第百二十五話 裏を見抜けなかったのが間違いだった
王城の宝物庫でラヴィとキスをした数日後。
俺は四大公爵家の一角であるルフト家の当主に招かれて、王都の静かな冬通りにある彼の名家の別邸を訪れていた。
「おほほ、よくいらしてくださいました。ミレウス陛下、ラヴィ様」
こじんまりとした応接間で、冒険者ルドの末裔であるコロポークルの女性が俺たちを出迎えた。冒険者ギルドと新聞協会の会長にして表社会での情報操作を担う後援者のマーサ・ルフトだ。
この人と会うのは春に行った魔神将ゲアフィリ討伐作戦以来であるが、相変わらずずっとニコニコとしており、どこか掴みどころがない。
要件を事前に知らされていなかったので、会ったらまずそれを聞くつもりだった。
だが、応接間にいたあまりにも場違いなもう一人の人物の方に目がいき、それどころではなくなった。
「チューチュッチュ! どうも陛下、『冒険者ルドの埋蔵金』が無事に見つかったそうでなによりです」
足を崩して応接間の革張りソファに腰かけていたのは、盗賊ギルド幹部のスチュアートだった。無臭パイプをふかし、皿の上の焼き菓子を食いながら俺に向かって手を挙げる。
「……お前、なんでこんなところにいるんだ」
「そりゃ陛下たちにお祝いの言葉を申し上げるためですよ」
「『埋蔵金』を見つけた件はまだ円卓の騎士にしか話してないぞ。どこで聞いた?」
俺の問いかけに、スチュアートはいつものわざとらしい笑い声を上げてから答えた。
「俺は情報屋の元締めですよ? この王都で起こることはなんでも知っています。ま、とりあえずかけてください。陛下もラヴィも」
「えっらそうに……。四大公爵家の館で自分ちみたいにくつろぎやがって」
毒づくも、言われるがままスチュアートの向かいのソファに座る。
ラヴィも隣に腰かけて、目の前の痩せこけた男をじとっと睨んだ。
「大方、この間のゲアフェリ討伐作戦の間にマーサさんに取り入ったんでしょ? マーサさんもアンタも、あたしたちを深淵の魔神宮の底まで送り届けたパーティの一員だったもんね」
俺も同じように想像していた。というかこの状況なら誰でもそう考えただろう。
しかし違った。
マーサとスチュアートは互いに顔を見合わせると、さもおかしそうに揃って笑い始めた。
「おほほほ!」
「チューチュッチュ!」
「……なんだ、どうした」
嫌な予感を覚えて尋ねる。
スチュアートはコホンと咳払いをして姿勢を正した。
「いや、失礼しました。自分ちみたいにくつろいで――と、陛下、いま仰いましたね。まさにここが俺の家なんですよ」
「はぁ?」
「実家。言い換えると生家です」
「はぁあ?」
なに言ってんだこいつと俺とラヴィは首を捻る。
マーサ・ルフトがスチュアートの後ろに回って、その両肩の上に手を置いた。それも慈愛に満ちた所作で。
「私たち、姉弟ですの」
「……え? ……はぁ!? う、嘘だろ! おい!」
俺は愕然として、ニヤニヤと笑う二人の顔を交互に見た。
コロポークルと人間という種族の差もあり、外見的にはまったく似ていない。
だが性格的には似ているところもあるし、言われてみると思い当たる節もないではなかった。
「マーサ。そういや君、前にキアン島に渡る船の上で言ってたな。ルフト家はコロポークルでない方が生まれてくると外に養子に出すって。君にもそういう形で養子に出された弟が一人いるって」
「おほほ。はい、それがこの子です」
「……貴族が出した養子が盗賊ギルドの幹部になってるって、いいのか、それ」
マーサはスチュアートと再び顔を見合わせて笑う。
「逆なんですよ、ミレウス陛下。養子が幹部になったのではなくて、幹部にするために、盗賊ギルドのマスターのところに養子に出したんです」
「ええ?」
「我が家の祖であるルドは冒険者ギルドの創設者であると同時に、盗賊ギルドの創設者でもあるんです。なのでどちらのギルドにも影響力を残すために、コロポークルが生まれればルフト家の跡取りとし、人間が生まれれば盗賊ギルドに入れるようにしたわけです」
「……いや、待て待て。ルドが盗賊ギルドの創設者? そんなの聞いたことないぞ?」
「無理ありません。我がルフト家の秘中の秘ですから」
さらりと重大な秘密を語るマーサ・ルフト。
わざわざこんな密談用と思われる応接間に通したり、執事を部屋の中に置いておかなかったところを見るに、どうやら今日は最初からこのことを話すつもりだったようだ。
ラヴィがくいくいと俺のシャツを引き、そっと耳打ちしてくる。
「そういやミレくん。魔術師マーリアが、盗賊ギルドの開祖も初代円卓の騎士の一人だって言ってたような」
「あ、そうだ。言ってた」
あの時は他に衝撃的なことを言われ過ぎて気にしなかったが、あれは冒険者ルドのことだったのか。
そこで俺も一つ気が付き、スチュアートに問う。
「ルドが盗賊ギルドの創設者ってことは『万魔殿』を建てたのもルド自身か」
「ええ、そうです。もしかして陛下、ルドがあの店の符丁を知ってて、それを暗号文に利用しただけだと思いました?」
「……ああ。店が潰れたらどうすんだとも思ったけども」
「チューチュッチュ! そうです。ルドもそれを心配していたので、あの店とあの符丁は何があっても守り抜くよう、ルフト家と盗賊ギルドに厳命したんですよ」
「なるほど。合点がいったよ」
苦い顔をして、認める。
スチュアートはそんな俺の様子が見れて嬉しいのか、肩を震わせるとパイプを置き、俺たちの方に右手を開いて伸ばしてきた。
「『冒険者ルドの埋蔵金』、見せてくださいよ」
俺とラヴィは渋い顔で互いを横目で見た。あまり気乗りはしないが、こいつのおかげで手に入れたものだ。
心底嫌そうな表情を浮かべて、ラヴィが例の鍵のような形状の短剣を渡す。
スチュアートとマーサは二人仲良く顔を近づけて、それを感慨深げに観察した。
「まぁまぁ。これがご先祖様が使った短剣……」
「魔神と天聖機械への特効が付与されてるって話、ホントかねぇ」
スチュアートが口にしたのは、昨日、とりあえずの解析を終えたブータが俺に教えてくれた通りの効果だった。『埋蔵金』の正体がルフト家に伝わっていたのなら、ブータには無駄な仕事を振ってしまったことになる。
「その口ぶりからすると、暗号文の解き方も、その『埋蔵金』のありかも、二人は知ってたんだな?」
「チューチュッチュ。そうです。万が一陛下たちが解けなかったら困りますからね。そうなったら追加のヒントを出せと指示もされていました」
「俺たちのところに三枚目の暗号文を持ってきたこと自体が、冒険者ルドの指示だったわけか」
「まぁそんなところです。ちなみに第一、第二の暗号文を世間にばらまいたのも百年前のルフト家の当主ですよ」
すべてはこの二人と冒険者ルドの手のひらの上だったというわけか。
腹が立つというより、奇妙に感じる。
短剣を返してもらったラヴィが俺の心情を代弁してくれた。
「そんじゃあの暗号文って何の意味があったの? これを後世に残すだけならルフト家で保管しとくだけでいいじゃん。悪戯にしても凝り過ぎてるし……意味わかんない」
スチュアートとマーサは同じタイミングで肩をすくめた。彼らも知らないのか。あるいは知らないふりをするよう、ルドに言いつけられているだけか。
俺には推測がないわけでもなかった。
つまり、今年の冬にリクサと共に受けたあの『勇者の試練』と同じだ。円卓の騎士の好感度上げのために用意されたイベントと考えれば、一応の辻褄は合う。
だが本当にそれだけなのだろうか。
もしかして、と俺は思う。
「なぁ、ルドに指示されていることは本当にこれで終わりか? まだ隠してることはないか? 例えば、追加の『埋蔵金』のありかを示す暗号文を持ってるとか」
スチュアートとマーサはきょとんとした顔をすると揃って首を横に振った。
演技か否か、見定める目は俺にはないし、もしルドの命令でとぼけているなら、国王の俺が言っても無駄だろう。
俺としては『埋蔵金』が鍵のような形状の短剣であることが気になっていた。ルドが東都の街の聖剣工房で床下に隠した――そして俺がどうしても見つけられなかったあの金庫のような物と何か関係があるのだろうか。
今の俺には分からない。
話が一区切りついたところで、マーサが両手の手のひらを上品に合わせた。
「そうだ、陛下。実は私最近、紅茶に凝っておりまして、大陸からいい茶葉を取り寄せたんですの。淹れますわ」
「君、自らか?」
「ええ。淹れ方にコツがあるんですのよ」
得意げに微笑むマーサ。
スチュアートが席を立つ。
「姉さん、手伝うよ」
「あら、ありがとう、スチュアート」
姉弟は揃って部屋を出ていった。
キアン島に向かう船上で、マーサは仲睦まじい姉弟はいいものだと言っていたが、なるほど、あれがそういうものか。
部屋に取り残された俺たち二人。
ラヴィが足を伸ばし、両手で上へ伸びをする。
「なーんか裏があるだろうなとは思ってたけど、予想以上だったねー」
「そだね」
「……まぁ冒険は楽しかったし、別にいいけど」
先ほどスチュアートが食べていた皿から焼き菓子を取り、バリバリと食べるラヴィ。
少しだけ気まずい。実はキスしたあの日から今日まで会っていなかったのだ。
冒険をしている間に溜まった仕事を片付けていたからだが、おかげで俺はどんな顔をして話せばいいのか分からなくなっていた。
もっともラヴィはそうでもないようで、普段通りである。
「ねぇミレくん」
「んん?」
「この間あたし、ミレくんのこと、好きって言ったよね」
「お、おう。そうだな」
「そういや返事もらってないなーと思って」
ドキリとする。
俺は誤魔化すように焼き菓子に手をつけた。
ラヴィが悪戯っぽく笑っているのが視界の端に見える。
「あれね。王様辞めるまでは返事しなくていいから。ミレくん巡って大戦争起きたら円卓の騎士の責務どころじゃないもんね」
「そ、そうか。……助かるよ」
「たださ。一番かどうかとかじゃなくていいから……聞きたい言葉があるかなーって」
漠然とした要求をするラヴィ。
しかし彼女が求めていることは伝わった。
ずいっとラヴィがにじり寄ってくる。肩と肩が触れ合う。
俺は意を決して彼女に向き直り、その両肩を掴んで、目を見て、言った。
「好きだ。ラヴィ」
夏の日差しのような、眩しい笑顔を浮かべるラヴィ。
「あたし、ミレくんの一番になれるように頑張るからね」
頬にキスをされた。
それだけでもう、冒険の裏とか、誰かの手のひらの上だったこととかは、どうでもよくなった。
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【第十二席 ラヴィ】
忠誠度:★★★
親密度:★★★★★★★★[up!]
恋愛度:★★★★★★★★★★★[up!]
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この第百二十五話を持ちまして幕間その4は完結になります。
次からは第五部に入ります。
ようやく終わりが見えてきたような、見えてきていないような、そんな感じですが、きちんと完結できるよう、ゆっくりとではありますが頑張りたいと思います。
皆様どうぞよろしくお願いいたします。
作者:ティエル