83:戦の前兆 2
「キサマ等は何処で銃を手に入れた?」
春人は単刀直入に独房の中の海賊の男に訊ねた。その声はとても冷たく、そして言葉が相手に突き刺さりそうなほど鋭かった。
「はっ! それを俺に聞いてそう簡単に答えると思っているのか!? まったくオメデタイ野郎だぜ! お前馬鹿じゃねーの!?」
やつれている見た目とは裏腹にこの男はいきなり大声を上げて春人を馬鹿にしてきた。その姿は正に海賊らしかった。
そう大声を上げている海賊の男に春人はただ冷たい視線を送っているだけだった。
その刹那、狭く薄暗いレンガ造りの留置場の中に盛大な銃声が響き、独房に押し込まれている海賊の男の足元に弾痕が刻まれた。
「ちょっとフナサカ殿! いきなり何をする!」
何の前触れもなく、発生した銃声にシャーロットは耳を抑えながら春人にクレームを入れてきた。閉鎖空間でしかも音が響きそうなこの場所で銃を撃てば必要以上に銃声が響くのは必至だろう。
「すまないなシャーロットさん。だがここからは俺の仕事だ。もしアレなら退席しても構わんが?」
「いいや、このまま同席させてもらおう」
「……ならば俺の邪魔だけはしないでくれ」
耳を抑えながらも春人と共に同席すると言ったシャーロットに対して春人はただ邪魔だけはしないでくれと淡々と言った。
「おっ……お前もまさか『銃使い』なのか?」
いきなり足元を撃たれたこの男は驚いた様子を隠す事もなく春人に「お前も銃使いなのか」と聞いて来たが春人はその言葉に耳を貸す事もなく完全にスルーしていた。
「質問するのは俺だ、キサマじゃない。それに俺はお願いしているんじゃない。これは命令だ。答えなければここにいるキサマの仲間の誰かが死ぬか、キサマが死んだほうがマシだと思えるほどの苦痛を受けるかのどちらかだ」
春人は海賊に銃を突きつけたまま俺に聞かれたことを全て答えろと脅迫した。この脅しは見せかけでなく、春人は相手が答える気が無かったりしたら本当に他の独房に収監されている海賊を撃つつもりでいた。
「シャーロットさん、この独房の鍵を開けてくれ」
「いや……それは……。まあいい、私は一切責任を持たないぞ?」
躊躇したシャーロットだが春人の気迫に押されて独房の鍵を開けてしまった。何かあっても責任は一切取らないぞと念を押して。
「ありがとう。後の事は俺に任せてもらおう」
小さくシャーロットにそう言うと春人は独房の中へと入っていった。
「さてそれじゃあキサマが知っている事を全て話してもらおうか? 海賊の小悪党よ?」
独房の中へと入り、中に収監されている海賊の男と直接対面すると春人はこれまでにない最高の笑顔になった。
今まで追ってきて手掛かりが何もなかった死神部隊に繋がりそうな情報が目の前に転がっているのだからまあ無理もないだろう。
それから始まった春人の尋問は凄絶をきわめた。それは駐屯兵団隊長を務めるシャーロットでさえも思わず目を背けたくなるほどに酷い有様だった。
尋問中に春人は何度も海賊の男に暴行を加え、何度も行った暴行の結果彼の顔面は腫れ上がり、鼻の骨は折れ、鼻血を流し、それ以外にも全身のあちこちに暴行が加えられた痕跡が出来た。その姿から先程までの威勢の良さは微塵も感じられなかった。
そのやり口はもはや暴力団やマフィアの様であった。
「……お願いします……。これ以上は本当に何も知りません。だからもう……やめてください……」
「本当に後は何も知らないようだな。それならばお前にもう用はない」
ひとしきり知りたい事を全て聞いた春人は最後に冷たくお前にもう用はない、と言うと足早に独房から出て行った。
「……君は随分と酷いやり方をするもんだね。その見た目からは想像がつかないよ」
シャーロットは春人のそのやり方に若干引いていた。
「人の見た目とは案外当てにならないものさ。それと俺のこのやり方は参考にしない方がいい」
「流石にこのやり方を真似しようとは思わないさ。それで、君が知りたかった情報は手に入ったのかな?」
「十分……とは言えないがある程度は満足できるものが手に入った。いくつか今後の行動について打ち合わせをしたいのだが、何処かで部屋を借りれないか?」
「それならばすぐに用意しよう。人手は要るか?」
「いいや、今は必要ない。必要な時が来たら借りるがね」
シャーロットは独房の鍵を閉めながらそんな話を春人としていた。彼女は口にはしていないがその内心ではこの春人という男がそう遠くない先に決して小さくない戦を開くのだろうと思っていた。そしてそれは
ただの海賊狩りではないだろうとも……。
留置場から出て、春人とシャーロットは詰所のある小部屋に来ていた。
「それで、打ち合わせとは一体何をするんだ?」
「まあそう難しい話ではない。俺も件の海賊狩りには協力する。そして今回の海賊狩りに協力する見返りに俺の方の仕事にも協力してもらいたい」
「それはさっきの海賊を拷問して聞き出した事と関係あるのか?」
「ああ、大いに関係ある。その辺も今説明する」
春人がシャーロット達に協力を仰ぎたい仕事の内容とは海賊に銃を卸している武器商人もとい死神部隊の現所在地の調査、及びそれの殲滅である。ここの兵士を死神部隊と戦う為に動員しても全滅まではいかなくとも甚大な被害を被るだろう。それを分かっていても春人は人員の数的有利性を得るためにここの駐屯兵団の兵士を使おうとしていた。
それは言い方を変えれば数合わせの為だけの人員、彼等を使い捨ての駒として使うともとれる発言内容だった。
そして春人は自分と死神部隊の因果関係をシャーロットに軽く説明した。
「……まあ君のしたい事は分かった。その死神部隊? とやらを倒さなければこの先この世界に戦乱の種があちこちに蒔かれるという訳だな?」
「理解が早くて助かる。アイツ等を一人残らず殺すことが俺の使命だ。そしてアイツ等を殺す事がアイツ等に力を与えた俺のケジメでもある」
相手を殺す事が自分にとってのケジメである。そう言った春人の顔は完全に悪党のそれだった。
「たまに君は本物の悪人みたいな顔をするんだね」
「そりゃあ今までの何百何千もの数を命を奪ってきたんだ。それだけ殺せばそいつは正真正銘の大罪人、大悪党もいいところだ。そしてそれが死神の名で有名になりつつある俺の、春人と言う男の正体だ」
「それは君の連れの娘の前でも?」
「まさか、流石にこんな顔をアイツの前ではしないさ。もしこんな顔を見せたらアイツはきっと悲しむから」
アリシアの悲しんでいる顔を思い浮かべた春人は今の悪人面から一瞬で悲しそうな顔になった。
「それが分かっていれば君は絶対悪に堕ちたりはしないさ。君は自分を悪と言うが、そんな事は絶対ないさ。それがわかる日がいつか絶対訪れるよ」
突然シャーロットは春人の事を抱きしめ、そんな優しい言葉を投げかけた。同時に春人はシャーロットの両手の肉球とモフモフに包まれた。
「出会ったばかりの奴にそんな事をするのは些かどうかと思うが? これが誰かに見られて変な勘違いでもされたらかなわん」
「自分でもそれは分かってる。ただ何となく君にこうしたかったんだ。すまない、軽率な行動だった」
急に抱きしめたかと思えば今度はその手を放してシャーロットは今の軽率な行動を謝罪してきた。なんでそんな行動をしたのかが春人には分からなかったが、当の本人であるシャーロットでさえも何でこんなことをしたのか分からないでいた。
「話が逸れてしまったね。そろそろ話を戻そうか。それで、これからの計画はどうするんだい?」
シャーロットは我に返ると春人にこれからの事について訊ねてきた。
「そうだな……先ずは目先に問題から解決していくとしようか。手始めに周辺海域で暴れまわっている海賊を殲滅及び拿捕していくことにしよう。それから情報を引き出して連中に銃を卸している死神部隊を追い詰めるとしよう」
「そうか……だがこちらで所有している軍艦で沖に出向けば奴等は影も形も現さないんだぞ?」
「まったく仕事が出来るんだか出来ないんだか……。いいか俺が今から言うものを用意してくれ。それは――」
春人がシャーロット達駐屯兵団に用意させようとしたものはとても大きな物で直ぐに用意できるか分からないものだった。そもそもこの海賊狩りの為にそれを提供してくれるかも分からない代物であった。
「ちょっと待ってくれ! いきなりそれを用意してくれと言われても準備できるかすらも分からないものだ! そもそも彼等がそれを提供してくれる保証もない」
「それをどうにかしてくれるのが最初の君達の仕事だ。俺も裏から色々と手を回して協力しよう」
「……分かった。だがそれを確保できるかどうかの保証は出来ないぞ?」
これから始まる大仕事、海賊狩りを行うのに必要な物を確保するため、春人や駐屯兵団の兵士達はこれからしばらくの間あちこちに出向くことになる。
休暇で訪れた筈の港町ハーフェンでこんな大仕事をするとはここに来る前の春人は予想すらできなかった。
春人が詰所で拿捕された海賊を尋問もとい拷問を行い、シャーロットと今後の海賊狩りについての打ち合わせをしている時とほぼ同時刻。サンジェルミの屋敷内で春人達が借りている客間に無造作に置かれていた、ベルカ帝国の帝城から持ち出した適当に周波数を弄った無線機からノイズ混じりの音声が聞こえてきた。
『--ノーー納--ハーーノーー時ニテ行--場所ハ――』
ノイズが酷くてとても聞けたものでは無かったが、もしこれを春人が聞いていたら一心不乱に周波数を合わせて内容を聞こうとしただろう。だが残念なことにこの部屋の中には春人はおろか、アリシアさえも居なかった。誰かが居たらきっと何かアクションを起こしたに違いない。
だが誰もいない現状、無線機から聞こえる音声はノイズと共に虚しく室内に響くだけだった。




