第百七話 鎧を作ってもらったのが間違いだった
東都は冒険者の聖地であると同時に、鍛冶屋の聖地でもある。
それは冒険者が大勢いるため武具の需要が高いからでもあるが、初代円卓の騎士たちが選定の聖剣と聖剣の鞘を製作した伝説的な工房が残っているためでもある。
その工房は、その名もずばり聖剣工房という。
善は急げとデスパーに急かされた俺は、昼飯も食わずにその工房を訪れていた。同行者は彼の妹であるデスビアと、ノリでついてきたナガレ。イスカはハンバーグを喰い損ねたくないからという理由でついてこなかった。
かれこれ二百年もの間、この島の鍛冶の頂点に立ってきたその工房は数十人が同時に作業できるほどに広々とした作りであり、いくつもの生産ラインが並列して稼働していた。火と熱と金属を相手にしていた熟練の鍛冶屋たちは突然の国王の訪問に仰天していたが、俺が作業を続けるように言うと素直に仕事に戻っていった。他の円卓の騎士たちがちょくちょく訪れるらしいので多少慣れていたのもあるだろうが、仕事の内容的に一時でも手を止めるわけにいかないというのもあるのだろう。
そんなわけで俺たちは彼らが働く姿をデスパーに解説してもらいながら、工房内を見学することになった。彼の話によると、他の円卓の騎士たちの純白の鎧一式――ラウンズ・シリーズと言うらしいが――それらはすべてこの工房の施設を借りて彼が製作したらしく、そのためここのこともよく知っているのだとか。
「国王サマは、鍛冶場は初めてデスか?」
「いや、初等学校のときに職業体験で入ったことがあるよ。十字宿場っていう小さな街の鍛冶場だったから、こことは規模が全然違ったけど」
肌を焦がすような熱気と赤い光と舞う火の粉。鉄を打つ音と職人たちが張り上げる威勢のいい声。それらに想起させられるのはやはりその職業体験のときの記憶だ。
そういえば特注品の胸当てを造る職人になりたいと考えていた時期があったが、あれはあの職業体験の頃だった気がする。女性騎士の胸当てとか作れたら最高だなと考えていたのだが、ここ一年は国王の仕事に忙殺されていて、そんな夢のことはすっかり忘れていた。
「ここは武具だけじゃなくて何でも作るんだね」
「ハイ。農具に馬具に家具に食器。なんでもデスね」
「こういうところで働くのも面白そうだよなー。あ、そういやデスビアも鍛冶屋なんだっけ」
今年の冬にリクサと共に勇者の試練を受けた際、俺たちの持つ聖剣と天剣を見て目をキラキラさせながら、彼女がそんなことを話していたのを思い出す。
デスビアはその時と同じように興味津々の様子で工房内のあちこちに視線を投げていたが、俺の話はちゃんと聞いてくれていたのかすぐに頷いた。
「ハイ。ウチは代々鍛冶屋と木こりを兼業してる家系なんデス。だからウチの家族はみんな鍛冶できるんデスよ。ねえ、兄さん」
と、妹に振られて、デスパーが話を引き継ぐ。
「自分の職、[最上鍛冶師]はナガレサンの職と同じで、単独限定の特別職なんデス。この職を職業継承体系に追加したのは初代円卓の騎士だと言われてるんデスが、純白の鎧一式を製作するために、各代で騎士の一人が必ず就くようになっているんデスよ」
「はえー……。デスパーは元々鍛冶屋だったからそれに選ばれたわけか」
特殊技能を買われて円卓に選ばれるというのがあるとは初めて知った。しかしこれまでの他の騎士の発言や悪霊の戦いぶりなんかから考えるに、この男が他のみんなと比べて戦力として劣るわけでもなさそうだ。
「で、具体的にはどうやって作るの?」
「三つの物を使うんデス」
そう言って奥の倉庫からデスパーが引っ張り出してきたのは、多種多様な魔鉱石が山盛りの籠と、丁寧に箱詰めされた純白の鎧一式。デスパーが慎重な手つきで鎧を取り出したが、ややサイズが小さめであり、形状からして女性用に見えた。
「こちらは先代王が使っていた鎧一式デス。歴代の王サマの間で引き継がれているそうデスよ。これをこちらの魔鉱石を使って国王サマが装備できるように加工するんデス。つまり作るというより、作り直すという方が正確デスね」
「あ、なーんだ、そういうことか。だからリクサは聖剣と同時期に作られたって言ってたわけね」
これも前にリクサに聞いた話だが、先代の円卓の騎士たちは任期が終わると同時に全員いずこかへ去ってしまったという。その前の代の円卓の騎士たちも同様に。しかし彼らの装備品はちゃんと残されていたわけか。
俺は国王に即位したその日の晩に、聖剣に宿っていた先代王フランチェスカの残留思念に呼びかけられて、僅かな間ではあったが言葉を交わした。
あのとき見た彼女の姿は今でも鮮明に思い浮かぶ。リクサと同じくらいの歳で、黒髪を短く揃えたなかなか可愛い女性だった。
「ふーむ、先代王が着ていた鎧か。これを俺が着るとなると……少し興奮するな」
鎧のちょっと控えめな曲線が描かれた胸当ての部分を凝視する。
そう、確かに彼女はこれくらいのサイズだった気がする。
「なにか仰ったデス?」
「いや、なんでもない」
小首を傾げるデスパー。
ナガレにはどうやら聞かれていたらしく、心底気持ち悪そうな目つきで俺を睨んできたが、今さらそんなこと気にはしない。むしろご褒美である。
俺はもう一度しっかりと鎧を観察した。留め具やらなにやらを調節しても、俺が着られるかは微妙なサイズだった。先代王と話した一年前の俺ならばいけたかもしれないが、成長期が来たのかここ一年でかなり身長が伸びたのだ。
「なぁ、デスパー。これってサイズ調整するだけじゃないよな? こう、男性と女性だと体の形も違うわけだし」
「ハイ。形状の修正はもちろんデスが、錬金術や魔鉱石の埋設などを絡めた非常に長く、複雑な工程を踏むんデス。なので仮に先代と性別が同じでサイズがぴったり一致してたとしても、作業日数は大して変わらなかったデスね。調整とかではなく作るという表現を使ったのはそういう理由デス。で、使う物の三つ目なんデスが」
デスパーは殺菌した針を取り出すと、二滴の血液を俺に要求してきた。ついでなので、俺も円卓の騎士のみんなから血液つきの指紋を押してもらっているハンカチに、デスパーの血判を押してもらった。聖剣が秘める力は色々あるが、騎士の召喚などの親密度能力は使用するのにその騎士の血液が必要なのだ。
「デスパーは俺の血液を何に使うんだ?」
「同士討ち防止効果を国王サマの鎧に適用させるのと、【瞬間転移装着】用の登録に使うんデス」
「ああ、騎士系職の上級固有スキルね」
円卓の騎士はその席についた瞬間から聖騎士との二重職になる。もっとも国王である俺はその例外なのだが、聖剣の忠誠度能力である技能借用の力を使えば騎士系職のスキルも借りられるはずだった。
これまで【瞬間転移装着】を借りたことはなかったが、彼らと同じように純白の鎧一式が用意されているということはたぶん可能なのだろう。いちいち俺だけ着てる状態で戦場に行くのも変だろうし。
「その、登録ってのはなんなんだ?」
「【瞬間転移装着】はなんでもかんでも呼び出せるわけではないんデスよ。あらかじめ血液を使って登録しておいたものだけデス」
「ほぉ。んじゃこの聖剣も登録できる?」
「それはそういうレベルの代物じゃないデスから無理デスねぇ。あ、それと重いんで持ってこなかったんデスが馬上槍と聖馬も登録しておくデスよ」
最後に出てきた聞きなれない単語に俺が首を捻ると、それまで黙って話を聞いていたナガレが後ろから説明してくれた。
「決戦級天聖機械のアスカラと戦ったときに、オレたちが六人で騎馬突撃しただろ? あんとき召喚したあの軍馬だよ。あれも初代円卓の騎士が作ったもんらしくて、実際には馬じゃねえし、生物ですらねえらしい」
「あー、そうだったんだ。確かに普通の馬とはちょっと違ってたな」
「普段は異次元にいるらしいけどな。詳しいことはオレも知らねー」
王城の厩舎にはあんな馬はいなかったので、どっから召喚したのか長いこと不思議だったのだ。国王になってもう一年も経つというのに、いまだに知らないこと――というか、聞かされてないことが沢山ある。
「ところで。物は相談なんデスが」
デスパーはここからが本題だとばかりに姿勢を正すと、ずいっと一歩間合いを詰めてきた。そして先ほどの妹のように、目をキラキラと輝かせて俺に顔を近づけてくる。
「国王サマ、斧に興味はないデスか?」
「……ない。正直、まったくない」
「そうデスか。斧はいいデスよ。一度使ってみればきっと国王サマもその魅力の虜になると思うんデス。もしよろしければ鎧と一緒に国王サマにぴったりの素敵な斧をお作りいたしますがどうデスか?」
「いや、せっかくだけど俺には聖剣があるから」
「ふむ? 了解デス。では鎧…………と、斧をお作りするデスね」
「頑なだな! オイ!」
思わず声を大にする。
デスパーはそれでも引き下がらず、熱弁を振るってきた。
「よく考えてほしいデス、国王サマ。【瞬間転移装着】できるとはいえ鎧も万能ではないんデスよ。その点、斧は万能デス。鎧の代わりにだってなるんデス」
「ならねえよ。どういう理屈でそうなるんだよ」
「攻撃は最大の防御デスので」
「それ言ったら防具なんて一個も要らなくなるだろ!」
むう、と唸るデスパー。なぜ分かってくれないのか分からない、と言った顔でなおも続ける。
「斧は万病にも効くんデスよ……?」
「効かねえよ! 素直にみんなと同じ純白の鎧だけ作ってくれよ!」
「では間を取って純白の斧ではどうデス?」
「ダーメ! 絶対にダーメ!」
ここまで言って、ようやくデスパーは諦めたのか、しょんぼりと肩を落とした。
俺たちが口論しているのを聞いてか、工房内で働く鍛冶屋たちが何事かと視線を向けてきた。鉄を打つ音が止み、ここでは珍しい静寂が訪れる。
これはまずい。デスパーの好感度を上げるためにも、一芝居打つことにする。
「……あれだ。斧はな。ホントはちょっと興味ある」
「ほ、ホントデスか、国王サマ!」
「ああ。ただ、今はまだ作ってほしい斧のイメージが固まってないんだ。だからとりあえず今回は鎧だけ頼む。斧の件はじっくり考えておくから」
「了解デス! お任せあれデスよ!」
表情を一変させたデスパーはぐっとガッツポーズを三回ほどすると、妹であるデスビアにハイタッチを求めた。妹の方は特に表情も変えずにそれに応じる。
斧が好きな男だとは聞いていたが何が彼がここまで駆り立てるのかは分からない。この面倒くささは、ちょっとあの放浪ザリガニ野郎のレイドに似ている。
「レイドはフリーダムなマイペース野郎で、デスパーはめんどくさいところがある天然野郎なんだよ。話聞かない病を患ってないだけ、レイドよりマシだけどよ」
ナガレが同情を視線に込めて、俺に呟いた。
「では、さっそく作業に入るデスよ」
俺の全身の寸法を測った後、デスパーがそう言って向かったのは、工房の奥の厳重な鉄の扉のところだった。扉は銀行の金庫のように厚みがあり、その下部には囚人の独房にあるような食事を入れるための小窓が備えられている。扉の先には炉や金床などの設備が整っていて、さらにはトイレや風呂などを含めた居住スペースまであるようだった。この扉の他には出入口はなく、窓のようなものも見当たらない。換気用の空気穴くらいはあるようだが。
「鎧を作り直す具体的な工程は[最上鍛冶師]になった者しか知ってはいけないルールなんデス。なのでこの一人用の作業場を使うんデス」
「え、一人でやるのか? デスビアとか工房の人には手伝ってもらわないの?」
「食事の用意とかしてもらうだけデスね。それ以外は、ハイ、一人きりデス。絶対の秘密デスので、たとえ国王サマにお願いされてもお教えできないデスよ」
「ふーん」
聖剣にもみんなに知られてはならない秘密があるが、[最上鍛冶師]にも似たようなものがあるのだろう。別に知ってどうなるものでもなさそうなのでそれについては聞かないことにする。
「そういや、デスパー。悪霊はどうしてる?」
「相変らず大人しいデスね。こういうのぜんぜん興味ないみたいデス」
「工程がバレるとまずいらしいけど……それならまぁ……いいのかな」
先ほどみんなが召喚していた軍馬が実は無生物だったとか話に出ていたが、デスパーに憑りついている悪霊はいったいどういう存在なのだろうか。天聖機械であるイスカもそうだが、話している限りは人間と何も変わらないように思える。今度現れたときに聞いてみるか。
「では始めますが、仕上げも含めて十日ほどかかりますがよろしいデスか?」
「ああ、問題ない。よろしく頼むよ」
どうせ魔神将ゲアフィリが出現する深淵の魔神宮は五日で内部構造がリセットされてしまうのだ。出現予定日の六日以上前に迷宮内に入っても完全に無意味である。時間はたっぷりとあった。
「終わるまでは開けたら駄目デスよ? 絶対に、絶対に駄目デスからね」
デスパーはそう何度も念押ししながら作業室の中へ入っていった。
しかしなおも信用できないのか、扉の下の小窓をパカっと開けて顔を覗かせると、小声でさらに付け足した。
「前振りじゃないデスからね?」
小窓が閉まり、しばしの間、俺たちの間に沈黙が漂う。
「……鶴の恩返しかよ」
最後にナガレがぽつりと呟いたのが、妙に印象的だった。
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【第十一席 デスパー】
忠誠度:★★★[up!]
親密度:★[up!]
恋愛度:★★[up!]
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