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第百三話 呪いや危険種の仕業だと思ったのが間違いだった

 今から二百年ほど前、つまりは統一戦争が終結した頃。

 ウィズランド島の東部は人の住めぬ魔境だった。


 神々が生まれた超高度科学の時代、第一文明期(エンシェント)

 世界各地に(おこ)った魔術同盟たちによる戦乱の時代、第二文明期(ルネサンス)

 真なる魔王と魔族がこの世のすべてを支配した第三文明期(ゴシック)


 これら三つの時代の迷宮(ダンジョン)が点在し、そこから湧き出た無数の危険種(モンスター)が我が物顔で跋扈(ばっこ)していたがゆえ。


 その東部を(ひら)いたのは、この島のすべての宝を手に入れたと(うた)われる伝説的なコロポークルの冒険者――ルドである。


 初代円卓の騎士の一人でもある彼は、島の中心部に位置する王都が復興するのに合わせて東部の果てに一つの街を造った。

 そして戦争が終わって仕事を失った島の諸勢力の戦士たちを受け入れて、冒険者という職を与えた。


 ともすれば賊になっていたかもしれない彼らに『人を襲ってその財産を奪うくらいなら、危険種(モンスター)と戦い迷宮(ダンジョン)を踏破して秘められた財宝を手に入れてこい』と言い放ったのである。


 それから二百年。東部は彼が作った街を中心として、冒険者たちの個人的な欲望を原動力に驚くべき早さで開拓されていき、ついには国内でも指折りの都市圏となった。


 現在、『冒険者の街道』と呼ばれる大街道で王都と結ばれたその地方の中心都市は、建造者の名を取って東都(ルド)と呼ばれている。






    ☆






 十六歳の春の終わり、つまりウィズランド王国の国王に即位してから一年と少しが経った頃、俺はその東都(ルド)の街を訪れていた。冒険者ルドの末裔にして、東部一帯を治める大貴族、ルフト家から至急の報を受けたためである。


 街の中心にどっしりと構えられた()の名家の邸宅。そこに早馬で駆け付けた俺を、困り果てた顔の執事長は薄暗い地下室へと案内した。


 統一戦争終結直後には恐らく牢獄か、それに近い用途で使われていたのであろうその陰鬱な地下室にいたのは、木の椅子にいくつもの革のベルトで拘束された一人のエルフの男。

 そしてそいつは俺の顔を見るなり鋭く警告を発した。


「自分の体には悪霊(・・)()いているんデス。それ以上近づかないほうがいいデスよ、国王サマ」


 誰がやったか定かではないが、男への束縛は病的なまでに執拗(しつよう)だった。椅子に拘束するだけでは飽き足らず、荒縄で両足を縛りつけ、更には金属製の手錠を三つも手首にかけている。


 背後の石壁に立てかけられているのは、身の丈ほどはある巨大な片刃の戦斧(バトルアックス)。この男が使うにはいささか大きすぎる気もしたが、恐らく軽々と振り回せるのだろう。エルフというのは第一文明期に肉体戦闘に特化するよう改造された人々の末裔である。その筋力は人間の倍ほどはあると聞く――。


「ええと、君がデスパー……で、いいんだよな。円卓の第十一席の」


「はい。自分がデスパーデスよ。今は、デスけど」


 俺が首を(かし)げて振り返ると、すでに執事長は姿を消していた。仕方がないので、この地下室へ一緒に降りてきたリクサとヂャギーに視線で問うと、二人は無言のまま頷いた。デスパー本人で間違いない、ということだろう。


 俺が即位する少し前くらいから、デスパーは大陸の大森林の国(ユグドラシル)へ親善大使として短期派遣されていた。それが何故か帰還予定日を過ぎても戻ってこない上に連絡一つ寄こさずに、そのまま行方不明になっていたのだ。

 そのデスパーを名乗る男が突然現れたので引き取りに来てほしい、というのがルフト家から来た至急の報であった。


 引き取り(・・・・)に、というのはどういうことか。

 大怪我でもしていて自力では王都まで帰ってこられないということなのか。

 よく分からないままこうしてやってきたわけだが、本人を前にしてもさっぱり理由は掴めなかった。


 他の円卓の騎士たちの評では、元々この男は生真面目な性格だという。それが連絡も寄こさず、帰ってもこないのは何か大きなアクシデントが起きたからではないかと以前リクサは話していたのだが。


「デスパー、なぜ帰還が遅れたのですか?」


 そのリクサが彼に問う。

 デスパーはエルフの種族特徴の一つである風切り羽のような尖った耳をピクピクと動かして、少しだけ(こうべ)を前に傾けた。同じく種族特徴の一つである金髪碧眼の整った顔には苦々しい表情が貼りついている。


「大陸各地の紛争地帯で暴れていたんデス。そのせいで帰って来れなかったんデス。もちろん自分の意思ではないデスよ。悪霊(・・)デス。悪霊(・・)が自分にやらせたんデス」


「その、悪霊というのはなんです?」


 いまいち要領を得ない答えに、明らかな困惑顔を浮かべるリクサ。まぁ俺も似たようなものだろう。

 デスパーは顔を上げると、カッと双眸(そうぼう)を見開いて一息でまくし立てた。


「そいつは自分の体の中にいるんデス。いつからいたかは分からないんデスが、大森林の国(ユグドラシル)からの帰り道、突然目覚めて自分の体を乗っ取ったんデス。それから(いくさ)が起こっているところへ行くと暴れに暴れて、(いくさ)が終わると自分に体を返して、しばらくするとまた体を乗っ取って(いくさ)へ行って。そういうループをここ一年ずっと続けていたんデスよ。今回この島に戻ってきて、この東都(ルド)へ来たのだって自分の意思ではないんデス。悪霊(・・)がここへ自分を連れてきたんデス。でも数日前に突然自分に体を返してきたので、これは好機(チャンス)とこの館に駆け込んで、自分をしっかり拘束して国王サマたちを呼んでくれって頼んだんデスよ」


 なるほど。先ほどの執事長が困り果てた顔をしていた理由はよく分かった。

 この男に拘束を(ほどこ)したのが誰なのかも。

 しかし肝心のところは分からない。


「……事情は飲み込めました。いえ、どうしてそうなったかは分かりませんが」


 困惑顔を崩さぬまま、指示を仰ぐようにリクサが俺に視線を向けてくる。

 もちろん俺も今の説明で原因を特定できたりはしないが、推測くらいはできる。


「呪いか、(たち)の悪い危険種(モンスター)仕業(しわざ)かなぁ?」


「どうでしょう。とりあえずブータとシエナに()てもらいましょうか。ああ、ご家族にも一応無事に帰ってきたことは連絡しておいたほうがよさそうですね」


 俺と彼女は冬にコーンウォールで受けた勇者の試練で、この男の妹と会ったことがある。デスビアという名前の娘で、デスパーと同じ妙な(なま)り方をしていた。行方不明の兄を心配した様子はあまりなかったが、リクサの言うとおり早く教えてやるべきだろう。


「それじゃデスパー。悪いけど、ここでしばらく待っていてくれ。……デスパー?」


 声を掛けてみたが、どうも様子がおかしい。脱力したように(うつむ)いて、肩を震わせている。


「ど、どうした?」


 と、駆け寄ろうとしたところで、ヂャギーに肩を掴まれて止められた。


 ガバリとデスパーが再び顔を上げる。その表情は理知的だった先ほどまでとは打って変わり、衝動と狂気に満ちたものになっていた。

 左右の口角を上げ、ギザギザの歯を見せて、楽しくてしょうがないという風に笑う。


「ケケケケケッ! 呪いィ!? 危険種(モンスター)仕業(しわざ)ァ!? オレ様はそんなんじゃねぇヨ! ……ふん!」


 どうやら最後のは力を込めるために上げた気合の声のようだ。

 デスパーの全身の筋肉が瞬時に膨張したかと思うと、彼を拘束していた無数の革のベルトが(はじ)け飛んだ。さらには両足を縛っていた荒縄も千切(ちぎ)れ落ち、座っていた木製の椅子まで粉々になった。


「待ってたぜ、王サマよォ! オレサマと戦ってもらうゼェ!」


 爛々(らんらん)と目を輝かせて俺を凝視するデスパー。

 いや、違う。もはやこいつはデスパーではない。


「こいつが悪霊(・・)か!」


 俺は咄嗟(とっさ)に飛び退()いて、腰に帯びた聖剣を鞘から抜き放っていた。


 なぜこいつが俺と戦いたがっているのかは分からない。

 しかしその身から発する大型獣のような闘気は、その言葉が嘘でも冗談でもないことを如実(にょじつ)に物語っていた。


 相手の肉体は俺たちと同じ円卓の騎士の一人のもの。戦場で暴れていたということは、悪霊もデスパー本来の力を使えるのだろう。やりあうとなれば、死闘となることは必至である。


 狭い室内に一触即発の緊張感が満ちる。

 しかし待てども待てども、デスパー――というか悪霊は動かなかった。


「ん? これは、無理だヨ?」


 ぽつりと呟いて悪霊が見下ろしたのは、自身の手元だった。

 ぐいぐいと両手に力を込めているようだが、太い鎖でつながれた三つの手錠はびくともしない。


 俺の背後でリクサが呆れたように嘆息する気配があった。


真銀(ミスリル)製ですよ、それ。……逆に、なんで人の力でひきちぎれると思ったのですか?」


 衝撃を受けたような顔のまま固まる悪霊。

 俺は俺で身構えていただけに、なんだか気恥ずかしい。

 なんとも言えない沈黙が俺とヤツの間に流れた。


 コツコツと足音を立てながら歩いてきて、俺とヤツの間に立つリクサ。

 その左右の手にはいつの間にか、天剣ローレンティアと地剣アスターが握られている。


「それと。いい度胸ですね。三対一ですよ?」


「え」


 思わず声を出したのは俺だった。

 言われてみると、確かに俺一人で相手にする必要はないのだが。一人の相手を袋叩きにするというのは騎士としてどうなのだろう。


 悪霊はしばし呆気に取られていたが、やがて気を取り直したのか不敵な笑みを浮かべて俺たちに背を向けた。

 そして背後の壁に立てかけられていた戦斧(バトルアックス)の柄を手錠がかかったままの両手で握ると、振り返って叫ぶ。


「上等だヨ! オレサマはァ! こういう血沸き肉踊る絶対的苦境で! 心いくまで戦いたかったん」


「そぉい!!」


 話を(さえぎ)ったのはヂャギーだった。

 優に林檎(りんご)ほどはある彼の鉄拳が悪霊の顔面にめり込み、その体は空中で縦に三回転ほどしながら吹っ飛んでいく。


「ぐえっ!!」


 石壁に打ち付けられた悪霊は潰されたヒキガエルのような声を出して床に倒れた。よほどの威力だったのか、地下室の天井から(ほこり)がパラパラと落ちてくる。


「……ヂャギー、ちゃんと手加減した?」


「忘れちゃったんだよ!」


 俺の問いに巨漢はあっけらかんと答えると、バケツヘルムを被った頭の後ろに片手を当てた。やっちゃった、という意味のジェスチャーだろう。

 大股二歩で間合いを詰めたのも凄いが、話をぶった切る空気の読めなさ具合も凄かった。おかげで今回はあっさり勝てたけども。


 仰向けに倒れた悪霊、あるいはデスパーは鼻血を盛大に吹き出しながら痙攣(けいれん)していた。

 死ななきゃいいが……戦闘種族のエルフだし、大丈夫だろう。


 たぶん。


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【第二席 リクサ】

忠誠度:★★★★★★★★★★

親密度:★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★


【第三席 ブータ】

忠誠度:★★★★★★

親密度:★★★★

恋愛度:★★★★★


【第四席 レイド】

忠誠度:

親密度:

恋愛度:★★


【第六席 ヂャギー】

忠誠度:★★★★

親密度:★★★★★★★★

恋愛度:★★★


【第七席 ナガレ】

忠誠度:

親密度:★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★


【第八席 イスカンダール】

忠誠度:★★★★★

親密度:★★★★★★

恋愛度:★★★★★


【第九席 ヤルー】

忠誠度:★★

親密度:★★★★★★★

恋愛度:★★★★


【第十一席 デスパー】[new!]

忠誠度:

親密度:

恋愛度:


【第十二席 ラヴィ】

忠誠度:★★★

親密度:★★★★★

恋愛度:★★★★★★★


【第十三席 シエナ】

忠誠度:★★★★★★

親密度:★★★★★★★★

恋愛度:★★★★★★★

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