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93:ファイナル・アタック

 島中に今でもミサイル発射の警告アナウンスが流れている。その残り時間は無情にも半分を切り、残り時間はあと2分と数十秒を残すだけとなった。


「はあ……はあ……まだ死なないのか……?」


「どうしたジーク……? 息が上がってるじゃないか……?」


「それはお互い様だろう?」


 春人とハミルトンは今でも斬り合っていた。だが今までと違ったのは互いの強化外骨格のあちこちに大小さまざまな傷がつき、ゲーム中では刃こぼれしないだろうと噂されていた高周波ブレードの刀身が欠け始めていたことだ。


 強化外骨格の一部分からは内部の人工筋肉の繊維が見え隠れしていることからその攻撃のすさまじさが伺える。人工筋肉の元の色は白っぽかったが、互いの装甲の隙間から見え隠れしているそれは赤く染まっていた。お互いの斬撃は装甲を裂き、その下の人工筋肉を断ち、さらに内側の生身の体にまで達していた。


 決して軽傷ではないであろう刀傷を負いながらもなお動いているのはお互いの精神力の高さからくるものだろうか。それはこの二人以外誰も知らない。


「たとえ刀身が砕けようとも俺はお前を倒して明日を掴む。俺は未来が欲しい」


「アンタを殺して俺の理想とする世界を築き上げる。その世界にアンタは不要だ。ここで消えろイレギュラー!」


 互いの理想とする世界を語るも現実は残酷で、時間はそうしている間も進んでいく。無情にも残り時間は1分を切り、十秒刻みのカウントダウンのアナウンスが流れ始めた。


 そして更には二人の高周波ブレードもボロボロであと2、3度刃を交えればその刀身は二つに折れそうなほどであった。


 次の一撃で決着を着けるしかなかった。武器の状態的にも残り時間的にも次が正真正銘最後になる。


 中段で構えていた春人は一度軽く呼吸を整えて高周波ブレードの剣先を下ろし、右脇に構えた。同時に右足も引き、上体をほんの少しだけ前に屈める。一気に間合いを詰めて相手を切り伏せようという魂胆だった。


 それを理解してかハミルトンも受けて立つと言わんばかりに両手の2本の高周波マチェットを構えた。


「行くぞ!」


 そして春人は踏み込んだ。少しだけ低くしていた上体をさらに屈ませて一気に間合いを詰める。それは日本武術の縮地のようだった。


「終わりだっ!」


 それを狙っていたかのようにハミルトンは両手の高周波マチェットを同時に上段から振り下ろしてきた。


 これですべてが終わる。ずっと殺したかった相手、ジークこと春人をこの場でようやく殺せる。そんな思考がハミルトンの脳裏をよぎった。


 そんな時に――。


「貰った!」


 マチェットの刃先が春人に触れようとしたその刹那、ハミルトンの両腕がマチェットを握ったまま宙に舞った。春人の高周波ブレードが目にもとまらぬ速さで一気に振り上げられ、ハミルトンの腕を切り飛ばしたのだ。


「なに!?」


「これで最期だ!」


 振り上げた高周波ブレードを今度は刃を水平にしその切っ先を思いきりハミルトンの心臓へと突き刺した。ブレードの性能も有ってか、何の抵抗もなくハミルトンの体を貫き、その背中から飛び出た刀身は彼の血で真っ赤に染まっている。同時に彼の口から大量の血液が吐き出され、それは目の前にいた春人の顔にも飛んできた。


「夢見は終わりだハミルトン。目を覚ませ、これが現実だ」


 ハミルトンの胸から滴り落ちるまだ温かい血液が春人のブレードの刀身を辿ってその手へと伝わってくる。それを感じながら春人はまるで諭すようにハミルトンに告げる。


 それから高周波ブレードの刃が胸部から引き抜かれるとハミルトンは地面に出来た真赤な血だまりの上に崩れ落ち、そのまま仰向けに倒れこんだ。そして途中から先が切断されて無くなった両手をまるで天を仰ぐかのように空へと伸ばした。


「ここでもアンタに勝てなかったか……。悔しいな……」


「どこまで行ってもお前は俺には勝てんさ」


「あぁ……勝ちたかったな、アンタに……ジークに……」


「ジークじゃない、俺の名は春人、船坂春人だ」


「そうか……、春人か……、それじゃあ俺は先に逝ってるぞ……」


「あぁ、それじゃあサヨナラだ。あばよ戦友」


 春人が投げ掛けたその言葉を聞いていたかどうかは分からないが、その言葉を最後にハミルトンの天に伸ばした腕がだらりと力なく地面に吸い寄せられていった。


 それはハミルトンがこの世を去ったことを意味している。そして彼が死んだことによって全ての核ミサイルの発射は阻止された。


 発射されるまでに残された時間は僅かコンマ数秒と本当にギリギリの戦いだった。


 そんなギリギリであってもまた春人の勝利に終わった。


 この日、この瞬間をもって春人の全ての戦いは終わった。遠路はるばるこんな異世界にまで呼び出され、自分と浅くはない縁のある相手を殺すために四苦八苦し、そして今ようやく自分の使命が終わったことを実感していた。


 そんな彼の胸の中には敵として対峙し、自分の手で葬ったハミルトンや他の仲間たちとの懐かしい記憶を思い出し、感傷に浸っていた。


 俺の戦いは終わった、あとはここの後始末をするだけだ。そう思っていると周囲に異変が起こった。それを知らせに来てくれたのはアリシアの父であるハインツであった。


 久しい顔が現れたなと思ったのもつかの間、彼は周囲に起こった異変を知らせた。


「久しぶりだなハルト君。我々も援軍に来たぞ。……来たぞとは言ったものの、我々の出番がもう無いようだがね」


「ハインツさん……ご無沙汰してます。出番がないとは?」


「あぁそうだ、周りに異変が起こったから、君に知らせに来たんだ」


 ハインツは周囲で起こった異変について話し始めた。


 その内容はこうだった。際限なく現れ続けていた死神部隊配下の兵士たちが突如として動きを止め、そのまま糸の切れた操り人形の如くその場に倒れたという。それも一体二体といった数ではなく、現状確認したところ全ての敵兵士がこうなったという。今でも残存敵勢力が残っているか確認作業は継続しているという。


 そしてその現象が起こったタイミングはハミルトンが息を引き取った時とほぼ同時だった。


「そうですか……そっちのことは全て任せます」


 残った敵もほぼ居ないらしく、これでこの戦いは終わった。自分の役目もこれで果たせた。もうやり残したことは無いだろう。


 春人は改めて自分の役割が終わったことを実感していた。同時に終わったことに対する虚しさも感じていた。


「ハルトさん。大丈夫ですか? 心ここにあらずな感じですけど……」


 気が付けば傍にアリシアが来ていた。そして周りを見渡せば援軍に駆けつけてきてくれた沢山の仲間たちが立っている。


「アリシアか……。大丈夫、もう大丈夫だ。終わったよ、俺の役割も何もかもが、ね。さあ、帰ろう。俺たちの町へ」


「ええ、帰りましょう。一緒にね」


 春人はアリシアの手を取り、島を脱して共に王都へと帰ろうとした。


 そんな矢先に異変は更に続いた。島全体が地鳴りを上げ、揺れ始めたのだ。


「おい、なんだ!? いったい何が起こっている!?」


 周りでは狼狽えている兵士の姿が見られる。あまり地震に遭遇した事が無いからなのだろう。


 揺れが続いている中、春人はアリシアを抱き寄せ何かから守るような素振りをしていた。


 そして揺れは次第に収まり、周囲での喧騒も同時に収まった。


「何だったんですか今の?」


「ただの地震だろう。自然現象だから気にすることはないさ」


 今起こった現象に不安を感じていたアリシアに心配ないさと安心させていた。それと同時にこんな洋上の人工島で地震などあり得るのかと疑問に思っていた。


「おい、なんだアレ!」


 そんな矢先だった。一人の兵士が空を見上げながら指を指していた。その指さすその先には目を疑う光景が広がっていた。


 まるでガラスを割った時のように空が、というよりも空間の一部が裂けていたのだ。その先は真っ暗で中を窺い知ることは出来なかった。


 春人やアリシアはその異様な光景に見とれていた。それは周囲に居た他の人々も同じだった。


 そして事態は更に進んだ。その空間の裂け目から地鳴りのような女性のうめき声と共にその向こう側から巨大な白い手が見えてきた。


「私ノ駒ガ。世界ヲ手ニスル為ノ私ノ手駒ガ。ヨクモ……」


 その声はまるで世界中に響き渡らせるかのように空間に響いた。そしてその声は聴いているだけでも不快感を感じるものだった。


 この時春人は以前あったある事を思い出した。それは以前、夢の中で神と自称する老人とのやり取りのことだった。それらを思い出して目の前で起こっていること、あの声の主が何であるのか咄嗟に推測し、一つの仮説を立てた。


「あれが……あれがそうなのか……?」


 それはその神と名乗る老人が言っていた狂った神のことである。その神とは今目の前で起こっている現象を引き起こしている張本人だろうということだ。


「あれがそうとはどういうことです?」

 

 いきなり意味不明なことを言う春人に疑問を感じながらアリシアは春人に尋ねた。


「いいや、何でもない。どうやらあれも俺が倒さなければいけない相手のようだ」


「倒すって、あんなに不気味で訳の分からない相手をですか!? あさかあんな所まで乗り込む気じゃないですよね? さすがのハルトさんでもそれは許しませんよ! 行ったらきっと帰ってこれないじゃないですか! そんな気がするんです。だから、行っちゃダメです!」


 アリシアは必死になって春人を止めようとしていた。あんな得体の知れない空間に飛び込んだりしたらそこに取り込まれ、二度と出てこれなくなるのではないかと思ったからだ。それはきっと女の勘とでもいうやつなのだろう。


「流石の俺でもあんな場所に殴り込みには行かないさ。……あぁ、だからきっと今の今までこれは使わずに取っておいたんだろうな……」


「?」


 またしても春人が訳の分からないことを言い出してアリシアは更に混乱していった。それをよそに春人はMTマルチツールを操作して手持ちの武器の中から今ある最大限の火力を引き出せる、いわゆる最終兵器を呼び出した。


 呼び出されたそれは長大な一本の筒にそれを支えるための三脚、筒の先端にはラグビーボールを大きくしたような黒い物体に4枚のフィンが取り付けられている。


「M-388デイビー・クロケット、それにW54戦術小型核弾頭。これが人の理を超えた相手に通用するかは分からないが、やるだけの価値はある」


 春人は素早く、そして冷静に発射準備をしている。それをアリシアや他の人員は一体何をしているのかといった風にそれを見物していた。


「それは?」


「人が生み出した禁断の兵器。地獄の業火を生み出す禁忌の最終兵器だ」


 訊ねてくるアリシアに春人は淡々と答えた。


 そして準備は整った。後は撃つだけだ。


「いいか! 全員よく聞け! 絶対に空を見上げるな! 後ろを向いて目を閉じ、耳を塞げ! 視力を奪われたくなければ今から起こることは絶対に目にするな!」


 発射前に最終警告を周囲に告げる。春人が今まで以上に警告するものだから全員言われた通りに振り向き、耳と目を閉じた。彼らは無意識のうちに直視していると身に危険が及ぶと感知したみたいだ。


 それでもなおアリシアだけは春人の傍を離れなかった。


「離れてろアリシア。ここは危険だ」


「危険なのは承知です。それでも私は貴方の傍に居たいです」


「そうか……ならば絶対に離れるなよ?」


「はい」


 春人はアリシアを片手で抱き寄せながら、発射スイッチに手を掛けた。


「なあアリシア知ってるか? こんな時に言う決め台詞を?」


「いえ……」


大当たりジャックポットだ」






 この日、この世界で最初で最後の核兵器が使用され、眩い閃光と共に地獄の業火を生み出した。

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