08:出発の朝と新たな仲間
なんだか思っているのよりも上手く書けない
日が昇り始めて幾らもしない早朝、僅かに霞がかかるウェアウルフの村の中を目を覚ました春人はハインツ宅を出て散策している。ハインツとアリシアはまだ寝ていた様なので起こさないよう静かに出てきた。
こんな早朝でも既に活動を始めている人がいる。その中には昨日集会所で一緒に食事を共にした兵士たちもいた。彼らが春人に気付くと皆「おはよう」と気持ちのいい挨拶をくれた。春人も彼らに挨拶を返した。
少なくとも日本ではこんなに気持ちよく挨拶をくれる人は余り居なかった。特に都心部に行けば行くほど街中で声を掛けてくれる人を見掛けなくなっていく。春人の周りでも挨拶をし合うのは職場の人間と友人たちだっただろうか。
村の中の散策もそこそこにマップにビーコンを設置し、村から続く小さな小道に沿って外に出て周囲の散策に移る。
マップとして本来の機能は果たせないが自分の居る場所にビーコンを設置して目印として使う位のことは出来た。これで村から出ても戻るときに迷うことは無くなる。
小道に沿って歩き、村から少し離れた所に緩やかに流れる川に差し掛かる。
「へぇ、こんな所に川が流れてるんだ」
春人は周りを見回して誰も居ないこと確認する。
「よし!」
それから小道から少し外れた所で装備を外し戦闘服を脱ぎ下着姿になる。
昨日の戦闘からずっと着替えたりしなかったので装備や服、そして春人の体に火薬の臭いが残っていた。それをどうするか考えている時にちょうど川があったからここで火薬の臭いと汗を流すために水浴びをする。流石に服まで洗濯すると乾かすことが出来ないから今回は諦める。
アイテムリスト内に他の戦闘服はあるが周囲の環境に合わない柄ばかりなので、今回はこのまま今の戦闘服を着続ける。
川の水温は少し冷たかったが起きて幾らも経っていない春人の目を覚ますのには丁度よかった。
それから川に入って軽く汗を流す。本当なら熱い湯を張った風呂に入りたいのが一日本人としての気持ちなのだが流石にここに無いので我慢する。
春人が水浴びをしている最中、誰かがこちらに近づいてくる気配を感じた。川の流れる音に混じって近づいてくる足音は聞こえないが、気配だけで誰かが来ると分かるのはVRMMOFPSを長くやってきたお陰だろう。
向こうに気付かれないよう静かに動き、脱いだ服の中からガバメントを取り出す。
そしてある程度向こうとの距離を縮め木の影に居る誰かに銃を向けつつ叫ぶ。
「誰か! ゆっくりと出てこい!」
誰何しつつ此方に出てくるように促す。もっとも下着姿のままでは今一迫力に欠けるが。
そして出てきた人物は以外な人だった。
「えっ、ハルトさんが何でここに?」
そこにいたのは困惑した顔をしたアリシアだった。それも胸と腰に布を巻いただけという何とも肌の露出が多い格好でだ。
そんな彼女の胸に実った二つの果実にどうしても目が行ってしまうのはきっと男の性なのだろう。
「ゴメン!」
我に返り咄嗟に銃を降ろし反対方向へ振り向く。この歳に成っても彼女がいない春人にとっては些か刺激が強かったようだ。
「ハルトさんも朝の水浴びですか?」
アリシアが悲鳴を上げること無く普通に接してくれるのはきっと文化の違いからなのだろう。
「そうだけど邪魔したら悪いからもう戻るよ」
そう言って慌ててこの場を後にする。これ以上この場に居たら精神的によろしくない。
「そんな慌てて行かなくても……少しお話したかったのに……」
アリシアの小さな呟きは春人の耳に入ることは無かった。
それからさっさと着替え、村に戻った春人。村に戻れば昨晩の兵士達が鎧を纏い馬車に荷物を積み込んでいた。きっとウルブスに戻るための準備なのだろう。
「おはようハルト君、昨晩はよく眠れたかな?」
そう声をかけたのはハインツだった。彼の鎧は他の兵士よりも綺麗に磨かれていて光を反射していた。
「昨晩は部屋を貸していただきありがとうございます。お陰でよく眠れました」
「それはよかった。娘も水浴びに行っていて、しばらくすれば戻ってくるだろう」
さっきそこの川で会ったなんて言えない。言ったら何が起こるか分からない。これだけは黙っておこう。
それからハインツと二三言葉を交わし、ウルブスに戻るために荷物を纏めに行く。荷物と言ってもハインツ宅に置いたままの89式と魔力結晶の入った袋を取りに行くだけだが。
自分の荷物を回収して、他の兵士達に混じって馬車に荷物を積み込む手伝いをしにいく。途中でアリシアが川から戻ったことに気付きそちらに目を遣る。流石に先程の様な露出の激しい格好では無かったことに安堵した。アリシアの方も春人の存在に気付き、一瞬そちらを見たが直ぐに部屋に戻っていってしまった。
ウルブスに行く馬車への荷物の積み込みも終わり、春人も馬車の空いているところに座る。そして今から出発するという時にアリシアが止めに入った。
「ちょっと待ってくださーい!」
部屋から出てきたアリシアの格好は白いゴシック調のドレスに黒のコルセットという明らかに他所行きの装いだった。それに手にはトランクを持っていた。
「どうしたアリシア? そんな格好をして」
「私も一緒に行きます!」
そう言って春人の乗っている馬車にトランクを乗せ、アリシアも乗り込もうとする。が、中々乗れず春人が手を貸してやっと乗れた。
「えへへ……ありがとうございます。これでもう少し一緒に居れますね」
春人に向かって笑顔で言う。春人は現状が理解出来ないでいる。
「おいアリシア、どういう事か説明してくれ」
現状が理解出来ていないのはハインツも同じだった。
「どうしたも何も私はハルトさんに付いていきます。このまま何もしないで見送るなんて出来ません。だから一緒に付いていって何か役に立ちたいんです。ですのでハルトさん、こんな私ですがよろしくお願いします」
アリシアは既に付いてくる気らしい。こればかりは二人も予想外だった。ハインツはこの村で父親の次の帰りを待ってくれていると思い、春人に至ってはウルブスで一人コツコツとギルドのクエストをこなしていこうと考えていたからだ。
「はぁ……すまないがハルト君、この子を一緒に連れていってくれないかい? どうもこの子は私の亡き妻に似て、一度決めたことは曲げようとないんだ。どうか私の方からもよろしく頼む」
春人の同意も無しにアリシアが同行するのは決定したらしい。これは春人もため息しか出ない。
それと昨晩、アリシアの母親を見掛けなかったのはどうも亡くなっていたらしい。下手に地雷を踏まなくて良かったと思う。
「そんな訳でこれからよろしくお願いしますねハルトさん。私に出来ることは何でも言ってください」
春人はせっかく異世界に来たのだから自由気ままに暮らそうと思っていたが、その計画も即座に破綻した。
「はぁ、よろしく頼むよ」
そう生返事を返すしかなかった春人であった。
それから馬車はウルブスに向けて出発し始めた。馬車の横を歩くウェアウルフの兵に聞いたところ、この村からウルブスまでは山を一つ越えなければならないらしく、この時間に出発しても着くのは昼過ぎになるらしい。
最も馬車が無く、彼らが全力で走った場合はもっと早く到着するらしい。流石は獣人の兵士たちだ。
思えばゴブリンを追って街から出てきて、気付けば山を一つ越えていたのだから春人自身の体力もそれなりには有るようだ。
ウェアウルフの村を出て数時間、春人たちを乗せた馬車は何事もなく順調に進んでいく。
「あ~暇だ~」
突然春人が唸る。それに驚き同乗していたアリシアは一瞬ビクッとした。
「ど、どうしたんですか急に」
「こうしてただ馬車に揺られてるだけで他にやることが無いんだから、暇になるのも仕方ないだろう」
村を出てからずっと馬車に揺られ、ただボーッと乗っていれば流石にやることが無くて飽きてくる。
「馬車なんてこんなものですし、到着するまで我慢しましょ? 何なら私が話し相手になりますよ」
気を使ってくれるアリシアに大丈夫だと言い春人は暇潰しのためにMTを起動する。空間に投影された画面に昨晩同様アリシアは不思議そうに見ている。
そこに昨日は無かったはずの「新着のお知らせあり」と表示されていた。それに驚きつつもお知らせの内容を開いてみる。そこで初めてショップの機能が解放されたことを知った。そしてお知らせの画面を閉じ、最初の画面に戻る。そこには確かに昨日まで赤線が引かれ、使えなかった筈のショップ機能が解放されていた。
「なんだか凄く嬉しそうでしたけど、何か良いことでもありました?」
春人の喜びはアリシアから見ても分かりやすかったようだ。それだけショップが使えるようになったのは春人にとって凄く喜ばしい事だった。
これで一々残りの残弾を気にしながら戦わずに済む。それに購入に必要なBPも豊富に残っているため暫くは弾が切れることはない。
だがこの時春人はショップが使えるようになった嬉しさのあまり、BPの総ポイントをちゃんと確認していなかった。元々有ったポイントよりも少し増えている事には気付かなかった。
「まあちょっと良いことが有ったからね。そんなに分かりやすい顔をしてたかい?」
「それはもうバッチリ、いい顔でしたよ」
それ程までに顔に表れていたらしい。今後は顔に出さないよう注意しよう。このまま何か有る度に顔に出てしまえば、相手に自分の気持ちが悟られてしまうだろう。
それよりも今はショップの中の確認に没頭する。春人が覚えている限りではCF内での消費ポイントと変わり無かった。消費ポイントもそうだがここで買える武器、弾薬や戦闘糧食等といった消耗品にも変化は無かった。つまりショップのシステムは完全にCFのゲーム中と全く同じだった。
試しに5.56mm弾と7.62mm弾の予備を購入してみたが確りとアイテムリストに反映された。購入も問題ないようだ。
ここで7.62mm弾を購入できたので、ずっと弾がなく使えなかったM24対人狙撃銃をまた使えるようになった。
「おーい、街が見えてきたぞー」
そんな兵士の声が画面に集中していた春人の耳に入る。顔を上げると確かにウルブスの街が見える。山の上から見るとあの街も結構広いことが分かる。後は山を下って行けばもうすぐのようだ。
山を下って間もなく兵士達と共に春人達の乗った馬車も城門をくぐった。
「さて、このまま我々は駐屯地に戻るが、ハルト君はこの後どうするんだい?」
門をくぐって直ぐに馬車は止まり隊を先導していたハインツが春人の乗った馬車に近づいて聞いてくる。
「ここまでありがとうございます。後は自分でギルドまで戻れますから」
そう言って馬車から降りる。それに続いてアリシアも降りてきた。
「そうか分かった。では娘のことはくれぐれもよろしく頼む」
それからまたハインツを先導に走り出していった。
「じゃあ俺達もまずはギルドに行くか」
「はい!」
アリシアはそう答え、二人はギルドに行くべく街中の人混みの中に消えていく。