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82:戦の前兆 1

 これは自称勇者と名乗るタチバナと邂逅した日から暫く経った日の事である。


 まだ暫くサンジェルミに世話になっている春人とアリシアの二人は今日も屋敷内でのんびり休暇を楽しんでいた。そんなある日のこと、春人は屋敷内にあるサンジェルミの執務室へと訪ねていた。


「伯爵、忙しいところ済まないが少々いいだろうか?」


 3回ノックをしてから執務室へ入った春人を待ち受けていたのはこの屋敷の主であるサンジェルミと、見慣れぬ女性の狼のような獣人であった。その女性はどちらかというと獣よりの姿で、人の姿に寄った狼が二足歩行で立っている様に見えた。


 アリシアが獣2割人間8割の見た目だとしたら、目の前の彼女はその逆だろう。


「あらハルトちゃんじゃないの。どうしたの?」


 サンジェルミはいつものおちゃらけた雰囲気で春人を迎え入れてくれた。


「あぁいや、ちょっと伯爵にお願いしたいことが有ったのだが……お邪魔だったみたいだ。また改めて時間を置いてから来るよ」


「別に構わないわよ。ワタシ達もちょうどアナタに用も有った事だし。それと紹介するわ。彼女はシャーロット。この街の駐屯兵団の隊長よ」


 サンジェルミも春人に用が有ると言い、更にこの室内に同席していた獣人の彼女を紹介してきた。


「やあ初めまして。ハーフェン駐屯兵団隊長のシャーロットだ。君が今国中で噂されている死神の名を持つハルト・フナサカ殿だね? お会いできて光栄だ。いやぁ噂通りいい男だな君は」


「初めましてシャーロットさん。ご存知の通り私が春人だ。お褒めに預かり光栄です。しかし私には将来の伴侶が居るので色恋沙汰のお誘いであればご遠慮いただきたい」


「ははは! 冗談だ! 君に伴侶がいるという事も知っているさ。それと私の事も伯爵と同じように砕けた感じで話してくれて構わない。その方が君も話しやすいだろ?」


「ではそうさせてもらおう」


 春人はここ数日の間にサンジェルミともフランクに話すような間柄になり、時には二人揃ってアリシアをいじる事もあるくらいに打ち解けていた。それはお互いが同じ地球出身の転移者だからなのだろう。


「それで伯爵。俺の方の用は兎も角として、俺に用とは一体?」


「それはワタシよりもシャーロットから説明を聞いた方がいいわね。彼に説明してあげて」


「はい伯爵。今この街、正確にはこの街を拠点とする海運商船が海賊に襲われるという問題が発生している。端的に言うと海賊討伐の為に君の力を是非とも貸していただきたいという事だ。どうか協力してもらえないだろうか?」


 サンジェルミ達の用とは春人に海賊討伐の協力をしてほしいという事らしい。


「海賊討伐だけであれば貴女方駐屯兵団の仕事では? 半分傭兵に近い人間に協力を仰ぐと言うのは些か兵士の矜持としてどうかと思うが……?」


「確かに君の言う通り本来であれば私達駐屯兵団がやらねばならない仕事だ。外の者に、ましてや休暇で旅行に来ている君にこんな事を頼むのは非常に申し訳ないと思っている。だが、どうか力を貸してはもらえないだろうか?」


 いつもであれば法外な報酬を要求する春人であったがこの時ばかりは何故か違った。


「……まあいいだろう。ちょうど俺も退屈して腕が鈍りそうだったんだ。暇つぶしにその海賊討伐、手を貸してやろう」


 この日だけは何故かどういう風の吹き回しか、春人は簡単に承諾してしまった。


「だがそれ相応の報酬は用意してもらうがな」


 結局はいつもと変わらなかった。


「それじゃあ話はこれで決まりね。報酬についてはワタシのポケットマネーから出してあげる。それと現段階での情報はこの報告書にまとめてあるわ。目を通しておいて。後はここだけの話……ここだけの内密な話。すまないけどシャーロット、後でハルトちゃんを詰所に案内するからここは一端席を外してもらえる?」


「ん? あぁわかった。それではフナサカ殿、ではまた後ほど詰所で……」


「ええシャーロットさん。また後ほど……」


 サンジェルミはシャーロットに席を外させ、執務室には春人とサンジェルミの二人、転移者同士の二人だけが残った。


「で、伯爵。先程の女隊長に席を外させてこれから話す話の内容とは一体?」


「あら? アナタも既に気が付いてる筈よね。これから話すことは転移者同士の話。アナタの、そしてワタシ達の敵の転移者についての話よ」


 サンジェルミは不敵な笑みを浮かべると春人に転移者についての話だと言った。確かにこの話はこの世界の住人には聞かせられない話である。


「だと思った。それで? 転移者の話と今回の海賊討伐の話とどう関係があるんだ?」


「まあその話をする前にこの報告書をざっくり目を通してもらえる? 特に2枚目辺りをね」


 春人は言われた通りにサンジェルミから報告書を受け取るとざっくり目を通した。そして言われた通り2枚目辺りからじっくりと目を通していた。


 そこに書かれていたことは主に海賊に襲われた日時や場所。被害状況や捕えた、もしくは殺害した海賊の人数。それと予想される海賊団の構成人数といったごくありふれた報告書であった。


 ある一部の内容を除いて……。


 サンジェルミがじっくり目を通すようにと言った2枚目以降の内容の一部に春人の目を注目させる事が書かれていた。


『襲撃を掛けてきた海賊団の構成員の一部におおよそ何処の国の、魔法とも何とも検討しようの無い木と金属で構成された武器を使用していた。その武器は強烈な破裂音を響かせると瞬きする間にその武器に狙われた者の体に穴が開き、そこから大量に血が噴き出した。頭部や胸部などの致命傷になる部分に攻撃された者はその場で即死した』と書かれていた。しかもご丁寧な事に後に続く報告書にはその武器を模したと思われるイラストまで描かれていた。


「これは……どう見ても……」


「そう、どこからどう見てもその武器は銃ね。しかもアナタならその種類も分かるはずよね?」


「随分ラフなイラストだが大体の特徴は掴めている。たぶんこれはAKシリーズのどれかの銃だろう」


「流石ね。銃を使う人間だから直ぐに分かるって訳ね」


「まああくまで予測でしかないがな」


 この報告書に目を通した春人は直感で海賊に銃を卸している奴が死神部隊の誰かであると感じていた。それ以外に見当がつく相手がいないからだ。


 ちなみに先日遭遇した自称勇者のタチバナでない事は確かだ。奴は論外だ。


「ちなみにだけど、詰所の方に行けばもっと面白いものが見れるわよ?」


 春人が聞いているかは分からないが、サンジェルミはシレっとそう言った。


「伯爵! 俺はこのまま詰所へ行く! 報告書コレは返す! それと、アリシアの事は頼んだぞ!」


「オーケー任せといて。それと詰所まではウチの人間に案内させるわ」


 春人は足早に執務室を出て行くとそのままサンジェルミが用意した案内人に案内されて詰所まで一目散に出て行った。


 余談だが、春人を案内した彼もサンジェルミと同様にオカマだった。サンジェルミの屋敷の敷地内にいる男手はみなオカマもしくは同性愛者たちであった。彼等の春人に対する印象はみな「黒髪に鋭い隻眼がステキ」だそうだ。彼等から見て春人はどうやら恋愛対象のようだ。勿論そんな事は春人は知らないし、知りたくもない事実だ。


 サンジェルミの屋敷からほど遠くない場所にハーフェンの駐屯兵団の詰所はあった。春人は案内してくれた彼と別れてから先程執務室で会った隊長、シャーロットを訪ねた。


「やあ、随分とお早い到着だね。待ってたよ。もう報告書には目を通しておいてくれたかい?」


「報告書は一通り目を通した。ここの海賊は随分と面白い武器を使っている様だな?」


「まあその武器に手を焼いている訳なんだが……。それと風の噂で聞いたんだが、君も似たような武器を使っているんだよね?」


「まあ確かに形は違えど同じような物は使っている。先に言っておくが俺が海賊共に武器を卸している訳じゃないからな」


「それは重々分かっているさ。王国の英雄がそんな事するわけ無いと皆思っているよ」


「ならいいが……。あぁそうだ、ここに来る前に伯爵からここで面白いものが見れると聞いたんだが、それが何か見当つくだろうか?」


 春人はサンジェルミの屋敷を出る前に詰所に行けば面白いものが見れると言われた事を思い出し、その事に心当たりが無いかシャーロットに訊ねた。


「面白いもの……あぁたぶんアレの事だろうか? 案内しよう」


 しばし考えた後シャーロットは何か心当たりが有ったのか、たぶんアレだろうと言った。そして春人を詰所内の何処かへと連れて行った。その先で春人を待っていたのは春人も薄々感づいて予想していたものだった。


「着いたよ。この部屋の中だ」


 シャーロットの案内によって連れてこられた保管室の様な小部屋の中で春人達を待っていたのは木製のテーブルの上に置かれている布が巻かれた細長いナニカだった。


 それを見た春人は直感でこう感じた。


――こいつは紛れもない銃だ。


「布を取って中身を確認しても?」


「構わないよ」


 シャーロットの許可が下りた途端春人はやや乱暴に巻かれていた布を取り払い、中身を検めた。


「やはり……中身はAK47か」


 春人は布で巻かれていたものの中身、AK47を動作確認しつつ各部に異常が無いか調べた。セレクターを動かし、チャージングハンドルを操作する。そして刺さっていたマガジンを外して残弾を確認する。残弾はゼロ、薬室内にも残弾が無いことを確かめると春人は誰も居ない方向へ向けて1発だけ空撃ちをした。


 ひとしきりチェックをした結果分かった事は春人が使う銃とは違い、このAK47には登録された使用者のみしか使えないというロックが一切されていない事だ。つまりは使い方が分かっていれば誰でも使えるという事だ。


「その様子だとその武器をよく知っている様だね」


「知っているも何も、これは俺達の世界ところの武器だ。使い方ぐらい知ってて当然だ。ところで何処でコレを?」


 当たり前のように春人は答えると続けてどこでコレを手に入れたのかシャーロットに訊ねた。


「何処でって、これは先日商船を襲った海賊を捕縛した際に押収したものだ。まったく奇妙な形で我々もどう使っていいのか分からなかったんだが、なるほどそう使うのだな」


 シャーロットは春人に入手場所を説明すると、自分達が今まで使い方が分からなかったこの武器(AK47)を春人がいとも簡単に扱うものだから成程この武器はこう扱うのかとひとり納得していた。


「使い方を知った所で弾が無ければ無用の長物でしかないがな。使えたとしても鈍器として使えるくらいだろう。それよりも捕縛した海賊が居ると言ったな? 出来ればそいつの顔を拝んでみたいものなのだが……」


「ん? あぁ別に構わないが連日の取り調べで疲弊しきっていてまともに会話できるか分からなぞ?」


「その辺は別に問題ない」


「まあ君がそう言うなら……、分かった案内しよう。留置場はこっちだ」


 シャーロットは今度は留置場まで春人を案内していった。


 案内されて付いて行った先の留置場の牢屋の中にはほぼ満員に近い人数の人間が収監されていた。シャーロットの説明によると彼等は皆先日捕縛した海賊だそうだ。


 そして二人はある牢屋の前に立つとシャーロットはここがそうだと春人に説明した。


「着いたよフナサカ殿、この牢屋の中の奴が先日捕縛した海賊団の頭目だ」


 その牢屋の中に居た男は日々の取り調べで疲労しているのどうかは分からないが、完全にやつれていた。


「なんだケモノ女。とうとう俺達を始末しに来たのか?」


 海賊の男はシャーロットに軽口を叩いていた。まだそれだけの元気は残っているようだ。


「キサマらを処刑するのは何時でも出来る。今日はキサマに用があるという者が来ているので案内しただけだ」


 春人やサンジェルミと話している時とは違い、今のシャーロットはその言葉に覇気が籠っていた。


「それってそっちの男か? 何のようだ? 俺達を釈放でもしてくれるのか?」


 今度は春人に向かって軽口を叩き、気味の悪い笑みを浮かべながら釈放してくれるのかと聞いて来た。勿論そんな願いを聞くはずもなく、春人はそんな雑談に答えることなく早速本題に入った。


「下らぬ話をしている暇など無い。キサマらは何処で銃を手に入れた?」


 いろいろとはやる気持ちを抑え、春人は率直に訊ねた。

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