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第百十八話 宝物庫の整理をしたのが間違いだった

「ミレくん、ミレくん。チューしようよ」


 王城の宝物庫で棚卸(たなおろ)しをしていた俺のところに突然ラヴィがやってきて、日差しのように(まぶ)しい笑顔でそう言った。


 季節は夏。早いもので、キアン島での魔神将(アークデーモン)ゲアフィリ討伐作戦からすでに四か月が経過しており、ウィズランド島は最も暑い時期に差し掛かっていた。

 それはこの宝物庫も例外ではない。円卓の間と同じような窓一つない作りも相まって、何列もの棚が並んだ体育館くらいの広さの部屋の中はバーベキューグリルのような環境だった。


 (さいわ)いその時、宝物庫の中にいたのは俺とラヴィだけである。彼女のエキセントリックな発言を他の誰かに聞かれなくて本当によかったと俺は胸を()でおろして、即座にとぼけることに決めた。


「え、なんだって?」


「だからー、あたしとチューしようって言ったの。リクサとはしたんでしょ、もう」


 一瞬返答に詰まり、完全に固まった。まずい、鎌をかけられたか――と焦ったが、どうやらそうではないらしい。

 ラヴィは得意げな顔をして鼻を天井の方に向けたが、どうやら俺に聞く前から確信を持っていたようである。


「今年の冬にさ。コーンウォールから帰ってきた頃にリクサの様子がなーんかおかしかったから、高い酒ガバガバ飲ませてみたらすぐにゲロったよ。二重の意味でね」


「吐くまで飲ませるなよ……かわいそうだろ……」


 まぁたぶん喜んで飲んだのだろう。酒好きの彼女のことだから。

 俺は後頭部を()いて、手元のバインダーに挟んだチェックリストへと視線を落とした。


「今、忙しいんだよ。春にやったゲアフィリ戦でここの魔力付与の品(マジックアイテム)、大量に出し入れしたからさ。数が合ってるか確認するのが大変で大変で」


「へー、そりゃご苦労様。ってかなんで、ミレくんがそんなこと一人でやってんの? 王様が一人でやることじゃなくない?」


「この宝物庫、円卓の騎士か四大公爵家の当主しか入れないように、二百年前に魔術が掛けられてんだよ。ラヴィは今さらっと入ってきたけど、資格がない者だとバシって(はじ)き飛ばされるんだよ」


 と、この部屋の唯一の出入り口である扉の方を指さす。所せましと国宝級のお宝が並んでいることを考えれば当然のセキュリティではある。


 俺は肩をすくめて、じとっとラヴィを(にら)む。


「リクサは公務で北方交易街(ニューモーテル)行ってるし、ブータは魔術師ギルドで雑用押し付けられたとかでいないし、シエナは教会の仕事らしいし、ヂャギーやイスカやデスパーはこういうのできないし、ナガレとヤルーとあと一名は召集命令出したのに無視しやがったからな。だから俺が一人でやってんの。おい、聞いてるか、召集命令無視したあと一名」


「き、聞いてるよー。いやぁそんな命令書来てたかなぁ、ハハ」


 乾いた笑い声でごまかそうとするラヴィ。

 俺は嘆息(たんそく)し、この部屋の象徴とも言える冒険者ルド――初代円卓の騎士の一人――の銅像のところまで歩いて行った。ラヴィもそそくさとついてくる。


「『この島はこの島に住むみんなのもの。みんなで協力しあって生きていこう』。冒険者ルドの金言(きんげん)だ。みんな、円卓の騎士の責務では頑張ってくれてるけどさ。日常業務に関しても、もう少し協力してくれたら嬉しいんだけどなー」


「いやー、ハハ……ごめんて」


 今後はラヴィが頭を()く番である。


 今の金言(きんげん)はルドの銅像の台座にはめ込まれたプレートに刻まれている『十の教訓』のその一だ。この銅像も二百年前――つまりは初代円卓の騎士の時代から存在するという。


 コロポークルの青年が開いた右手を空へ伸ばし、短剣を持った左手でピースサインを作って地を指すという謎の銅像なのだが、このポーズには彼の信念が反映されているという伝説がある。これも一応、国宝である。


「おい、ラヴィ。宝物パクるなよ。バレバレだし、国宝級のは《物体召喚(カムヒア)》の魔術で回収できるんだからな」


「え! や、やだなー、そんなことしないってー」


 棚に並んだ魔力付与の品(マジックアイテム)を手にとってこそこそしていたラヴィに釘を刺す。彼女は、アハハと笑ってそれを元の場所に戻した。


 今日の彼女は、上は布地の少ない黒のチューブトップを着ており、下はダメージ加工の入ったデニムのショートパンツを()いていて、腰のあたりに短剣(ダガー)を差した革のホルダーを巻いている。

 綺麗な形のお(へそ)やら、健康的なくびれやら、赤毛のポニーテールの下のうなじやら、デニムの隙間から覗く太腿(ふともも)の付け根やら、とにかくやたらと煽情(せんじょう)的だ。


 チューがどうのとか言っていたから、俺をその気にさせるためにわざわざこういう恰好(かっこう)をしてきたのか、なんて考えも浮かんでは来るのだが、さすがにそれは自意識過剰だろう。たぶんただ単にこの酷暑に対応して薄着なだけだ。


「あー、さっきのアレな。リクサとのやつ。勘違いしないで欲しいんだけど、あれはチューって言っても別にそういう意味のもんじゃないから」


「知ってるよー。その辺もリクサから聞いたもん。最貧鉱山(アイアンマイン)でイスカちゃんにしてもらってたのと一緒で、なんか第一文明期のおまじない的なやつなんでしょ? あたしが言いたいのは、そういう意味のものなんだったら逆にあたしとしたって問題ないよねぇーって話」


「……なるほど。一理あるな」


 もちろん俺とてラヴィとするのが嫌なわけではない。俺より三つほど年上のこの女性は平時の仕事仲間としてはイマイチ頼りないものの、一人の女性としては実に魅力的である。これぞ女友達という距離感とノリで話していて楽しいし、盗賊稼業で鍛えたしなやかで健康的な肉体は先ほど感じたように男としては(あらが)いがたい魅力にあふれたものだ。


 チューしようよと言われたのをスルーしようとしたのはただ単に、みんなとこういうことをやっていると、そのうち大事(おおごと)になるのではと危惧(きぐ)しただけである。


「よし、するか」


「おお、その気になったね、ミレくん。そうこなくっちゃ。さぁさぁどーんと来い!」


 ラヴィが俺を受け入れるように両腕を広げて顔を少し突き出す。

 俺はその腕のことは無視して、丸出しである彼女の肩を両手で掴んだ。ほんのわずかに汗で湿(しめ)っており、すべすべとしている。


 意外――でもなんでもなく、華奢(きゃしゃ)である。

 こんな女性が上位魔神(グレーターデーモン)の首をナイフで()ね飛ばすのだから不思議なものだ。


 俺は上を向いて大きく一つ深呼吸をしてから、再度ラヴィと向き直った。

 彼女はいつの間にか、(まぶた)を閉じている。


 顔を、近づける。


 いざするとなると、やはりドキドキする。

 しかし思い返してみれば、過去に俺からしたことは一度もないのだから当然だ。


 イスカには突然彼女の方からされたし、シエナのあれは俺が気絶している間のことだ。今年の冬のリクサとのアレもやはり彼女の方からである。


 ヤバいくらい緊張する。イスカはともかく、シエナやリクサはよくこんなことができたなと感心した。まぁシエナの場合、人命救助のためだったし、リクサのあれは酒の力を借りていたけど。


 いや、こんなことをするときに他の女性のことを考えるなんて失礼だろう。

 俺は思い浮かぶあれこれを頭の中から追い出して、再び目の前の女性に集中した。


 いつも表情豊かなラヴィが初めて見せる顔――緊張と期待と羞恥(しゅうち)がないまぜになったような表情で俺を待っている。


 もう一度、深呼吸をする。自分の心臓の音がうるさいくらいだ。

 喉と唇が渇いていることを自覚し、逆にラヴィの唇が瑞々(みずみず)しいことに気づいた。


 これからアレに自分の唇で触れるのかと冷静に考えてしまうと、もうだめだった。

 タイミングもきっかけもまったく分からず、俺はそのまま動けなくなった。


「や、やっぱダメ―!」


 ついにしびれを切らしてラヴィがぱちりと(まぶた)を開けて、こちらを両手で突き飛ばしてきた。俺は二、三歩後退させられたが、転倒はしなかった。


「長い! タメるのはいいけど、ちょっと長すぎるよ! それに冷静に考えるとそこでルドの銅像も見てるし!」


「いや、見てないよ。意識高いから上向いてるだろ、あの銅像」


「そうだけどー。とにかく今はダメ! ムードがないし! 暑いし!」


「自分で言いだした癖に、勝手だなー……」


 まぁ時間をかけてしまった俺も悪いし、ムードがないというのは一理ある。確かにこういうことはムードが大事だ。それこそ百回の普通のキスより、一回のムードのあるキスだ。


 どうしたものかと二人で思案していると、ふいにラヴィがポンと手を叩いた。


「よっし、ミレくん! あたしと冒険しよう! 冒険して二人のムードが盛り上がったところでブチューっとしよう!」


「……ブチューって表現はともかく、妥当(だとう)な案ではあるな」


 意外と少女趣味だなと思うものの、俺もそういうのは嫌いじゃない。


「でも冒険って、具体的には何するんだよ」


「ふっふっふー。ちょうどネタがあるんだよね。あんま信用できない奴からの提供だけど」


 ラヴィはニヤリと笑うと、そのチューブトップの胸元から三つ折りにされた便箋(びんせん)を一枚取り出して、俺に差し出してきた。

 そんなところに入れるなよと思いながら、彼女の温もりをほのかに感じるそれを受け取る。斜め読みしてみると、盗賊ギルドの幹部であるスチュアートからのものだと分かった。


 『金になりそうな面白いネタがあるから暇なときに国王と二人で聞きに来い』という内容である。


「すごくうさんくさい。すごくうさんくさいけど、まぁこれでいいか……」


「よっし、決まりだね! 善は急げだ、れっつらごー!」


 と、回れ右して宝物庫の出口に向かおうとするラヴィ。

 その首根っこを素早く掴む。


「いや、まずこの棚卸(たなおろ)しを手伝えよ。逃がすと思ってるのか」


「う、うぐぐ……さすがだねぇ、ミレくん」


 こうしてラヴィに強引に手伝わせたことで、棚卸(たなおろ)し作業は思ったよりも早く終わったのであった。


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【第二席 リクサ】

忠誠度:★★★★★★★★★★

親密度:★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★


【第三席 ブータ】

忠誠度:★★★★★★

親密度:★★★★

恋愛度:★★★★★


【第四席 レイド】

忠誠度:

親密度:

恋愛度:★★


【第六席 ヂャギー】

忠誠度:★★★★

親密度:★★★★★★★★

恋愛度:★★★


【第七席 ナガレ】

忠誠度:

親密度:★★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★★


【第八席 イスカンダール】

忠誠度:★★★★★

親密度:★★★★★★

恋愛度:★★★★★


【第九席 ヤルー】

忠誠度:★★

親密度:★★★★★★★

恋愛度:★★★★


【第十一席 デスパー】

忠誠度:★★★★★★★★★

親密度:★★★

恋愛度:★★★★★


【第十二席 ラヴィ】

忠誠度:★★★

親密度:★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★[up!]


【第十三席 シエナ】

忠誠度:★★★★★★

親密度:★★★★★★★★

恋愛度:★★★★★★★

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