第百話 剣に頼ったのが間違いだった
まずヂャギーから【自傷強化】を借り、シエナからは《攻防強化》の魔法を、ブータからは《魔力付与》の魔術を借りる。
そしてラヴィから[怪盗]の奥義――障害物さえ無視するという短距離高速移動、【影歩き】を借りて一気にロイスの間合いに入り、その首を狙う。
しかしロイスはそれすら見越していたかのように後ろへ跳躍して回避した。
「化け物め」
小さく悪態を吐いてみるものの、向こうが聞いてくれているかは分からない。
そこで勇者特権で自己強化を施したリクサが加勢したので、再び左右から連携して攻撃を行う。
だが、それでも攻め崩せない。ロイスの動きはまるで未来が見えているかのようだ。
攻撃が当たらないから【超大物殺しの必殺剣】は発動できない。
かといって【技能拡張】を使うのを悠長に待ってくれるとも思えない。
そんなことを考えながら戦っていると、集中していないことを見透かされたのか、不意にロイスに体当たりをかまされて壁まで吹き飛ばされる。
「うげえ!」
狙ってやったことなのか、ぎりぎり聖剣の鞘の加護の適用外だったらしく背中に鈍痛を覚える。
「くっそ……」
上半身を起こす。
するとリクサ達が戦っている方から普通の剣の打ち合いとは異なる甲高い金属音がした。
何事だろうかとそちらを見やると、天剣ローレンティアがくるくる回転しながら飛んできて俺の両足の間に突き刺さった。
「あ、危ないな、おい!」
いや、本当に危ないのは得物を失ったリクサの方だ。たぶん武器はじきされたのだろう。
空手となった彼女は後方へ転がるようにしてロイスから離れていた。
とにかく武器を返してやらねばとローレンティアの柄を握る。そしてはたと気づいた。
リクサは先日こう言っていた。このローレンティアに釣り合う剣がないから双剣術を使わないと。
今、ロイスが持っている地剣アスターならば当然釣り合うのだろうが、それ以外にも確実に釣り合う剣がもう一振りだけある。
それはこのローレンティア自身だ。
かつて南港湾都市で戦った魔神将のグウネズ。強力な魔力を帯びた三叉槍を振るう強敵だったが、魔術にも非常に長けていた。
奴が使った術の中に、装備している品を複製するというものがあった。現代では使い手がいない遺失魔術であったのだが、ブータはそれを解析し、再現することに成功していた。
その模様は俺もこの目でじっくり見ている。しかし正直、使う機会が訪れるとは思っていなかった。
ブータの再現実験のことを思い出して呪文を唱えると、柄を握っていない方の手に漆黒の影で形成されたもう一振りのローレンティアが出現する。
形状を保っていられるのはそれほど長い時間ではない。しかし性能は十分なはずだ。
「リクサ! 使ってくれ!」
彼女ならば受け取れるだろうと二振りのローレンティアを力の限り投げつける。
リクサはその期待に反することなく器用にそれらの柄を掴んでくれた。
「感謝を!」
彼女の全身から白とも黄色ともつかぬオーラが湯気のように立ち上る。勇者特権による自己強化を全開ギリギリまで高めたのだろう。
再び剣を交えるリクサとロイス。
今回は五分。いや、僅かにリクサの方が押しているか。
真と偽。
二振りのローレンティアが時折ロイスの体を捉えるが、瞬く間に再生されてしまう。
首を刎ねるか、心の臓を貫くか。
あるいは滅亡級危険種たちと同じように、十分な大火力を叩きつけでもしない限り倒すことはできなさそうだ。
リクサ一人で戦っている限り、恐らくその機会は訪れない。
だから俺が何とかするしかないのだが、あらゆるスキルを借りて挑んだ先ほどの攻撃が通用しなかった以上、どうにかできるとは思えない。
悔しさで唇を噛みしめる。
俺はリクサの援護しかできないのだろうか。
反撃を喰らいながらも果敢に攻めあう二人の姿を見ていると、勇者はすぐに再生するからいいよな、なんて羨ましくもなる。
勇気がある者だから勇者なわけだが、あんな反則級の肉体があれば誰だって戦う勇気を持てるのではないか。
完全に蚊帳の外に置かれてしまったからか、どこか自暴自棄にそう考えたのだが。
……本当にそうだろうか?
リクサはこうも言っていた。
寒さを感じないわけじゃない。我慢できるだけだと。
痛みだってそうだろう。たぶん、恐怖だって。
リクサが痛みにも恐怖にも負けずに戦っていられるのは、優秀な血のおかげでもなければその強靭な肉体のおかげでもないと思う。
きっと彼女自身の、個人的な努力や意志によるものだ。
俺は先ほどの自分の考えを恥じた。
そして思い至る。
そうだ。反則級の肉体というのならば、まさに俺こそがそうじゃないか。
どんな致命的な攻撃であっても、一時的とは言え、完全無効化してしまえるのだから。
同時に二つのことが頭に思い浮かぶ。
それらが合わさり、一つの作戦となる。
いける。この手ならば確実に。
問題は俺が死ぬほど痛いことだけだが、勇気と覚悟さえあればそれは障害にはならない。
もしも逆の立場であるならば、彼女は絶対躊躇うことなくそうするはずだ。
幾合かの激しい打ち合いの後、リクサとロイスの間合いが離れる。
そのタイミングで声を掛けた。
「リクサ。俺がロイスの動きを止めるから【剣閃】をぶっ放してくれ」
「はっ!? いえ、しかし」
彼女は驚いたようにちらりと目を向けてくる。
「……あのスキルは溜めも勇者特権の消費も膨大なので、使うのならば確実に当たる状況でなくてはならないのですが」
彼女が俺の意見に反対するとはなかなか珍しいことだ。
その言葉は、ロイスならまず回避してくるだろうということを暗に示していた。
しかし俺にも自信がある。
「大丈夫だ、俺を信じてくれ。絶対にロイスを止めるから、俺がやれと言ったら絶対にやってくれ。どんな状況だろうとだ」
「わ、わかりました」
こちらの強い意志が伝わったのかリクサは頷いて、スキルの準備に入った。
俺はそれを確認して再びロイスに斬りかかる。
もちろん結果は先ほどと同じ。
俺の攻撃は一切当たらず、反撃は喰らいまくる。
ロイスの動きはまったく妨げられない。
普通にやってたらそりゃそうだ。
相手は最強の剣士。俺が剣で勝てるはずがない。
だがこれでいい。
剣で勝てないのなら、剣を捨てればいいのだ。
ロイスの双剣による連撃を喰らいながら、俺は体ごとぶつかりにいくような大きな動作で振り下ろしを放った。
捨て身の攻撃だと思ったことだろう。ロイスは後ろに下がって簡単に避ける。
これも計算の内。
俺は振り下ろした聖剣を勢いそのままに投げ捨てると、【影歩き】で一気にロイスに肉薄し、両手両足を使って抱き着いた。
ここでロイスは初めて余裕の表情を捨て、ぎょっとした顔を見せた。
いい気味である。
「やれ、リクサ! 俺ごとやれ!」
面食らった様子の彼女だったが、すぐに反応してくれた。
リクサが二本のローレンティアを頭上にかざすと、その剣身が眩い輝きを放つ。
滅亡級危険種との戦いの中で彼女が幾度も使ってきた勇者の最大火力技だが、双剣で放つのは初めて見る。
「【剣閃】!」
勇壮にそう叫ぶと共に彼女が双剣を振り下ろすと、二本の刃が膨大な純エネルギーの光に変わり、うなるような轟音を上げながら俺とロイスを飲み込んだ。
もちろん俺へのダメージは聖剣の鞘が先延ばしにしてくれる。
ああ、なるほど。これを喰らってるときの滅亡級危険種はこんな気分なのかと、凄まじい光と音の中で考える。
しがみついていたロイスの体の感触がふっと消えて俺はその場に尻もちをついた。
どうやら倒せたようである。
やがて光と音が収まって、リクサが心配そうに駆け寄ってきた。
「ご無事ですか、ミレウス様!」
「ああ……今のところはね」
立ち上がれないまま、手を挙げて答える。
そこで再び、頭の中でロイスの声が響いた。
『見事なり。勇者と王よ』
『報酬を取れ』
その言葉と共に鞘に入った状態の地剣アスターが空中に出現する。
リクサは複製の方のローレンティアを床に置くと、それを恭しく手に取った。
『備えよ。来るべき時のために』
それがロイスの最後の言葉だった。
俺たちは勇者の試練をすべて達成することができたらしい。
リクサの手を借り、立ち上がる。
彼女はどこか呆れたような顔をしていた。
「ミレウス様、よく今のような大胆な手を思いつきましたね」
「なかなかびっくりしただろ? 俺ごとやれってのは、コロポークルの試練の時にリクサの勇者特権の巻き添えになった時のこと思いだして閃いたんだ。【剣閃】を使うのを思いついたのは、ここが塔だったから」
あのスキルによってぶち抜かれた壁と、そこから覗くどこまでも広がる亜人の森を指さす。
「なんでわざわざこんな塔を作ったのか登ってきたときから疑問だったんだ。平屋じゃダメだったのかなって。たぶん【剣閃】を使っても周りに被害を出さないためか、もしくは【剣閃】を使えっていうロイス側の示唆だったんじゃないかな」
「なるほど……さすがは我が君。素晴らしい洞察力です」
褒めてくれたのは嬉しいが、彼女がいまいち浮かない表情をしていたのが気になった。
「せっかく試練を突破して報酬ももらえたのに、あんまり嬉しそうじゃないね。どうかした?」
「え! い、いえ。もちろん嬉しいです。嬉しいのですが……」
言い淀んで視線を反らすリクサ。
「あの、この間のロムスでのことですけど。上空で“精神”と戦った時、私、結局最後までついていけませんでしたよね」
「そりゃ雲の上まで行ったからね。いくら勇者でもきついでしょ」
そういえばあの時『臣下失格』とか言ってすごく気にしていたが、まだ引きずっていたとは。
リクサは静かに首を横に振った。
「あの時、主君の戦いについていけないことで己の無力を痛感したんです。それで少しでも強くなりたて、今回試練を受けたいと思ったのです」
ははぁ、それであんなに乗り気だったのか。
リクサは溜息をついて、肩を落とす。
「でも結局、今回も陛下に頼ってしまいました」
「……いや、頼ったのは俺の方だよ。今回は俺も無力を痛感してた。結局ロイスには一度も俺の攻撃当たらなかったし、どんだけ役立たずなんだろうって思ってたよ」
先ほど投げ捨てた聖剣を拾い上げ、鞘に戻す。
リクサは俺の話を聞いて、驚いたような顔をしていた。
「ミレウス様が役立たずだなんて、そんなこと私は一度も思ったことはありません」
「俺もだよ。リクサが無力だなんて思ったことは一度もない。いつも本当に頼りにさせてもらってる」
本心からの言葉である。それが伝わったのか、リクサの表情がふっと緩む。
「俺もリクサも、少し気負いすぎなんだと思う。せっかくの仲間なのだから、頼ればいいんだ。お互いに」
「はい、ミレウス様。……そうですね。きっと、そうです」
迷いが吹っ切れたような様子のリクサ。
これが見れただけでもこの試練を受けた甲斐があったというものだ。
と、二人でほんわか微笑みあっていると、俺の右腕に裂傷が生じて鋭い痛みが走った。
次に左手。左腹。右の太腿。次々に傷が現れ、血が噴き出る。
聖剣の鞘が先送りにしてくれていた怪我が戻ってきたのだろう。つまりはそのうち【剣閃】のダメージも戻ってくるということだ。
何も対処しなければ確実に死ぬような大ダメージが。
「シ、シエナを呼んできてくれ……」
激痛に耐えながら俺はその場に倒れ込み、やっぱりこの鞘の加護はイマイチだと思うのであった。
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【第二席 リクサ】
忠誠度:★★★★★★★★★[up!]
親密度:★★★★★
恋愛度:★★★★★★
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