円形だよな、この湖。まるで人工的に作られたみたいだ」
話題を変えるために言ってみたが、意外にもヤルーが乗ってきた。
「そりゃ半分当たりだよ。これは大きな爆発跡に川から流入した水が溜まったもんだ」
「……魔術か魔法の痕跡ってことか?」
「恐らくね」
ヤルーは再び、水切りに挑戦する。
今度は湖面に当たって大きく跳ね、すぐに沈んでしまった。
「ウィズランド島を旅してるとな、こんな感じの古戦場跡がいくつも見つかるんだ。その多くは二百年前……統一戦争期のものなんだが、いったい誰が、誰を相手に、こんな馬鹿げた規模の爆発を起こしたんだろうな」
ヤルーの言葉は何かを示唆しているかのようだったが、俺にはその真意が読み取れなかった。
まぁいい。目的は果たした。
「それじゃ王都に来てもらうぞ、ヤルー。これでやっと円卓会議の表決を可決させるのに必要な人数が揃った――」
と話しながら隣を向くと。
ヤルーの体が宙に浮いていた。その周囲を全裸の半透明な女性が舞っている。
風精霊だ。契約者に飛行を可能にするという。
「わりぃな、ミレちゃん。外に出ちまえばこっちのもんよ」
ニヤニヤ笑いを浮かべたヤルーの体は、どんどん浮かび上がっていく。
「この詐欺師!」
罵り声を上げて、シエナが護身用ナイフを投擲する。
しかしそれは風精霊が吹かせた突風で、弾かれる。
「あーひゃっひゃっひゃ! 愛と平等の邪神、バーサス様の加護がお前たちにもありますように!」
飛び去っていくヤルーの姿はすぐに小さくなって、俺達はただそれを見送るしかなかった。
「あ、まずい」
折り悪く、聖剣の鞘の効果で遅延させていた【自傷強化】の反動が襲ってくる。
全身に刀傷が走り、血が吹き出す。
ヂャギーはよくこんな痛みの中で力比べができたものだと感心しながら、倒れこむ。
俺を気遣うシエナの声。
痛みに薄れ行く意識の中で、今度会ったら絶対タダじゃ済まさないと俺は心に誓ったのだった。
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【第九席 ヤルー】
忠誠度:
親密度:★[up!]
恋愛度:
【第十三席 シエナ】
忠誠度:★★
親密度:★★[up!]
恋愛度:★★
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