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84:海賊討伐 1

 春人が海賊を尋問し、シャーロットと今後の事について打ち合わせをしてから早ニ週間が経とうとしていた。本来であればもうそろそろ春人はアリシアと共に王都へと帰還しようとしていた時期なのだが、まだ二人はハーフェンに留まっていた。


 そして現在春人の姿は港に停泊している大型の商船の内の一隻に居た。


「勇敢なトリスタニア王国の兵士諸君! 海賊狩りだ! 今までこの海域を好き勝手荒らしまくってきた海賊共を一網打尽にするぞ! ここには武器もある、鎧も、そして何よりもここに居る勇敢な兵士が居る! 更にはある商人ギルドに掛け合い、一隻の商船を借り入れることが出来た。今度はこちらから仕掛ける番だ! 今までやられた分、倍にして奴等に返すぞ!」


「「「おぉー!!!」」」


 春人は商船の船首の他より一段高くなっている所に立ち、甲板に整列している兵士、この場合は海兵と呼ばれる彼等に向かって檄を飛ばしていた。


 死神の異名を冠し、今や時の人となりつつある春人のその姿を甲板に整列している海兵達は尊敬や憧れなどといった様々な思いを胸に秘めて傾注して耳を傾けていた。そして春人の訓示が終わると同時に彼等は大きな雄叫びを上げてその闘志を露わにした。


 春人はこの一週間近くを戦闘までの準備期間としてヘリを使い、ウルブスや王都などのあちこちの都市を飛び交っていた。主に商人ギルドの人間にコンタクトを取るためにだ。そこで春人は以前からの知り合いであるハロルドの元を訪ね、ある物を借用もしくはそれなりの金額で譲渡してくれないかと頼んだ。


 そこで諸々の交渉の結果多少の金銭のやりとりは有ったが、なんとか一隻の古い商船を譲渡してもらえる事に成功した。その譲渡してもらった物が現在春人達が乗船している大型の商船だ。この船一隻確保するだけでも決して安くはない金銭を商人ギルドへ支払うことになったが、それらの資金は全て春人のポケットマネーから出たことはここだけの話である。


 これを手に入れた事をシャーロットに報告した際に、


「これは一体どうやって手に入れたんだ!?」


 と驚き混じりに聞かれたが、それに対して春人は


「いや、ちょっとしたツテがあってだな。そこを訪ねて色々と交渉した結果、これを譲渡してくれたんだ」


 と端的に答えた。実際には春人がそこらの商船の建造費よりも安く中古の船を買い、それをハーフェンの駐屯兵団に譲渡したのだが……。もし春人が自分のポケットマネーで買ったというのがバレでもしたら彼女達に何と言われるかと内心ひやひやしていた。だがそれもバレなさそうだと思った瞬間、春人は静かに胸をなでおろした。


 そして確保した商船を兵士達が突貫作業で内側に鉄板を取り付けて簡易的な対銃撃戦用の防弾装甲を施して商船だったものを対海賊用の偽装商船へと改装していった。


 この改装と同時に春人は海兵達に王都から持ち出してきた新兵器であるクロスボウの使用訓練を彼等に行い、今日この日までにある程度満足いく程までの練度に仕上げることが出来た。これで海兵たちを銃を持った海賊と対等……までとは言えなくともある程度互角に戦うことが出来るようになっただろう。


 ひとしきり海賊狩りの準備の整ったハーフェンの駐屯兵団及び春人達一行はこれより偽装商船を沖に出航させようとしていた。


 今回の任務はこの偽装商船をただの普通の商船だと思い込んで襲ってくる海賊を返り討ちにすること。そして可能であればその海賊を拿捕して連中のアジトを吐かせることだ。これが無事に成功すれば次の段階で海賊のアジトを襲撃し、これを一網打尽に殲滅する。そして最後に春人の目的である海賊に銃を卸している者、即ち死神部隊のメンバーを殺害することである。


 これら全ての内容を完遂するまでに何人の兵士が戦死するか分からない。もしかしたら全滅の可能性も有りうるのでは……。シャーロットの内心では色々な思いが巡っては通り過ぎていっている。


「なに肩肘を張っている? 隊長がそれでは下の者に示しがつかんぞ?」


 彼女のそんな思いを察したのか春人はそう声を掛けた。


「分かっているさ。それでも今から私の部下を死地に追いやるのだと思うと何とも言えない気分になってしまってだな……」


「その見た目と違って覚悟が足りないんだなアンタは。いいかよく聞け、隊長であるアンタは部下である兵士達にただ一つこれだけを命令すればいい。『この国の未来の為、民の為に死ね』と」


 春人がシャーロットに言った助言はとても冷たいものだった。


「君は兵士の命を何だと思っているんだ! 彼等にも家族や、帰りを待っている者達が居るんだぞ!?」


 突如シャーロットの怒号が甲板上に響き渡った。いきなりのことで甲板上で出航作業をしていた者達は一瞬その手を止めてシャーロットの方へと目を向けていた。


「それがどうした? ここに居る連中は自ら望んで、志願してここに居る連中だぞ? そいつらの気持ちを無下にする気なのかアンタは?」


「……いや……私はそんなつもりは……」


「ならば覚悟を決めろ。部下がどれだけ死んでも任務を完遂させることが隊長であるアンタの仕事だ。さあ、俺達も出港準備の手伝いにいくぞ」


 今の春人は完全に死神にとして気持ちを切り替えている。誰が死のうとソイツは偶々運が無かっただけだと完全に割り切っている。シャーロットがどれだけ部下を大切に思っていると説いても今の春人には絶対に届くことは無い。


「あぁそうだ。ついでにこれも言っておこう。もしこの戦いで誰かが死んだとしたらソイツの事は決して忘れず、ソイツの想いを後世に伝えていくことだ。そうすればソイツの魂は永遠に残る事だろう」


 一段高くなっている船首から階段を伝って降りていく春人は途中で立ち止まって後ろに立ち尽くしていたシャーロットに向かってそう呟くと下へと降りていった。


「……君は一体何人の死を見てきたんだ……。あれが噂に聞く死神の本当の姿なのか……」


 一人取り残されたシャーロットはボソッとそう呟いていた。そしてふと我に返ると春人に続いて出港準備をしている兵士達の中へと混じっていった。






「すみませーん! この荷物はどこに持っていけばいいですかー?」


「おーう! それはあっちに持っていってくれ! 悪ぃな嬢ちゃん、嬢ちゃんとこのダンナを借りてくばかりか嬢ちゃんに出航前の準備を手伝って貰っちゃってよ!」


「いえいえ全然かまいませんよ! ウチのハルトさんをどんどん使っちゃってください!」


「おう! そうさせてもらうよ」


 偽装商船が停泊している桟橋でも現在出航前の準備が着々と行われている。海兵が船と桟橋を行き来しながら船内に各種の物資を積みこんで行っている。その中に偶々手が空いていたアリシアの姿も有った。彼女も周囲の海兵に混じって積み込みの手伝いをしていた。


 周りの海兵達はアリシアの事を知っているようだ。主に春人の身内、もしくは春人の夫人……という事で。


 なので下手に彼女にちょっかいを出そうとする者は誰一人としていなかった。もし手を出そうものならば即座に春人の手によって処断されるだろうと分かっているからだ。


 そんな場所にシャーロットと別れた春人がやって来た。


「ようアリシア。精が出るな」


「あっハルトさん! 上の方はもういいんですか?」


「一先ずは……な。それよりもすまないな、せっかくの休暇でこっちに来たのにまた仕事で出なきゃならないんだからな」


「ここの人達がハルトさんを頼って来たんですから力を貸してあげなきゃ、ですよ! それにずっと休んでいたら体が鈍ってしまいますよ?」


「それもそうだな。じゃあ今日も直ぐに戻る。という訳で留守番を頼んだぞ、アリシア」


「はい! 任されました!」


「それとだ、この仕事が一通り終わったらアリシアに銃の使い方を教えよう」


「え? 随分と急な話ですね。でも前にハルトさんは使えないって言ってませんでした?」


「このままではな。だが使用者登録をすれば使えるようになる。これからは自衛用として必要になるかもしれないからな。そのためだ」


 春人はもし自分がアリシアの傍に居ない時にもしもの事が有った場合を想定して彼女に銃を持たせようと考えていた。銃を使うには多少の訓練が必要である。訓練無しでも撃てなくはないが、安全にかつ正確に使用できるようにするためにはやはり訓練が必要であると春人は考えている。


「分かりました。ではこの仕事が落ち着いたらご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」


「ああ、任せろ」


 それから二三アリシアと話してから春人は他の者に混じって物資の積み込み作業の手伝いへ行った。


 積み込み作業が終わったのはそれから程なくしてからであった。


「全員乗ったか!? これより我々は港を出航し海賊討伐へ向かう! 君達の奮戦に期待するぞ!」


 シャーロットの号令が出航の合図となった。偽装商船は錨を引き上げ、桟橋と船を繋いでいた渡し板を外してその巨大な船体は帆を広げた。帆で風を受けてその船体はゆっくりと沖合へ向けて進んでいった。


「針路そのまま! 港を出たら目的の海域へ真っ直ぐ舵を向けろ!」


 船上では操舵手へと指示を飛ばす声が聞こえる。戦闘が始まるまでは春人の出番はない。船の操舵は専門外である為春人は邪魔にならない場所でその光景を眺めていた。


 船は港を出航し、浅瀬を抜けると舵を切って予定海域へと針路を向けた。海賊と出くわすまでの短い船旅である。


 今まで自分達の管轄である場所で好き勝手していた海賊を大々的に討伐することが出来るこのまたとない機会を逃す手は無いと船上の海兵達は皆思っていた。その為彼等の士気は高く、気合は十分に入っていた。


 だが春人やシャーロット含めこの船に乗っている者は誰も知らない。相手の海賊が思っていた以上に強力な敵であった事を……。そして兵団の兵士でない者がこの船に数人潜り込んで来たことも……。

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