89:ラストバトル 1
死神部隊のメンバー、ミシェルを不意打ち暗殺紛いの方法で殺害し、同時に彼女に同行していた元々ゲーム内でNPCとして存在していた一般兵も全て射殺した春人は彼女等が乗ってきたタイフーン級原子力潜水艦を奪取して死神部隊の本拠地へと舵を取った。
これが今から約12時間以上も前の話である。
そして現在、春人を乗せた潜水艦は海中を自動操舵によって静かに航行していた。
「原潜の巡航速度でもまだまだ時間がかかるな……。一体奴らの拠点はどこに在るっていうんだ」
艦内発令所、艦長席に腰かけている春人は静かに愚痴をこぼしていた。完全な自動航行によって運行されているために春人が操舵しなくとも潜水艦はひとりでに目的地へとたどり着く。
春人はやることもなく暇だった。
はじめは艦内の残敵の確認や搭載している武装の確認、自動操舵の設定などやることは有ったが今では特に何もやることがない。娯楽も何もない、何もせずにただ時間が過ぎていくのを待つというのは苦痛以外のなにものでもない。
そんな時間もさらにもう12時間続いた。
ここはこの世界の地図のどこにも載っていない場所。大海のど真ん中にポツリと位置するここは死神部隊が居を構える人工島。島の表面のあちこちにはコンクリート製の建造物が立ち並び、この島自体が異世界の技術由来のものであると物語っている。
そして春人と死神部隊の最終決戦の場所となる。
その島の手前数キロ地点から春人の乗る潜水艦は浮上してゆっくりと港へ近づいていく。まだこの時点では誰もミシェルが殺害され、春人に潜水艦を奪取されたことに気が付いていない。
「ミシェルが帰ってきたようだね。急ぎ入港準備を始めろ」
死神部隊のひとり、サミュエルは潜水艦の姿を視認すると一般兵に向けて帰ってきた潜水艦の入港準備をするよう命令を出した。そしてサミュエル自身は少し離れた所にある監視塔に上がり入港する様子を眺めていた。
「少しずつではあるが確実にこの世界も変わりつつあるな。我々の力でこの世界を変えてみせよう」
サミュエルはひとりそう呟いた。
そんな時に事故は起こった。本来停船する位置で潜水艦は止まらず、そのまま陸地に向けて突き進んでいた。それも加速しながらである。
「どういうことだ? おいハミルトン聞こえるか!? ミシェルが操船をミスった。事故発生、急ぎ人員をこっちに向かわせてくれ!」
『分かった。人手をそっちに送ろう。だが珍しいな。アイツが操作をミスるなんてな』
無線機でハミルトンに向けて人員をこちらに割くよう懇願した。それが死神部隊にとって誤った選択となることはまだ誰も知らない。
地上で慌ただしく警告音が鳴り、入港事故の対策をするべくあちこちから人手が集まっていることなどつゆ知らず春人は艦内で速度を加速させながら一気に陸地へ向けて潜水艦を進めた。
「さあ、ラストバトルといこうか死神部隊」
直後コンクリートで舗装された頑丈な港を砕き、艦首が地上に乗り上げるようにして春人の乗る潜水艦はやっと足を止めた。
完全に停止するまで数十メートル近くの地面を砕いた。そしてその姿はまるで陸地に打ち上げられた鯨のようだった。
陸地に打ち上げられた後、完全に動きを止めた潜水艦に対して一斉に死神部隊側の一般兵が駆け寄ってきたが潜水艦がある動きをしたことでその動きは止まった。
船体の前半部を占めるミサイル発射管のハッチが全て開き始めたのだ。
「ミシェル……いったい何のつもりだ?」
サミュエルが監視塔の上から事の顛末を眺めていたがそんなことなど春人は一切知らない。
「初手は先ずこれからいこうか」
春人はミサイル発射装置の発射ボタンを躊躇することなく押した。
そして間髪入れずにミサイル発射管から一斉に轟音と白煙を立てながら総数20発のミサイルが天高く飛び立っていった。
天空まで飛び立ったミサイルは一定の高度まで上昇すると設定された目標へと針路を向けた。その目標とはここ、死神部隊の拠点となっているこの人工島である。
上昇した後一定の高度まで降下したミサイルはその弾頭カバーをパージし、中に収めていた10発、合計200発の再突入体が眼下の人工島目掛けて降り注いだ。
本来であれば戦術核弾頭を搭載している筈だが元のゲーム内でのバランスを考慮して核弾頭は搭載されず、代わりに高性能爆薬を搭載している。それでも火力過多なことには変わりないが――。
200発もの高性能爆薬を搭載したミサイルによって空爆された人工島はこの一撃でもって地形は変わり、一瞬で炎に包まれた廃墟へと化した。コンクリート製の構造物は崩れ落ち、アスファルトで舗装された道路はひび割れ崩壊していた。
核弾頭であれば今のこの一撃で全てが片付いたのにと春人は思うが後の環境汚染などを考えるとこれでよかったと思っている。
「さあ次の段階へ進もう」
春人は艦内から外へ出るため、艦内に設置されている梯子を上って艦橋横の重く厚い水密扉から外界へと出た。
実に丸一日ぶりに感じる外の空気は火薬臭いと何かが燃える不快な臭いがし、それと同時に文明が崩壊した終末世界の様な絶望的な光景が広がっていた。
「これが最後だ……。この戦いが最後の戦いだ。では……推して参ろう」
装備を整え、マガジンも持てるだけ持ち、武器も持てるだけ持って春人は死神部隊の人工島へと降り立った。
その姿はかつてのベルカ帝国での戦闘で使用したフルアーマー装備の時よりも仰々しい姿をしていた。
両手には2丁のM240、そこから繋がった大量の7.62mm弾のベルトリンクは背中から生えた2本のサブアームで背部に保持している巨大な弾薬箱に通じている。その装弾数はゆうに千発近く入っているだろう。
弾薬が尽きるよりも銃身の寿命が先に尽きるだろうが、そこは野暮な話だ。
そして更に腰の後ろからも2本のサブアームを生やし、そこにはダネルMGLリボルバーランチャーが2丁射撃可能な状態で握られている。
「流石にこれは重いな……。それに頭が痛い」
いくら強化外骨格といえど、現在の総弾数が千発近く入った弾薬箱とリボルバーランチャーを2丁保持するのは限界があったのか春人の体に負荷をかけている。そしてサブアームの操作は使用者の脳波を検知して動かすため、それも春人の負荷となっている。
「まあ気にするレベルではないな。これが最後なんだ。気合を入れろ」
そんな負荷なんてなんのその。最後の戦いだからと気合を入れて自身の体に掛かる負荷なんて気にせずに敵陣の中を進んでいく。
総重量が今まで以上に有るため、その進行速度は遅かったがそれでも確実に先へ進んでいる。
「敵襲ー!」
そんな声と攻撃を受けたことを周囲に告げるサイレンが聞こえてきた。と同時に春人の目の前で先の爆撃で負傷したNPC兵がまるで映画のゾンビのようにさ迷っていた。
「悪いな」
それだけ呟いて春人は両手のM240のトリガーを引いた。今のその言葉は最初の攻撃で仕留めきれなかったことに対する謝罪なのかどうかは春人にしかわからない。
毎分700発近くのサイクルで発射された7.62mm弾は鋼鉄の雨あられの如く敵兵の集団に降り注ぎ、問答無用に彼等を薙ぎ払った。
敵兵を排除しつつ春人は進む。死神部隊の現総大将であるハミルトンの姿を探し求めながら。
春人が一歩進むたびに銃声は響く。M240から鋼鉄の銃弾が放たれる音が、サブアームで保持しているリボルバーランチャーから榴弾が放たれ、それが着弾する音が鳴り止む事無く続く。
「さあ出て来い死神部隊、ハミルトン! 一人残らず殺してやる。お前らに二度も勝手な真似をされてたまるか!」
銃声が鳴り響く中春人はそう叫ぶ。
春人を遣わした神とは別の神が遣わした死神部隊、そのメンバーであったハミルトンを殺すことが春人の役目。その役目を遂げなければ世界はハミルトンの手で壊滅する。
今できることは敵であるハミルトンを殺すことしか無いだろう。だがそれでこの世界はきっとまたいつもの平穏な世界に戻るだろう。誰も知らないこの場所で、誰にも知られないこの一戦が終われば――。
世界を守ろうなんて春人の頭には無いかもしれない。あるとすればアリシアや周囲の仲間との平穏な生活を守るために戦うということだけかもしれない。世界を救うだなんてそれはもしかしたらきっとオマケなのかもしれない。
春人は自分の周りの世界を守るために戦う。そしてかつてのゲームの中で生まれた因縁に決着を付けるために戦う。
そんな時、春人をかつてのゲーム内の名前で呼ぶ声が聞こえた。
「ジーク! 貴様か! 貴様がやったのか!? この野郎がぁー!」
そう叫んできたのはかつてウルブスで一戦を交えた相手サミュエルだった。サミュエルは先の爆撃をもろに食らったのか、全身ボロボロで体のあちこちから出血しており、満身創痍の状態であった。そして彼のその細い目からは明らかに殺意と怒気のこもった視線が春人へ向けられていた。
「やぁサミュエル、久しぶりだな。ウルブス以来か? まあそんな事はどうでもいいか……それじゃあサヨナラだ」
春人は満身創痍のサミュエルに銃口を向けて躊躇うことなく引き金を引いた。
数十発の鉛玉がサミュエルの体を抉り、一方的になぶり殺した。かつての死闘を繰り広げた光景などどこにもなく、息も絶え絶えな死に体のサミュエルに慈悲なく銃弾を浴びせた春人は正に死神そのものであった。
そしてそれは最早戦闘と呼ぶには程遠く、虐殺と呼んだ方が相応しい光景だった。
サミュエルを屠っても尚春人は先へ進む。目にした敵兵をすべて葬りながら……。
ここまで来るまでに千発近くあった弾薬も残り4割を切っており、リボルバーランチャーのグレネードも既に撃ち切っている。
残るは300と少々の7.62mm弾とまだ未使用のP90。それにMT内に今だ収められている高周波ブレード他対戦車ライフル等の未使用の武器だけだ。展開中の武装を使用する分には隙は生じないが、MT内の装備を展開するには僅かながらの隙が生じてしまう。
他の敵であればこの隙はさして問題ないが、死神部隊相手ではその隙をうまく突かれ致命的な一撃を食らう可能性がある。その隙をどう少なくするかが春人の命運を分ける鍵となるだろう。
そしてとうとう運命の時が訪れた。
「ようジーク、久しいな。随分と派手にやってくれたな。その様子だとサミュエルやミシェル、ほかの仲間も殺してきたようだな?」
「ハミルトン! お前を始末するのをどれだけ待ちわびたことか。この世界のために、俺の怒りを鎮めるために今日ここで死ね!」
あちこちで火が立ち上る瓦礫交じりの人工島の上で最後の戦いが始まろうとしていた。




