87:海賊討伐 4
「よう、クソッタレども。頭目はどいつだ?」
偽装商船の甲板から河川哨戒艇へと飛び降りた春人が真っ先に海賊へ向けて発した言葉がこれであった。その姿はいつもの、死神と恐れられている強化外骨格を纏った姿であった。
――なんとか修復が間に合ってよかった。後はこちらのワンサイドゲームだ。
修復が終わったのはついさっき、春人が船を飛び降りる寸でのところであった。それは本当にギリギリの駆け引きであったが間に合ったのであれば全て良しである。
「クソッ! あいつをぶっ殺せ!」
いきなり頭上から降ってきた春人の姿に驚きを隠せずにいたが、それも一瞬で即座に春人を排除しろと命令を飛ばしていた。そしてその号令と同時に幾つもの銃口が春人に向けられた。
――こちら側はM2機銃座が3機に他はM60あたりの汎用機関銃がいくつか……いたって普通の装備だな。だがM2は脅威だ、先に排除しよう。
「どうやらここには居ないようだな。ならば用はない」
周囲を見回し、敵の武装を確認すると同時に海賊の頭目を探した。だが飛び降りた先の河川哨戒艇にはそれらしき人物の姿は見受けられない。
「撃てっ! 奴を撃ち殺せ!」
「では早々にご退場いただこう」
海賊が射撃を開始しようとした瞬間と春人が行動を起こした瞬間はほぼ同時だった。多方向から撃ち出された銃弾は虚空を撃ち抜き、その先にある偽装商船や海面に命中した。
「上だ! 奴は空に逃げたぞ!」
視線を上に向けて海賊の一人はそう叫んだ。その視線の先には空中に退避した春人の姿があった。
それと同時に銃座の銃口は一気に上空へと向けられた。
「それ以上撃たせる気はない。もう店仕舞いにしようじゃないか」
真下の河川哨戒艇へと降下しながらいつものP90をしかも今回は両手に2丁持って、先ずはM2の銃座に付いている海賊目掛けてフルオートで三連射、これを着地する瞬間までの間に2回繰り返した。
そして着地と同時に最後の銃座に付いている残りの一人を撃ち倒して片舷側のM2重機関銃は全て沈黙した。それでも春人は射撃は止めない。次に汎用機関銃の銃座に付いている海賊を、そして続けざまに他の自動小銃を構えている海賊を撃ち、無力化していった。
この間1分も無かった。そしてその一瞬で海賊を圧倒したその姿は演武の様だった。
「下手くそ共が。銃とはこうやって使うんだ。ひとつ勉強になったな……って聞いていないか」
気付けば既に周囲の海賊は一瞬にして全滅した。これで半分は無力化したかと思った矢先に偽装商船の船首の方からエンジンを轟かせながら1隻の河川哨戒艇がこちらへ猛スピードで向かってきた。
「いたぞーっ! あいつを撃ち殺せ!」
船上でそんな声が響き、それは春人の耳元まで届いてきそうな程だった。
「真正面から来るとは見上げた根性だ。相手になってやろう」
春人は真正面から分が悪い戦いと分かっていても挑んでくる海賊に称賛の意を表すとともに応戦する姿勢をとった。
足場にしている河川哨戒艇の船体に片膝を着きながら両手のP90の照準をこちらに向かってくる河川哨戒艇に合わせて、小さく一呼吸をおき、ゆっくりと引き金を引いた。
それと同時に海賊の方からも銃弾が春人目掛けて襲ってきた。当たればいくら強化外骨格であってもただでは済まない12.7mmが飛び掛かってきているにも関わらず、春人はそれに臆せずずっとその場で動かず応戦していた。
12.7mm弾が春人が乗る河川哨戒艇の甲板を抉り、その破片が強化外骨格の装甲を春人の頬を掠るようにはじけ飛んでいく。同時に何発か強化外骨格の装甲を掠って飛んでいったがそんな事など一切無かったかのように春人はひたすら撃ち返す。
「どうした!? その程度か? もっと本気でかかってこい」
M2から放たれた銃弾が春人を襲うようにP90から放った銃弾もまた海賊を襲った。大きな照準器で狙って撃った為春人に致命傷すら与えられなかった海賊のとは違い、春人の方から放った5.7mm弾はP90に載せた光学機器の恩恵も有って正確に海賊の躰を撃ち抜いた。
1マガジン50発分を撃ち切る頃にはM2からの発砲音も止み、同時にこちらに向かってきた河川哨戒艇も力尽きたかのようにゆっくりと停止した。その船上には生者は誰一人乗っていなく海賊の無残な死体だけが乗っているだけであった。
「こんなもんか……後は頭目を探し出して拿捕するだけだが……今ので死んでないよな?」
そう呟いていると頬に違和感を覚え、そこを手で拭ってみると指先に赤い何かが付着していた。それが自身の血であることに気付くのはそうじかんはかからなかった。今の銃撃戦で船体の破片が頬を掠めたのかどうかは分からないが、負傷したことは事実だ。
「やってくれたな、まあいいさ。気にする程じゃあないしな。さて、残り1隻をサクッと探し出すか」
春人は思い出したかのようにMTで生体反応センサーを起動した。しばらく使っていなかったので自分でさえもその存在を忘れていたのだ。
起動されたセンサーの状況を示すホログラフィックディスプレイにはいくつかの光点が映し出されていた。その殆どが偽装商船の上のものである。だがその偽装商船の後ろを隠れるようにもう一つ別の反応があった。
「見つけたぞ」
春人はそのもう一つの反応が残りの河川哨戒艇に乗っている海賊であると確信し、そのに向かうべく今足場にしている河川哨戒艇の操縦席に腰を掛けこの船がまだ動くかどうか調べ始めた。
「動くか? ……よし、エンジンは辛うじて生きているな。舵も問題ない、いけるな」
後は慣れた手つきで船体を操作して真っ直ぐ残りの敵目掛けて船を走らせた。
「おいどうした! 銃の音が止んでるぞ! こっちの連中はどうしたんだ!」
銃撃戦で春人が海賊を蹴散らした後とほぼ同時刻、偽装商船の後ろに隠れるようについて来ていた残り最後の河川哨戒艇の上では海賊の頭目が同じ船に乗っている仲間達に喚き散らしていた。
「そうはいっても頭目、ここからでは何も分かりませんよ。無線も全然応答ないですし……」
「他の船のエンジン音も射撃音も聞こえないのでもしかしたらやられた可能性も……」
「ふざけるな! 俺達がやられただとぉ!? これだけ強力な武器を持っているのにやられる筈がないだろ! 馬鹿言ってんじゃねぇ!」
もう他の仲間は殺されたか兵士に捕まったのではないかと思っている海賊に対して頭目だけはそんな筈は無いだろうと慢心していた。強い武器が有るから俺達は無敵だ、やられる筈はない、と。
そんな時、微かにこの船とは別のエンジン音が聞こえてきた。
「ん? 頭目! エンジン音が! まだ誰か生きています!」
「だから言っただろう? 俺達がやられる筈は無いんだと」
だが彼等はその船に乗っているのが仲間ではない事は知らない。その船に乗っているのは他の河川哨戒艇を無力化し、同時にそれに乗っていた海賊を皆殺しにした張本人、死神の二つ名を冠する男船坂春人である。
死神は大鎌を携え、残りの海賊の命をを刈り取る為にゆっくりと近づいて来ていた。
「見えてきました。どうやらこっちと合流するようです」
海賊の一人がそう言っている。未だに近づいてきている船が仲間であると思い込んでいる様だ。
近づいてくる船は一向に速力を下げようとしていない。真っ直ぐこちらに向かって一直線に進んで来ておりこのままでは直撃するコースで向かってきた。
「おい、何か様子がおかしくないか?」
そう思った頃には時既に遅かった。回避することも出来ず、2隻の河川哨戒艇は春人が操る方が残りの海賊の河川哨戒艇の側面に突っ込む様に追突した。
その瞬間、周囲に金属がぶつかり合う鈍い音を響かせ、船体を大きく横方向に位置をずらした。
「ようクソッタレども。頭目はどいつだ? むしろ生きてるか?」
突っ込んできた河川哨戒艇の方から海賊の頭目を探す声が聞こえてきた。声の主は勿論春人である。春人は今の追突で死んでいないか心配していた。用のある頭目が今ので死んでしまっては元も子もないからだ。
だがその心配は杞憂に終わった。
「クソ野郎がっ! 野郎ども、アイツを殺せ!」
「ほう? 自ら何り出るとは殊勝な心掛けだ」
自らが頭目だと名乗り出るような行動をとった事で春人に誰が頭目かという情報が即座に伝わってしまった。そしてその頭目の発した「アイツを殺せ」の命令を遂行するために仲間の海賊は行動を開始し始めた。
だが今の衝突で負傷したのか、その動きはあまりに遅かった。
「悪いな、三下共には用は無いんだ。降伏する気は……無いようだからこの場で死んでくれ」
満身創痍の状態でこちらに銃を向けてきている海賊に対し春人は淡々とした言葉で死ねといった。もし仮に彼等が降伏したら春人は撃たなかったかというとそれは誰にも分からない。
頭目目掛けて真っ直ぐ足を進めながら腰のホルスターからいつものガバメントを抜き、スライドを後退させて初弾を装填し、頭目以外の海賊に照準を合わせて間髪入れずに引き金を引いた。
バンッ! という45口径弾のP90よりも重い発砲音が数回リズミカルに続き、それが止むと船上に生きた状態で立っているのは春人と海賊の頭目だけであった。
「もう一度だけ言う、これが最後のチャンスだ。降伏しろ、お前だけはまだ生かしておく価値があるからな」
「クッ……、だれが降伏するか……」
「ならば少々手荒だが無理にでも身柄を拘束させてもらう。悪く思うな」
そう言うと春人は銃を握っている手とは逆の手を握り締めて拳を作るとそれを思いきり海賊の頭目へと振るった。
これがこの海賊討伐戦における最後の戦闘になった。
偽装商船甲板上で繰り広げられていた戦闘もほぼ同じ頃合いに収束し、自分たちの頭目が捕まったという一報を聞いた生き残った海賊たちは各々敗走を始めた。とは言ってもここは広大な海に浮かぶ船の上。いくらこの海域周辺が浅瀬で、しかも周囲に小島が浮かんでいるこの海域でも泳いで逃げ切るのは至難の業だろう。
それら海賊の逃げていく後ろ姿を春人と共に戦った海兵たちはまるで見送るように眺めていた。彼らもこの戦いで多くの仲間を失った。つい数時間前まで一緒に話していた仲間が骸となって倒れている光景を目の当たりにして彼らはきっと言葉に出来ぬ憎悪や怒りが湧いてきていることだろう。
そして今海賊たちは船から飛び降り、我先にと少しでもこの船から離れようと必死になって泳いで逃げていた。海賊を一掃するのであればこの機を逃すのは非常にもったいないが、そうしないのはいくら憎き敵でも逃げる後ろ姿は絶対に攻撃しないという海兵たちの騎士道精神みたいなものが働いたからだろう。
春人がこの場にいたらそんな精神論などこの際だから捨ててしまえと言いつつ、逃げる海賊の背中に無慈悲な銃弾を浴びせていたことだろう。だが幸いなことに頭目の身柄を拘束してからこちらに戻ろうとしている最中だったのでそれは出来るはずもなかった。
もっとも戻ってきて追撃しろと言っても他の海兵に止められるだけだが……。
それから海賊が使っていた河川哨戒艇は無事な奴もしくは損傷の軽いものは曳航してハーフェンへと持ち帰り、曳航することが出来ないものはこの場で海没処分に処した。
船体のあちこちに穴をあけ、また同乗していた海兵にも多大なる被害を出しながらも海賊を一掃することに成功した一行はその行き先をハーフェンへと向けた。
「……ねぇ? 外、いつの間にか静かになってないかにゃ? 戦闘が終わったのかにゃ?」
「……えぇ、そうね。私たち完全に出るタイミングを逃したわ……」
「それもこれも旦那サマが『俺は一番おいしいタイミングで颯爽に登場して華麗に海賊どもを成敗してやる』なんて言っていたのが原因にゃ」
「ええい、うるさいうるさい! カッコよく登場しようとして何が悪い!? それにこんなに早く終わるなんて聞いてないぞ? それに敵も銃を使ってくることも……。それもこれもあの男が悪いんだ。俺は悪くない」
偽装商船の船内の奥深く、倉庫と化してる部屋の角っこでお呼びでない一行、先日春人にイチャモンを付けてきた自称勇者の一行はひそひそと話していた。
その内容はどれもこれも何かに対する不満ばかりであった。
そしてその最中、このパーティーの中心であるタチバナは頭がパニックになりながら春人に対する悪口を延々と口にしていた。
そんな一行のことなどつゆ知らず、船はハーフェンへと戻っていった。
そして余談だが船が港へと戻ってから彼らが不法乗船していたことが発覚し一時身柄を拘束されたが、その報告を耳にした春人が呆れかえりながら開放するよう命じた。その後、彼らは軍艦への不法乗船の罪で裁かれそうになったが、同じ転生者でありこの町の領主であるサンジェルミの命によってこの町からの追放ということで不問に処されたそうだ。そのサンジェルミも彼らの行動を耳にして呆れたのは言うまでもない。
その後、街を追い出された彼らはそれ以降春人とエンカウントすることなくどこかへと去って行ったそうだ。その後の行方は誰も知らない……




