第九十八話 鍾乳洞を冒険したのが間違いだった
「とりあえず進もうか。……進むしかないし」
現状を受けいれてコロポークルの試練の鍾乳洞をリクサと共に慎重に歩いていくと、坂道を登り切ったところで巨石を転がすのに利用したとみられる木のてこが見つかった。しかしそれを使ったコロポークルの姿は見当たらない。
行く手が二股に別れていたのでラヴィから【足跡追跡】のスキルを借りて地面を調べてみる。すると左右どちらにも子供のような小さな足跡が残っていたが、右手の方がずっと数が多かった。
「うん、一番奥に続いているのは右手だな。ブータが描いてくれた地図にも一致する」
彼の昔の記憶に基づいたものだったので信憑性が怪しかったのだが、これならいくらか信頼できそうだ。
分岐を右手に進むと今度は下りの坂道になっていた。ブータの地図は平面なのでこういう起伏に関する情報は載ってない。
「しかしいつ見ても凄いよな、リクサの剣技は。あれこそ絶技っていうか」
前を向いて歩いたまま、やや後方にいるはずの彼女に話しかける。
「俺もよく借りさせてもらってるけどさ。あれってどういう流派なの?」
「源流は三百年前に始祖勇者が勇者特権での肉体強化を前提に構築した剣術です。それをロイス=コーンウォールが自分に合わせて双剣術に発展させたものがコーンウォール家に伝わっているのです」
ん? と疑問に感じて振り返る。
リクサは少しだけ照れ臭そうに続きを語った。
「私は傍流のバートリ家の生まれでしたが、勇者の血が濃かったのか初等学校の頃から運動が得意でして。円卓の騎士に憧れていたこともあって、エドワードお爺様にお願いしてコーンウォール家の屋敷で双剣術を学んだんです。天啓を受けて円卓の騎士になる数年前のことですね」
「え、じゃあホントは二刀流なの?」
「二刀流と双剣術はやや違うのですが……ええ、そうです。この子と釣り合う剣がないので仕方なく単剣術として使っているのです。我が流派は剣を片方失った場合のことも想定しているので」
そう言ってリクサが触れたのは腰に帯びた天剣ローレンティア。
始祖勇者が自らの血で清めた金属――聖銀で作られたものであり、統一戦争でロイス=コーンウォールが使用していた双剣の片割れだ。バートリ家へ嫁ぐことになった次女に嫁入り道具の一つとして彼が贈ったものが、今も彼の家に伝わっており、リクサはそれを継承したのだとか。
「ロイスが使ってたもう一本……えーと」
「地剣アスター」
「そう、それ。それはコーンウォール家にあるんじゃないの?」
「いえ、今は行方知れずです。コーンウォールの街を復興させる際のごたごたで紛失したと言われていますね」
「ふーん……」
なんとなくこの勇者の試練の報酬とやらが見えてきた気がしたが。
「しかしどっちも物騒な追加効果だよな。アスターが毒耐性極大低下でローレンティアが猛毒付与だっけ」
「はい。天聖機械や魔神は毒は完全に無効ですので、円卓の騎士の仕事では何の役には立ちませんが」
「残念な話だね」
追加効果が意味なくとも極めて強力な魔力が付与されているので切れ味や強度は抜群だし、聖銀製であることにも意味があるので十分役には立っているのだが。
そんな雑談をしながら歩いていくと、かなり開けた空間に出た。地下水で浸食を受けて広がった場所らしく、奇妙な形をした石筍や石柱がそこら中にある。
とても幻想的な光景であり、こんな状況でなければずっと見ていたかったのだが。
「――気配がします」
その空間の中心まで来たところで、足を止めてリクサが囁く。その視線は油断なく周囲に向けられている。
ラヴィから【気配感知】を借りて俺も調べてみようと思ったが、すでに忠誠度切れで使えなかった。いつまで経っても忠誠度がろくに上がらないあの女に対して悪態をつきそうになるが、もちろんそんな暇はない。
四方八方、あちこちの石柱の影から投げ込まれたのは煙を吐き出す無数の筒。
俺とリクサはあっという間にその煙に飲み込まれ、完全に視界がなくなった。
続いて耳をつんざくような爆発音がすぐそばで連続して起こる。
直接攻撃を狙った爆弾などではない。音精霊を利用した発音筒だ。
鼓膜が破けたり眩暈がするようなことはないが、一時的に耳が機能しなくなる。もはや煙の向こうの気配も掴めない。
そして最後に投げ込まれたのは目の粗い投げ網だった。これも右から左から幾重にも飛んできて、俺は完全に絡めとられて、その場に転倒した。
ロイス=コーンウォールが教えたのだろう。敵は聖剣の鞘の加護の穴を熟知している。攻撃はどれもこれも絶対無敵を謳いながら案外そうでもないこの魔力付与の品では防げないものだった。
まったく身動きが取れない状態だが、幸い聴覚は早めに回復した。
周囲から調子に乗った子供のような声がいくつも聞こえてくる。
「ヒャッハー! やったやったぁ!」
「王様と円卓の騎士をふるぼっこ!」
「たのしいなぁ! たのしいなぁ!」
むかつく。むかつくが、何もできない。
どうしたものかと思っていると、煙幕が徐々に薄れてきた。
あちこちから近づいてくるコロポークルたちの小さな影。
奴らは気づいていなかった。
俺の前に仁王立ちする女騎士の影があることを。
「甘く見られたものですね。この程度で勇者をどうにかできると思うとは」
コロポークルたちの足が、ピタリと止まる。
リクサは煙幕を物ともせず、発音筒にも耐え、飛んでくる投げ網をその剣で斬り捨てたのだろう。
彼女が息を大きく吸い込む気配がした。
「こちらにおわす御方をどなたと心得る! 頭が高い! 控えなさい!」
ヂャギーの【咆哮】にも負けないような凄まじい声量。同時にリクサがいる辺りから突風が吹き、残っていた煙幕を一気に晴らす。
周りのコロポークルたちはすくみ上がると、バタバタと膝をついて頭を地面に押し付けた。
「レベルが低い者を強制的に従えさせる勇者特権です。あまり使う場面はないのですが、こういう風に役にも立つことも――」
得意げにリクサが振り返り、そして芋虫のような恰好のまま頭を下げている俺を見て固まった。
こちらとしては苦笑いを浮かべるほかない。
「……俺もレベル2だからな。そりゃあ効くよな。これも聖剣の鞘が反応する類のものじゃないし」
リクサは慌てふためいて駆け寄ってくると、俺に対する勇者特権を解除して、ついでに体の自由を奪っていた投げ網を切ってくれた。そしてぺこぺこと何度も俺に謝ってから、そこらで土下座をしたままのコロポークルたちを投げ網で縛り上げる。
一列に並べられた襲撃者の数はちょうど十人だった。
ブータと同じように子供くらいの身長しかないが、たぶんほとんどが大人であろう。
どいつもこいつもいくらかではあるが目が赤い。
「なかなか派手に歓迎してくれましたね」
と、リクサが問うと彼らは揃って愛想笑いを浮かべた。
代表者らしきコロポークルが答える。
「ゆ、勇者相手に手加減するなとロイス様が仰ったと伝わってまして」
「……なるほど。分かりました。それではこちらも手加減抜きでいきます」
リクサは目つきを険しくして、声のトーンを下げた。
「この先にある仕掛けを全て教えなさい」
「い、いや、それを言ったら試練にならないじゃないですか」
ビビりながらもへらへらと笑うコロポークルたちに、愛剣の刃を見せるリクサ。
「この剣、ご存知ですか? 我がバートリ家の家宝、天剣ローレンティアです。斬りつけた相手に毒を送り込む追加効果があります。陛下からはアナタたちを殺すな、必要以上に痛めつけるな、とは言われてますが、毒を与えるなとは命じられていません」
びくりと体を震わすコロポークルたち。
リクサは冷たい声で続ける。何の感情も見せずに、淡々と。
「この剣で送り込む毒の量は調節できます。コロポークルが死なないギリギリの量がどれくらいかも私は把握しています。その辺りのことを踏まえた上でもう一度お尋ねしますね。……この先にある仕掛けを全て教えなさい。いいですね?」
コロポークルたちは完全に震えあがって、こくこくと頷いた。
☆
「コロポークルは、ええ。コーンウォールの街でも色々悪戯をしていきますね。居住地が近いですから。個人的な恨み? いえ、そういうのはないですよ。本当です。毒を送り込む気なんて本当はありませんでしたし」
コロポークルたちから聞きだした情報のおかげで、その先の仕掛けを突破するのは容易かった。
鍾乳洞を進みながら、言い訳のようにリクサは話し続ける。
「まぁそうですね。お気に入りのウサギのぬいぐるみを庭で干しているときに、凶悪そうな顔に改造された件は忘れてませんが……子供の頃のことですし、根に持ってはいませんよ」
「信じるよ。信じる。俺は信じる」
道は起伏や分岐に富んでいたが、差し引きで考えれば徐々に地下へと潜っていた。もちろんその分、気温は下がっていき、俺たちが鍾乳洞の最下層と思われる場所にたどり着く頃には凍えるほどの寒さになっていた。
自然が作り出した洞窟の終端に突如現れたのは鋼鉄製の分厚い扉。
その扉には『氷室』という表記があり、その下におどろおどろしい字体で『氷に悪戯した者は、両目抉りの刑』と書いてあった。
ブータの話によれば、さしものコロポークルたちもここでは悪さをしないらしい。
普段は鍵が掛けられているのだろうが試練のために外してあるのか、リクサが押すと扉は甲高い音を立てて抵抗もなく開いた。
その先にはこれまで以上に神秘的な光景が待っていた。
「これは――」
息を呑むリクサ。
俺もしばしの間、目を奪われた。
曲がりくねりながら前へと続く細い足場。
その左右に、群青色に強く輝く地底湖がある。
なんでも地底に含まれる奇鉱石と過冷却された湖水が反応して、この時期だけこんな風に光を放つのだとか。
「綺麗ですね……」
「うん。これはすごいね」
地底湖を覗き込む俺たちを青い光が優しく照らす。
こんな辺鄙なところにあるのでなければ天然記念物に指定されていてもおかしくない絶景だ。
俺とリクサはその美しい景色を目に焼き付けるように、ゆっくりと足場を進んでいく。そしてたどり着いたのは平坦な台地。そこには長方体に切り出された天然氷が無数に積み上げられており、その手前にエルフの試練の時とまったく同じ形状の宝箱が用意されていた。
リクサが手に取り、開けてみる。
中から出てきたのは広範囲の地形が描かれた小さな羊皮紙だ。
「地図……ですね。この亜人の森の地図でしょうか」
どうやらそうらしい。森の中の二か所に小さな×印がついており、その中間のあたりに大きな×印がある。
「こちらの小さな×はこの間受けたエルフの試練の湖ではないでしょうか」
「そうっぽいね。と、すると、もう片方の小さな×はこの洞窟か。で、大きな×印が最後の試練の会場だと」
試練は全部で三つだとエドワード公は話していた。
エルフの試練とコロポークルの試練。そして詳細不明の最後の試練の三つであると。
地図を宝箱に仕舞って懐に入れ、リクサが不思議そうに首を捻った。
「今回も無事に突破できましたが……この試練にはどのような意味があったのでしょうか」
「さぁ? でも楽しかったよ。なんだか冒険みたいでさ」
実を言えばまったく見当がつかないわけではなかったのだが、俺はとぼけて笑って見せた。
リクサも微笑みを返してくる。
「はい。私も楽しかったです。陛下と二人でこんな風に行動したのは初めてでしたし」
「円卓の騎士を辞めたらみんなで冒険者になるのも悪くないかもね」
「冒険者! ……なるほど。考えたこともありませんでしたが、陛下とならば楽しいかもしれません」
何気なく呟いた一言なのだが、お気に召したらしい。リクサは顎に手を当てて少し真剣に検討しはじめた。
王の任期が終わった後ということは聖剣と鞘を返し終わった後ということで、俺は何もできない一般人に成り下がってしまうのだけど。
なんだか楽し気なリクサを見ていると、もちろんそんなことは口に出せないのであった。
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【第二席 リクサ】
忠誠度:★★★★★★★★
親密度:★★★★★[up!]
恋愛度:★★★★★★
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