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77:休暇旅行

 春人が王都へ帰還し、国王との謁見が終わってから数日が立った。この数日の間に春人はこの国にもベルカ帝国にも出した死神部隊の捜索依頼を同じように出していた。その時にその理由を聞かれたが、春人はルイズに話した事と同じような事を話し、その内容に懐疑的に思われもしたがなんとか協力してもらえる事になった。


 そしてもう一つ大きく変わった事があった。謁見が終わった翌日から市内で、特に冒険者や傭兵から声を掛けられる事が一段と増えてきたことだ。


 春人が冒険者ギルドでの登録がまだ残っているという事を知られるとたちまち王都に来ていた冒険者から「英雄! どうか自分たちのクエストに同行してその力をお貸しください!」だの「俺達のパーティーの入らないか?」だの「冒険者駆け出しの自分にどうか戦い方をご教授願います!」だのとクエストの同行依頼やパーティーへの勧誘が多くなった。


 一方、傭兵の方からも同様に勧誘行為がしつこく続いた。「一人で戦っては限界がくるだろう。どうだ、アンタを筆頭に新しい傭兵団を作らないか?」だったり「よかったら俺達の所へ来ないか?」などとそれは冒険者の勧誘とあまり変わらなかった。


 そんなしつこい勧誘が続いたある日の晩、春人はとうとうキレた。


「あぁ全くどいつもこいつも鬱陶しい! 魔獣討伐だぁ!? 一緒に戦ってくれだぁ!? そんなモノは俺抜きで勝手にやってろ!」


 宿屋の部屋、しかもアリシアの傍で春人が急にそう叫ぶものだから体をビクつかせて心底驚いた。


「もう、急に大声を出さないでくださいよ! ビックリしたじゃないですか!」


「すまない、驚かすつもりは無かったんだ」


 別にアリシアを驚かすつもりの無かった春人はふと我に返ると彼女に謝った。そしてなにかを思いついたようで、彼女にある事を提案した。


「そうだアリシア。急だが荷物をまとめてくれ。屋敷が譲渡されるまで王都を離れよう」


「え? え~っ!?」


 終始春人に驚かされっぱなしのアリシアであった。これが昨日の晩の話であった。






 それから時間は現在へと戻る。今二人はこの世界では存在しない、春人が呼び出した乗り物に乗って街道を爆走していた。途中ですれ違った人々はこの異様な鉄の乗り物が聞きなれぬ轟音と共に走り抜けていくのを目撃すると皆一様に道を開け、好奇な視線を向けてきた。


 その後、国内の街道で異様な鉄の馬車が馬に引かれずに単体で走っていたという噂が流れたそうだ。


「どうだいアリシア。馬車と比べて乗り心地はどうだ?」


「悪くはないですけど……ちょっと早すぎじゃないですか?」


「そんな事は無いと思うぞ?」


 春人が現在運転しているのは米軍で使用されていた軍用車両ハンヴィ―である。これは春人が昔ポイントで購入し、ゲーム内で主に自家用車の様に使っていた物だ。このハンヴィ―や先日使用したMi-26の他にも多数の車両や航空機等を所有しているが、この世界でそれらを使う予定は今のところない。


 その車内から見える外の光景はアリシアが予想していたよりも早く流れていき、その速さに少し怖さを感じていた。


 ちなみに現在のスピードは時速にして約60キロほどである。


「出来ればもう少しゆっくり走ってください」


「ん? なんか言ったか?」


 速度を落としてくれとアリシアは言うが、春人はワザと聞こえないふりをしていた。それでも彼女のお願いを聞いて、アクセルに乗せていた足の力を少しだけ緩め、ほんの少しだけスピードを落とした。


 スピードを落としつつもハンヴィ―は街道を順調に進んでいく。


 多少は整備されている街道ではあるが、アスファルトで舗装された現代の道路と比べるとその路面状況は正直言ってあまりよろしくない。路面の凹凸を拾う度にハンヴィ―の車内は揺れた。車内が揺れる度にアリシアの体も揺れた。特に体のある部分がよく揺れていた。


「そういえばまだ聞いてないような気がするんですが、今何処に向かっているんです?」


「まだ言ってなかったな。行き先は港町、つまりは海だ」


 まだ行き先をアリシアに伝えていなかった春人は行き先を海だと告げた。田舎の港町なら自分の英雄譚や噂話がまだ届いてはいないだろうと予想してのことだ。


 そこならば勧誘してくる者も居ないだろうと思っていた。そう、春人は今平穏な時間を望んでいた。


「海ですか! 私、海は初めてです! 楽しみですね。あ、でも王都からじゃ海まで行くのは移動時間だけでも結構掛かるんじゃ……」


 海へ行くと聞いた瞬間アリシアの目が急にキラキラと輝き始めた。だがその後、王都から海まではとても遠いという事を思い出してシュンとなってしまった。その証拠に今一瞬だけピンとなった耳とよく動いていた尻尾がだらんと垂れてしまっている。


「それはこの世界での常識だろ? 異世界由来のコイツにはこの世界の常識は通用しないぞ。かっ飛ばせばすぐに着く」


 自分はこの世界の常識の範疇の外に居る。そういう事を春人は今まで何度も証明して見せてきた。その事を知るアリシアは春人の言う事を信じ、自分の予想しているよりも早く目的地に到着するのだろうと思った。


「でもなんで急に海へ行こうと思ったんです?」


「本当は山の方へ行ってもよかったんだが、今朝王都から少し離れるとアレクセイ将軍に一応伝えに行ったら運の悪いことに一件仕事を押し付けられてしまってな。まあ目的地の領主の所に親書を届けるだけという簡単な仕事だけどな」


 この仕事さえ無ければ春人は行き先をアリシアと相談して決めるつもりだった。それをアレクセイからのお使いで半ば無理やり行き先を決められてしまって春人はそんな強引なアレクセイにやや嫌悪感を感じていた。


 それでも強引な性格は彼の特徴でもあるし、そんな人物であるという事は春人もよく知っていた。そんな彼にほんの少し前まで嫌悪感を感じていたが、海へ向かっていると聞いた時のアリシアの凄く楽しそうな表情を見たらそんな嫌悪感など何処かへ行ってしまった。


「さあ、さっさとお使いを済ませて休暇だ休暇。都会の喧騒から離れてのんびり過ごすぞ」


「おおー!」


 車内は終始明るい雰囲気で包まれ、ハンヴィ―は目的地である港町に向かって街道を疾走していった。






「ハルトさん! 見てください。海が見えてきましたよ!」


 それから数時間ほどのドライブを経てようやく海が見えてくるところまで進んできた。海が見えたことでアリシアのテンションが今までよりも一層上がっていた。シートから身を乗り出し、今にでも窓を開けて体を外に出してしまいそうだった。流石にそれは非常に危ないのでそうしないよう春人は運転しながら彼女に注意した。


 ここまで来れば到着まであと少しだ。ハンヴィ―は残りの道のりを海を横目にしながら走っていった。


 街道を走り、海が見えた所から目的地の港町までは直ぐだった。視界の先に広がる港町の停泊場には商船だと思われる大型の帆船が停泊しており、その横で荷物の積み降ろしをしている。そしてその周囲では小型の漁船が幾つも往来しているさまが遠くからでも見えた。


 この地方を治める領主が暮らしているからなのか、とても栄えているようだ。


 春人達はその街へ入るためにウルブスや王都の時と同様に関所まで来ていた。そこで馬に引かれずに単独で変な音を出しながら走る馬車もといハンヴィ―を関所を守護する兵士達に不信に思われた。それに対し春人は「これは王都で試作中の魔力駆動の馬の要らぬ馬車だ」だと説明した。そんな嘘だと分かるような雑な説明でも何とか通してもらえた。


 ハンヴィ―の窓から春人が顔を出した時にその顔を目撃した兵士達が街へ入っていくハンヴィ―を見送りながら、


「なあ、あれが噂に聞く死神で勝利へ導いてくれる英雄なのか?」


「黒い髪に右目を眼帯で覆っている……。噂で聞いた通りなら彼がその本人なのだろう」


「王都から来たと言っていたから間違いなく本人だろう」


 などと話していた。春人が知らないだけでどうやら彼の噂話は風に乗ってここまで届いていたようだ。


ハンヴィ―で市内へ入った春人達は行きかう人たちを轢かないようゆっくりと走っていた。その行きかう人々は走り去っていくハンヴィ―を不思議な物を見るような目で眺めていた。


 この馬車とも違う乗り物である自動車の事が噂されるようになるのは時間の問題だろう。


「さてと、関所の連中から聞いた話が合っていればここの領主が居る屋敷はここだな」


 しばらく市内を彷徨ったが何とかこの地方の領主の屋敷まで来ることが出来た。これでアレクセイからのお使いを果たすことが出来る。


 春人は屋敷の門に立っていた守衛にこの件を伝えると案外すんなりと中へと入れてくれた。門をくぐってすぐにアリシアをハンヴィ―から降ろすと春人はハンヴィ―をMTマルチツールへと収納した。


 そして使用人の案内によって屋敷の応接室まで案内された。ここまで来るまでの間で春人とアリシアは同じ事を考えていた。


 なんでここの守衛や使用人たちは皆揃いも揃って屈強そうな男ばかりしかいないのか、と。その疑問はそう待たない間に答えが出た。


「王都からはるばるよく来たわね二人とも。歓迎するわ、ようこそハーフェンへ。ワタシがこの街の代表でありこの地方を治める領主、アレハンドロ・サンジェルミ伯爵よ」


 そう言いながら応接室へ入ってきた者がこの地方の領主である。


 金髪にやや白い肌、そんな人物は王都やウルブスでもよく見てきた。そこまではまだ問題ではない、一件聞くだけなら何処にでも居そうな人物の特徴である。


 だがこのアレハンドロ・サンジェルミという人物はそれ以上の特徴を持っていた。その金髪をまるで現代アートの様に仕上げ、顔にもこれでもかと施されたメイク。誰もが一度目にしたら決して忘れる事の出来ない見た目をしていた。そして更に驚くことにこの人物は名前からも分かるように男である。


 そう、彼は俗に言うオカマであった。


 春人とアリシアの二人はとんでもない人物と会ってしまったとこの時思っていた。

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