第百二十六話 可愛らしい女の子だと思ったのが間違いだった
ウィズランド王国では河川でのサケ釣りは法律で全面的に禁止されている。
資源の保護が目的であるが、この島の固有種であるアカイロコモリサケは海から川に遡上した後に最も美味になるため、密漁者が後を絶たない。
秋の終わりとも、冬の初めともつかぬ、冷え込んだある日。
俺は九人の円卓の騎士とアザレアさんと共に、王都の西を流れる雄大なるカーウォンダリバーの川岸で、堂々とそのアカイロコモリサケ釣りを楽しんでいた。
「もちろん資源調査って名目だけどね! いやー、やってみたかったんだよね、川でのサケ釣り。なってよかった、王様に!」
上機嫌のあまり、説明的な台詞を一人で口走る。
「あ、あの、主さま、誰に向かってお話されてるんですか……?」
俺と同じように釣り竿を握っているシエナが横から怪訝そうに、かつどこか気味悪げに視線を投げかけてくる。
しかし俺は動じない。
「気にしない方がいいよ、シエナちゃん。ミレくんたまにそういうモード入るから」
シエナとは逆の隣にいるラヴィが竿をしゃくって水面下の疑似餌を動かしながら言った。
やはり俺は動じない。上機嫌だからだ。
「お、ブータ。当たりきてるぞ」
「え! わわ、ホントだぁ! ど、どうすればいいですか陛下ぁ!」
「慌てなくていいよ。アカイロコモリサケは向こうアワセで掛かるから。そう、竿を立てて、ゆっくりリールを巻いて――」
俺は自分の竿をシエナに預けて、ブータの手伝いをしてやった。
そのうち背中側は赤黒色、腹側は黄色の綺麗な魚が糸に引かれて近くの水面に現れたので、たも網ですくってやる。持ち上げるのが大変なくらいの立派なサイズだった。
「あ、あ! 陛下! 私の竿にも当たりが!」
「よーし。任せろ、リクサ」
ブータと同じようにリクサの引き上げも手伝ってやると、これまた見事なアカイロコモリサケが針に掛かっていた。
「楽しいですねぇ、リクサ姉さん!」
「ええ、ブータ。本当に」
それぞれ釣り上げた魚をご満悦な様子で両手で抱えて、擬似投影機で記念撮影をするブータとリクサ。
楽しそうでなによりである。
釣果は今のところ俺が断トツだった。去年の誕生日にみんなにプレゼントしてもらったお高い釣り竿の効果もないとは言わないが、そもそも川釣り名人の俺が負けるはずはないのだ。去年の夏に我が故郷オークネルで男連中と釣り大会をした時はヂャギーに優勝を掻っ攫われてしまったが、あれは不幸な事故のようなものなのでノーカウントである。
端から勝負になるとは思っていなかったので今回は大会形式にはしていない。そんな理由もあってかメンバーの半分ほどは早々に釣るのを切り上げて、河原の奥に用意した焚火を囲んで釣った魚を食べる方向にシフトしていた。
「あー、イスカちゃんダメだよ。まだそれ生焼けだよ」
「なまでもへいきだぞー」
串に刺したアカイロコモリサケの身にかぶりついているのはイスカであり、いつものようにその面倒を見ているのはアザレアさんである。
去年の夏に釣ったゴールドカブトアユはほぼすべての個体が一年で海から生まれた川へと帰ってきて産卵するが、アカイロコモリサケは一年から五、六年ほどとばらつきがある。そのためサイズもばらけており、先ほどブータやリクサが釣ったような大物からイスカが今食っているような小ぶりの物までいる。
「おーい、王サマ! 追加の魚早くしてくれヨ!」
「ミレちゃん、食うペースに負けてんぞ! がんばれよ!」
バターホイル焼きにした大物を食べながらデスパー……というか悪霊と、ヤルーが急かしてきた。俺はやれやれと嘆息しながら、釣りあげた魚で満杯のバケツを持って焚火の方に歩いて行く。
そこではヂャギーとナガレも鋳鉄製万能鍋でムニエルにしたサケを美味そうに食っていた。
「白いご飯が欲しくなるんだよ!」
「そうだなー。飯盒持ってくりゃよかったな。あと酒」
お気に召したようでなによりである。しかしそれも当然の話だ。産卵を控えたこの時期のアカイロコモリサケはカワワカメや自走式擬態茸と並んでウィズランド島の隠れ三大珍味の一つとされている。そりゃ美味いに決まっていた。
「うー、しかし冷えるな、今日は」
焚火に近づき、その温かさに触れるとそれを痛感した。
俺もみんなもだいぶ厚着をしているが川べりの寒さは予想以上であり、十分な装備だったとは言い難い。
「そっちのみんなも少し火にあたろうよ。釣った魚も食べよう」
そう声を掛けると、まだ釣りを続けていた四人も自分の釣った魚を持ってこちらへやってきた。全員で焚火を囲んで談笑しながら鮭を食う。
そして釣り上げた鮭が尽きかけた頃。
ふいにイスカが立ち上がり、背後にある小さな森の方へと目を向けた。
「なんかきこえたぞー?」
「あ! ちょっと、イスカちゃん!」
アザレアさんが引き留めようと手を伸ばしたが一歩遅かった。イスカはその森の方へ走っていってしまう。俺は食後の茶を呑みながらアザレアさんに言う。
「放っておいていいよ。遠くへは行かないだろうし」
イスカの耳は特別製で普通の人間には聞こえないような音まで拾えるらしい。たぶんそういう音を使う動物――蝙蝠とかが近くにいただけだろう。
その気になれば聖剣の親密度能力で居場所は察知できるし、そもそもこの辺に出るような危険種ではイスカに傷一つつけることもできない。危険なことなど何もないはずだった。
「あーー!!!」
イスカが消えた森の奥から彼女の叫び声が届く。
焚火を囲んでいた全員が一斉にそちらを向いた。
「なんだなんだ?」
「蛇でも見つけたんじゃないかな!」
ヤルーとヂャギーの会話である。緊張感がまるでないが、悲鳴のようではなかったし俺も他のみんなも腰を上げたりはしなかった。
案の定、イスカはピンピンしたまま戻ってきたのだが。
「みれうすー! へんなやついたぞー!」
嬉々として駆け寄ってきて俺の腰に抱き着くイスカ。
続いて森から出てきたのはフード付きのパーカーを着た金髪ツインテールの少女だった。浅黒い肌をしており、歳は俺と同じか一つか二つ下くらいに見える。背丈はシエナと同じ程度。両目の下に深い隈があるが、それを差し引いても快活さや可愛らしさが表情や仕草から感じられた。
少女は焚火を囲む俺たちに向かって愛想のいい笑顔を浮かべると後頭部に手をやって、どこか申し訳なさげにへこへこと頭を下げた。
「あー、どうも皆さんお久しぶりッス」
「あーー!!!」
俺とイスカとアザレアさんを除く全員が、先ほどのイスカのような声を上げて少女を指さした。
つまり古参の円卓の騎士全員だ。
「おいおい、スゥじゃねえか! 久しぶりだな、オイ!」
真っ先に駆け寄って、彼女に頭蓋骨固めを掛けたのはナガレである。
他の古参の騎士たちも次々に走っていって、苦笑いを浮かべるその少女――スゥを囲んだ。
「スゥちゃんひっさしぶりー。なんだかあんまり変わってないねー」
ラヴィが満面の笑みで少女の頭を撫でる。
「一年半、いえ、二年ぶりくらいでしょうか。元気そうでなによりです」
リクサも微笑を浮かべて、スゥと握手をする。
「お、おかえりなさい、スゥさん」
「すーちゃん! すーちゃん!」
「お会いしたかったですよぉ」
「お久しぶりデスね」
ぺこりとお辞儀をするシエナ。
興奮した様子で丸太のような両腕を何度も上げ下げするヂャギー。
左右に謎のステップを踏んで喜びを表現するブータ。
それといつの間にやら悪霊から戻っていたデスパー。
思い出したのは去年ブータがこの島に帰還したときのことだ。あの時のブータも大いに歓迎されていたが、この少女もそれに負けず劣らず、みんなにその帰還を喜ばれていた。
しかし古参の騎士の中でただ一人、ヤルーだけは苦い顔をして俺の横に残っていた。
ちょうどいいので、たずねる。
「この子がアレか。デスパーみたく、大陸に派遣された後に行方不明になっていた……」
「そう、第十席のスゥちゃんな。俺っち、この子苦手なんだよなー」
他の奴らに聞かれぬためか小声での返事だった。
そういやいつだったか、そんな話を聞いた気がする。
スゥは仲間たちとの再会の挨拶を済ますと、俺たちの方に歩いてきて九十度に腰を曲げた。
金髪のツインテールがそれに釣られて、生き物のようにひょいっと動く。
「はじめまして、ミレウスさん。あーしは円卓騎士団第十席のスゥッス。ただいま帰還したッス」
「会えて嬉しいよ、スゥ。俺はミレウス・ブランド。ウィズランド王国の六代目国王だ」
「よろしくッス」
俺が差し出した右手を、にっこりと笑顔を浮かべて両手で握るスゥ。
あくまで第一印象では――だが、円卓の騎士の中でもかなりまともな部類であるように思えた。
「スゥちゃん、いままでなにやってたんだ?」
ヤルーが焚火で焦げそうになっていた最後のアカイロコモリサケの串焼きをスゥに渡してやりながら、みんなを代表してたずねた。
それを礼を言って受け取り、むしゃむしゃやりながら、スゥが事情を説明する。
「実は帰国途中で、大森林の国にある迷いの森に入っちゃったんスよ。そこでずっと精霊界に囚われていたッス」
「あー……、それで外見変わってねーのか」
ヤルーは納得していたが、俺にはさっぱり分からない。
「どういうこと?」
「あれだよ、ミレちゃん。精霊界ってのは星幽界みたく、こことは少しだけ位相がズレた異世界のことよ。精霊力が強い場所にはその精霊界への扉が開くことがあって、たまーにそれで囚われちまう奴がいるんだが、あっちではこっちの住人は時間軸が進行しないから歳とらねーってわけ」
「ほえー。童話のウラシマタロウみたいだな」
「そりゃウラシマタロウは精霊界に迷い込むとこうなるぞって教訓が込められた童話だからな」
「なるほど。ヤルーはなんでも知ってるな」
素直に感心した俺は褒めるようにヤルーの肩とポンポンと叩く。
それからイスカとアザレアさんをスゥに紹介した。
「えーと、こっちは第八席の騎士のイスカ。君がいなかった間に選定されたんだ。この子には色々複雑な事情があるんだけど面倒なんで後で説明するな。で、こっちはイスカのお世話役のアザレアさん。国王付きの女中さんでもあり、俺の旧友でもある」
「よろしくッス、イスカさん、アザレアさん。えーと……あれ?」
スゥは二人にぺこりと頭を下げてから、その場にいたメンバーを端から端まで見渡して首をかしげた。
「レイドさんはどこッスか?」
「絶賛放浪中だよ。一応この島にはいるし、ちょくちょく遭遇したりはするんだけどな」
今年の夏に王都に地下にある大隧道――旧地下水路で会って以来、奴には会っていない。
もっともそのうちまたひょんなところで会うだろうとは思ってはいる。
「あのザリガニも含めるとこれで十二人か。ずいぶん大所帯になったな。……あ。でも待てよ? 新しい騎士が現れたってことは」
これももはや恒例行事になりつつあったが、俺は懐から時を告げる卵を取り出してその光の色を確認した。
そしてそれは予想通り、いや予想が当たっても何も嬉しくないが、一月後の滅亡級危険種の出現を予告する淡い黄色の光を放っていた。
スゥがそれを見て、ちんぷんかんぷんな様子で小首を傾げる。
「ミレウスさん。なんッスか、それ」
「その辺も含めて後で説明するから」
申し訳ないが一言二言で分かってもらえるような話ではないので、スゥにはとりあえず待ってもらう。
他のみんなも集まってきたので一緒に時を告げる卵を覗き込むが、これだけ人数いるとさすがに窮屈だ。
次の滅亡級危険種の出現予想地点――卵型のガラス玉の中に映し出されていた場所は、森の中の空き地のような土地だった。そこには横幅も高さも大の男三人分ほどはある巨石がぐるりと円形に並んでいる。
そこに見覚えがあった俺は、あっと声を上げそうになった。
しかしそれより先にナガレが呟いた。
「これ、人狼の森の環状列石じゃねーか」
俺は彼女と視線を交わした。
その後、二人揃ってシエナを見る。
俺が王に即位した直後、つまりは今から一年半ほど前。俺とナガレとシエナは当時行方不明だったヤルーを探すため、王都の北西に広がる人狼の森とそこにある謎の環状列石を訪れていた。
だからというわけではないけれど。
「わ、わたしの故郷……領地が……」
シエナが泡を吹いて卒倒するのは、なんとなく予想はできていた。
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【第二席 リクサ】
忠誠度:★★★★★★★★★★
親密度:★★★★★
恋愛度:★★★★★★★★
【第三席 ブータ】
忠誠度:★★★★★★
親密度:★★★★
恋愛度:★★★★★
【第四席 レイド】
忠誠度:★★
親密度:
恋愛度:★★★★
【第六席 ヂャギー】
忠誠度:★★★★
親密度:★★★★★★★★
恋愛度:★★★
【第七席 ナガレ】
忠誠度:
親密度:★★★★★★
恋愛度:★★★★★★★★★
【第八席 イスカンダール】
忠誠度:★★★★★
親密度:★★★★★★
恋愛度:★★★★★
【第九席 ヤルー】
忠誠度:★★
親密度:★★★★★★★
恋愛度:★★★★
【第十席 スゥ】[new!]
忠誠度:
親密度:
恋愛度:★★★★★★
【第十一席 デスパー】
忠誠度:★★★★★★★★★
親密度:★★★
恋愛度:★★★★★
【第十二席 ラヴィ】
忠誠度:★★★
親密度:★★★★★★★★
恋愛度:★★★★★★★★★★★
【第十三席 シエナ】
忠誠度:★★★★★★
親密度:★★★★★★★★
恋愛度:★★★★★★★
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