79:アレハンドロ・サンジェルミ 2
「アナタ……、この世界の人間じゃないでしょ?」
サンジェルミの予想外の質問に春人はどう答えるか迷った。素直にそうだと答えてもいいし、一体何の話だととぼけても良かった。
この全体像がつかめないサンジェルミにどこまで話してよいものなのか春人は決めかねている。だから春人はこう答えることを選んだ。
「この世界の人間じゃない? 一体何の話だ? これもまたさっきの戯言の続きか?」
春人はこの質問に敢えてとぼけて答えることを選んだ。こう答えて、これから先どうなるのか春人でも分からない。
「別にとぼけなくてもいいわよ。ワタシもこの世界で生まれた人間じゃないし」
ここでまたサンジェルミが衝撃的な発言をしてきた。彼が言うには自分も春人と同じでこの世界以外の所から来たと言うのだ。その衝撃的な告白に春人は何も言えずに固まっている。
そんな春人を気にすることなく、サンジェルミは更に話を続けた。
「ハルト・フナサカ……フナサカ・ハルト。成程、アナタの出身はズバリ日本ね。この世界じゃ聞きなれない名前だし、その黒い髪に黒い瞳。これ以上とぼけても時間を浪費させるだけよ。それにしても日本と言う単語、久しぶりに口にしたわね」
日本というこの世界じゃ絶対に出てこない単語も出て来た以上、これ以上はとぼける事は無駄な行為だと悟った春人は本当の事を話すことにした。
「確かにこれ以上は時間を無駄にするだけだな。そうだ、確かに俺はこの世界の住人じゃない。出身が日本である事も間違いない。そうだ、俺は俗に言う異世界転移者と言う奴だ」
自分は転移者であると告白をした春人だが、目の前のサンジェルミも同じ異世界転移者である確証はない。もし彼が言っている事が嘘なのであれば春人は余計なトラブルが起こる前に口封じをすることも辞さないつもりでいた。
もし仮に口封じをして、その後にこの国とトラブルになったらベルカ帝国との戦争で勝利に貢献した英雄であるという事を盾にして何とか上手く纏める算段でいた。
そしてここに来て春人が気が付いたことが有る。この話をするためにサンジェルミは人払いとしてアリシアを退席させたのだろう、と。
「同郷の人間と会うのは久しぶり……でもないか、この前偶然会ったし」
サンジェルミは春人に聞こえない程の小声で独り言を言っていた。
「なあ、アンタはいったい何者なんだ?」
春人の質問はもっともである。自分と同じ異世界転移者であることには間違いないだろうがそれ以上の事は何一つ分からないのだから。
「じゃあ改めて自己紹介をするわね。ワタシはアレハンドロ・サンジェルミ、まあそれは知っているわね。アナタと同じで日本からこちらに飛ばされてきた転移者よ。まあそれも昔の話で、今じゃここでいち地方領主の座に就いているけどね。あ、ちなみにこの名前はこっちに来てから名乗ってる名前でね、本名は……もう忘れてしまたっわ」
サンジェルミは自分も春人と同じ異世界転移者であると打ち明けてきた。春人は顔には出していないがその内心では凄く驚いている。下手に反応するとサンジェルミに何を言われるか予想できないからだ。
随分前に夢の中で春人は神だと自称する老人から他にもいるとは聞いてはいたが、実際目の当たりにするとは思っていなかった。
「成程な。そのサンジェルミっていう名前は向こうの歴史上の人物であるサン・ジェルマン伯爵から取ったのか……。ん? ちょっと待て。昔の話って、アンタはいつこっちに転移してきたんだ!?」
「へぇ、その勇ましい見た目とは裏腹に意外と学もあるようね。そうよ、これはサン・ジェルマン伯爵から取った名よ。アレハンドロの方は適当に決めたけどね。それとワタシがいつからこの世界に居るか気になるようね? それに答える前にアナタから見てワタシは一体いくつに見える?」
質問に質問で返してきたことには突っ込まず、春人は言われた通りにサンジェルミの年齢を考えた。だがここで新たな疑問が生じた。見た目からはサンジェルミの年齢は全く見当がつかない。
春人と同じ20代だと言われればそのようにも見えるし、また同時に60代以上の老人のようにも見える。
「まったく見当がつかん。今アンタはいくつなんだ?」
「全然わからないようね。まあ無理もないか。じゃあ教えてあげる。こう見えてワタシ、300歳を超えてるのよ」
春人は先程から驚かされてばかりいる。自分の目前に同じ転移者がいる事だけでも十分驚いたのに更にその人物が齢300を超えている正真正銘の化け物だとカミングアウトされたのだから。
「ちょっと待ってくれ! じゃあ何か、アンタがこっちに来たのは300年以上も前だって言う事なのか!? 普通の人間だったらとっくの昔に死んでいるはずだぞ? 不老不死だとでも言うのか? だからサン・ジェルマン伯爵にあやかった名前を名乗っているのか? まったく思考が追いつかない。頭がパンクしそうだ」
自分と同じく転移者であると言われてもあまり驚いたような表情を出さなかったが、流石にこれは驚きを隠せなかった。
「あら、頭がパンクしそうだと言う割には十分頭が働いているじゃない。確かにワタシはアナタ達をは違う。一緒だったらとっくにおっ死んでるわ。だからこの名を語っているの。ワタシはね、この世界の行く末を見届ける為に生きているの。言うなれば観測者ってところね」
「その観測者ってのはいったいどういう事だ? それに本当にアンタは不老不死なのか? 説明して貰おうか?」
春人にはサンジェルミの言う事が理解できないでいた。その観測者と言う単語が何を意味しているのか
さっぱり分からない。本当に不老不死なのかも怪しく思えてしまう。それでも春人が唯一理解できたのはサンジェルミは本当に春人と同じく転移者であるという事だけだ。
「観測者っていうのは文字通り、この世界での転移者達の出来事を最後まで観測することよ。そして本当にワタシはある意味不老不死よ? 何なら試してみる?」
サンジェルミが試してみるかと小さく不敵な笑みを浮かべながら言うと、春人は有無を言わずに腰のホルスターから銃を抜き、サンジェルミの眉間を綺麗に撃ち抜いた。
眉間を撃たれたサンジェルミは力の抜けたその体をソファの背もたれに預け、頭は天井を見上げるように倒れた。その時にサンジェルミを撃った本人である春人はある違和感を覚えた。
――コイツッ! 人間じゃない!?
倒れたサンジェルミの銃創から血が噴き出す事もなく、弾が貫通した後頭部からはその内容物が飛び散る事も無かったのだ。
「ね? 言った通り、ある意味不老不死でしょ?」
すると何処からともなく、今眉間を撃ち抜かれたはずのサンジェルミの声がしてきた。
声が聞こえたと思った瞬間、サンジェルミの後ろの扉、廊下に繋がる扉とは別の扉が開かれるとそこからもう一人のサンジェルミが現れた。
「オマエは……人間なのか?」
春人は声を震わせながら銃を先程撃った方のサンジェルミに向けたまま、新たに部屋に入ってきた方のサンジェルミに訊ねた。
「そういうアナタはなに? 人間? バケモノ? それともこの国に飼われてる犬?」
「俺は……人の命を刈り取る死神の名を冠したバケモノだ」
サンジェルミに自分は何者かと問われ、どう答えるべきか春人は迷った。そして出した答えが自分もバケモノだという答えだ。
「そう……。じゃあアナタにはワタシを、同じバケモノであるワタシを殺す事は出来ないからね」
「バケモノを殺すのはいつだって人間だ、って訳か?」
「そう言う事」
サンジェルミは今のこの瞬間を楽しむかのように今まで春人が喋っていたサンジェルミだったモノの横に座った。そして春人はそれを見届けながら静かに銃をホルスターに収めた。
「見ての通りワタシの前の体は人形、そして今のこの体も同じ様に人形よ。ワタシは死ぬ寸前に自身の記憶を全て人形に引き継がせているの。言うなれば人形使いって奴ね」
それはもはや生きているとは言えない。かと言って死んでいる訳でもない。生も死も超越した存在、それこそ本当に正真正銘のバケモノである。春人が自分で自分の事をバケモノと称するのとはわけが違った。
「流石の俺でも手に負え合いな、アンタは。ここの使用人も皆そうなのか?」
「ほんの少しだけ居るだけで後はみんな普通の人間よ。さっきの子を別室に案内したのはワタシが作った人形よ。普通の人間と変わらない見た目をしてるでしょ? それにこの事を知っているのはこの国の国王以下、他に数人いるだけ。だからこの国でワタシを知る者は不老の変人地方領主、って呼ぶ事が多いわ」
春人が双子の姉妹だと思っていた小さな女給はなんとサンジェルミ作の人形だという。見た目が人間と変わらないその出来栄えに春人は驚きを隠せなかった。
そう驚いたのも束の間で、春人はまた普段の表情へと戻った。
「だが向こうの歌にもあるようにno one lives forever。この世界にも永遠に生きる奴なんていないだろ? 俺もいつかは死ぬし、さっきのアリシアもいつかは死ぬ。そして他の奴等も同じ様に平等に死を迎える。アンタにもいつかは死ぬ日が来るんだろ?」
「確かにワタシにもいつかは全てを終わらせる日が来るわ。でもまだワタシにはやる事が有るの。それが済むまではまだ死ねないわ」
「そんな姿になってまで生き永らえて、アンタは一体何がしたい?」
自身で制作した人形にその魂を移し替ええて、幾年もの長い時を生きてまでサンジェルミが何を望んでいるのかが春人には分からない。
「ワタシの目的はこの世界で過去何度も行われてきた転移者同士による戦争に終止符が打たれるのを見届け、観測すること。この世界には二種類の転移者が存在するの。一つはこの世界を破滅へと導こうとする災厄を司る神が遣わせた、言うなれば悪意に満ちた転移者。そしてもう一つがそれらを撃ち滅ぼし、世界に平穏をもたらす為にこの世界を管理する本当の神が遣わせた、いわば正義の心を持った転移者。
ワタシは悪意を持った転移者が倒されるのを見届け、そしてその元凶である災厄を司る神が撃ち滅ぼさせるのをこの目でしっかりと見届けること。それがワタシの願いであり、ワタシがしなければいけない事。それらが全て終わればワタシはこの命を天へと還すわ」
サンジェルミが言っている事は突拍子もなく、俄かには信じがたい話だった。
だが春人は違う。サンジェルミの言っている事に心当たりがあるからだ。正が自分だとすれば、悪は死神部隊。そしてそれを率いるハミルトンだろう。そしてそれらを送り込んだのが春人をこの世界に呼んだ神とは別の神。その事を随分前に春人を送り込んだ神からのメールとその神と邂逅した時の話で見聞きしたため春人はサンジェルミの話を信じることが出来た。
「そうかい。いろいろと突拍子もない話で俄かには信じがたい話だな。仮にその話が本当だとしてアンタは俺をどう見る? 正か? それとも悪か?」
「ワタシはアナタを少なくとも自分と同類。ようは正義の側にいると思っているわ」
サンジェルミは間髪入れずに春人は自分と同じでこの世界を守る為に遣わされた転移者であると言い切った。それを聞いた春人は片手で顔を覆ったかと思うと、突如笑い声を漏らし始めた。
「ふっふっふ……はっはっは! 実に面白い話だ! 俺が、大量殺戮者であり殺し合いを楽しむよう様な存在である俺が正義のヒーローだと!? サンジェルミ、アンタも随分面白い冗談を言うのだな。実に滑稽! 実に面白い冗談だ!」
「これは冗談では無いわ。アナタがどんな人間であろうと世界の命運はアナタに掛かっていると言っても過言ではない。人殺しだろうと何であろうと、アナタはこの世界で生きる者の為に戦うの。これは宿命でもあり、変えられぬ運命なの」
「俺が来る前の連中はどうした? 皆死んだか? 世界を救う事も出来ずに哀れに無駄死にでもしたか?」
「戦ったわ……ワタシも、今までの転移者達も……そして世界を守ったわ。誰よりも勇敢に、そして一歩も引かずに……。でも、諸悪の根源である神には到底敵わなかった……。それにもうワタシには戦えるだけの力は殆ど残っていない。だからお願い、ワタシ達の無念をこれ以上この世界に残さない為にも神を……災厄を司る神を殺して。アナタは死神の名を冠する男なのでしょ? ならばその名の通り神をも殺して」
春人に挑発されたサンジェルミはその歳に似合わず悲しそうな顔をしながら、この果てのない転移者同士の戦いに終止符を打つために災厄の神を殺してくれと懇願してきた。その姿はまるで目の前に自身が信仰する神が舞い降りて、それに跪き両手を合わせて願いを述べているかのようであった。
だがサンジェルミが願いを述べている相手は神ではない。死神の名を冠する男、船坂春人だ。
「命運だとか宿命だとかそんなものは一切俺の知った事ではない。だがな俺とアリシアの平穏な生活を乱そうとする奴はたとえ神であろうと俺の敵だ」
「という事はワタシ達の願いを――」
「そうだ、この俺が、死神がその願いしかと聞き届けた。アンタや、過去に戦った全ての戦士の命を無駄にしない為にも俺が神の首を刈り取ってみせよう。だがこれだけは覚悟しておけ。俺に依頼したという事はその後の事は一切責任は持たないし、報酬もそこらの連中よりも桁違いに高いからな」
「--っ!? ありがとうっ……! アナタとアナタを遣わせた神に最大限の感謝をっ!」
いつの間にか涙を流していたサンジェルミはその厚化粧を落としながらも掠れた声で春人と、春人を遣わせた神に今出せる最大限の感謝の言葉を述べた。
「涙を拭け。見苦しい顔が更に見苦しくなってるぞ」
春人に指定され、いつの間にか知らずに涙を流していたことに気付いたサンジェルミは自身の服の袖で涙を縫うと余計に人に見せられぬ顔になってしまった。それに春人が更に指摘するとサンジェルミは顔を手でそっとなぞった。すると不思議な事に今まで崩壊していた化粧はあっという間に元通りに戻っていた。
春人はサンジェルミが本当に理解不能な相手であるとこの時確信した。
「さてと、顔も元通りになった事だし、いくつか俺の質問に答えてもらおうか?」
サンジェルミの化粧が元通りになったのを見届けると春人は自身が疑問に思ったことを率直に質問し始めた。
「一つは今までの転移者の事だ。過去に存在したというのならば、この世界のどこかにその痕跡が残っているんじゃないか?」
「残念だけどその痕跡は何一つ残っていないわ。過去の転移者達は皆最後に災厄を司る神を倒すために挑み、そしてそこで倒されてしまった。その直後にその神は転移者達の情報を世界から抹消して、一切の記録が世界に残る事は無かったの」
「では何故アンタだけはその事を覚えているんだ? 何でアンタだけが生き残れたんだ?」
「ワタシが生き残ったのは正直言いにくいけど、戦いから目を逸らして逃げてしまったからなの。神に挑んでも結局は負けることなんて目に見えているじゃない。要は敵前逃亡よ。決してこれは許される行為じゃない事くらいは分かっているわ。だから今までの彼等の戦いを後世に続く転移者達に伝える為にワタシはこうして人形に魂を入れ替えて生き永らえているの。ワタシだけが覚えている理由はよく分からない。たぶんこの世界の理から外れた存在だから記憶が消されなかったんじゃないの?」
「そうか。だがそうして逃げ出したからこそこうして後続の人間に情報を伝えることが出来た。今までの連中の行為を無駄にしないよう俺がケリをつけてやろう。それと最後にもう一つだけ聞かせてくれ。この国の連中、特に国王や国家に忠を尽くしている連中は何でアンタを、遥か昔の事を知っているアンタを国の中枢、王都に置かないんだ?」
「そんなのは何でかは知らないわよ。ただワタシが思うに彼等はワタシの扱いに困っているからじゃないの? 彼等からすれば自分達が生まれる遥か昔から生きている不老の変人だから、近くに置いておいておくと何かされるんじゃないかってビクついているんだと思うわね。まあでも、国家の危険が迫るとこうしてワタシの知恵を借りに来るって事は昔からよくあったから無下に扱おうと思っていない事は確かね」
それからサンジェルミは続けて春人が届けた親書の内容について話し始めた。その内容は不老であるサンジェルミに春人が追っている死神部隊の捜索に協力しろという事が書かれていた。春人は休暇としてここに来る前にアレクセイ将軍に死神部隊の捜索に協力してくれと依頼していた。その時にアレクセイはサンジェルミの存在を思い出し、彼であれば春人の力になれるであろうと考えたため親書を書き上げたようだ。
ちなみに春人が届ける事になったのは完全に偶然である。
サンジェルミはその親書を読んで春人が世界を守る側の転移者であり、そして春人が追っているという死神部隊が災厄の神が送り込んだ転移者であると即座に気付いた。だからサンジェルミは春人に協力することを決めたようだ。
「そうか。色々と俺の予想を遥かに超えた話の連続で正直驚かされたが、これからは俺に協力してもらうんだ。仲良く……とは言わないが、良い関係でいようじゃないか」
「そうね。この世界を守る為、そして真の敵を討ち滅ぼすためにワタシの力を存分に使ってちょうだい」
「では馬車馬の様に働いてもらおうか? いい仕事をしてくれるのを期待してりるぞ? 伯爵」
春人は最後にサンジェルミと固い握手を交わしてこの話は終わった。




