07:初めての異種族間交流 後編
アリシアと春人が彼の座る席に近づくと、立ち上がり右手を差し出しながら先に挨拶してきた。
「やあ初めまして。私はアリシアの父のハインツという。トリスタニア王国の都市防衛隊で兵団長を務めている。ここにいる者達と普段はウルブスの駐屯地に詰めている。」
差し出された手を握り返して春人も自己紹介をした。
「初めましてハインツさん。俺は船坂春人、こちらの言い方ですとハルト=フナサカです。どうぞよろしく」
二人は固い握手を交わし、互いの目を見つめ合う。ハインツの瞳の奥には強い信念が有ると春人は感じた。それが兵団長としてか一人の父親としてなのかは分からない。
春人は彼に促され同じ席に座る。その春人の隣にはアリシアが座る。
「それでハルト君、まず君に謝罪しなければならないことがある。私はこの子が拐われたと知り居ても立ってもいられず、すぐに動ける部下を連れてあの場所へ向かったんだ。そこでこれから中に突撃するぞというときに丁度中から君たちが出てきたということだ。それを見て君が娘を拐ったと勘違いをしてあんなことを言ってしまった。本当に申し訳なかった」
ハインツは誠意の籠った謝罪をし頭を下げた。娘の話を聞いてそれで誤解が解けたならばそれで良しとしよう。
「娘から聞いたが君が助けてくれたのだろう? 礼を言わせてくれ、ありがとう。それとあの洞窟を調べたのだが驚いたことにゴブリンの死体が大量にあったじゃないか。あれも君が一人で相手にしたのかい?」
それから春人は事の経緯を説明した。自分がまだ駆け出しの冒険者であり、ギルドのクエストでゴブリン討伐のためにあの洞窟に来たこと。その中で倒れているアリシアを見つけ、彼女の無事を確保するために自分にゴブリンを引き寄せて倒したことを。
「成る程……凄いな君は。冒険者になったばかりであれだけの数のゴブリンを相手に出来る人間はそうそう居ないさ。ベテランの冒険者ならば一人でも戦える者はたくさん居るが、まだ登録したての冒険者は数人でパーティーを組んであの手のクエストに挑むと思っていたが」
ハインツは春人の強さを理解し、そして自分の部隊に来ないかと言った誘いまでしてきた。所謂スカウトである。
それでも春人はこの国の人から見れば完全に異邦人であるためその誘いは丁重に断った。春人は他国の人間でも冒険者になれると聞いたから冒険者に登録したからだ。もっとも本来の目的はこの異世界での食い扶持を稼ぐためだが。
「ところでハルト君、ゴブリンの死体を確認したら体のあちこちに穴が開いて死んでいたが、君は風系統の魔法の使い手なのかい? それと君が持っていたあの見慣れない物だがあれは一体なんなのだい? 先端にナイフが付いているのは分かるが、他の鉄とそれ以外の見たこともない素材でできた杖とも槍とも違い全く検討がつかないんだ」
春人は腰のホルスターからガバメントとタクティカルベストのポーチから弾の入ったマガジンを取り出して説明を始めた。
「これは銃という武器で、この弾の入ったマガジンを挿して金属の弾丸を高速で撃ち出す武器です。原理としてはこの弾丸の中に火薬が詰まっていてそれを銃本体で点火して、その爆発の力で弾丸の先端部分だけを撃ち出します。要は弓と同じように遠くの敵を倒す事が出来る武器ですね」
出来るだけ分かりやすく説明したつもりだが、これで理解してもらえるかは分からない。それと今回は拳銃から重機関銃などといった種類の説明は省いておこう。
「火薬の力で物を撃ち出す武器とは中々面白い物を開発する人間がいるのだな。これは君の他にも持っている人はいるのかな?」
「正直この国の中で他に持っている人は多分居ないと思います。自分の居た国の兵士はほぼ全員に同じようなものが配備されています」
ハインツは、国中の兵士全員に同じ武器を、と呟きながら腕を組み考え込む。
それもそうだろう。魔法が存在する世界の人間に異世界の科学技術の塊の武器を説明したところでこれがどれだけ強力な武器なのかは想像もつかないだろう。最も銃を使っているところを間近で見たのなら話は別だが。
それから少し考え込んでいたハインツの口が開く。
「私の知る限り、銃というあの強力な武器をそれも兵士全員に配備出来るような強国を聞いたことはない。もしそのような国があれば多少は噂話の一つでも出てきてもおかしくないだろう。
それと君の持つ銃が何故強力な武器かと感じた理由だが、我々がゴブリンの死体を確認したとき少なくとも5、60体ほど確認できた。あの数をたった一人で遠距離武器を使って、尚且つ君は無傷で倒す事が出来たからだ。弓矢ではそうはいかなかっただろう。
確かにハルト君自身の強さも有るだろうけど、それを抜きにしてもあれは強力な武器だと私は思う。
本当に君は何処から来たんだい?」
やはりこの世界で銃を扱えるのは春人だけのようだ。それから春人はどう返そうか考えたが自分の身に起こった事を話すことに決めた。
自分はこことは違う異世界から来たこと。そこで自分は一兵士であったこと。作戦行動終了後に敵の追手に追われ、そのとき崖から落ちたこと。それから気付いたらこの世界のどこかの森の中に居たことを説明した。
この話はだいぶフィクションが含まれている。本当は春人は日本のどこにでもいる社会人で、趣味でVRMMOFPSゲームで他のプレイヤーと撃ち合って戦争の真似事をして遊んでいると言ったところで信じてはもらえないだろう。それどころか顰蹙を買ってしまうだろう。
日本に居た頃の話をするよりはゲーム中の自分をベースに作り話を作った方がこの状況ではまだ信憑性がある。
それと現状帰る手段が無いことも付け加えて説明する。
「そうか道理で私達が知らない武器を使えるわけだ。本当に不思議な話だな。少なくとも私は信じよう。現にその証拠が目の前に有るのだから」
こんな半分以上もフィクションが含まれているのに信用して貰えたのは助かる。
そんな話をハインツとしていたら、春人の肩を叩きながら後ろから声がした。
「ニーチャンやっと起きたか。あのまま死んじまうじゃないかと思ったよ。あん時は訳も聞かずに殴りかかって本当にスマン! 団長も何時までもこんな堅苦しい話を何時までしてるんですか?」
振り返って顔を見るとそこには若いウェアウルフの男が立っていた。彼が春人を殴り気絶させた張本人らしい。
「えーとお宅は? あぁ俺のことは春人って呼んでください。いきなり殴られたのは驚きましたけど、余り気にして無いですよ」
実際にこうして誤解も解けたのだから春人はあの時の事を水に流すと決めていたからだ。
「ニーチャンの寛大さに感謝する。俺のことはカルロって呼んでくれ!」
そうやって胸を張り自己紹介する彼の名前を聞いて何だか直ぐにやられそうな名前だと思ったのはこの中ではきっと春人だけだろう。
カルロの自己紹介が終わって直ぐにハインツは立ち上がり、仲間の兵士たちに向かって話始めた。
「諸君聞いてくれ。彼の名はハルト君。彼はある事情で私達の住む世界とは異なる遠い世界からやって来た若者だ。いろいろ彼も大変だろうけど皆も良くしてやってくれ」
それからは他の兵士たちに囲まれあれこれ質問責めに合う春人。そんな彼を救うかのように建物の奥の扉が開いた。
「アンタたち! 何時まで騒いでいるんだい! ホラッ晩飯ができたよ!」
声の主を見ると恰幅のいい壮年のウェアウルフの女性が鍋を掲げながら立っていた。彼女越しに後ろの扉の奥を見ると奥は厨房になっているらしい。そこで他の女性陣が世話しなく調理をしていた。
彼女の雰囲気的に何故かカーチャンと呼びたくなるのはきっと気のせいだろう。それくらいこの言葉が似合う人だった。
「さあ諸君、食事にしよう。ハルト君も遠慮せずに我々と一緒に食べていってくれ」
「では遠慮なくご一緒させてもらいます」
それからは宴会が始まった。あちらの席では飲みくらべをする者、こちらの席では仲間達と談笑しながら食事をする者など様々だ。そんな彼らの話題の中心にはやはり春人の存在があった。
どんな所から来たとか、どんな戦い方が得意かなどと。後で力試しをしようと言ってくる者もいた。
宴会は夜遅くまで続き、頃合いを見てお開きとなった。それからは各々の家に帰る者。そのまま集会所で寝て一夜を送る者たちが居た。春人はハインツの好意により家に泊めてもらえることになった。
それから三人は集会所を出てハインツとアリシアの実家に向かう。
「食事までご馳走になった上に寝床まで貸してくれて本当に助かりますハインツさん」
「娘の恩人なんだ。せめてこれ位のことはさせてくれ。あぁそうだ、あと君に渡すものがあるんだ」
ハインツが腰に下げた袋から結晶のような物を取り出し見せた。
「これを受け取ってくれ、ゴブリンから採取した魔力結晶だ。これを冒険者ギルドに持っていけばこれでゴブリン討伐のクエストは完了だ」
そしてこの袋ごと魔力結晶を春人に手渡す。中を見るとそこそこの量が入っていた。
春人はクエスト達成を証明するための物の回収を完全に忘れていた。ゴブリンを倒しきってその後どうやって討伐の証を確保するかまでは考えていたが、その後にあんなことがあったからだ。
「討伐系のクエストは倒したモンスターからこの魔力結晶を取り出して持っていけばこれが討伐した証になる。まあ大きさも倒したモンスターによって変わってくるけどね」
ギルドの説明不足なのかどうかは分からないが、まあこうして討伐した証の魔力結晶も手に入ったから結果良しとしよう。
それからハインツ宅に着き空いてる部屋を借りた春人。ハインツは明日の朝早くにウルブスに戻ると言って早々に休んだ。春人も明日の朝一緒に戻るのならば早めに休んでおくようにと言われていた。
それから部屋の中で色々と今日あった事を思い出す。森の中をさ迷っていた時に盗賊に襲われていた商人を助け、それから街に行き冒険者として登録して、ゴブリンを討伐してきた。そこでアリシアを助け、今こうしてウェアウルフの人達に良くしてもらっている。本当に一日だけで色々なことがあった。
思い出していたら中々寝付けず、気分転換に外に出た春人。空を見上げればそこには昨日森の中で野宿したときに見たときと同じ綺麗な星空が広がっていた。
星空を見ていた春人の背後から誰かが声をかけてきた。
「ハルトさん、寝れないんですか?」
振り向けばそこにアリシアが居た。
「あぁ、アリシアさんか。今日一日で色々ありすぎて思い出していたら中々寝れなくてね。だからこうして星空を見ていたんだ」
「私も同じです。寝れないときは何時もこうして空を見ているんです。そうすれば今悩んでいることや考えていることもどうでもいいって思えてしまうんですよね。ハルトさんが居た世界はどんな所なんですか?」
「俺が居た所だと深夜でも人が行き交い、街中には夜遅くまで明かりが灯されていて昼間の様に明るかったよ。それくらい活気のある所だったんだ。だけどそんな所だから夜は此処みたいに星が綺麗に見えることはなかったんだよね」
春人も星空を見ているのは好きだった。見ていればアリシアの言った通り何もかもが本当にどうでもよく思えてくる。
それから春人は元いた世界について簡単に話始めた。魔法というものは存在せず代わりに科学というものが発達した世界。そして彼女達のような獣人が存在しない世界であることなどを。
「そうなんですか……本当に違う世界から来たんでね」
「さぁ今日はもう遅い。明日は早く出発するからもうそろそろ寝ようか。何時までも夜風に当たっていたら風邪をひいてしまうよ」
そして二人そろって室内に戻っていく。
「それじゃあお休みなさいハルトさん。寝る前にお話出来て楽しかったです」
そう言って自分の部屋に戻っていくアリシア。春人もこっちも楽しかったと返し部屋に戻る。そして明日ウルブスに戻るために早々に床に就き体を休める。
誰もが寝静まる丑三つ時、春人の左腕に装着されたMTが起動し新着のお知らせが有りと表示された。その文字の下にはこう書かれてある。
ー敵性戦力の一定数撃破を確認。これよりショップ機能を解放します
こう空間投影ディスプレイに表示されていたが、一定時間経過し表示が消え、MTも待機モードに移った。
だが寝ている春人は気付かず、それに気付いたのは数時間後のことであった。