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第百二十七話 好感度を上げようと思ったのが間違いだった

 円卓騎士団第十席のスゥが帰還した翌日の昼、俺は王城にある自室で一人、酷く困惑していた。


「……これ、やっぱり欠陥(バグ)だよなぁ?」


 その時俺は十二に分かれた蛇腹(じゃばら)のような聖剣の刃に、円卓の騎士たちからの好感度を表示していた。

 十二の刃の上から順に席次が高い騎士のもので、忠誠度を表す緑の光、親密度を表す青の光、恋愛度を表す赤の光の三つがそれぞれの刃に灯っているのだが、その上から九番目、スゥからの好感度の表示が問題だった。


 これまでの経験上、好感度は出会ってすぐが最も上がりやすい。特に最初の一月くらいは伸び幅が大きいのだが、会った初日はいずれかのメモリが一つか二つ伸びている程度が普通だった。




 しかしスゥの恋愛度はすでに六つもメモリが伸びていた。




 忠誠度と親密度はまったく伸びていない。つまり国王や友人としてはまだ何の好印象も持っていないが、純粋に一人の人間としては大きな好意を持ってくれているということになる。


「そんなに俺、好印象を与えたか? いや、そんなわけないと思うけどなぁ」


 六メモリの恋愛度というのは、俺に明確な好意を示してくれているラヴィのような者たちほどではないにしろ相当な量である。俺がスゥの好みのドストライクだったという可能性もなくはないが、昨日彼女と話した感じ、そういう風ではなかったと思う。


 これまでにこういう例外的(イレギュラー)な上がり方をしたのは、リクサの忠誠度くらいだ。あれは彼女が国王というものに対して妄信的な理想像を抱いていたからだが、スゥも同じように特別な事情があって、俺のことを物凄くいい人だと思い込んでいたりするのだろうか。


「……いや、やっぱ聖剣の欠陥(バグ)のような気がするんだよなぁ」


 こういうときに相談できる相手がいないのは困りものである。


 聖剣の力が円卓の騎士からの好感度に依存していることは歴代の国王の間で引き継がれている極秘事項だ。だから円卓の騎士のみんなはもちろん、後援者(パトロン)の誰かに相談するわけにもいかない。


 これを作った初代円卓の騎士たちに直接聞ければ一番いいのだが、今の時代まで生きているのは二人しかおらず、その片割れである魔術師マーリアは今どこにいるか分からないし、もう片方のイスカは聖剣の力については何一つ知らない。

 マーリアは円卓のシステムを監視してメンテナンスや修正を行う『システム管理者』なる人物を用意しておいたと話していたが、寿命が来て死んだのか、はたまた別の理由があるのか、そいつは俺に接触してこないし。


「ま、アレだ。この表示が欠陥(バグ)じゃなかったらラッキー! って、くらいの気持ちでいるか」


 ナガレも最初から恋愛度が高かったが、態度には歪んだ形でしか出ていなかった。表面的な反応と実際の好感度が一致しないことは、意外とよくあることなのかもしれない。


 そう割り切った俺は呪文を唱えて聖剣から好感度の表示を消すと、執事を呼んで王都の安宿に住んでいるというスゥを連れてくるよう頼んだ。


 部屋のドアが控えめに三回ノックされたのは、それから半刻ほど後である。


「はーい、どうぞ」


「失礼するッス」


 金髪ツインテールの浅黒い肌の少女、スゥがドアを開けて入ってくる。昨日と変わらず両目の下の(くま)が凄い。そういえば昨日スゥが現れた時、古参の騎士の連中は誰一人として、この(くま)についてたずねたりしなかった。ということは、たぶんこれは寝不足でできたのではなく、元々こういう顔なのだろう。


 俺は愛想よく見えるよう、とっておきの笑顔を浮かべて彼女を出迎えた。


「やぁやぁ、よく来てくれたね。さぁ座って座って」


 部屋の中心にある丸テーブル。それを囲む席の一つに彼女を座らせると、俺はその向かいの席に腰を下ろした。そこで冬用の女中(メイド)服を着たアザレアさんが紅茶と焼き菓子を持ってきて、テーブルの上に置いてペコリと頭を下げて辞去していく。


 スゥは両足を揃えて膝の上に両手を置き、湯気を上げる紅茶の水面をじっと見ていた。礼儀正しいというより緊張しているように見える。


「あのぉ、ご用件はなんっスかね?」


「いや、たいしたことじゃないんだ。ただ君と二人でゆっくり話がしたいと思ってさ。これから一緒に仕事をしていくわけだし親睦(しんぼく)を深めたいなと」


 仕事をするのに必要なこと――円卓の責務やら、歴史の真実やら、聖剣の力やら、イスカの事情やら、デスパーの悪霊の件やら、彼女が大陸に行ってからのあれこれやらは、すでに昨日のうちに話しておいた。だから今日はプライベートな話に集中できる。


 聞きたいことは山ほどあった。

 しかしやはり、まずはこれだろう。


「スゥはどこの出身?」


「大陸の北東の方ッス。紛争で国境がぐっちゃぐちゃになってた辺りなんで、どこの国かはちょっと分からないッスけど。ミレウスさんは?」


「この島の西部のオークネルって村だよ。……ド田舎だから知らないだろうけど。あ、飲んでいいよ、紅茶」


 勧めたが、俺が紅茶を飲むまでスゥは自身のティーカップに口をつけなかった。焼き菓子も同様に手をつけようとしないので、俺が先にバリボリと食べてみせる。それで彼女もようやく手を伸ばした。なんだか緊張を通り越して警戒してるような素振りである。


「ふーむ。しかし、そっか。大陸出身か。もしかして、この島の西部地方かなーと思ってたんだけど」


「どうしてッス?」


「いや、なんだか君とは他人のような気がしなくてさ。前にどこかで会ってたかなーと思ったんだけど、やっぱり初対面だよな。ごめん、今のは忘れてくれ」


 キョトンとした顔をするスゥに手を振って誤魔化す。

 もし以前に会ったことがあるのなら、例の高すぎる恋愛度についても説明がつくと思ったのだが、やはりそんな簡単な話ではないようだった。

 可愛らしい顔で特徴的な喋り方をする少女だ。一度会ったら忘れそうにないが、俺にはまったく見覚えがない。


「ウィズランド島に来たのは、どうして?」


「あーし、物心ついたときには奴隷工場にいたんすよ。あ、奴隷工場っていうのは紛争で親を亡くした子供とか、親元からさらってきた赤子なんかを奴隷として売れる年齢まで育てる非合法施設ッス。そこで四歳か五歳くらいまで育ったんスけど、出荷される寸前に拳法の達人がやって来て、その施設を運営してる非合法組織ごとぶっ潰したんス。で、あーし、その人に弟子入りして拳法習うついでに育ててもらったんスけど、何年かしたら一人前になったからって言われて突然置いていかれて、それからは一人で傭兵やら冒険者やら賞金稼ぎやらして口に(のり)してたッス。この島に渡って来たのは仕事が多いって聞いたからで、四年か五年か前のことッスね」


「……なかなか壮絶な人生だね。えーと、スゥは誰から円卓の騎士にスカウトされたのかな」


「レイドさんッス」


「ああ、あいつなんだ……」


 この少女があのザリガニにスカウトされるところを思い浮かべて、俺は苦笑いを浮かべた。


「あいつがつけてるあの緑色のマント。あれって確か俺の匿名希望(インコグニート)と同じで、つけてると自分の姿を普通の人間みたいに偽装できるんだよな。同じ円卓の騎士や魔力が強い者には効果がないらしいけど。スゥが初めて会ったときはどっちに見えたの?」


「普通の人間の姿ッス。あーしが円卓の椅子についた途端にザリガニの姿に変わったから腰抜かすかと思うくらいビビったッス」


「そりゃそうだ」


 その場面を想像して俺は噴き出した。スゥもその時のことを思い出したのか一緒になって笑った。

 まだ彼女に硬いところは残っているが、悪くはない雰囲気である。


「俺ばっかり聞くのもなんだな。スゥはなにか俺に聞きたいことある?」


「え。聞きたいことッスか?」


「そう、なんでもいいよ。やっぱりお互いのことを知るのが、友好を深める最良の方法だからね」


「そうッスねぇ」


 スゥはそのツインテールを両手でいじって、少し考えるような素振りを見せる。

 それから出てきた問いは、こちらの予想の遥か斜め上だった。


「旧地下水路を封鎖したって、ホントッスか?」


「え? ……あ、ああ。変わったタイプの下位魔神(レッサーデーモン)が出るようになったからね。ごくたまにだけど。たいして強くもないから、危険ってほどでもないんだけどね」


 思い出すのは今年の夏にラヴィと共に『ルドの埋蔵金』を探してあの地下坑道を歩いたときのことだ。

 あの時、爆発して酸をまき散らす奇妙な下位魔神(レッサーデーモン)遭遇戦(エンカウント)したが、あれからあれと似たようなのと遭遇したという報告が月に一度ほどの頻度で入るようになったのだ。


「封鎖って言っても、国もあそこの出入り口をすべて把握してるわけじゃないからさ。あの通路の利用を控えるように布告しただけなんだけど、あそこを利用してるのはだいたいろくでもない連中だからあまり守られてないと思う。それがどうかした?」


「いえ、的確な指示だと思うッス。さすが聖剣に選ばれた王様ッス」


 なぜだか褒められたが、こんな会話で好感度が上がるのだろうか。

 俺は再び彼女のことに話を戻す。


「そういや前にみんなから君の(ジョブ)を聞いたな。えーと」


「[達人(マーシャルマスター)]ッス」


「それそれ。上位魔神(グレーターデーモン)の腕を素手でへし折るとか聞いたけど……ホント?」


 彼女の体格は同年代の同性の子たちと比べても華奢な方だ。(ジョブ)によるステータス補正があるにしても正直信じがたいことだったのだが、スゥは当然のように(うなず)いた。そして部屋を見渡し、壁際の棚に置いてあったティーポットくらいの木材を指さす。城の中庭に落ちてたのを、後で彫刻でもしようかと思って拾ったものだ。


「ミレウスさん。アレ、壊してもいいですか?」


「え? あ、ああ。いいよ」


 木材を取ってきてスゥに手渡す。


 彼女はそれをテーブルの上に置くと、さらにその上に紅茶の入ったティーカップを乗せた。

 そして深呼吸を数回繰り返す。


「そんじゃ、いくッス」


 ティーカップの上に右手の手のひらをゆっくりと乗せ、目を閉じるスゥ。


 次の瞬間、彼女の口から空気が一気に吐き出されたかと思うと、木材だけが粉々に砕け散った。木材の上にあったティーカップも、下にあったテーブルも無傷である。


 支えを失ったティーカップが落ちる前にスゥは素早くそれをキャッチした。

 目を丸くする俺の方を向いて、解説をしてくれる。


「【爆勁(ばくけい)】ッス。打撃力を浸透(しんとう)させて任意の箇所で爆発させるスキルで、厚い鎧を着た相手とかに特に有効ッス。大陸東方で生まれた技らしいッスよ」


「いいね! すごく役に立ちそうだ」


 素手で戦えるスキルを借りられるようになれば、俺の戦術の幅も広がるというものだ。


 俺の賛辞を受けて、スゥは年相応にはにかんで見せた。

 そこで正午を知らせる城の鐘が鳴る。


「そうだ。いいもの見せてもらったし、昼食奢るよ。って言っても、城の料理人(シェフ)に作ってもらうだけだけど。何か好きな食べ物はある?」


「そうッスねぇ。あーしは卵サンドが好きっすね。マヨネーズたっぷりの」


「卵サンド! そりゃ好都合……じゃなくて奇遇だね」


「奇遇? 何がッスか?」


「いや、ふっふ、ちょっとそこで雑誌でも読んで待っててくれるかな」


 不思議そうな顔をするスゥにそう言い残すと、俺は王城内の調理室へ走っていった。そして最高速度で二人分の昼食を作ると、トレイに載せて自室に戻る。


「実は俺も卵サンドが好きでね。一番の得意料理でもあるんだ。食べてみてよ」


 トレイから卵サンドとサラダが載った皿をテーブルに移して、彼女を(うなが)す。


 スゥは恐縮したように何度も頭を下げてから、卵サンドを頬張り、そして目を丸くした。


「おいしいッス! あーしの好みのぴったりッスよ、これ!」


 ぶんぶんと顔を左右に振るスゥ。ツインテールがそれに追随して左右に行ったり来たりする。どうやら嬉しいときの仕草らしい。

 味に自信はあったが、お気に召してよかった。


「ゆで卵じゃなくてスクランブルエッグから作るのがミソなんだ。あと塩とマヨネーズの加減だね」


「へぇ。これ、どこで習ったんスか?」


「たぶん義母(かあ)さんに教えてもらったんじゃないかな。ああ、義母(かあ)さんって言っても育ての親だけどね。俺も君と同じで孤児みたいなもんなんだ」


「そうなんスか。なんだか親近感()くッス」


 それから俺たちは色々な話をしながら昼食を共にした。


 やはりこの子は円卓の騎士の中ではすごくまともな方だ。いや円卓の騎士とか抜きにしても、常識的な人格の持ち主と言える。

 ヤルーのやつは、何を考えているか分からないからとか言う理由でこの子に苦手意識を持っていた。だがそれはあいつの性根が腐っているからこういう普通の子の気持ちが分からずそう感じるのだろう。


「あ、ミレウスさん。口元にマヨネーズついてるッスよ」


 と、ハンカチでスゥにそれをぬぐってもらうくだりもあったりして。

 昼食を食べ終わる頃にはもう俺たちはすっかり打ち解けていた。


「スゥ。いつでもいいから、これからも遊びに来てくれないかな。俺は君と仲良くなりたいんだ。王と臣下として、友達として、それから一人の人間としてね」


「もちろんッス。嬉しいッスよ、ミレウスさん」


 にっこりと屈託のない笑顔を浮かべるスゥ。


 これは更に好感度がアップしたこと間違いなしだろう。

 この子とは上手くやっていけそうだと俺は確信していた。


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【第十席 スゥ】

忠誠度:

親密度:

恋愛度:★★★[down!]

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