第百二十話 今日が何の日だか再び忘れていたのが間違いだった
盗賊ギルドのスチュアートから冒険者ルドが書いたという三枚目の暗号文をもらった翌日の昼、俺とラヴィは王城にある国王の自室で作戦会議をしていた。
「ミレくん、あたし考えたんだけどね。他の人の研究パクるのが一番いいんじゃないかな」
ラヴィは三枚目の暗号文の写しを手に、俺がいつも使っている天蓋付きのベッドの上で寝転がって足をバタバタさせていた。
「この三枚目の数字の列も『書籍暗号』で作られたものだと仮定しての話だけどさ。この国には『ルドの埋蔵金』を探してた人たちが大量にいたわけでしょ? その人らが『これだ!』と思って二枚目の暗号を解くのに使った『書籍』を調べてさ。それを三枚目に当てはめてみたら解けるかもってこと」
「なるほど。ラヴィは頭がいいな」
「えへへ。じゃあ頭撫でてー」
「はいはい、偉い偉い」
ベッドの上を匍匐前進してこちらへやってきた彼女の頭を言われるがままに撫でる。
「それはともかくそこから降りてくれるか。他の人入ってきたら勘違いされるから」
不満そうに頬を膨らませるラヴィ。
俺は彼女を強引にベッドから引きずり下ろすと、部屋の中心に据えられた丸テーブルの席に座らせた。
「で。いい案だとは思うんだけど、具体的にはどうやって、研究者たちが暗号の鍵だと推測した書籍を調べるつもりなんだ? 埋蔵金ブームがあったのは百年も前だし、存命の研究者は少ないと思うけど」
「やれやれ、ミレくん。あたしの職を忘れたのかね。盗賊だよ? 盗賊ギルドのコネとか色々使って、見たり聞いたり盗んだりよ」
「……法に触れるようなことはやるなよ。領収書もらってくればちゃんと経費は出すから、情報は盗んだりせずに金で買ってくれ」
ほーい、と軽い返事をするラヴィ。
「ミレくんはどうするの?」
「正攻法だけど、この二枚目と三枚目を組み合わせて考えてみるつもりだよ。二枚目が百年間解けなかったのは、三枚目がなかったからだっていう仮定の上でね。元々暗号は好きな方なんだ。色々試してみたい解読法がある」
「ほえー。さっすが、ミレくん。頭いいね」
感心したように頭を撫でてくるラヴィ。なかなか気持ちがいいのでされるがままにする。
そう、俺は元々ミレウス文字という俺独自の言語を、初等学校の頃に三年かけて開発したくらいの言語マニアである。誰にも読めない書類や日記を作るためであったが、その過程で暗号を研究していた時期があり、実はこの『冒険者ルドの埋蔵金』も解いてみようと頑張ったことがあるのだ。もちろんその時の結果はお察しの通りだが、ひょっとすると今回、雪辱を晴らすことができるかもしれない。
「もしこれが本当に解けたら、深淵の魔神宮踏破と同じくらいの偉業だぞ。くっくっく」
「おお、ミレくん、乗り気だねぇ。あたしも頑張らなきゃ」
俺の頭を撫でるのをやめて、立ち上がるラヴィ。
俺も外へ出る支度をする。
「そんじゃラヴィ、五日後くらいにお互い成果を報告するということで」
「ラジャー、王様! 健闘を祈る!」
ビシッと敬礼をして窓から飛び出していくラヴィ。
【跳躍】で下の各階のベランダの柵を掴んで減速しながら降りて行ったのだろうが、そういうことをすると後で俺のところに苦情が来るのでやめて欲しい。言っても聞かないだろうけど。
一人きりになった部屋の中で、ふっふっふ、と上機嫌に笑う。
根拠はないが、なんだかいけそうな気がしてきていた。
☆
「ダメだった」
「こっちもぜんっぜんダメだったよ、ミレくん……」
五日後、俺とラヴィは花咲く春通りの一等地に位置する美容専門店、ビューティ・クロコダイルの施術室で成果を報告しあっていた。
俺も彼女も腰にタオルを巻いただけの状態でマーサージベッドの上にうつ伏せで寝ており、肩やら背中やらに火のついたお灸を置かれている。俺たちの間は天井から吊るされた薄い布で仕切られているが、彼女の顔や肩や脇、それともう少し下くらいまでは見えた。
この店には去年の春あたりに彼女と一緒に来たことがあるが、今回はあのときのようなVIPルームではなく、その隣にある普通の施術室である。そのためこうしてお灸をしてもらってる間はエステティシャンさんがついておらず、部屋にいるのは俺とラヴィだけだった。
「王都にいた目ぼしい研究者の家は片っ端から当たったんだけどねー。当時の公文書やらルドが残した私的文書やら色々試したんだけど駄目だった」
「こっちも暗号の専門家に話聞いたりして色々試したけど、どうも二枚目と三枚目に関連性はなさそうだ。もちろん一枚目とも関係がない。……こりゃお互い少しアプローチの仕方を変えないといけないかもしれないな」
「そだねー。さすが百年間解けなかった暗号。簡単にはいかないねー」
お灸の絶妙な熱さに心地よさそうに目を閉じているラヴィ。
俺はこれ幸いと白い肌が眩しい彼女の肢体を観察した。もちろん下心あってのことではない。臣下の体調管理も王の仕事だからだ。
ざっと見た感じ、去年来たときに目に焼き付けた彼女の姿から変化はない。せいぜい後ろで一つにまとめている燃えるような赤い髪が少し伸びた程度。大きすぎず、小さすぎない胸も去年と同じ。その麓より下は薄い布に映るシルエットしか見えないが、たぶん変化はないだろう。その辺は日頃からよく見ているし。
成長期もほぼ終わってるだろうから体のサイズが変わってないのは当然と言えば当然だが、年がら年中ぐーたらしてるのに無駄な脂肪がまったくつかないのは不思議と言えば不思議だった。
「ミレくん、どこ見てんのぉー?」
ラヴィが突然、半眼を開けた。
俺は動じず、視線も逸らさなかった。
「胸だよ。ラヴィの胸を見てる」
「開き直ったなー、このやろー!」
普段だったら冗談半分で掴みかかってくるところだが、お灸が背中に乗っているので動けない。代わりにラヴィはクスクスと笑った。
「ミレくん、また少し背が伸びたんじゃない?」
「……言われてみるとそうかも。去年来たときはこのマーサージベッド、こんなにギリギリじゃなかったし」
「リクサじゃないけどさ。ミレくん、なかなかいい男になってきたね」
「え、本当? どの辺が?」
「身長」
「身長だけかよ! 胸揉むぞ、こいつー!」
今度は俺がお灸のせいで掴みかかれず、歯噛みする番だった。二人で顔を見合わせ、笑いあう。
そこで時間が来て、エステティシャンのお姉さんが部屋に帰ってきた。俺たちの会話を聞いていたのか、彼女もくすくすと笑っている。多少の気恥ずかしさは覚えたが、知り合いや友人に聞かれるよりかはいくらかマシだろうと考え、気にしないことにした。
施術を終えてすっかりリフレッシュした俺とラヴィは、更衣室で服を着ると待合室へ出た。
そしてそこでリラックスした顔でロングソファに腰かけてこの店のパンフレットを見ていた三十歳くらいの女性と目が合った。
知り合いでもなければ友人でもない。
この世界でただ一人の、俺の家族であった。
「あら、ミレウス。……と、ラヴィさん。隣の施術室になんかイチャイチャしてるバカップルがいるなーと思ったら、アナタたちだったのね」
「か、かかかか、義母さん!? なんでこんなとこに!?」
「なんでって、アナタが送ってくれたんでしょ、ここのタダ券」
鞄からチケットの束を取り出す、我が義母セーラ。確かにそれは今年の春あたりに俺が王様特権で手に入れて、我が故郷オークネルの実家に送りつけたものである。
きまりの悪そうな顔でラヴィが挨拶をする。
「あー、どうもお久しぶりです、セーラさん……。もしかして、隣のVIPルームにいた?」
「ええ。昔からこのお店来てみたかったんだけど、期待以上だったわぁ。そうそう、アナタたちが受けてたのって、ひょっとしてこのパンフレットに書いてある恋人同伴ラブラブコースってやつ?」
「えー……はい、そうです」
「なるほどねぇ。ふーん、なるほどねぇ」
意味深に俺とラヴィを交互に見てくる我が義母。
俺は話の流れを変えようと、彼女に問いかけた。
「義母さん、エステ受けるためだけに来たの? 王都に遊びに来てって何度も手紙送ったのに、めんどうだからってずっと拒否してたじゃん」
「たまたま気が向いたのよ。それにエステはついでよ、ついで」
「ん? じゃあ主目的は?」
「え、アナタ、また忘れてるの? あっきれた……」
はぁ、とため息をつく義母。
何のことだと俺は首を傾げる。
前にも同じようなことがあったような気がした。
「今日、誕生日でしょ、アナタの」
「あ」
去年と同じく、完全に失念していた。
そう、今日は俺がオークネルの宿屋『ブランズ・イン』に引き取られた日からちょうど十二年。
俺の十七度目の誕生日だった。
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【第十二席 ラヴィ】
忠誠度:★★★
親密度:★★★★★★[up!]
恋愛度:★★★★★★★★
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