エピローグ~魔法の世界の銃使い~
人知れず、世界の滅亡と対峙する苛烈な戦闘があった。その戦闘は少なくない被害を出しながらも未来を望む者達の勝利に終わった。
世界は彼らの手によって安息を手に入れた。
その勝利を勝ち取った男の名は船坂春人。かつて異世界より迷い込んだ男だ。彼は様々な出会いを経てかつての仲間であった宿敵を討ち倒し、そして更にはその宿敵をこの世界に呼んだ狂える神をもその力でもって退けた。
そんな彼を称える者は決して多くはない。何故ならそれは共に戦った戦友は皆その時の出来事について口を噤んでいるからだ。
彼は影の英雄となった。誰にも称えられず、称賛されもしないが一部の人間だけが知っている。彼がいなければ今のこの世界は存続していなかったと。
彼等はその英雄を、「銃」という特異な武器を使うその姿から敬意を込めて“銃使い”と呼んだそうだ――。
あの戦いのあった日から数十年の月日が経過した。
各地で小さないざこざは有れど、国同士の大きな戦争はここ暫く起きていない。また、英雄がかつて退けた神がまた姿を現して世界を混沌へと導くような気配も感じられない。
世界はいたって平和であった。
そんなある日のトリスタニア王国内のある屋敷にて――。
「それでは父上、母上。行ってまいります」
屋敷の玄関前で一人の青年が真新しい軍服に身を包んで屋敷を出立しようとしていた。彼の姿は黒い髪に同じ色の獣人種特有の獣耳が頭部にみられる。
その黒髪は昔のある人物を連想させた。
「いいか、家名に泥を塗るようなことのないようしっかりと勤めを果たしてくるんだぞ」
「くれぐれも体には気を付けるのよ」
青年と対面するようにその両親が彼の門出を祝っている。その両親も青年と同様にどこか昔人知れず活躍したある人物に似た雰囲気を醸し出している。
「はい! フナサカの名に恥じぬよう、しっかりと職務を務めて参ります!」
「あぁ、その意気だ」
「父上、出発前に御爺様と御婆様にご挨拶してから参りたいのですが……」
「お二人はこういった湿っぽいのは昔から苦手でね。お二人には私の方からよろしく伝えておこう」
「よろしくお願いします。では、行ってまいります!」
元気よくそう言った青年は後ろ髪引かれつつも屋敷から出発していく。
そしてその姿を見送るように眺めていた二つの人影が屋敷の一室にあった。
「あの子もとうとう行ってしまいましたね」
「あぁそうだな。アイツの門出だ、祝ってやらないとな」
その一室に居た二人はどちらも年老いており、お互いの顔や手に沢山の皺が寄っている。
「でもよかったんですか? 一緒に見送らなくて?」
「俺もああいった雰囲気は今でも苦手でな。こうして静かに見送るだけでいいさ」
獣人種の老婆に眼帯を着けた白髪の老人はそう答える。
「そうですか……。でもこうして貴方と子を成すばかりか孫にまで恵まれるとは思いませんでしたね」
「そうか? 俺はいずれはこうなるだろうと昔から思っていたぞ。ま、今も昔も幸せしか感じていないがな」
そう言うと老人は静かに笑みを浮かべた。そして続けざまにこう言った。
「なあアリシア。君は俺といて幸せだったか?」
「愚問ですね。私は貴方と、春人さんと一緒に居られてとても幸せでしたよ。そしてそれはこれからもです」
「そうか……ありがとう」
「私の方こそありがとうございます」
年老いていながらも尚、この夫婦の姿はとても美しく、それは例えるならばおしどり夫婦といった言葉が非常によく似合う程である。
そして老人は、春人はまた窓越しに外の風景を眺めながらこう言った。
「本当に、これで俺の時代は終わった。だがまだやることが一つだけ残っているな」
「まだ何かやり残したことが?」
「あぁ有るさ。次の世代を見守るという大きな仕事がな。これは共に果たそう。最期の時が来るまで、な」
「……ええ、最期の時が来ても私は常に貴方の隣に居ます。愛しています春人さん」
「俺も愛しているぞ、アリシア」
船坂春人は一つの時代を生き抜き、次の世代へとその意思を引き継いだ。彼の人生は波乱万丈な人生であった。それでも愛する者と共に後世へと自分が生きた証を残し、彼等を優しく、時に厳しく指導した。
彼の物語の最後はとても温かく、優しさに満ちていた。そこにはかつての血と硝煙の混じった臭いは何処にも無い。
春人はアリシアと共に最期の時が来るその瞬間まで世界を優しく見守っていた。




