第百二十一話 誕生パーティを開いてもらったのが間違いだった
「ミレウスくん、誕生日おめでとう!」
義母さんとラヴィを連れて王城の自室に帰ると、九人分の声と共に色とりどりの紙テープが飛んできた。綺麗に飾り付けられた部屋の中、円卓の騎士の面々とアザレアさんが笑顔で俺を囲んでいる。
「えーと……ありがとう、みんな」
なんとなく予想はついていたが、それが逆に恥ずかしさを助長していた。
「なーんだ、ミレちゃん。意外と驚いてねぇな。さすがに今年は自分の誕生日忘れてなかったか?」
茶化しながら、ヤルーが俺に『本日の主役』と書かれた襷を掛けてくれる。
俺は後ろから部屋に入ってきた義母さんを親指で指した。
「いや、完全に忘れてたが、さっきそこで義母さんに会って教えてもらった」
「ほーう? ……そういや、御母堂に招待の手紙送ったとき、口止めすんの忘れたな? いやー、やっちまったな!」
わざとらしく笑うヤルー。
それを他のみんながジロリと睨む。
「さぁ、陛下。セーラ様。こちらへどうぞ」
リクサに案内されて、部屋の中心にある丸テーブルへと移動する。
そこにはまっ白なテーブルクロスが引かれて、大きなケーキと豪勢な料理が用意されていた。
「あ、主様。今日はみんなでお料理したんですよ。……ラヴィさんは捕まらなかったので、いなかったんですけど」
ケーキの上に立てられた十七本の蝋燭にマッチで火をつけながら、シエナが誇らしげに言う。
ラヴィが俺の隣の席について、アハハと笑った。
「いやー、ごめんごめん。そういやちょっと前にプレゼント代徴収されてたね。完全に忘れてたよ」
「そ、そうだろうなって、みんなで話してました」
シエナも他の面々も若干呆れ顔である。
全員が席についたところで部屋の明かりが消されて、誕生日定番の歌をみんなが歌ってくれた。それが最高潮になったところで俺が蝋燭の火を吹き消すと、盛大に拍手が沸いて、明かりが再び点けられた。
「みれうすー。ぷれぜんとだぞー」
と、イスカがベッドの裏から包装された大きな箱を抱えて持ってきた。
中から出てきたのは大きな白いアザラシの抱き枕。
「それ、イスカがえらんだんだぞー! うまそうだろー!」
「ああ、うん。ありがとう。凄く嬉しいよ。……美味そうかどうかは置いといて」
得意満面なイスカの頭を撫でつつ、みんなにも礼を言う。
そこでリクサが席を立ち、我が義母に初対面の二人を紹介した。
「セーラ様、紹介が遅れまして申し訳ありません。こちらは円卓の騎士のイスカンダールとデスパーです」
「イスカだぞー!」
「どーも、デスパーデス」
十代前半くらいのあどけない少女と、無感動なエルフの男。
義母さんは二人と順番に握手をする。
「どうも、ミレウスの育ての母のセーラです。……ねぇ、ミレウス。前も思ったけど、なんだか騎士様っぽくない人が多いわねぇ」
「円卓騎士団は特別だから。気にしないでいいから」
俺も昔は同じことを思っていたが、正直もう感覚が麻痺していた。これ以外にもザリガニみたいなのとかいるし。
それからみんなで食事をとった。去年の誕生日に我が実家『ブランズ・イン』で祝ってもらったときから二人増えたこともあり、より賑やかで楽しい会となった。
ナガレがこんがり焼いたチキンの足にかぶりつきながら、俺とラヴィに目を向けてくる。
「お前ら、ここ何日かこそこそなんかやってたよな。何してたんだ?」
ラヴィが許可を取るように見てきたので、俺はすぐに頷いた。別にやってること自体は秘密にしなければならないことではないし、みんなの力を借りるのも悪くはない。
ラヴィが三枚の暗号文を取り出してテーブルの中央に置き、かくかくしかじかと事情を説明する。もちろん、冒険からのブチューとかその辺は省いていたが。
「あー、ミレウスくんこういうの好きだよねぇ、昔から」
アザレアさんはケーキを食べながら、器用にイスカの面倒を見ていた。女中服姿であるところを見るに、今も半分仕事中らしい。
「でも、もしその三枚目が本物だったら国宝ものだよね。イスカちゃん、どう? 匂いで分かったりしない?」
相当な無茶ぶりである。しかし茹でたジャガイモを夢中で頬張っていたイスカは素直に彼女の言うことを聞いて、三枚目の紙を手に取ると、くんくんと鼻を鳴らした。
「んー、かすかにルドのにおいがするぞ!」
「ええ……そんな方法で鑑定できるのかよ」
俺は呆れつつ、イスカから暗号文を受け取った。ヂャギーが興味津々の様子でそれを覗き込んでくる。
「怪しいんだよ!」
「おお、ヂャギー、何か分かる?」
「数字が並んでるんだよ!」
「……そうだね」
ヂャギーとは対照的に、暗号文に一切興味を示さなかったのはデスパーである。一心不乱に皿の料理を平らげているが、知性を感じないその食いっぷりからして、いつの間にかもう一人の人格に入れ替わったらしい。
「おい、悪霊。お前、こういうの分かるか?」
「アアン!? 今、メシ食ってんだヨ! 邪魔すんなよ、王サマ!」
「……デスパーに代われ、デスパーに」
「チッ。しょーがネーナ」
悪霊と入れ替わったデスパーはじっと暗号文を睨みつつも、食事をするその手は止めなかった。悪霊の時と比べるとずいぶんマナーはいいけれど。
「どうだ、デスパー。これ見て何か気づくことあるか?」
「……数字がたくさん並んでいるようデスね」
「お、そうだな!」
脳筋組に聞いた俺が間違いだった。
次はこの中で一番見込みがありそうな少年に声をかける。
「おーい、ブータ。ルドと同じコロポークルなんだからなんか分かったりしないか?」
「む、無茶ぶりですよ、陛下ぁ!」
飲んでいたシャンパンを吹きだし、アザレアさんから受け取ったタオルであたふたとそれを拭くブータ。
「えーと、そうですねぇ。パッと見で分かることはないですが……もしこれが本当に冒険者ルドが作った暗号だとすれば、ルドの人となりを理解することが解読する鍵となるのではないかな、と」
「なるほど! 一理あるな」
さすが頭脳派のブータ。そちらの方向は盲点だった。
絵画や詩歌のように暗号もまた作った人の人格や癖が現れる。もっと彼のことを調べ上げれば、何かヒントになるようなことがあるかもしれない。
「ミレウス。アナタ、王様なのにこんなことして遊んでたのね」
義母さんが俺から暗号文をひょいと取り上げて、あまり興味なさそうにそれを眺める。
「あ、遊んでいるわけじゃないよ! ……いや、遊んでるか。がっつり遊んでるわ」
「別にいいけどね。王様が遊んでいられるのは平和な証拠だし」
なにやら含みのある言葉である。
義母さんは歴史の真実を知らないし、円卓の責務のことも知らない。だが俺が裏で危ないことをしていることは去年の夏の時点で察していた。放任主義のため、それがなんなのか問い詰めてきたりはしないが、心配はしてくれているようである。
義母さんは暗号文を俺に返すと、家ではまず飲めないような高級ワインが注がれたグラスに口をつけて、『うわぁ』と信じられないといった顔で呟いた。
それから俺に言ってくる。
「その暗号文。お宝にはあんまり期待しない方がいいかもね」
「どうしてさ?」
「だって、冒険者ルドって子孫がいるでしょ。四大公爵家のルフト家とかいうのがさ。もしそのお宝がいいものだったら、普通、子孫に残すんじゃない?」
「おー、たしかに。さすが義母さん。ショウオギで培った論理的思考!」
「ま、私はアナタに財産残してあげようとか思ったこと一度もないけどね」
「……せっかく尊敬の念が湧いてきたのに台無しだよ」
しかし俺は何か重大なヒントをもらったような気がしていた。
みんなの手作りのためか少し歪な形をしたケーキをむしゃむしゃいただきながら考える。
冒険者ルドはなぜ、自分の子孫に『埋蔵金』を残さず、すべての人が探せるような形で残したのか。
それが『この島すべての人のために残されていたもの』だからか?
だが本当に誰の手に渡ってもいいと思っていたのか?
それが何なのかは分からないが――悪人の手に渡ってもいいと思っていたのか?
そもそも誰にも見つからずに埋もれてしまうことは考えなかったのか?
逆に考えてみる必要があるのではあるまいか。
つまり、なぜルドは『埋蔵金』をすべての人が探せるような形で残したのか、ではなく。
暗号文をばらまいても、目当ての人物にきちんと渡るように仕込んでいたのではあるまいか。
「……暗号文、解けたかも」
宴もたけなわになったところで俺が呟いたのを聞いていたのは、ラヴィだけだった。