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第百二話 頷いたのが間違いだった

「マリアー? おつまみでも持ってきてくれたんですか? いいですよ、入って」


 リクサの部屋のドアをノックすると、そんなのんきな声が返ってきた。

 マリアというのは彼女と仲がいいあの女中(メイド)の名である。


 入っていいそうなのでドアを開ける。

 すると先日と同じく炬燵(こたつ)に入って部屋の奥の方を向いているリクサの姿が目に入った。どうやらこれが自室にいる時のデフォルトのスタイルのようだ。

 パーティ会場にいたときに着ていたショールドレスは床に適当に脱ぎ捨てられており、いつもの青の作業着風衣服(ジャージ)姿になっている。

 酒瓶が炬燵(こたつ)の上に並んでいるところを見ると、どうやらまた呑んでいたようだ。


 リクサは入ってきたのが俺だとは気づかずに、炬燵(こたつ)から出した頭を抱えて愚痴り始める。


「はぁー。もう、聞いてくださいよ、マリア。母さまったらミレウス様に私と……け、け、結婚しろだなんて言うんですよ? 本当に信じられません。昔から突拍子もない人だとは思っていましたが、まさかここまでだなんて。……ミレウス様、怒ってなければいいんですが。……はぁ……最悪です……」


「全然怒ってないよ。これっぽっちも。まったくね」


 そう言って部屋のドアを閉めると、リクサの顔がくるりとこちらを向いてそして引きつった。


「ひゃあああああああ!! ミ、ミレウス様!?」


「やぁ。コタツ、入ってもいいかな」


「ど、どどどどうぞ」


 入っていいそうなので彼女の正面に入ると、リクサはどぎまぎした様子で姿勢を正した。


 俺は先ほどのパーティ会場ではほとんど呑めなかったので、炬燵(こたつ)の上の酒瓶を一つ拝借してラッパ飲みをする。


「こうしてると、この街へ来る前に王都のリクサの家で呑んだのを思い出すね」


「ああ、そうですね。はい。あの時はまさかあんな試練を受けることになろうとは夢にも思っていませんでした」


「ホントにねぇ」


 エドワードからの封書を発見したあの朝が、もうだいぶ前のように感じる。


「あの、ミレウス様。本当に怒っていらっしゃらないんですか? 私じゃなくて、母にですけど」


「もちろん。娘想いのいいお母さんじゃないか」


「そ、や……そ、そうでしょうか。いえ、怒っていらっしゃらないならいいんですが」


 口元をだらしなく(ゆる)めてリクサが下を向く。普段ならまず見せない表情だ。

 どうやらパーティ会場から戻ってからの僅かの間に相当呑んだらしく、出来上がっていた。


「あの、そ、そちらへ行ってもいいですか」


「そちら?」


「コタツの、そちらです。面と向かってでは恥ずかしくて話せないことを、話したいので」


「お、おう。どうぞ」


 今度はこちらがどぎまぎする番だった。

 少しズレて横を空けるとリクサは立ち上がって、本当にこちらへやってきた。


「失礼します」


 律儀に言ってから隣に潜りこんでくる。

 炬燵(こたつ)と言ってもそんな大きなものではない。一つの辺に二人で入れば、必然的に肩や足が触れ合う。


 リクサは火照(ほて)った自身の頬に手を当てて、ほう、と息を吐くと話し始めた。


「任期が終わった後のことは今は考えられないと、この間お話ししましたよね。今もまだ具体的にどうするかは決められていないんです。……ただ漠然とした希望はできました」


 リクサがもう一度息を吐く。

 その目には強い意志の輝きが見えた。

 震える声で、彼女は続ける。


「任期が終わっても、あなたが王を辞めても、私はずっと……生涯貴方のそばでお仕えしたい。それが今の私のたった一つの望みです」


「えっ」


「貴方が王でよかったという想いが日に日に強くなるのです。貴方に仕えるために私は生まれてきたのだと、そう思うのです。ですから……今は返事はなさらなくていいのですが、考えておいていただけますでしょうか」


「わ、分かった」


 会話はそこで途切れた。


 窓の向こうでドサリという音がする。

 昨夜遅くから雪が降り始めたので、それが館の三角屋根に積もり、崩れて、一部が滑り落ちたのだろう。


 リクサは炬燵(こたつ)の天板の上に並んだ酒瓶の群れから最も度が強いものを選ぶと、先ほどの俺を真似するようにラッパ飲みした。それから獣のような荒い呼吸を続ける。

 大丈夫だろうか。


「そ、それでですね。話は他にもありまして。……酔った勢いで言うわけではないのですが。いえ、こんなことはやはり、酔った勢いでしか言えないのですが」


 横目で見てみると、前を向くリクサの目は完全に据わっていた。

 どうもこちらの方が本題のように思える。


「ロムスの一件の時、その、イスカから祝福の……キ、キスをされていましたよね?」


「ああ、うん。されたね」


「あの後、あのキスの意味をイスカから聞いたんです。あれは第一文明期の女性の戦士の間にあった風習だそうで、『貴方(あなた)のことを一生護る』という誓いの意味があるそうです」


「はぁー。なるほどね」


 なんか突然してきたのはそういう意味があったのか。

 ひと季節が経ってからだが、ようやく謎が解けた。


「それで?」


「そ、そそそそれでですね」


 今日のリクサは焦ったり動揺したりしてばかりだが、今回が一番酷かった。

 何度も何度も深呼吸を繰り返してから、ようやく、消え入りそうな声を出す。


「その、私にもそれを、させていただきたく」


「……えっ?」


「いえ! ダメならいいんです! ……ダメなら諦めますから」


 リクサは両手で顔を覆うと天板の上に突っ伏した。

 じたばたと足を動かしているらしく、炬燵(こたつ)全体がぐらぐら揺れる。


 俺は落ちそうになった酒瓶たちを寸でのところで掴んで、床に退避させた。

 彼女が何を言ったのか、それが何を意味するのか、しばしの間、飲み込めなかった。


「そういえばリクサには前にもしてもらったな」


 最初の滅亡級危険種(モンスター)――百足蜘蛛の決戦級天聖機械(オートマタ)、アスカラを倒した後のことだ。


 リクサは突っ伏したまま、こちらの耳に届くぎりぎりの声で言う。


「……あの時は興奮していたんです。それとあの時は額にでしたので、意味合いが違います」


「なるほどね。まぁいずれにしても、ダメなわけないよ」


 リクサはこれを聞いて、どう思ったのだろうか。

 突っ伏したまま、死んだように動かないので、その感情は分からない。


 とにかくたっぷり間を空けてから、ガバリと上半身ごと顔を上げて、こちらを向いた。


「め、目を閉じてください」


 久しぶりに真正面から相対したリクサは夢見る少女のような顔をしていた。

 この館の、この部屋で。円卓の騎士となることを夢見ていた頃に、していたのではないかと思えるような情熱的で純真無垢な顔を。


 (まぶた)を閉じる。

 俺の手を、リクサが両手でそっと包んだ。


 熱い。


 重なった手から彼女の鼓動が伝わってくるような気がした。

 早鐘のように打つ俺の鼓動も、伝わっているような気がした。


 リクサが静かに宣誓する。


「ミレウス様。貴方(あなた)のことを、生涯お(まも)りいたします」


 近づく気配。

 唇が、触れた。

 やはりそこも燃えるように熱い。


 窓の外には降り続く雪の気配。


 それはそれほどの時間ではなかったはずだけど、不思議と長く感じられた。


 気配が離れる。

 二人揃って、(まぶた)を開ける。


「これからも末永(すえなが)く、よろしくお願いいたしますね」


 臣下として、友人として、そして一人の女性として。

 完璧すぎる微笑みを浮かべて頼んでくるリクサ。


 これに(うなづ)かずにいられる奴がいるだろうか。




 いや、いない。


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【第二席 リクサ】

忠誠度:★★★★★★★★★★[up!]

親密度:★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★[up!]

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この第百二話を持ちまして幕間その3は完結になります。


次からは第四部に入ります。

相変らずゆっくりとではありますが、これからも頑張っていきますので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。



 作者:ティエル

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